内容要旨 | | I緒言 プロテアーゼにより活性化される不活性型レニンが存在していることが明らかとなり,小児固形腫瘍の一つであるウイルムス腫瘍との関連から活性型レニンと不活性型レニンを合わせた総レニンという概念に注目した.しかし,これまでの総レニン測定法は,trypsin処理,熱処理または酸処理により,不活性型レニンを活性型レニンに変え,元々存在していた活性型レニンと併せてレニン活性を測定するものであり,煩雑であるとともに,約3mlという小児にとっては大量の検体(血液)を必要とし,72時間以上の測定時間を要するなど,簡便と云える手法ではなかった. そこで我々は,少量の検体で簡便かつ短時間で測定が行える,新たな総レニン測定法について模索し,抗レニンモノクローナル抗体を用いて組まれたサンドウイッチ型immunoradiometric assay法によるレニン測定系について注目した.そして,この測定系が,我々の目的とする総レニンを直接的に測定するものであるか否かを以下の実験により検証し,その臨床的意義についても検討を加えた. II研究方法1)研究に使用した測定系について Higakiらにより純化されたレニンを抗原とし,Kohlerらの方法に準じて作成したモノクローナル抗体のうち,clone number 12-12をビーズ固相化抗体,69-30をヨウ化レニン抗体として,bound/free分離にビーズ固相法を用いたimmuno-radiometric assay(IRMA)系を用いて研究を行った.実際の測定手技は以下に示すごとくである. [測定手技] 1.標準レニン[0,5,20,100,500pg/ml],または検体それぞれ50 lに100mmol/l phosphate buffer(pH6.5)100 lを添加し,anti-reninmonoclonal antibody12-12をbindさせたglass beadを加える. 2.室温下のincubationを2hr行う. 3.2mlの0.9% salineにより洗滌する. 4.lodinated(125l)anti-renin monoclonal antibody 69-30 200 l(600,000cpm)を加える.Total count測定用プラスチック試験管にも同量を加える. 5.室温下で2hr振盪する. 6.2mlの0.9% salineにより,bead washを2回行う. 7.Gamma-counterにより,beadに付着した125lのradio activityを測定する. 8.標準レニン0pg/mlの計数率をB0,total count測定用試験管の計数率をTとして,(B-B0)/T[%]を算定し,作成した標準曲線から検体のレニン濃度を求める. 以上をすべてtriplicateで行い,その平均値をもって測定値とした. 2)実験1 ヒト腎(ウイルムス腫瘍患児の患側の正常腎組織)の新鮮凍結標本について,抗レニンモノクローナル抗体69-30を用いた免疫組織染色を行った. 3)実験2 ヒト血漿10検体を用いて,そのまま前述のモノクローナル抗体を用いたレニン測定法(IRMA法)により測定を行うとともに,trypsin処理後にも同様にIRMA法により測定を行った.その双方の測定値を比較することにより,trypsin処理による測定値の変動の有無について検討した. 4)実験3 正常小児(鼠径ヘルニア患児)並びに腎腫瘍性病変を中心とする各種疾患患児51例89検体を対象として,採取した血漿を2分し,同一血漿について前述のIRMA法によりレニン濃度を測定するとともに,酸処理を併用した酵素法(従来法)によっても測定した. 5)臨床検討1 鼠径ヘルニア患児を中心とする,レニンアンギオテンシン系について正常と考えられる小児91例について,術前検査の採血の際に家族の同意のもとに血漿約0.5mlを得,そのレニン濃度について前述の固相ビーズサンドイッチ型IBMA法による測定を行い,本法による測定値の正常値について検討した. 6)臨床検討2 ウイルムス腫瘍14例,CMN2例の腎疾患症例に,神経芽腫16例,奇形腫10例,肝芽腫5例から血漿0.5mlを採取し,前述のIRMA法により,レニン濃度を測定し,臨床検討1の結果に基づき評価した. III結果1)実験1の結果 ヒト腎(ウイルムス腫瘍患児の患側の正常腎組織)の新鮮凍結標本について,抗ヒトレニンモノクローナル抗体69-30を用いた免疫組織染色を行ったところ,傍系球体細胞(juxtaglomerular cell)のみが染色された. 2)実験2の結果 ヒト血漿10検体におけるtrypsin処理前後では,ごく軽度の減少傾向を示したのみであり,活性化にともなう,測定値の著明な上昇が認められなかった. 3)実験3の結果 同一血漿89検体について,前述のIRMA法による測定値[Y]と酸処理を併用した従来法による測定値[X]との比較では,同一検体における両測定法の値の間には,y=4.94x+76.37という回帰直線が得られ,また,R=0.921という高い相関係数が得られた.(p<0.01) 4)臨床検討1の結果 正常小児91例における,本法による総レニン測定結果について示す.生後12ヶ月までの群では213.7±102.8pg/ml,1-3才では190.5±106.9pg/ml,3-6才では154.9±74.5pg/ml,6才以上では137.7±63.6pg/mlとの結果であり,乳児期に高値を示し,加齢とともに減少する傾向がみられた.それぞれの群でmean+2SDに相当する値,生後12ヶ月まで419.3pg/ml,生後1-3才[13-36m]404.3pg/ml,生後3-6才[37-72m]303.9pg/ml,生後6才以後[73m-]264.9pg/mlをcut-off値として採用し,これにより総レニン濃度について評価を行うこととした. 図表5)臨床検討2の結果 ウイルムス腫瘍14例では,本測定法による総レニン濃度は,204pg/mlから1289pg/mlと比較的幅広く分布し,平均値においては,516.6±314.7pg/mlであった.14例中,年令相当のcut-off値より高値を示したものは,9例(64.3%)であった.腫瘍重量が明らかな9例について,総レニン濃度と腫瘍重量との関連について検討したが,腫瘍重量即ち腫瘍の大きさと総レニン濃度との関連は認められないようであった.その組織分類と総レニン濃度との関連については,腎芽型小巣亜型では4/7[57.1%],同大巣亜型では2/3[66.7%],同複合亜型2/2[100%],上皮型では1/1[100%],CPDN 0/1[0%]であり,組織分類と総レニン濃度との関連についても,一定の傾向は認められなかった.さらに、術前、術後にわたり,経時的に測定が行われたウイルムス腫瘍5例については,腫瘍全摘後は,905→93,691→239,511→114,342→69,294→141と全例において著明に低下し,正常範囲内となったことが観察された.一方,最も頻度の高い小児悪性固形腫瘍である神経芽腫16例では,全例cut-off値より低値であり,その平均値も206.4±68.7pg/mlという結果であった. 図表IV考 察 以上から,抗ヒトレニンモノクローナル抗体12-12をビーズ固相化抗体として,同69-30をヨウ化レニン抗体として,bound/free分離にビーズ固相法を用いたimmunoradiometric assay(IRMA)測定系は,活性型レニンと不活性型レニンに共通なepitopeを認識して,その両者を合わせた総レニンについて測定を行うものであり,正確で充分な信頼性を有するものと考えられた. 臨床的意義を検討すべく,まず,正常小児91例の測定結果に基づき,本測定系における年令相当のcut-off値を設定した.次に,ウイルムス腫瘍14例の測定結果について,腫瘍重量,組織分類との関連も加味し評価した.その結果,総レニン濃度はウイルムス腫瘍全般に対する腫瘍マーカーとするには必ずしも適当ではないが,発症時に高値を示し,原発腫瘍摘除標本の免疫組織染色の結果から,腫瘍自体からの産生が疑われる症例については,有用なマーカーになり得るものと推察された. |
審査要旨 | | 本研究は最近注目されている血漿総レニン濃度の臨床的意義を検討するために,抗レニンモノクローナル抗体を用いて組まれたサンドウイッチ型immunoradiometric assay法によるレニン測定系について注目し,この測定系が目的とする総レニンを直接的に測定するものであるか否かについて検証を行い,さらに正常小児,ウイルムス腫瘍を中心とした小児悪性腫瘍症例について測定を試み,下記の結果を得ている. 1.抗ヒトレニンモノクローナル抗体12-12をビーズ固相化抗体として,同69-30をヨウ化レニン抗体として,bound/free分離にビーズ固相法を用いたimmunoradiometric assay(IRMA)測定系について,免疫組織染色による同抗体の特異性に関する検討,trypsin処理による測定値の変動についての検討,酸処理を併用した酵素法との測定値の比較の3つの実験を行い,その結果から,本測定系が総レニン濃度について測定するものであり,正確で充分な信頼性を有するものであることが確認された. 2.正常小児91例における,本測定系による総レニン濃度測定の結果は,生後12ヶ月までの群では213.7±102.8pg/ml,1-3才では190.5±106.9pg/ml,3-6才では154.9±74.5pg/ml,6才以上では137.7±63.6pg/mlであり,これまでの報告と同様に乳児期に高値を示し,加齢とともに減少する傾向がみられた. 3.ウイルムス腫瘍14例においては,総レニン濃度は204pg/mlから1289pg/mlと比較的幅広く分布し,平均値においては,516.6±314.7pg/mlであり,14例中,年令相当のcut-off値[M+2SD]より高値を示したものは,9例(64.3%)という結果であった. 4.総レニン濃度はウイルムス腫瘍全般に対する腫瘍マーカーとするには必ずしも適当ではないが,発症時に高値を示し,原発腫瘍摘除標本の免疫組織染色の結果から,腫瘍自体からの産生が疑われる症例については,有用なマーカーになり得るものと結論づけられる. 以上,本論文は基礎実験により検証を行ったimmunoradiometric assay(IRMA)法を用いた血漿総レニン濃度の測定結果から,小児における総レニン濃度の正常値を確立し,ウイルムス腫瘍における臨床的意義を明らかとした.本研究は今後の血漿総レニン濃度の臨床的意義に関する解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる. |