本論文は、脂溶性の高い静注用制癌剤palmitoyl-rhizoxin(RS-1541)の抗腫瘍効果増強、副作用軽減を目的として、脂質エマルジョンを利用したドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発を試みたものである。そのために、薬物の脂溶性とDDS化の効果に関する検討を行なうと共に、従来型脂質エマルジョンとは異なる血中滞留性および腫瘍ターゲティング能の高い新規な静注用脂質エマルジョンの開発を行なった。また、最適なエマルジョン粒子径の検討を実施し、さらに臨床応用を考慮し、エマルジョン製剤の体内動態の種差に関する検討も行なった。 (1)薬物の脂溶性と脂質エマルジョン化の効果および腫瘍ターゲティング能の高い脂質エマルジョン エマルジョン脂質との親和性の不充分なrhizoxinは血漿中でエマルジョン粒子より速やかにリリースしてしまうために、ラットに静注時の体内動態を脂質エマルジョン化により変えることはできなかった。しかし、脂溶性をより高くし、エマルジョン脂質との親和性も高めたRS-1541はエマルジョン粒子内に安定に保持され、エマルジョンの特性をよく反映した体内挙動を示した。脂質エマルジョンの組成に関する検討により、中鎖脂肪酸トリグリセライドODO(dioctanoyl-decanoyl glycerol)をHCO-60(polyoxyethylene(60)hydrogenated castor oil)で乳化したODO/HCO-60エマルジョンは、大豆油をレシチンで乳化した従来型の脂質エマルジョンとは異なり、リポ蛋白リパーゼに安定で肝臓への取り込みが遅く、血中滞留性、腫瘍移行性が高いことが明らかとなった。 (2)ODO/HCO-60エマルジョン化の種々効果 ODO/HCO-60エマルジョンに内封したRS-1541は、粒子径によらずエマルジョン粒子内に安定に保持され、エマルジョン粒子と共に体内を挙動した。また、ODO/HCO-60エマルジョンの体内動態は粒子径{small size(100nm)、medium size(200nm),large size(400-600nm)}により大きく変動した。すなわち、粒子径が大きいエマルジョンは肝臓、脾臓への取り込みが速く、血中滞留性が低いが、粒子径を小さくした場合には両臓器への取り込みが遅くなり、血中滞留性も向上した。皮下に固形腫瘍を移植したマウスでのRS-1541の腫瘍中濃度は粒子径の小さいエマルジョンほど高く、small size、medium sizeエマルジョンでは対照製剤(colloidal solution)よりも高かった。一方、副作用発現部位でのRS-1541濃度は同様に粒子径が小さいほど高かったが、medium sizeエマルジョンではcolloidal solutionより低かった。これらエマルジョン化による体内動態の変動に対応して、RS-1541の副作用はエマルジョン粒子径が大きいほど弱くなり、最大耐量はmedium size、large sizeエマルジョンにおいて増大させることが可能となった。さらに、最大耐量投与時のRS-1541のin vivo抗腫瘍効果は、ODO/HCO-60エマルジョンとした場合、いずれの粒子径においてもcolloidal solutionより強くなり、最大の効果はmedium sizeエマルジョンで得られた。このようなRS-1541の治療係数の向上は、標的部位/副作用発現部位への薬物移行比を改善したためと示唆された。 (3)ODO/HCO-60エマルジョンの体内動態、オプソナイズの種差 ODO/HCO-60エマルジョンの体内動態をマウス、ラット、ウサギおよびイヌで検討した結果、エマルジョン製剤の血中消失、肝臓取り込みはイヌにおいて特異的に速いことが明らかとなった。RS-1541の全身クリアランスのアロメトリック相関をとると、colloidal solutionのイヌでの値はマウス、ラットおよびウサギの相関上にほぼ位置したが、エマルジョンの値は相関式よりも10倍程度高いものであった。そこで、この種差を生んだ要因に関して種々検討を行なった結果、エマルジョンをオプソナイズする強さに種差を認めた。すなわち、イヌ血漿でオプソナイズしたエマルジョンによりRS-1541をラットに静注した場合、血中濃度は対照としたラット血漿で処理したエマルジョンに比べて低くなり、肝臓取り込みが増大した。ヒトを含めた他の動物の血漿ではこのような体内動態の変動は認めなかった。このオプソナイズ効果はイヌ血漿を56℃30分熱処理した時には消失し、補体の関与が示唆された。このようにODO/HCO-60エマルジョンの体内動態の種差は血漿成分によるオプソナイズの差に因るものと考えられ、また、ヒトでの本エマルジョンの体内動態はイヌ以外の動物種同様の血中滞留型のものと推察された。 以上、本研究は、脂質エマルジョンを制癌剤に応用し、全身投与による副作用を軽減し、かつ固形腫瘍への薬物移行性を高め、抗腫瘍効果を増強させたはじめての例である。この成果は、従来型の脂質エマルジョンにはない高い血中滞留性、腫瘍移行性など優れた体内動態特性を持つ新規なODO/HCO-60エマルジョンとエマルジョン粒子との親和性の高いRS-1541を組み合せ、さらに適切なエマルジョン粒子径を選択することで可能となった。また、本研究で示されたODO/HCO-60エマルジョンは他の多くの制癌剤に対しても、脂溶性を高めて安定に封入することができれば、有効な薬物キャリアーになるものと思われる。このように、本論文は、多くの制癌剤および他の脂溶性薬物の製剤設計ならびにDDS製剤開発に有益な知見を与えると考えられ、博士(薬学)の学位に値するものと認める。 |