学位論文要旨



No 213004
著者(漢字) 加藤,稔
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ミノル
標題(和) 往復圧縮機-配管系の圧力脈動に関する研究
標題(洋)
報告番号 213004
報告番号 乙13004
学位授与日 1996.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13004号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 教授 酒井,宏
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 助教授 金子,成彦
内容要旨

 化学プラントや製鉄プラント等では作動気体を昇圧するために数多くの往復圧縮機が使用されている。この往復圧縮機に接続する配管内の流体には、その圧縮機構により、特有の圧力脈動が発生する。圧力脈動が大きい場合には、往復圧縮機の性能低下や配管振動を発生させ、プラントの運転に重大な支障をきたすこともある。したがって、このようなトラブルを事前に回避するために設計段階から圧力脈動計算を行い、圧力脈動が大きい場合には事前に圧力脈動の低減対策を施すことが一般的に行われている。この場合、圧力脈動解析法としては伝達マトリックス法が広く一般に使用されているが、ループ状の配管など複雑な配管系になると計算できにくくなる欠点がある。

 そこで、本論文では、この欠点を解消するために有限要素法を用いた圧力脈動解析法を提案する。この有限要素法を用いた解法として、周波数領域による計算法と時間領域による計算法の二つを提示する。

 まず、周波数領域における解析方法について述べる。配管内流体の運動方程式については、流体は1次元流れとして取扱えるので機械構造物の棒の縦振動と同様の考え方を用いる。流体要素の質量および剛性マトリックスを仮想仕事の原理から導き、減衰は流量の自乗に比例する管摩擦や分岐部などの圧力損失を等価線形化して求めた。これらの要素マトリックスを用いて、配管内の流体系全体の運動方程式を有限要素法的に組み立てる。そして、フーリエ解析された理想的な吸込み/吐出し流量を加振力として運動方程式を解き、各節点の流量や圧力の脈動応答を求める方法である。ここで提案した方法を用いて計算した圧力脈動値は、表1、表2、図1に示すように、解析解、葉山らの実験装置の測定値、現場における実機測定値と比較して十分精度があることを示した。この方法を用いれば、実規模レベルの複雑な配管系でも短時間で解析できるため、試行錯誤の多い配管設計に対して非常に有用な解析方法である。また、往復圧縮機に接続する配管系の圧力脈動解析だけでなく、他の容積形圧縮機などの吸込み/吐出し流量波形が分かれば本手法を用いて圧力脈動解析ができ、他に非圧縮性流体のポンプ回りの配管系の圧力脈動解析にも適用できる利点もある方法である。

表1 固有振動数の精度表2 共振倍率の精度図1 各測定点での実機測定値と計算値の比較図2 各手法の圧力脈動応答の比較

 次に、この圧力脈動解析法を用いて、実際のプラントでよく見かける2台の独立した往復圧縮機が運転されている場合の配管内の圧力脈動応答の最大値算定法について提案する。独立した2台の往復圧縮機は吸込み/吐出し流量の位相が相対的に任意の値になるため、接続する配管内の圧力脈動も任意の値になる。設計の際に必要となる配管内の圧力脈動の最大値を効率良く解析する方法を求めることがここでの目的である。本手法は、往復圧縮機の吸込み/吐出し流量のフーリエ解析結果を数値的に2台同相と2台逆相に合わせた2ケースの圧力脈動解析を行い、圧力脈動の大きい方を結果として取り出す方法である。図2に、従来から用いられている最大値算定法(図中の方法(1)〜方法(3))と本手法(図中の方法(4))の計算精度を比較し、本手法の良好な精度を示す。さらに、従来の方法の特質と欠点を明らかにするとともに、ここで提案した手法が精度的にも、また配管振動の加振力として利用できるなど利用上の観点からも従来法の欠点を解消した最も優れた有用な方法であることを示した。これによって、実際のプラントの圧力脈動を解析する際に問題となっていた課題を解決すると共に、効率的に精度良く圧力脈動応答の最大値が解析ができるようになった。

図3 計算結果図4 各計算結果の比較(圧力P1)

 圧力脈動解析に有限要素法を用いたもう一つの方法として、時間領域における解析法を提案する。この方法は、前述の周波数領域での解析では不可能な往復圧縮機と配管系の流体連成が考慮できる圧力脈動解析法である。本手法では、二つの往復圧縮機モデルを提案している。第1の方法は、往復圧縮機シリンダ内のガス剛性が一定とした場合である。圧縮機モデルの弁には非線形シミュレーションによく用いられる非線形減衰などを適用し、さらに弁の動特性を考慮した方法と考慮しない簡単な方法を提案した。この圧縮機モデルと配管要素からなる全体系の運動方程式を有限要素法を用いて組み立てる。この運動方程式をNewmark-法を用いて時刻歴積分することによって、流体連成を考慮した圧力脈動が解析できる方法である。この手法の特質を明らかにするために、実機相当の往復圧縮機-配管系モデルの圧力脈動を解析した。この結果の一例を図3に示す。また、図3(d)の圧力P1の第4次の高調波成分までをフーリエ解析したものを図4に示し、流体連成を考慮しない従来の方法、流体連成を考慮し、しかも弁の動特性が有る方法と無い方法の3つの方法を比較して、計算結果の妥当性や各計算結果の違いについて検討した。本手法で示したように、流体連成が考慮でき、しかも往復圧縮機の弁の動持性を含めた圧力脈動解析ができることは、往復圧縮機の性能評価をする上で大きな利点である。

 次に、第2の方法として、往復圧縮機シリンダ内のガス剛性が変化する場合について提案する。この往復圧縮機モデルは、圧縮機内のガスの圧力変化はポリトロープ変化と仮定し、ガスの吸込みや吐出しによるシリンダ内圧力変化とピストンによるシリンダ内圧力変化から成る特性方程式を導いて求めたものである。この圧縮機モデルも弁の動特性の考慮の有無の二つのモデルを示した。第1の方法と同様に、有限要素法を用いて圧縮機モデルと配管要素とを結合して組み立てられた全体系の運動方程式を時刻歴積分することによって、往復圧縮機と配管系の流体連成を考慮する方法である。第1の方法で用いた往復圧縮機-配管系モデルを計算した結果の一例を図5に示す。弁の運動や吐出し流量が第1の方法と若干異なり、ガス剛性が変化する場合の特徴が現れていることが分かる。しかし、圧力P1をフーリエ解析した図6に示すように、圧力脈動の第4次の高調波成分までを考える場合では、第1の方法と圧力脈動の計算結果はよく一致することも示し、場合によって使い分ければいいことも示した。この方法は、第1の方法に比べて計算方法が複雑になる反面、ガス剛性を決定する煩雑さは解消でき、さらに吸込み側と吐出し側の配管内圧力脈動が同時に解析できるため、全体の配管系を含めた往復圧縮機の効率や吸込み/吐出し流量など圧縮機の性能を精度良く評価できるため、往復圧縮機や配管系を設計する際に有効な道具となる。

図5 計算結果図6 各計算結果の比較(圧力P1)

 以上、本研究を総括すると、往復圧縮機-配管系の圧力脈動を解析する方法に有限要素法を用い、汎用的、かつ、従来の伝達マトリックス法では解析が難しいとされていた複雑な配管系にも適用できる実用的な解析法を確立した。これによって、往復圧縮機の信頼性向上および競争力向上、実際のプラント配管の設計手法の確立に貢献することができた。

 今後は、計算精度をさらに上げるために、往復圧縮機を含む配管系モデルの作成精度の向上、流体減衰力の見積り方法のさらなる精度向上、配管振動の評価まで含めた計算方法などの研究が進めば、さらに競争力のある往復圧縮機やプラント配管系の開発を行うことが可能になるであろう。

審査要旨

 本論文は「往復圧縮機-配管系の圧力脈動に関する研究」と題し,全6章より成っている.

 第1章は「緒論」で,往復圧縮機を含む配管系に生じる圧力脈動に関する本研究の背景及び目的を述べ,従来の研究を概観して問題点を指摘し,本研究の位置付けを行っている.

 第2章は「有限要素法による圧力脈動の解析」で,本研究の圧力脈動計算法の基礎をなすものである.従来,圧力脈動の計算には伝達マトリックス法が使用されてきたが,配管系が複雑になり,ループ状配管が含まれると伝達マトリックス法による計算は非常に困難になる.これを解決するために,有限要素法による圧力脈動の計算法を提案し,流量の積分値と圧力を変数として,配管要素の質量及び剛性マトリックス,容積部及び分岐部の剛性マトリックス,管摩擦や圧力損失等の減衰要素マトリックスをそれぞれ定式化し,これらの各要素を配管系全体に適用して,全体系の質量,減衰及び剛性マトリックスを構築する手法を述べている.この手法の妥当性を検証するために,葉山らの実験結果と比較して,圧力脈動の共振振幅が10%の誤差範囲で計算できることを確認し,また,実プラントで計測した圧力脈動の応答振幅及び計測波形の周波数成分を計算結果と比較してよい一致を得ている.

 第3章は「2台の往復圧縮機で運転される配管系の圧力脈動の解析」で,実プラントでよく見かける独立した往復圧縮機が2台同時に運転される場合の圧力脈動の最大応答値を効率的にしかも精度よく推定する手法について検討している.2台の同時運転のとき,両圧縮機の吸込み/吐出し流量波形はお互いに0〜2の間の任意の位相差を取りうるが,すべての位相差について計算するのは経済的でない.そこで,各圧縮機の吸込み/吐出し流量波形をクランク上死点基準でフーリエ展開した各次数の入力振幅と位相を求め,各次数ごとにお互いの位相を一致させて同時加振したときの圧力脈動の計算値と,逆位相として同時加振したときの圧力脈動の計算値とを求め,その絶対値の大きい方を最大応答値とする方法を提案している.この手法による計算値を,位相差を0〜2に変えて詳細に計算して求めた最大応答値と比較したところよく一致しており,従来の手法に比べて,実用上有効な推定法であることを確認している.

 第4章は「往復圧縮機と配管系の流体連成を考慮した圧力脈動の解析(シリンダ内のガス剛性が一定の場合)」である.最近,往復圧縮機と配管系との流体連成を考慮した圧力脈動の計算が必要となっている.従来,流体連成を考慮した計算法としては,圧縮機の吸/排気系をコンデンサーとダイオードで模擬したアナログ計算法が使用されている.これをデジタル計算機で模擬するために,圧縮機の吸/排気系を体積の変化する管要素,吸/排気弁要素及び可変絞り要素に分解して,それぞれの要素を微分方程式で表し,これらを組み合わせて往復圧縮機のデジタルモデルを作っている.これを配管系と接続して全体系の運動方程式を求め,Newmark-法を用いて時刻歴積分を行うことによって,流体連成を考慮した圧力脈動の計算が行えるようになった.ここでは,計算を簡略化するために,シリンダー内のガスのばね剛性は一定として計算しているが,アナログ計算では不可能であった弁の動特性が考慮されている.まず,圧縮機単体の計算を行い,弁の動特性を考慮すると,吐出し波形に鋭いスパイクが現れることなど実機に近い流量波形が計算されている.また,実機相当のモデルに適用して,流体連成を考慮しない場合,アナログ相当の場合及びこれに弁の動特性を加えた場合の圧力脈動の計算を行って4次までの周波数成分を比較して,低次の成分の応答にはそれほど差はないが,高次の成分が気柱共鳴に近いときにはその差が大きくなり,弁の動特性と流体連成を考慮した計算が必要であると結論している.

 第5章は「往復圧縮機と配管系の流体連成を考慮した圧力脈動の解析(シリンダ内のガス剛性が変化する場合)」で,前章で簡略化のために一定とおいたシリンダー内のガスの剛性が時間的に変化する場合の計算法を示している.シリンダー内の圧力変化を流入・流出するガス流量の変化によるものと,シリンダー容積の変化によるものとに分けて計算し,時間の経過と共にその変化量を前章の圧縮機モデルに加えて修正している.これにより往復圧縮機の吸入側と排気側を含めた圧縮機-配管系全体の応答計算が可能となり,圧力脈動の応答計算みならず,往復圧縮機の性能評価も行えるようになっている.

 第6章は「結論」で,本論文で得られた結果をまとめて述べている.

 以上のように,本論文は著者の提案した有限要素法による圧力脈動の解析法を用いて,複雑な配管系で生じる圧力脈動の応答計算法を確立すると共に,圧縮機と配管系の流体連成を考慮した計算を可能にしたもので,機械工学とくに配管系の防振技術の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク