学位論文要旨



No 213006
著者(漢字) 村田,泰彦
著者(英字)
著者(カナ) ムラタ,ヤスヒコ
標題(和) 射出成形における金型内成形現象の実験解析
標題(洋)
報告番号 213006
報告番号 乙13006
学位授与日 1996.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13006号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨

 射出成形法は、生産性の良さからプラスチック産業分野において急速な発展を遂げてきた。しかし、断熱材に近い粘弾性体である樹脂が主役となる成形現象は、複雑なプロセスをなしているため、金型内成形現象の定量的、系統的な解明、および成形理論の体系化が著しく遅れているのが実状である。

 型内成形現象の解明および成形理論の体系化を行うためには、まず実験解析によって物理現象を明らかにし、その結果を数値モデル化すること、そして逆に、確立された数値モデルに基づき未知の現象を解析・予測することが重要と考えられる。そのためこの分野では、従来から可視化金型等を用いた型内成形現象の実験解析、およびコンピュータ数値シミュレーションによる成形プロセス、不良現象の解析あるいは予測技術の開発が行われてきた。しかし、従来の実験解析手法は、複雑な型内成形現象の解析に対して充分に寄与できる技術レベルにまで達しておらず、そのため、数値シミュレーションにおいても数値モデルの記述ができずに発展が困難な状況となっているのが実状である。すなわち、高いレベルの新しい実験解析手法の確立が最も必要と考えられる。

 型内成形現象を具体的に解明するためには、物質の移動(樹脂流動、繊維配向)、樹脂圧力・温度の3つを点ではなく面情報として詳細に観測することが必要不可欠と考えられる。そこで、本論文では、実際の成形運転下で起こる各種成形現象の解明を可能とする、型内樹脂流動挙動および型内ガラス繊維配向挙動の可視化手法、キャビティ面圧分布、キャビティ厚さ方向樹脂温度分布の計測手法確立を第一の目的としている。そして上記手法を用いて、従来法では困難であった成形プロセスおよび成形不良現象の定量解析を行い、本手法の有効性を実証した。

 本論文は、序論と総括を除いて3部、合計9章より構成されている。第I部は、汎用ガラスインサート金型の試作・評価と、本金型の実用性を示す各種型内成形現象の実験結果について、第II部は、型内ガラス繊維配向挙動の可視化手法確立と実験結果について、第III部は、キャビティ面圧分布および樹脂温度分布計測法の確立と、それらの有効性を示す計測結果について取り扱っている。

 序論では、型内成形現象を解明するために従来から行われてきた樹脂流動挙動およびガラス繊維配向挙動の実験解析法、樹脂圧力・温度計測手法の概要とそれらの問題点を整理し、今後新たに確立が求められる実験解析法について分析を行った。そして分析結果に基づき、本研究の目的を明らかにした。

 第I部は、型内樹脂流動挙動の実験解析と題し、第1章において、従来の光反射方式のガラスインサート金型を改良し、実成形条件下で発生する各種成形現象の可視化に適用できる広域のガラスキャビティ面と、各種キャビティ形状における観察に対応できる入れ子構造を有する実用的な汎用ガラスインサート金型を提案・試作した。そして、従来の動的可視化手法で検討が行われてこなかったガラスキャビティ面が樹脂充填挙動に及ぼす影響を評価した。その結果、通常の金型温度設定範囲においては、キャビティの片面にガラスブロックを挿入しても、樹脂充填パターンにほとんど影響を与えないことを実証した。

 第2章では、汎用ガラスインサート金型を用いた動的可視化手法の有効性を確認することを目的として、従来の静的可視化手法の代表格であるショートショット法の適用限界について検討した。その結果、ショートショットのフローフロントが、射出完了後の型内冷却過程において変位し、その変位は、スプルー、ランナー内で圧縮された樹脂の圧力開放による前進、樹脂の冷却収縮による後退、一部の結晶性樹脂に見られるフローフロント部の局所変形による前進が、連続あるいは重畳された形態をとることを明らかにした。

 第3章では、汎用ガラスインサート金型を用いて、多数個取り成形における成形品重量バラツキと密接に関係していると予測されるランナー分岐部での樹脂流動挙動解析を行った。その結果、各キャビティへの樹脂流入タイミングが、ランナー分岐部における樹脂飛び出し形状によって支配されることを明らかにした。また、ランナー分岐部での飛び出し形状は、樹脂のダイスウェル特性に依存せず、フィラー充填の有無、さらには分岐部でのフィラー配向状態とフィラー間の凝集力に依存するというモデルを提示した。

 第4章では、汎用ガラスインサート金型を用いて、成形不良現象の中でこれまで最も解明が求められていたウェルドライン生成メカニズムの解析を行った。その結果、成形条件およびキャビティ条件の変化にかかわらず、フローフロント会合角が120°〜150°でウェルドラインが消失すること、ウェルドライン消失会合角が、フローフロント会合部近傍における樹脂圧力状態に依存し、同部における圧力が高いほど消失会合角が小さくなることを実証的に明らかにした。さらに、2つのファウンテンフロー会合部凹曲面、主にキャビティ壁面近傍曲面の、2次元展開によって生じる余剰表面積がウェルドラインを形成するという生成機構モデルを提示した。

 第II部は、型内ガラス繊維配向挙動の実験解析と題し、まず、第5章において、バックライト方式金型とNiめっきガラス繊維を用いた新しい繊維配向挙動観察手法を提案した。そして、従来法では達成できなかった実成形条件下での繊維配向挙動のリアルタイム観察を行い、本成形条件範囲内では、キャビティ厚さ方向に互いに交差した配向分布を示す7層の配向層が形成されることを明らかにした。また流動領域では、キャビティ厚さ方向の速度勾配変化が繊維配向状態を規定し、低速度勾配の中心領域は流動に直交配向のコア層を、その両側の高速度勾配領域は流動方向へ配向する中間層を形成することを明らかにした。しかし、繊維配向層形成メカニズムをさらに詳細に解析するためには、ゲートからキャビティ末端に至る繊維の全流動挙動を連続観察すること、フローフロント付近での繊維回転挙動をさらに拡大して観察することの必要性が示唆された。

 第6章では、第5章で明らかとなった課題を解決するために、ゲートからキャビティ末端までを可視化できる改良型バックライト方式金型と繊維追跡撮影装置から構成される観察手法を提案し、繊維配向層形成メカニズムの検討を行った。コア層の繊維は、ゲートから流出直後、拡大流の影響を受け、流動方向に対して平行から垂直に配向角を変え、平行流領域で、その配向角を維持したまま流動する。中間層の繊維は、全流動過程を通してせん断流の支配を受け、流動方向に対して平行な配向を維持する。スキン層の配向状態は、フローフロント内部で繊維がファウンテンフローする経路に依存し、フローフロント表層部をファウンテンフローする繊維は成形品最外層のスキン層Iを、また内層部を移動する繊維がその内側のスキン層IIを形成することを定量的に実証した。

 第III部は、樹脂圧力・温度分布の実験解析と題し、まず第7章において、樹脂圧力をキャビティ全域における面分布として詳細に同時計測することを目的として、圧力伝達ピンアレイと触覚センサから構成される新しいキャビティ面圧分布計測手法を提案した。そして、まず触覚センサ出力特性の評価実験と、水晶圧電式圧力センサを用いた実成形中における触覚センサ出力の較正方法の提案を行った。つぎに、低密度ポリエチレンにおいて保圧時間を変化させてキャビティ面圧分布計測実験を行い、保圧時間の変化に対応したキャビティ面圧分布変化を詳細に捉えることにより、本計測手法の有効性を実証した。

 第8章では、高集積度、高位置決め精度でキャビティ厚さ方向の急峻な樹脂温度分布を計測することを目的として、めっきにより多数の熱電対パターンをポリイミドフィルム上に集積形成した集積熱電対センサを新たに提案・試作した。そして、まず本センサの基本特性と、熱伝導誤差の発生をできるだけ抑えるための条件を明らかにした。つぎに、本センサを用いて、汎用ポリスチレンのキャビティ厚さ方向樹脂温度分布の計測を行い、射出率の増加に伴い、速度分布に対応するように放物線形状から台形形状へと温度分布が変化する現象、そして圧縮過程において、圧縮された溶融樹脂がキャビティ壁面方向に移動するためと考えられるコア層・スキン層境界領域での一時的な温度上昇現象を捉えた。

 第9章では、第8章で開発した集積熱電対センサの汎用性確認の目的を兼ねて本センサをノズル流路内の流動樹脂温度分布計測に適用した。その結果、スクリュ形状、可塑化条件にかかわらず、ショット中の温度偏差は、ノズル流路中央と流路内壁面とのちょうど中間に当たる位置でピーク値を示すことを明らかにした。さらに、上記温度偏差のピーク値と流動過程での温度変動を、計量過程におけるリザーバ内での樹脂配置状況、およびその後の射出時におけるノズル流路内樹脂流動挙動と密接に関係づけるモデルを提示した。

 最後に総括では、本論文で得られた主な結論を要約し、つぎに、本論文で新たに確立した各種計測手法と従来法との比較検討を行い、本計測手法の特長と課題について整理した。さらに、本実験解析法を用いて得られた解析結果の利用法について述べた後、最後に各種実験解析法の今後の展望を示した。

審査要旨

 射出成形金型内の成形現象は複雑なプロセスをなしているため、定量的、系統的な解明、および成形理論の体系化が著しく遅れている。型内成形現象の解明および成形理論の体系化を行うためには、まず実験解析によって物理現象を明らかにし、その結果を数値モデル化すること、そして逆に、確立された数値モデルに基づき未知の現象を解析・予測することが重要と考えられる。しかし、従来の実験解析手法は、複雑な型内成形現象の解析に対して充分に寄与できる技術レベルにまで達しておらず、そのため、数値モデルの記述ができずに発展が困難な状況となっている。すなわち、高いレベルの新しい実験解析手法の確立が最も必要と考えられる。型内成形現象を具体的に解明するためには、物質の移動(樹脂流動、繊維配向)、樹脂圧力・温度の3つを点ではなく面情報として詳細に観測することが必要と考えられる。本論文では、実際の成形運転下で起こる各種成形現象の解明を可能とする、型内樹脂流動挙動および型内ガラス繊維配向挙動の可視化手法、キャビティ面圧分布、キャビティ厚さ方向樹脂温度分布の計測手法確立を目的としている。そしてこれら手法を用いて、従来法では困難であった成形プロセスおよび成形不良現象の定量解析を行い、本手法の有効性を実証している。以下にその概要を説明する。

 第I部では、型内樹脂流動挙動の可視化手法開発について取り扱っている。第1章では、実成形条件下で発生する各種成形現象の可視化に適用できる広域のガラスキャビティ面と、各種キャビティ形状における観察に対応できる入れ子構造を有する実用的な汎用ガラスインサート金型を試作し、その評価実験を行った。第2章では、上記金型を用いた動的可視化手法の有効性を確認することを目的として、従来の静的可視化手法の代表格であるショートショット法の解析精度の検証を行った。その結果、ショートショットのフローフロントが、射出完了後に変位することを明らかにした。第3章では、上記金型を用いて、ランナー分岐部での樹脂流動挙動解析を行い、各キャビティへの樹脂流入タイミングが、分岐部における樹脂飛び出し形状によって支配されること、また、分岐部での飛び出し形状は、フィラー充填の有無、さらには分岐部でのフィラー配向状態とフィラー間の凝集力に依存することを明らかにした。第4章では、ウェルドライン生成メカニズムの解析を行った。その結果、成形条件等の変化にかかわらず、フローフロント会合角が120°〜150°でウェルドラインが消失することを明らかにし、さらに、ウェルドライン生成機構モデルを提示した。

 第II部は、型内ガラス繊維配向挙動の可視化手法開発について取り扱っている。第5章では、バックライト方式金型とNiめっきガラス繊維を用いた新しい繊維配向挙動観察手法を提案し、本手法を用いて、キャビティ厚さ方向に互いに交差した配向分布を示す7層の繊維配向層が形成されることを明らかにした。第6章では、上記手法をさらに改良した、ゲートからキャビティ末端までを可視化できる改良型バックライト方式金型と繊維追跡撮影装置から構成される観察手法を提案し、7層繊維配向構造の形成メカニズムを実証的に明らかにした。

 第III部は、樹脂圧力・温度分布の計測手法開発に関して取り扱っている。第7章では、樹脂圧力をキャビティ全域における面分布として詳細に同時計測できる、圧力伝達ピンアレイと触覚センサから構成される新しいキャビティ面圧分布計測手法を提案した。そして、各種保圧条件下でキャビティ面圧分布計測を行い、保圧時間の変化に対応したキャビティ面圧分布変化を詳細に捉えることにより、本計測手法の有効性を実証した。第8章では、高集積度、高位置決め精度でキャビティ厚さ方向の樹脂温度分布を計測できる、めっきにより多数の熱電対パターンをポリイミドフィルム上に集積形成した集積熱電対センサを新たに提案・試作した。そして、本センサを用いてキャビティ厚さ方向樹脂温度分布計測を行い、射出率の増加に伴い、放物線形状から台形形状へと温度分布が変化する現象等を捉えた。さらに、第9章では、本センサをノズル流路内の流動樹脂温度分布計測に適用し、スクリュ形状、可塑化条件にかかわらず、ショット中の温度偏差は、ノズル流路中央と流路内壁面とのちょうど中間に当たる位置でピーク値を示すことを明らかにするなど、本センサの汎用性を実証した。

 このように、本論文で確立された型内樹脂流動挙動および型内ガラス繊維配向挙動の可視化手法、樹脂圧力・温度分布の計測手法は、従来法にはない多くの優れた特長を有しており、これらの開発に関する本論文は、型内成形現象の解明のための第一歩を築いたものとして工学的意義が高いものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51018