学位論文要旨



No 213007
著者(漢字) 岡田,博
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ヒロシ
標題(和) 舶用ディーゼル機関の燃焼におけるすすの低減に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 213007
報告番号 乙13007
学位授与日 1996.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13007号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 酒井,宏
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 松為,宏幸
内容要旨

 地球環境を保全するために、自動車および陸上の工場からの排出ガスの濃度規制はますます厳しくなってきているが、船舶による環境(大気および海洋)汚染は沿岸、河川や港内を除けば、人間生活の領域から遠く離れているために、最近まで問題にされることは少なかった。しかし、酸性雨によるバルト諸国の被害を主たる契機にして、船舶から排出される大気汚染物質について国際海事機関(IMO)において議論されるようになり、2000年までに、二酸化硫黄(SO2)は現在の50%、窒素酸化物(NOx)は現在の70%の水準まで、排出量を削減することになっている。今後、すす排出量に対する規制も検討されると思われるが、石油ショック以降の急激な舶用重油価格の高騰と軽質油の需要増に対応した精製法の重質油分解への転換により、舶用重油がより高粘度重質化の傾向にあり、すす排出量は増加すると考えられる。ディーゼル機関から排出されるすすの低減法としては、(1)排気ガス中に水あるいは蒸気を噴射してすすを洗い落す、(2)触媒を用いてすすを再燃焼させる、(3)フィルターや集塵器を用いてすすを濾過する、(4)燃焼室の形状や燃料噴射方式を改良するなどの多くの方法が用いられている。(1)、(2)および(3)は、排気ガスを処理する方法で、(4)は、燃焼状態の改善を目指した方法である。ここでは、すす排出濃度の低減対策として、燃料油に手を加える立場に立って、「バリウム化合物を添加することによるすす抑制効果」と「水と燃料油の乳化燃料を用いることによるすす低減効果」とについて、前者は油滴燃焼実験、噴霧燃焼実験と予混合燃焼実験、後者は大気圧および容器内(高圧雰囲気中)の油滴燃焼実験などの基礎実験によってその現象を詳細に調べたのち、それぞれ舶用ディーゼル機関を用いた実験を行って、実用化への指針を明らかにすることを研究の目的とした。

 ディーゼル機関の燃料にバリウム化合物を添加剤として加えると、排気黒煙の濃度低減に効果があることは知られているが、バリウム化合物がどのような機構で排気黒煙を減少させるかは、まだ明らかにされていない。ここでは、バリウム化合物がどのように作用してすす濃度が低減されるのかを明らかにすることを目的として、まずバリウム化合物を添加した燃料の単一油滴を燃焼させたときに生成されるすすの量を測定し、添加されたバリウム化合物が生成すす量に及ぼす影響を調べ、次にバリウム化合物微粒子を浮遊させた雰囲気中で単一燃料油滴を燃焼させて、その燃焼状態およびすすの生成状況に及ぼすバリウム化合物の影響を調べた。さらに、容器内の高温高圧の空気中にバリウム化合物を添加した燃料を噴射して噴霧燃焼させ、生成されたすす量の計測およびすす粒子の電子顕微鏡による観察を行い、すす生成率やすす及びすす粒子の大きさなどに及ぼすバリウム化合物の影響を調べた。また、定容容器内のベンゼン-空気およびイソオクタン-空気予混合気に一定量の酸化バリウムの微粒子を浮遊させて燃焼させ、その火炎伝播後の光の透過率を計測し、予混合燃焼におけるすす生成に及ぼす影響を調べた。その結果以下のことがわかった。(1)油滴燃焼において、燃料中にバリウム化合物を加えてもすす低減効果はなかったが、雰囲気空気中に酸化バリウムを浮遊させると顕著なすす低減効果を示した。(2)噴霧燃焼において、燃料にバリウム化合物を加えると顕著なすす低減効果を示した。(3)予混合燃焼において、未燃混合気中に酸化バリウムを浮遊させて燃焼させると、すす生成量が減少した。以上3種類の燃焼形態において、油滴燃焼において燃料中にバリウム化合物を添加した場合を除いて、バリウム化合物はいずれも顕著なすす低減効果を示し、すす低減のためには、すすが生成される反応領域にバリウム化合物が存在する必要があることがわかった。

 つぎに実際に舶用ディーゼル機関を運転して、燃料および吸気中にバリウム化合物を添加した場合のすす排出量の低減効果を調べた結果、次のことがわかった。(1)ディーゼル機関の燃焼において、吸気中または燃料油中にバリウム化合物を添加すると、すす濃度を低減する作用がある。その量的な比較をすると燃料油中に浮遊させた場合がよりすす濃度の低減の幅が大きかった。(2)排気ガス中のすすの光学顕微鏡写真と電子顕微鏡写真より、バリウム化合物を添加すると、すすを構成しているすす粒子の大きさと形はかわらないが、すす粒子の集まり方が少なくなり、一つ一つのすすが小さくなっている。

 乳化燃料油は、燃料油と水とを適当な割合に混合し、乳化させたものであり、ディーゼル機関やボイラなどの省エネルギーおよび排気対策の両面から、注目を集めている。乳化燃料油の窒素酸化物、炭化水素、一酸化炭素などの有害排出物低減効果に関する研究は多くあるが、すす生成に関する研究は少ない。ここでは、乳化燃料油の燃焼におけるすす生成に関する基礎研究として、A重油に水を種々の割合に添加した乳化燃料油の単一油滴の大気圧、室温下における燃焼特性やすす生成量の傾向を調べた。また、電子顕微鏡写真によって1つのすすを構成している単一粒子の大きさや集まり方を調べ、さらにX線ディフラクトメータを用いてすす粒子の粒径分布やすすの単一粒子内の結晶子の大きさについても比較検討した。また、実際のディーゼル機関においては、燃料は高温、高圧下で燃焼しており、さらに、燃料としてC重油が用いられる。そこで、A重油およびC重油の乳化燃料油滴を、高圧雰囲気中で燃焼させて、すすの生成率やすす粒子の大きさについても調べた。その結果、大気圧下では燃焼中に油滴から多数の小滴が飛び出して火炎が飛散するミクロ爆発が起こり、すす生成率の大幅な減少、燃焼時間の短縮などの燃料乳化の効果が認められたが、1.0MPa以上の高圧雰囲気中においては、ミクロ爆発は観察されなくなり、すす生成率および燃焼時間に関して燃料乳化の効果は現れなかった。

 乳化燃料油を舶用ディーゼル機関に用いて、乳化燃料油の水分含有量、機関負荷、燃料噴射時期および吸気圧を変化させ、その性能に及ぼす影響やすすの排出濃度と生成率および排出ガス成分の濃度に対する影響を調べた。また、電子顕微鏡写真より1つのすすを構成しているすす粒子の大きさや集まり方について調べるとともに、機関の連続運転後の燃焼室内の汚れや潤滑油の性状の変化についても検討した。その結果、(1)乳化燃料油は、舶用ディーゼル機関の排気ガス中のすす重量の低減には、効果的であり、水分量が多くなるに従って、すす生成率は小さくなった。(2)乳化燃料油を使用すると点火おくれが長くなり、排気ガス温度は低下し、燃料消費率は少し小さくなる傾向を示した。(3)乳化燃料油を用いる場合には、すすの生成率、燃料消費率、排気温度などにそれぞれ適した噴射時期がある。(4)乳化燃料油を使用すると、燃焼室内のカーボン等の付着量は少なくなり、付着物の色は黒色からうすい焦げ茶色に変った。(5)乳化燃料油中の平均水粒子径を変化させても、すす濃度、燃料消費率、最高圧、排気温度等に差異は見い出せなかった。(6)乳化燃料油の使用による燃料噴射系統や排気管の腐食および潤滑油の汚れの問題に関しては、その影響を明確にすることはできなかった。

 以上のバリウム化合物を添加することによるすす抑制効果と水と燃料油の乳化燃料を用いることによるすす低減効果に関する基礎実験および舶用ディーゼル機関を用いた実験より以下の知見を得た。

 1)油滴燃焼において、雰囲気空気中に酸化バリウムを浮遊させると顕著なすす低減効果を示した。

 2)噴霧燃焼において、燃料にバリウム化合物を加えると顕著なすす低減効果を示した。

 3)予混合燃焼において、未燃混合気中に酸化バリウムを浮遊させて燃焼させると、すす生成量が減少した。

 4)以上のことから、すす低減のためには、すす生成の反応領域にバリウム化合物が存在する必要があることがわかり、これを踏まえて舶用ディーゼル機関を用いた実験を行った結果、吸気中または燃料油中にバリウム化合物を添加すると、排出されるすす濃度が低減された。

 5)大気圧下での乳化燃料油滴の燃焼実験では、燃焼中にミクロ爆発が起こり、すす生成率の大幅な減少、燃焼時間の短縮などの水添加の効果が認められたが、高圧雰囲気中においては、ミクロ爆発は観察されず、すす生成率および燃焼時間に関して水添加の効果は現れなかった。

 6)乳化燃料油を用いて、舶用ディーゼル機関を運転したところ、燃料油中の水分量が多くなるに従って、すす生成量が減少した。この原因は、高圧下の油滴燃焼実験結果から推察すると、ミクロ爆発、水による温度低下あるいは希釈効果ではなく、燃料噴射量の増加に伴うペネトレーションの増大によるものと考えられる。

審査要旨

 商船学士岡田博提出の論文は、「舶用ディーゼル機関の燃焼におけるすすの低減に関する実験的研究」と題し、6章からなっている。

 地球環境を保全するために、自動車および陸上の工場からの排出ガスの濃度規制はますます厳しくなってきているが、船舶から排出される大気汚染物質については、その排出量を2000年までに、二酸化硫黄を現在の50%、窒素酸化物を現在の70%の水準まで削減することになっている。その後、すすの排出量も規制される方向であるが、舶用重油燃料の高粘度化および重質化の傾向が続く現況においては規制への対応は困難である。このような背景から、本研究ではすす排出量の低減法として、燃料油に手を加える立場に立って、バリウム化合物の添加と、水および燃料油を混合した乳化燃料の採用とを取り上げ、これらの方法によるすすの排出量低減効果ついて基礎的に調べ、舶用ディーゼル機関を用いた実験を行って実用化への指針を明らかにしようとするものである。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章においては、バリウム化合物がすすの生成を抑制する作用を調べる基礎実験として、バリウム化合物を添加した燃料の単一油滴を燃焼させた場合、バリウム化合物微粒子を浮遊させた雰囲気中で単一燃料油滴を燃焼させた場合について、燃焼状態およびすすの生成状況を調べている。さらに、容器内の高温高圧の空気中にバリウム化合物を添加した燃料を噴射して噴霧燃焼させ、生成されたすす量の計測と、すす粒子の電子顕微鏡による観察を行っている。また、定容容器内の予混合気に一定量の酸化バリウムの微粒子を浮遊させて燃焼させ、予混合燃焼におけるすす生成に及ぼす影響を調べている。その結果、油滴燃焼において、燃料中にバリウム化合物を加えてもすす低減効果はないが、雰囲気空気中に酸化バリウムを浮遊させると顕著なすす低減効果があること、噴霧燃焼においては燃料にバリウム化合物を加えると顕著なすす低減効果があること、予混合燃焼においては、未燃混合気中に酸化バリウムを浮遊させて燃焼させると、すす生成量が減少することなどを見出している。また、バリウム化合物の効果がある場合には、すすが生成される反応領域に同化合物が存在する必要があることも示している。

 第3章においては、舶用ディーゼル機関を用いて、燃料油あるいは吸気中にバリウム化合物を添加した場合のすす排出量の低減効果を調べている。その結果、燃料油中あるいは吸気中いずれの場合にもすす濃度を低減する効果があること、燃料油中に浮遊させた場合が効果がより大きいこと、バリウム化合物を添加すると、すすを構成しているすす粒子の大きさと形は変わらないが、すす粒子の集まり方が少なくなり、個々のすすが小さくなることを示している。

 第4章においては、乳化燃料油の燃焼におけるすす生成に関する基礎研究として、A重油に水を種々の割合に添加した乳化燃料油の単一油滴の燃焼特性やすす生成量の傾向を調べ、さらに、電子顕微鏡写真やX線ディフラクトメータによってすす粒子を構成している単一粒子の大きさや集まり方、すす粒子の粒径分布、粒子内の結晶子の大きさを検討している。その結果、大気圧下では燃焼中に油滴から多数の小滴が飛び出して火炎が飛散するミクロ爆発が起こり、すす生成量の大幅な減少、燃焼時間の短縮などの効果が認められたが、1.0MPa以上の高圧雰囲気中においては、ミクロ爆発は観察されなくなり、すす生成抑制の効果がないことを示している。

 第5章においては、舶用ディーゼル機関を用いて、乳化燃料油の水分含有量、機関負荷、燃料噴射時期および吸気圧を変化させ、機関性能およびすすの排出濃度に及ぼす影響を調べている。また、電子顕微鏡写真によってすすを構成しているすす粒子の大きさや集まり方について調べるとともに、機関の連続運転後の燃焼室内の汚れや潤滑油の性状の変化についても検討している。その結果、乳化燃料油はすすの排出量の低減に効果的であること、乳化燃料油を使用すると燃焼室内のカーボン等の付着量が少なくなることなどを見出している。

 第6章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文は舶用ディーゼル機関のすすの排出量の低減に関して、バリウム化合物および乳化燃料を用いることが有効であることを、基礎実験と実機関によって示し、その機構についても明らかにしたものであり、燃焼学および内燃機関工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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