学位論文要旨



No 213009
著者(漢字) 脇本,浩司
著者(英字)
著者(カナ) ワキモト,コウジ
標題(和) 設備管理の効率化を目的とした図面検索方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 213009
報告番号 乙13009
学位授与日 1996.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13009号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 濱田,喬
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 電力、鉄道、道路、上下水道、ビル、プラントなど、大量の設備を保有する各分野では、コンピュータを用いた設備管理システムを導入して設備の維持管理の効率化を図っている。設備管理システムの主な機能は、設備に関する情報をデータベースに格納し、点検や故障の際に必要な情報をデータベースから検索して操作員に提供することである。設備に関する情報の多くは図面を用いて表現されるため、設備管理システムにおいては図面検索の機能が重要である。

 本論文では、設備管理の目的で用いられる図面を設備図面と呼ぶ。設備管理システムで用いられる設備図面の例としては、プラントにおける機器や配管などの設備を管理するためのプラント系統図面や、配電のための電線や電柱などの設備を管理するための配電線路図面などがある。操作員はこれらの図面を検索して参照しながら点検・保守の作業手順を設計したりシステムの状態の診断を行う。従って、設備管理システムでは操作員の設計や診断などの知的な作業を効果的に支援する図面検索の機能が求められる。ところが、従来のシステムでは図面番号や設備番号を与えて該当する図面を検索したり、逆に画面上に表示した図面のシンボルを指し示してそれに関連する情報を検索するなどの単純な検索機能が提供されているだけである。そのため、操作員が設計や診断を行う過程でこれらの検索機能を使う場合、目的の図面を得るまでに複雑な操作が必要になり操作員の思考を妨げてしまうなどの問題があった。

 本研究は、点検手順の設計や故障の診断などの操作員の作業を効果的に支援する設備管理システムを実現することを目的として、設備図面の類似検索や関連検索などの高度な検索を可能にする技術を確立しようとするものである。

 本研究の主な成果は以下の2点である。

(1)図面の類似検索方式の確立

 過去の類似した点検作業の事例を参考にして新たな点検手順を設計する際に、図面の構造をサンプル図により例示してそれに類似した図面を検索する機能があれば有効である。

 本研究ではシンボルや接続線から構成される図面に対しグラフによりその構造を表現し、それに基づいて図面の間に類似度を定義する方法を考案した。また、この類似度により的確な類似検索が可能であることをプラント系統図面を用いた評価実験によって示した。

 さらに、本研究で定義した類似度を用いて類似検索を行う方式を開発した。利用者の示したサンプル図とデータベース中の図面との間で類似度を評価するためにはグラフマッチングの処理が必要になり検索に要する時間が長くなるという問題がある。この問題に対し予め粗いマッチングで検索対象を絞りこんでから詳細なマッチングを行う二段階マッチングの方式を用いることにより検索時間を短縮できることを示した。

(2)図面の関連検索方式の確立

 多くの要素から構成される設備の診断においては図面上で要素間の関連性をたどってゆく作業がよく行われる。シンボルや接続線から構成される図面に対し、あるシンボルを起点として接続線をたどりながら関連するシンボルを順次調べてゆく場合、接続線が込み入って記入されていたり接続線をたどる範囲が何枚もの図面にわたっていると目視により接続線をたどっていくのは容易な作業ではない。

 本研究では、このような検索において接続線のたどり方のパターンを視点移動ルールとして予め登録しておくことにより利用者の意図を的確に反映した検索を簡単な操作で行う方式を示した。

 以下本論文の内容を章ごとにまとめる。

 第1章では、本研究の背景および関連する研究についてまとめた。

 第2章では、設備管理において必要となる図面の検索機能として類似検索と関連検索の2つの内容検索の機能を取りあげ、それらを実現するための技術課題について分析した。図面の類似検索においては図面の接続構造を反映した類似度の定義が必要であり、従来提案されてきた類似度の定義では不十分であることを示した。また通常の方法では類似度を評価するために多大な時間を要するため、実用的な検索機能を実現するためには検索を高速化するための工夫が必要であることを示した。図面の関連検索では従来の方式としてハイパーリンク方式について検討した。ハイパーリンク方式ではノード間の関連が複雑になるとどのリンクをたどればよいかわからなくなるという問題があり、この問題に対処するためには利用者を的確に誘導するしくみが必要であることを示した。

 第3章では、図面の接続構造を反映した類似度の定義を行った。類似度を定義するためにまず特徴グラフと呼ぶ図面特徴の記述方法を導入した。さらに、2つの特徴グラフの対応づけに対し節点と枝の整合度を評価することにより図面間の類似度を決定するものとした。特に、枝の整合度の評価においては任意の2つの節点の間に近接度と呼ぶ尺度を導入し、これをもとにして枝の評価値を定義した。この近接度の導入により図面の接続構造を反映した類似度の定義が可能となった。評価実験の結果、この類似度の定義に基づいて検索を行う場合、判定規準値を適切に設定すれば呼び出し率と適合率がともに95%以上となる的確な検索が可能となることが確認できた。

 第4章では、第3章で定義した類似度に基づく類似検索を高速に行うための二段階マッチングの方式を示した。二段階マッチングにおいては粗マッチング値により大雑把な絞り込みを行い、その後に第3章で定義した類似度である詳細マッチング値を求めてその値が判定規準値以下のものを選択する。この粗マッチング値は本研究で導入した図面構造の表記方法である距離マップを用いて定義した。粗マッチング値が詳細マッチング値より小さくならないことを理論的に確認し、二段階マッチング方式によって必ず正当な(類似度が判定規準値以下の)結果が得られることを示した。また、検索時間の評価実験では二段階マッチングによる検索時間は平均で2.8秒と従来の詳細マッチングのみによる検索方式に対して約6分の1になり、二段階マッチングの効果が確認できた。

 第5章では、視点移動ルールを用いた図面の関連検索方式を提案し、その有効性について論じた。関連検索の過程をデータ空間のなかで利用者が視点を移動させてゆく過程ととらえてモデル化し、視点移動モデルと名付けた。視点移動モデルにおいては一連の検索の観点を含んだナビゲーションのパターンを視点移動ルールの形で表現することができる。この視点移動モデルに基づいて関連検索方式を構築することにより、利用者を状況に応じて的確に誘導する関連検索の機能を実現することができた。プラントにおける異常の診断を想定した評価実験では、従来のハイパーリンク方式と比べて枝分かれのある検索の割合および枝分かれがある場合の枝分かれの数はともに約30%減少し、提案した方式の有効性が確認できた。

 第6章では、本研究で提案した図面の類似検索、関連検索をプラント設備管理の応用に適用したプラント設備管理データベースシステムの試作結果について述べた。この試作により、設備管理の主な業務である点検・保守や監視・制御の各場面で図面の類似検索、関連検索が有効に機能することが確認できた。

 以上まとめると、本研究では設備図面を対象として類似検索および関連検索の二種類の検索方式を考案し、それらの検索機能により設備管理において必要となる図面情報が簡単な操作で素早く検索できることを示した。これらの検索機能を設備管理システムの中に組み込んでゆくことにより、従来煩雑であった設備管理業務が効率化されることが期待できる。

審査要旨

 本論文は「設備管理の効率化を目的とした図面検索方式に関する研究」と題し,点検手順の設計や故障の診断などの作業を効果的に支援する設備管理システムの実現を目的として,設備図面の類似検索や関連検索などの高度な検索を可能にする技術の確立を目指して行った一連の研究を纏めたもので,7章よりなっている。

 第1章は「序論」で,本研究の背景について述べ,本研究の目的を明らかにすると共に,本論文の構成について述べている。

 第2章「設備管理における図面の検索」では,設備管理において必要となる図面の検索機能として類似検索と関連検索の二つの内容検索の機能を取りあげ,その技術課題を分析している。図面の類似検索では,図面の接続構造を反映した類似度の定義が必要であり,従来提案されてきた類似度の定義では不十分であり,又,類似度を評価するために多大な時間を要し,実用的な検索機能の実現には,高速化が必要であることを示している。図面の関連検索では,従来の方式としてハイパーリンク方式を検討し,ノード間の関連が複雑になると,どのリンクを辿ればよいか分からなくなるという問題があり,利用者を的確に誘導する仕組が必要であることを示している。

 第3章「グラフ表現に基づく図面の類似検索方式」では,図面の接続構造を反映した類似度を定義するために,特徴グラフと名付けた図面特徴の記述方法を導入し,二つの特徴グラフの対応づけに対し,節点と枝の整合度を評価して図面間の類似度を決定する方式を提案している。特に,枝の整合度の評価では,任意の二つの節点の間に近接度と呼ぶ尺度を導入して,枝の評価値を定義しており,図面の接続構造を反映した類似度の定義を可能としている。評価実験の結果,判定規準値を適切に設定すれば呼出率と適合率が共に,95%以上となる的確な検索が可能となることを確認している。

 第4章「図面の類似検索のための高速マッチング方式」では,前章で定義した類似度に基づく類似検索を高速に行うための二段階マッチングの方式を提案している。二段階マッチングにおいては,粗マッチング値により大雑把な絞り込みを行い,その後に前章で定義した類似度である詳細マッチング値を求めてその値が判定規準値以下のものを選択する。この粗マッチング値は図面構造の表記方法である距離マップを用いて定義し,粗マッチング値が詳細マッチング値より小さくならないことを理論的に確認し,二段階マッチング方式によって必ず類似度が判定規準値以下の正当な結果が得られることを示している。又,検索時間の評価実験では,二段階マッチングによる検索時間は,従来の詳細マッチングのみによる検索方式に対して約6分の1になり,二段階マッチングの効果を確認している。

 第5章「視点移動ルールに基づく図面の関連検索」では,視点移動ルールを用いた図面の関連検索方式を提案し,その有効性について論じている。関連検索の過程を,データ空間の中で利用者が視点を移動させて行く過程と捉えてモデル化し,視点移動モデルと名付け,一連の検索の観点を含んだナビゲーションのパターンを視点移動ルールの形で表現する。この視点移動モデルに基づいて関連検索方式を構築し,利用者を状況に応じて的確に誘導する関連検索の機能を実現している。プラントにおける異常の診断を想定した評価実験では,従来のハイパーリンク方式と比べて,枝分れのある検索の割合及び枝分れがある場合の枝分れの数は,共に約30%減少し,提案した方式の有効性を確認している。

 第6章「プラント設備管理データベースシステム」では,本論文で提案している図面の類似検索,関連検索をプラント設備管理の応用に適用したプラント設備管理データベースシステムの試作結果について述べ,設備管理の主な業務である点検・保守や監視・制御の各場面で図面の類似検索,関連検索が有効に機能することを確認している。

 第7章は,「結論」であって本研究の成果を纏めている。

 以上これを要するに,本論文は点検手順の設計や故障の診断などの作業を効果的に支援する設備管理システムを実現することを目的として,設備図面を対象として類似検索および関連検索の二種類の検索方式を考案し,これらの検索機能を設備管理システムに組込むことにより従来煩雑であった設備管理業務が効率化されることを示す等,図面処理技術の進展に寄与するところが多大であり、電気・電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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