学位論文要旨



No 213014
著者(漢字) 並川,靖生
著者(英字)
著者(カナ) ナミカワ,ヤスオ
標題(和) 引上げ法によるYBa2Cu3O7-x単結晶成長における成長条件制御および大型高品質化
標題(洋)
報告番号 213014
報告番号 乙13014
学位授与日 1996.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13014号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 栗林,一彦
内容要旨

 1986年に発見された酸化物超電導材料は、様々な産業分野に革新的発展をもたらす可能性を秘めた新材料として期待され、基礎的な物性研究、実用化のための材料プロセス技術の研究開発が精力的に進められている。このような中で、超電導材料の精密な物性測定用試料、および超電導デバイスのホモエビタキシャル用基板として、良質で大型の酸化物超電導材料単結晶が必要とされている。中でもYBa2Cu3O7-x(以下Y123と略す)は組成、構造が単純で、安定性も高いために、幅広く研究が進められてきた。Y123相は包晶反応により生成するため、初期には主としてBa,Cuの酸化物融液を溶媒とするセルフ・フラックス法により単結晶作製が行われていたが、この方法においては、結晶の大型化が困難であり、多くの場合、得られた結晶は、ab面で数mm角、c軸方向には1mm以下の小さなものであった。

 改良型溶液引上げ法(Solute Rich Liquid Crystal Pulling法、SRL-CP法)の開発で、上記のセルフ・フラックス法の有する問題点が克服され、バルク状Y123単結晶を得ることが可能となった。この方法では、温度勾配下に配置したるつぼ中に、包晶反応に関与する固相であるY2BaCuO5相を液相と共存させて溶質供給源とすることにより、溶液表面におけるY過飽和度を高い状態に維持することができ、その結果、セルフ・フラックス法に比べて高い成長速度でY123単結晶を連続的に作製することが可能となった。しかし、得られている結晶はまだ数mm角レベルであり、その用途に対して十分な大きさではなく、さらに大型化を進めることが必要であった。また、Y123単結晶の結晶性向上、結晶成長の制御性向上は、まだ全く手つかずの課題であった。そこで、本論文では、改良型溶液引上げ法によって、より大型で高品質のY123単結晶を制御性よく作製する技術を確立することを目的として研究を進めた。

 改良型溶液引上げ法においてY123単結晶を大型化していくためには、結晶成長時間を長時間安定に維持することが必要であり、そのためには、溶液対流状態を正確に把握し、それを安定化することが重要となる。そこで、まず差分法を用いた数値シミュレーションにより溶液対流状態の解析を行った。また、種々のパラメータを仮想的に微小量変化させた時の系の状態変化を無次元数を用いて次元解析し、溶液対流状態を一般化された形で記述した。その結果、強制対流と自然対流の強度比は、無次元数Re1.5Dsc0.7/Grと高い直線関係を有していること、また、図1に示すように、無次元化結晶成長界面温度は、系の無次元数を用いて、=CRe0.028Pr0.041Gr0.019Dsc0.064という関係で半定量的に記述することができることが明らかとなった。

図1 無次元化結晶成長界面温度()と無次元数との関係

 続いて、結晶サイズ、結晶回転数、結晶成長界面温度および溶液対流状態の関係を実験的に測定し、計算結果との比較を行うことにより、計算結果が実験結果をよく再現していることを確認し、結晶成長界面温度が受ける影響を定量的に明らかにした。MgOダミー結晶を用いて測定した、結晶成長界面温度と結晶回転数、結晶サイズの関係を図2に示す。これらの結果に基づき、結晶成長界面温度の安定、溶液表面浮遊物排除、溶質濃度境界層厚さの低滅の3点の要求を同時に満足するように結晶回転数を制御することにより、結晶成長を安定化させ、結晶の大型化を試みた。その結果、ab面内で17×17mm2、c軸方向に8mmの大きさを有するY123単結晶の作製が可能となった。

 さらに、結晶成長状態の安定性を決定する要因である、るつぼ内溶液の保持、溶液表面浮遊物発生、および溶液対流安定性の3つの課題の解決には、大型るつぼ使用が効果的であると考えられることから、大型るつぼの使用が可能な大型引上げ炉を試作開発した。大型るつぼを使用することにより、15mmクラスのY123大型単結晶を再現性よく作製することが可能となった。表1に標準的結晶成長条件、図3に作製されたY123単結晶の外観を示す。外形14.5×14.5×13mm3で、結晶径の安定した直胴部を有している。

図2 異なるサイズ(Ls)のMgOダミー結晶を用いて測定した結晶成長界面温度(Ti)の結晶回転数(R)依存性表1大型るつぼを用いたY123単結晶成長の結晶成長条件図3 大型るつぼを用いてc軸方向に引き上げたY123単結晶

 大型単結晶を安定に再現性よく作製するためには、結晶形状制御が一つの重要な技術となる。そこで、引上げ法におけるY123単結晶の成長速度異方性について実験的に評価し、大型単結晶作製時に重要な技術となる形状制御の可能性について検討した。

 <100>引上げ結晶の横方向結晶成長速度の過飽和度依存性を図4に示す。図4より、{001}側面成長速度(Rcha)が{100}側面成長速度(Raha)よりも高く、成長速度比はRcha/Raha=1.3であることが分かる。また、どちらの面においても成長速度は過飽和度の2乗にほぼ比例している。同様に、結晶底面での{001}面と{100}面の成長速度比はRcvc/Rava=1.6-2.0であった。これらの結果から、改良型溶液引上げ法においては、{001}面の成長速度が{100}面の成長速度よりも高いことが明らかとなったが、成長界面での低過飽和度がその原因であると考えられる。

図4 <100>引上げのY123単結晶の横方向結晶成長速度の過飽和度()依存性。●は{100}面成長速度(Raha)、○は{001}面成長速度(Rcha)を示す。曲線は実験結果を2でフィッティングしたもの。

 結晶底面と結晶側面の成長速度を比較した結果、実効的引上げ速度が低い時、結晶底面成長速度は結晶側面成長速度以上に強い過飽和度依存性を持っていることが明らかとなった。溶液対流の数値解析結果、溶液温度測定結果をもとにした考察から、強制対流による結晶成長界面温度の上昇による結晶底面の実効的過飽和度低下がその原因であると考えられる。

 得られた結晶成長速度異方性の結果をもとに、引上げ法におけるY123単結晶の形状制御の可能性について考察した。<100>方向の引上げでは、育成される結晶はおよそ45°の肩角度で広がったピラミッド型の形状となると予想されるのに対し、<001>方向の引上げでは、結晶成長条件を制御することにより、約25°の角度で広がる比較的一定に近い結晶径を有する長尺のY123単結晶を作製することが可能であることが明らかとなった。この推定結果は実際に得られた結晶形状とも比較的よく一致している。

 実際に超電導物性研究、超電導デバイス応用等にY123単結晶を用いていくためには、その結晶性は極めて重要である。そこで、本結晶引上げ法で作製された単結晶の結晶性を評価し、その高品質化の可能性を検討した。

 X線ロッキングカーブ測定、X線トポグラフィによる評価から、MgO単結晶の一次種結晶から成長させたY123単結晶の二次種結晶を用いる、従来の成長法で作製したY123単結晶は結晶成長方向に伸びるお互いに0.1-0.8°程度傾いた、いくつかの小傾角粒界を含んでいることが明らかとなった。

 そこで、粒界を含まない高品質のY123単結晶を種結晶として用いて結晶成長を行った。得られたY123単結晶のX線ロッキングカーブを図5に示すが、FWHMが約0.14°の良好なシングル・ピークであり、粒界を含まない単結晶であると考えられる。縦断面(ac面)、横断面(ab面)のX線トポグラフ像においても顕著な粒界は認められず、高品質のY123単結晶を種結晶とすることにより、結晶性の優れたY123単結晶を作製することが可能であることが明らかとなった。

図5 粒界を含まない高品質のY123単結晶種結晶から成長したY123単結晶のX線ロッキングカーブ。回折光は(005)反射。

 酸素雰囲気中で熱処理した結晶の磁化の温度依存性測定から、Tc onsetは約93.6K、転移温度幅は約0.9Kという結果を得た。転移温度が高く、転移幅が小さいことから、改良型溶液引上げ法で作製されたY123単結晶は、極めて良好な超電導転移特性を有していることが確認できた。磁化の温度依存性、磁場強度依存性の測定結果から、小傾角粒界が含まれた結晶と含まれない結晶との間で明瞭な差異は認められず、傾角0.8°以下程度の小傾角粒界は、少なくとも77Kにおいては有効なピンニング・センターとして作用しないと結論できた。

 以上述べたように、本研究により、結晶大型化、結晶形状制御、結晶高品質化という重要な三つの技術課題に対し、それぞれの指針を与えることができ、Y123の大型高品質単結晶作製のための基礎技術を確立することができたと言える。今後、これらの技術を基盤として、酸化物超電導材料の大型高品質単結晶作製技術がさらに進展することを期待したい。

審査要旨

 本研究は,大型で高品質のYBa2Cu3O7-x(以下Y123と略す)単結晶を再現性よく作製する技術を確立することを目的として行われたもので,6章よりなる。

 第一章は序論であり,本研究の背景を述べ,従来の結晶成長法による結果をまとめ,その問題点を明らかにした。改良型溶液引上げ法で作製された単結晶をより大型化するためには,(1)結晶成長時間の長時間化と,(2)結晶の形状制御が課題となることを示した。

 第二章では,本結晶引上げ法における溶液対流状態を数値シミュレーションを用いて明らかにし,その結果を次元解析することにより結晶成長に対する系の安定化条件を求めた。溶液内対流状態に影響を与える結晶回転数・溶液温度・結晶径およびるつぼ径ならびにその比と結晶成長界面温度との関係を求めた。そして無次元化結晶成長界面温度は,系の無次元数レイノルズ数・グラスホフ数・プランドル数・結晶径とるつぼ径の比で定量的に記述することができた。これにより伝導に比べて対流の影響が強く,また,結晶径とるつぼ径の比が結晶成長界面温度に大きな影響を与えていることを明らかにした。結晶成長を安定化させるためには,結晶成長界面温度を安定させることが重要であることを述べ,そのための手段として,結晶径の拡大に応じて結晶回転数を低下させていく方法と大型るつぼ使用を提示した。

 第三章では結晶サイズ,結晶回転数,結晶成長界面温度および溶液対流状態の関係を実験的に測定することにより,溶液内の熱輸送が主として対流により支配されていることを確認し,結晶成長界面温度が受ける影響を明らかにした。第二章で述べた計算結果が実験結果をよく再現していることを確認した。これらの結果に基づき,結晶成長界面温度の安定,溶液表面浮遊物排除,溶質濃度境界層厚さの低減の3点の要求を同時に満足するように結晶回転数を制御することにより,結晶成長を安定化させ,結晶の大型化を試みた。その結果,ab面内で17mm×17mm,c軸方向に8mmの大きさを有するY123単結晶の作製が可能となった。るつぼの長寿命化として,内るつぼにY2O3,外るつぼにMgOを用いた二重るつぼ方式を提案した。これにより,不純物汚染がMgOるつぼを単体で使用した場合の20分の1以下で,200hの長時間にわたって溶液を安定に保持できることを確認した。さらに,大型るつぼの使用が,結晶成長状態の安定性を決定する要因である,るつぼ内溶液の保持,溶液表面浮遊物発生,溶液対流安定性の3つに効果的であることを示した。その結果,15mmクラスのY123大型単結晶の作製に大型るつぼを使い,一例として外形14.5mm×14.5mm×13mmで,結晶径の安定した直胴部を有するY123単結晶を得た。

 第四章では,引上げ法におけるY123単結晶の成長速度異方性について実験的に評価し,大型単結晶作製時に重要な技術となる形状制御の可能性について検討した。{001}面の成長速度が{100}面の成長速度よりも高く,どちらの面においても成長速度は過飽和度の2乗にほぼ比例していることを示した。引上げ法におけるY123単結晶の形状制御の可能性について考察した。<100>方向の引上げでは,育成される結晶はおよそ45゜の肩角度で広がったピラミッド型の形状となると予想されることを示した。それに対し,<001>方向の引上げでは,結晶成長条件を制御することにより,約25°の角度で広がる比較的一定に近い結晶径を有する長尺のY123単結晶を作製することが可能であることを明らかにした。この推定結果は実際に得られた結晶形状とも比較的よく一致していることを指摘した。

 第五章では,本結晶引上げ法で作製された単結晶の結晶性を評価し,その高品質化の可能性を検討した。従来法で作製したY123単結晶はいくつかの小傾角粒界を含んでいるのに対し、粒界を含まない高品質のY123単結晶を種結晶として結晶成長させると,半値幅が約0.14゜の良好な単結晶が作製でき、X線トポグラフ像においても,結晶全体で単一粒になっていることを確認した。得られた結晶の磁化の温度依存性測定から,Tc onsetは約93.6K,転移温度幅は約0.9Kであり超伝導転移に関して,十分に高品質であることが確認できた。

 第六章では本論文を総括した。

 以上を要するに,本研究は,結晶成長時間の長時間化,結晶形状制御,結晶高品質化という重要な三つの技術課題に対し,それぞれの指針を与え,これによりY系超伝導材料の大型高品質単結晶作製の基礎技術を確立したもので,凝固・結晶成長工学の進展に寄与するところ大きい。よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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