内容要旨 | | 工学,工業上の種々のニーズに対応した材料評価手法の開発にはめざましいものがあるが,克服すべきいくつかの課題が残されている.その一つは局所領域の力学特性評価である.この背景にはマイクロメカニズムなどに用いられる極微小構造材料の力学特性の直接計測への強い要望がある.力学特性評価におけるこのような空間分解能の向上は,単に局所領域の評価を可能にするという直接的効果をもたらすだけでなく,微細構造をもつ材料のマクロからミクロに至る力学特性の階層的評価を可能にし,多結晶材料の力学的挙動の本質の解明に寄与するという重要な工学的意義がある.また,材料評価に課せられたもう一つの課題として,表面層ならびに表面薄膜の評価がある.例えば,表面改質を目的として材料表面に形成されるコーティング薄膜は,その構造上の特異性の故に力学特性評価が極めて困難であり,その的確な評価法の確立が急務となっている.評価対象の大きさがミリメートルオーダー以下になると,材料強度を論じる上で基礎となる弾性率でさえ,空間的,幾何学的制約のためにその測定が困難となるのが現状である.材料の信頼性向上を図るには,この克服が不可欠である. ところで,材料の力学特性評価に対する超音波の有効性は既に多くの実績が示すとおりであり,特に,材料表面を伝搬する波,いわゆる弾性表面波を利用することで表面層の評価への適用も可能である.この弾性表面波の挙動は材料表面に超音波を斜入射させたときの反射率応答と密接に関連しているため,局所領域の反射率を測定することにより,材料表面の微視的な情報が得られるものと期待される.この点を踏まえると,前述の課題,すなわち材料表面層の局所領域における力学特性評価に反射率測定法を適用し,その可能性を探ることは工学上極めて意義深いと考えられる. 本研究では,弾性特性を主としたいくつかの材料特性の評価に反射率測定法を適用し,局所領域における超音波スペクトロスコピーを交えたこの手法独自の有効性を実験と解析を通じて多角的に調べ,その特徴を生かした材料評価手法の開発を目指した.新しい評価手法の開発においては,評価原理の有効性を検証するのみならず,測定精度を把握した上で測定結果の妥当性を検証することが重要である.本研究ではこれを念頭に置き,以下の内容について研究を進めた. まず第1章では,材料評価に課せられたいくつかの課題について概説するとともに,弾性表面波による材料評価手法の現状を述べ,本研究の位置づけと目的を明らかにした.第2章では,本研究の基礎となる固体/液体界面での反射率とその関連事項について説明し,それを踏まえて反射率測定に基づく表面波スペクトロスコピーを利用した材料評価システムの有望性について概説した.また,局所領域の反射率を計測する実験装置の概要と反射率の測定手順ならびに解析手順について詳細に説明した. 第3章,第4章では,材料評価の基礎パラメータとなる表面波速度と減衰率の測定とその利用について検討した.第3章では,反射率による表面波速度評価に関して,その評価手法の有効性,測定値の妥当性を検証し,さらに測定精度を調べた.また,測定値に影響を及ぼすと考えられる因子について検討した.これらの結果を踏まえて,熱処理鋼,圧延材,傾斜機能皮膜の表面波速度評価に反射率測定法を適用し,その実用性を示した.第4章では,反射率の周波数依存性を利用した新しい表面波減衰評価法を提案し,その手法の妥当性を検証するとともに測定精度について検討した.また,ここで評価される減衰値が多結晶材料の結晶粒径や組織変化を捕らえるのに効果的であることを示した. 第5章では,コーティング材料の評価への適用について詳細に検討した.まず,膜構造材料の反射率の汎用的な解析法を導出し,反射率が膜構造(薄膜特性,膜厚,膜と基盤間の界面状態)に対していかに敏感であるかを具体的に示した.それを踏まえて,表面波分散特性より薄膜の特性や膜厚を定量的に評価するための逆解析について検討した.その結果,薄膜の弾性率と密度を同定する逆問題は,その解の安定性や一意性に関しては問題はなく,適切な最適化手法を用いることで解を精度よく推定できることがわかった.膜厚同定逆問題についても同様である.また,解空間における評価関数値(解の収束状況を示す指標)の挙動から同定の精度や難易性を把握できることがわかった.これを踏まえて,セラミックコーティング膜,金属コーティング膜,および粒子分散コーティング膜の弾性率と密度の評価に逆解析手法を適用し,妥当な結果を得た.また,二層コーティング膜の膜厚測定に関しては,実用上十分な評価精度が得られることを確認した.また,反射率によるコーティング膜の剥離検出法を提案し,モデル材料を用いた実験によりその有効性を実証した.さらに,薄膜コーティング材料の逆解析手法を利用したバルク材料評価法を提案し,その有効性を確認した.このように,反射率測定手法の汎用的な有効性を実証することができた. 第6章では,弾性異方性材料の評価への適用について検討した.まず,単結晶について測定した反射率がその理論値と一致することを確認し,反射率の方位角依存性を指標とした結晶異方性評価が可能であることを示した.また,これを利用した簡便な結晶異方性評価法を提案した.さらに,多結晶中の1個の結晶粒の異方性評価が可能であることを確認し,局所的評価手法としての有効性を実証した.また,多結晶体の反射率は個々の結晶粒からの反射率の積分値であるという考えに基ずいて,平均反射率を提案した.面内等方性多結晶材料を用いた実験により,この平均化の概念がほぼ妥当であることが確認された.さらに,反射率の結晶方位敏感性を利用した結晶粒径評価法を提案し,その有効性を実証した. 第7章では,反射率測定手法を実用材料の評価に適用する際の留意点について述べた.まず,表面性状(表面凹凸や加工変質層)が反射率ならびに表面波速度に及ぼす影響を実験的に調べた.また,材料評価パラメータとしての反射率の位相と強度の選択基準,ならびに解析モデリングにおける留意点について,第3章から第6章で得られた結果に基づいて検討した.これらは,本研究で開発した種々の評価・解析手法を用いて適切な材料評価を行うための有効な指針を与えるものである.最後に第8章では,本研究で得られた結果を総括し,今後の展望について述べた. 以上要約したように,反射率測定に基づく表面波スペクトロスコピーの汎用的な実用性が実証され,材料表面層の様々な評価にこの手法を適用する途を開拓することができたと考える. |