学位論文要旨



No 213015
著者(漢字) 井原,郁夫
著者(英字)
著者(カナ) イハラ,イクオ
標題(和) 反射率測定に基づく表面波スペクトロスコピーの材料評価への適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213015
報告番号 乙13015
学位授与日 1996.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13015号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 工学,工業上の種々のニーズに対応した材料評価手法の開発にはめざましいものがあるが,克服すべきいくつかの課題が残されている.その一つは局所領域の力学特性評価である.この背景にはマイクロメカニズムなどに用いられる極微小構造材料の力学特性の直接計測への強い要望がある.力学特性評価におけるこのような空間分解能の向上は,単に局所領域の評価を可能にするという直接的効果をもたらすだけでなく,微細構造をもつ材料のマクロからミクロに至る力学特性の階層的評価を可能にし,多結晶材料の力学的挙動の本質の解明に寄与するという重要な工学的意義がある.また,材料評価に課せられたもう一つの課題として,表面層ならびに表面薄膜の評価がある.例えば,表面改質を目的として材料表面に形成されるコーティング薄膜は,その構造上の特異性の故に力学特性評価が極めて困難であり,その的確な評価法の確立が急務となっている.評価対象の大きさがミリメートルオーダー以下になると,材料強度を論じる上で基礎となる弾性率でさえ,空間的,幾何学的制約のためにその測定が困難となるのが現状である.材料の信頼性向上を図るには,この克服が不可欠である.

 ところで,材料の力学特性評価に対する超音波の有効性は既に多くの実績が示すとおりであり,特に,材料表面を伝搬する波,いわゆる弾性表面波を利用することで表面層の評価への適用も可能である.この弾性表面波の挙動は材料表面に超音波を斜入射させたときの反射率応答と密接に関連しているため,局所領域の反射率を測定することにより,材料表面の微視的な情報が得られるものと期待される.この点を踏まえると,前述の課題,すなわち材料表面層の局所領域における力学特性評価に反射率測定法を適用し,その可能性を探ることは工学上極めて意義深いと考えられる.

 本研究では,弾性特性を主としたいくつかの材料特性の評価に反射率測定法を適用し,局所領域における超音波スペクトロスコピーを交えたこの手法独自の有効性を実験と解析を通じて多角的に調べ,その特徴を生かした材料評価手法の開発を目指した.新しい評価手法の開発においては,評価原理の有効性を検証するのみならず,測定精度を把握した上で測定結果の妥当性を検証することが重要である.本研究ではこれを念頭に置き,以下の内容について研究を進めた.

 まず第1章では,材料評価に課せられたいくつかの課題について概説するとともに,弾性表面波による材料評価手法の現状を述べ,本研究の位置づけと目的を明らかにした.第2章では,本研究の基礎となる固体/液体界面での反射率とその関連事項について説明し,それを踏まえて反射率測定に基づく表面波スペクトロスコピーを利用した材料評価システムの有望性について概説した.また,局所領域の反射率を計測する実験装置の概要と反射率の測定手順ならびに解析手順について詳細に説明した.

 第3章,第4章では,材料評価の基礎パラメータとなる表面波速度と減衰率の測定とその利用について検討した.第3章では,反射率による表面波速度評価に関して,その評価手法の有効性,測定値の妥当性を検証し,さらに測定精度を調べた.また,測定値に影響を及ぼすと考えられる因子について検討した.これらの結果を踏まえて,熱処理鋼,圧延材,傾斜機能皮膜の表面波速度評価に反射率測定法を適用し,その実用性を示した.第4章では,反射率の周波数依存性を利用した新しい表面波減衰評価法を提案し,その手法の妥当性を検証するとともに測定精度について検討した.また,ここで評価される減衰値が多結晶材料の結晶粒径や組織変化を捕らえるのに効果的であることを示した.

 第5章では,コーティング材料の評価への適用について詳細に検討した.まず,膜構造材料の反射率の汎用的な解析法を導出し,反射率が膜構造(薄膜特性,膜厚,膜と基盤間の界面状態)に対していかに敏感であるかを具体的に示した.それを踏まえて,表面波分散特性より薄膜の特性や膜厚を定量的に評価するための逆解析について検討した.その結果,薄膜の弾性率と密度を同定する逆問題は,その解の安定性や一意性に関しては問題はなく,適切な最適化手法を用いることで解を精度よく推定できることがわかった.膜厚同定逆問題についても同様である.また,解空間における評価関数値(解の収束状況を示す指標)の挙動から同定の精度や難易性を把握できることがわかった.これを踏まえて,セラミックコーティング膜,金属コーティング膜,および粒子分散コーティング膜の弾性率と密度の評価に逆解析手法を適用し,妥当な結果を得た.また,二層コーティング膜の膜厚測定に関しては,実用上十分な評価精度が得られることを確認した.また,反射率によるコーティング膜の剥離検出法を提案し,モデル材料を用いた実験によりその有効性を実証した.さらに,薄膜コーティング材料の逆解析手法を利用したバルク材料評価法を提案し,その有効性を確認した.このように,反射率測定手法の汎用的な有効性を実証することができた.

 第6章では,弾性異方性材料の評価への適用について検討した.まず,単結晶について測定した反射率がその理論値と一致することを確認し,反射率の方位角依存性を指標とした結晶異方性評価が可能であることを示した.また,これを利用した簡便な結晶異方性評価法を提案した.さらに,多結晶中の1個の結晶粒の異方性評価が可能であることを確認し,局所的評価手法としての有効性を実証した.また,多結晶体の反射率は個々の結晶粒からの反射率の積分値であるという考えに基ずいて,平均反射率を提案した.面内等方性多結晶材料を用いた実験により,この平均化の概念がほぼ妥当であることが確認された.さらに,反射率の結晶方位敏感性を利用した結晶粒径評価法を提案し,その有効性を実証した.

 第7章では,反射率測定手法を実用材料の評価に適用する際の留意点について述べた.まず,表面性状(表面凹凸や加工変質層)が反射率ならびに表面波速度に及ぼす影響を実験的に調べた.また,材料評価パラメータとしての反射率の位相と強度の選択基準,ならびに解析モデリングにおける留意点について,第3章から第6章で得られた結果に基づいて検討した.これらは,本研究で開発した種々の評価・解析手法を用いて適切な材料評価を行うための有効な指針を与えるものである.最後に第8章では,本研究で得られた結果を総括し,今後の展望について述べた.

 以上要約したように,反射率測定に基づく表面波スペクトロスコピーの汎用的な実用性が実証され,材料表面層の様々な評価にこの手法を適用する途を開拓することができたと考える.

審査要旨

 本論文は、固体に超音波を入射し、反射率及び反射波の位相の入射角変化を適切な周波数帯域(本研究では20MHz〜120MHz)で計測し、そのデータを解析することによって、固体の表面直下における弾性的性質やその厚さ方向及び面内の分布を知る材料評価法の開発に関する研究である。

 全体は、八章からなる。

 第一章は緒言で、代表的な材料の構造解析法のそれぞれの特長及び特性と、それぞれの有効対象分野との関連を論じ、本研究で取扱う方法が、材料表面直下の弾性的性質の解析に有効であり、この解析によって表面直下の構造を知ることができることの立証が目的であると述べている。

 第二章では、本研究で使用する超音波反射率の測定を基本とする表面波マイクロスペクトロスコピーの原理を述べ、実験装置の設計方針と動作原理を述べている。実験装置は、送受信トランスデューサーと試料台とからなる。送受信トランスデューサーは、送信用平面トランスデューサーと受信用球面トランスデューサーとが入射と反射の角度調整ができる対になった構造である。試料は傾きの調整、焦点合わせ、二次元走査および平面トランスデューサーの軸に対する方位回転ができる試料台に載せられる。送受信側と試料とのカプラーとして水が用いられる。反射波の強度ないし減衰率と位相との入射角による変化を計測して、表面波速度を決定する。

 第三章では、バルク材料及び傾斜機能材料を試料として、反射率及び反射波の位相の入射角変化から表面波速度を決定する精度に影響する因子、例えば表面の傾斜や試料の減衰率などの影響を調べ、反射率及び位相のデータを総合して表面波発生入射条件である臨界角を決定することによって、またこれらのデータを場所や方位を変えて測定することによって、計測の信頼性を高めることができることを明らかにした。表面波速度に対してポアソン比の影響が小さいこと、密度が他の方法で求められることから、ヤング率が決定できることを示し、解析して得たヤング率を、バルク波を用いる方法で求めたものと比較して、信頼性を検証した。

 第四章は、表面波の発生する入射条件における減衰率が試料の組織などによって顕著に変化することに着目して、この現象を試料の組織パラメーターの計測へ応用する課題を扱った。オーステナイト粒度を変化させたS45C鋼をマルテンサイト組織及び焼準組織にし、その減衰率の粒度依存性を調査した。その結果、焼準組織の場合、臨界角における減衰率がオーステナイト粒度に強く依存することを確認した。

 第五章は、表面から音波が進入できる深さの範囲が、複数の弾性的性質の異なる層によって構成されている構造の解析への、本法適用の有効性について検討した。まずモデルによるシミュレーションによる検討の結果、実験で得られる表面波速度の周波数依存性の情報を、逆解析のデータとすることによって、層の数、各層の密度と厚さ、各層の弾性的性質を決定することができることを明らかにした。逆解析の基本として、コンプレックス法による誤差関数の最小化を図っている。また、この方法が被覆層に剥離部が存在するか否かの検査にも用いることができることを示した。

 現在、表面改質技術として化学蒸着法や物理蒸着法などが開発、実施され、材料表面に〜mオーダーの薄相を一層ないし数層被覆して、新機能付加やトライボロジカルな特性などの改良が行われている。本章の研究は、この被覆層の弾性的性質を始め、層間の接合状態の評価などに寄与している。

 第六章は、反射率や位相の入射角依存性への弾性異方性の影響を検討して、試料の結晶方位や多結晶体の集合組織における優先方位の決定、測定範囲を走査することによって得られる情報から結晶粒度の決定を行うことへの応用の可能性について検討している。試料として、GaAs単結晶、タングステン単結晶及び(111)板面方位が優越する集合組織を持つ低炭素鋼板を用い、その有効性を実験的に検証した。

 第七章では、試料の表面状態や表面層の残留応力の表面波発生への影響を、モデルに基づき検討するとともに、表面状態すなわち粗さを変化させたり、表面の機械加工後の化学研磨や焼鈍しによる挙動の変化を実験により調べ、本法を実施する際の具体的な指針を提示した。

 第八章は本研究の総括である。

 以上を要するに、本論文の研究は、金属材料加工学の進歩発展に貢献するとともに、関連する非破壊定量材料評価技術の進歩に有益である。従って本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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