学位論文要旨



No 213016
著者(漢字) 田淵,正明
著者(英字)
著者(カナ) タブチ,マサアキ
標題(和) 高温クリープき裂成長に関する破壊力学的及び金属学的研究
標題(洋)
報告番号 213016
報告番号 乙13016
学位授与日 1996.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13016号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 佐久間,健人
 宇宙科学研究所 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 高温機器部材中には潜在欠陥や,使用中に疲労,応力腐食,クリープ等によって発生した損傷が存在する場合がある。これらの欠陥や損傷は,高温運転中にき裂へと成長する。このため,高温クリープ条件下でのき裂の成長の可能性や,成長速度を評価することは機器の安全性,信頼性の確保の上から重要とされている。これまでのクリープき裂成長(CCG:Creep Crack Growth)に関する破壊力学的研究により,延性材料の大規模クリープ状態に関しては,C*パラメータを用いて,応力場・ひずみ場を特徴づけることができ,き裂成長速度を評価できるということが定着しつつある。しかし,クリープき裂成長は,材料のクリープ特性,温度,負荷荷重,構造の形状に係わる複雑な現象であること,破壊力学の適用が比較的遅く十分なデータが得られていないこと等により未解明な点が多い。また,通常実験室で行われる試験と実際の高温機器とでは,時間,応力,試験片寸法等試験条件の差が大きいため,応用という点からも問題点が多い。このため,国内ではまだ実際の場合にC*によるき裂成長寿命予測はほとんど行われていないようである。

 本論文では,これらの問題点を踏まえ,その解決に貢献することを目的とし,クリープき裂成長特性評価に関して力学的及び金属学的視点から,実験的,理論的検討を行った。力学的には,通常の5倍の大型試験片についてCCG試験を行い,試験片寸法,変形拘束,き裂先端の変形域の影響を明らかにした。金属学的には,長時間試験結果を踏まえ,微視的な破壊メカニズムの変化と巨視的なき裂成長速度との関連を明らかにし,破壊機構に基づくき裂成長特性評価方法を提案した。また,今までに研究がほとんど行われていない高温で脆性な超耐熱合金に関して,超高温でのCCG試験を行い,試験雰囲気の効果,組織の異方性の影響,脆性材料のき裂成長特性評価方法に関して検討を行った。本論文はこれらの研究成果をまとめたものであり,次の8章からなる。

 第1章においては,クリープき裂成長現象について述べ,き裂成長特性評価の重要性について述べた。クリープき裂に破壊力学が適用されてきた経緯,従来の研究について述べ,破壊力学上の研究課題,微視的視点からの研究課題について説明した。本研究の目的がこれらの課題を解明することを目的としたものであることを述べ,本論文の内容について概説した。

 第2章においては,本研究で用いたCCG試験方法・評価方法について述べた。特に加熱炉中のき裂長さ計測方法,計測精度に関して詳細な検討を行った。延性材料の初期き裂長さを除けば,直流電気ポテンシャル法によってクリープき裂長さを,精度良く計測できることを示した。CCG試験方法・CCG速度評価法の標準化を目的として行われている国際共同研究において,ラウンドロビン試験を行った結果を示した。本試験方法を用いて,試験機関差の小さい再現性の高いクリープき裂成長速度データが得られ,実験方法が妥当なものであることを示した。

 第3章においては,クリープき裂成長特性に及ぼす試験片寸法の影響について検討した。大型クリープき裂成長試験機を作製し,1Cr-Mo-V鋼について,今までに報告例のない板幅,板厚が通常の5倍の大型5T-CT試験片を用いてCCG試験を行い,標準CT試験片の結果と比較した。1Cr-Mo-V鋼のクリープき裂成長速度da/dtは,応力拡大係数Kや正味断面応力よりもC*で評価できることを示した。き裂成長の定常から加速域に対応する部分のda/dt-C*関係には,試験片板幅の影響はないが,試験片板厚の影響が見られ,試験片板厚が厚くなるにつれda/dtが速くなることを明確にした。これは板厚方向の変形拘束による延性の低下に起因することを明らかにした。1Cr-Mo-V鋼の場合には,本実験で用いた最大厚さ63.5mmの試験片でも,き裂成長速度の上限である平面ひずみ状態には達していないことを示し,上限速度の予測結果を示した。

 一方,き裂成長初期の遷移域から定常域ではda/dt-C*関係がノーズの形となり,C*でうまく評価できないことを明らかにした。ノーズ部に関して力学的解析を行い,ノーズが現れる時間は,小規模降伏状態から遷移クリープ状態への遷移時間と対応していることを示した。また,有限要素法解析結果に基づき,丸棒試験片のクリープ曲線から,CT試験片の遷移から定常域のき裂開口変位速度を予測する方法を示し,予測値が実験結果とおおよそ一致することを示した。CCG試験データは平面応力状態と平面ひずみ状態の中間の値を得ていることを指摘し,実機への応用等で更に予測精度を上げるためには,3次元の変形を考慮したFEM解析を行う必要があることを指摘した。

 第4章においては,SUS316鋼,NCF800H合金を対象材料として,ミクロなクリープき裂成長メカニズムの変化と,巨視的なき裂成長速度との関係を明らかにし,破壊機構に基づくCCG速度予測方法について検討した。CT試験片のクリープき裂成長のメカニズムは,両合金ともクリープ破壊機構と同様に低温・高荷重側から高温・低荷重側にかけて,くさび型き裂による粒界破壊(W型),粒内破壊(T型),キャビティ型の粒界破壊(C型)と変化することを示した。da/dt-C*関係は,温度,荷重そのものではなく,破壊様式に依存し,クリープき裂成長速度は,W型≧C型>T型の順に速いことを明らかにした。クリープ延性はクリープ破壊機構に依存しており,W型とT型のクリープき裂成長速度の差は丸棒試験片の破断延性から予測できることを示した。一方,試験時間10000時間以上の長時間CCGデータを取得し,C型破壊の場合には,き裂先端の損傷度が著しい条件ほどき裂成長速度が速いことを明らかにした。粒界キャビティの成長・合体によってき裂進展するモデルからもその傾向が示された。C型破壊の場合のき裂成長速度は,延性の低下だけでは説明できず,き裂先端の損傷度も考慮したクリープき裂成長速度予測方法の指針を示した。

 第5章においては,超高温・雰囲気中で試験可能なCCG試験機を作製した。高温ガス炉用構造材料Ni-26Cr-17W-0.5Mo合金の1273KにおけるCCG特性に及ぼす,炭素量,ヘリウムガス雰囲気の影響について検討した。高炭素合金で析出した微細な粒内炭化物は,クリープ強度を向上させるが,クリープき裂進展抵抗は低下させた。ヘリウムガス雰囲気の影響は低炭素合金でのみ観察され,ヘリウム中で大気中よりもき裂成長速度は低下した。低炭素合金では,ヘリウムガスによる浸炭によってき裂先端に粒界炭化物が生じること,この炭化物は分断した塊状の形状をしており,き裂成長の経路を複雑にし,粒界すべりを妨げることにより,き裂成長抵抗を上げることを明らかにした。一方高炭素合金において,合金内部から析出した粒界炭化物は,連続した板状の形状をしており,き裂成長速度低減効果はないことを示した。

 第6章においては,酸化物分散強化を管材に適用するための基礎データを修得することを目的として,メカニカルアロイングで製造されたInconelMA754について,1273K,1373Kでのクリープ特性,1273KのCCG特性の異方性について検討した。押し出し方向に垂直に引張った場合には,クリープ強度,延性,クリープ変形抵抗,クリープき裂進展抵抗はいずれも低いことを示した。高強度な押し出し方向に引張った場合でも,長時間試験では結晶粒が粒界に沿って引き抜かれたような粒界破壊になり,寿命,延性,n値が低下すること,応力軸と平行な長手粒界のボイドの生成・成長が寿命に影響していることを示した。CCG試験でも長手粒界方向に2次き裂が発生・成長し破壊に至ることを示し,長時間強度の低下を防ぐには長手粒界強度の向上が必要なことを示した。

 第7章においては,Ni基超合金(IN100,Incone1713C)についてCCG試験を行い,脆性材料のCCG速度評価方法,寿命予測方法について検討した。脆性材料でも加速域でのクリープき裂成長速度はC*によって,Kよりもうまく整理できることを明らかにした。しかし,寿命に占める加速域の割合は小さく,脆性材料では定常き裂成長速度の予測が重要であることを指摘した。脆性な材料ほど寿命に占める小規模クリープ状態の割合は大きいと考えられた。高温長時間側で安定破壊したと思われる領域では,定常き裂成長速度が初期K値と温度から予測でき,これから寿命もおおよそ予測できることを示した。

 また第4章で述べたクリープ破壊機構に基づくき裂成長速度予測方法は,’強化型Ni基合金や,Mo固溶強化型Ni基合金の場合にも拡張できることを示し,クリープき裂成長挙動の評価に当たっては,き裂先端でのクリープ破壊形態を把握することが重要であることを指摘した。

 第8章においては本論文の第1章から第7章で得られた成果の総括を述べた。

審査要旨

 高温クリープ条件下でのき裂成長の開始やその成長速度を評価することは,機器の安全性,信頼性の確保の上から非常に重要である。クリープき裂成長(Creep Crack Growth;CCG)は,材料のクリープ特性,温度,荷重,構造の形状に係わる複雑な現象であり,最近になって破壊力学の適用が行われてきているものの,その現象には未解明な点が多い。また,通常実験室で行われる試験と実際の高温機器の使用条件とでは,寸法,応力,使用時間等が大きく異なるため,試験結果を実機に適用するという点からも問題点が多い。本論文では,これらの問題点を解決し,また試験評価方法の標準化及び高度化を行うことを目的とし,クリープき裂成長特性評価に関して力学的及び材料学的視点から,実験及び理論的検討を行った。

 第1章では,クリープき裂成長特性評価の重要性について述べた。クリープき裂に破壊力学が適用されてきた経緯,従来の研究について述べ,破壊力学上の研究課題,材料学的視点からの研究課題について説明した。

 第2章においては,本研究で用いた試験方法・評価方法について述べた。国際共同研究でのラウンドロビン試験の結果を示し,試験機関差の小さい再現性の高いクリープき裂成長速度データが得られることを示した。

 第3章においては,CCG特性に及ぼす試験片寸法の影響について検討した。大型クリープき裂成長試験機を作製し,今までに報告例のない板幅,板厚が通常の5倍の大型試験片を用いた試験を行った。き裂成長の定常域から加速域に対応する部分のき裂成長速度da/dtは,非線形破壊力学パラメータC*で評価できることや,da/dtには試験片板幅の影響はないが,試験片板厚の影響が見られ,試験片板厚が厚くなるにつれてda/dtが速くなることを明らかにした。これは板厚方向の変形拘束による延性の低下に起因することを示した。一方,き裂成長初期の遷移域から定常域ではda/dt-C*関係がノーズの形となることや,ノーズが現れる時間は,小規模降伏状態から遷移クリープ状態への遷移時間と対応していることを示した。また,有限要素法解析を用いて,丸棒試験片のクリープ曲線から,小型引張試験片の荷重線変位速度を予測する方法を示した。

 第4章においては,SUS316鋼,NCF800H合金を対象材料として,微視的なクリープき裂成長メカニズムの変化と,巨視的なき裂成長速度との関係を明らかにした。クリープき裂成長のメカニズムは,低温・高荷重側から高温・低荷重側にかけて変化し,くさび型き裂による粒界破壊(W型)から粒内破壊(T型),キャビティ型の粒界破壊(C型)へとなることを示した。da/dtとC*の関係が,温度,荷重そのものではなく破壊様式に依存し,da/dtは,W型≧C型>T型の順に速いことを明らかにした。損傷の小さいW型とT型のクリープき裂成長速度は,丸棒試験片の破断延性から予測できることを示した。一方,C型破壊の場合には,き裂先端の損傷度が著しい条件ほどき裂成長速度が速いことを明らかにした。このようにC型破壊の場合のき裂成長速度は,延性の低下だけでは説明できないため,き裂先端の損傷度も考慮してクリープき裂成長速度予測する方法を示した。

 第5章においては,超高温・雰囲気中で試験可能なCCG試験機を開発し,高温ガス炉用構造材料の1273KにおけるCCG特性に及ぼす,炭素量,ヘリウムガス雰囲気の影響について検討した。炭化物の析出サイト,形状がCCG特性に大きく影響することを示した。不純ヘリウム中で浸炭によってき裂先端に生じた粒界炭化物は,塊状をしており,これがき裂成長の経路を複雑にし粒界すべりを妨げることにより,き裂成長抵抗を上げることを明らかにした。

 第6章においては,酸化物分散強化型合金について,クリープ特性,CCG特性の異方性を検討した。高強度な方向である押し出し方向に引張った場合でも,長時間試験では寿命,延性が低下することや,長手粒界のボイドの生成・成長が寿命を支配することを示した。CCG試験では,長手粒界方向に2次き裂が発生・成長し破壊に至ることを示し,長手粒界強度向上の必要性を示した。

 第7章においては,Ni基超合金を対象に,脆性材料のCCG速度評価方法についての力学的検討を行った。脆性材料でも加速域でのき裂成長速度はC*によって整理できるが,寿命に占める加速域の割合は小さく,定常き裂成長速度の予測が重要であることを示した。脆性な材料ほど寿命に占める小規模クリープ状態の割合が大きいことを示し,定常き裂成長速度が初期K値と温度から予測できることを示した。また第4章で述べたクリープ破壊メカニズムに基づくき裂成長速度予測方法は,各種耐熱合金にも拡張できることを示し,クリープき裂成長挙動の評価に当たっては,き裂先端でのクリープ破壊形態を把握することが重要であることを明らかにした。

 第8章においては本論文で得られた成果の総括を述べた。

 以上,本研究は,クリープき裂成長に関して,大型試験片を用いた破壊力学的検討,微視的メカニズムを考慮した予測方法の開発,先端耐熱合金での評価など,従来にない研究を詳細に行ったもので,クリープき裂成長挙動の解明に重要な知見を与えるものである。ここで得られた結果は実機構造物の寿命評価へつながるものであり,また試験方法の標準化にも貢献している。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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