学位論文要旨



No 213017
著者(漢字) 須田,聖一
著者(英字)
著者(カナ) スダ,セイイチ
標題(和) 多成分系ゾルーゲル反応の解析とイオン導電体への応用
標題(洋)
報告番号 213017
報告番号 乙13017
学位授与日 1996.09.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13017号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 講師 岸本,昭
内容要旨

 ゾルーゲル合成法は、高い均質性をはじめとする他の合成法では得られないような長所を数多くもつセラミックスの新しい合成法の一つである。本合成法は現在、それがもつ様々な長所のため、ガラスをはじめとするいくつかの材料の合成にすでに用いられているとともに、本合成法が導く新しい物性の発現に期待されている。しかし、いくつかの金属元素を有するような多成分系のセラミックスの合成にゾルーゲル法を用いると、ゲル化の過程における均質性などに問題が起きやすく、複数のカチオンを含む系で高い均質性をもつゲルを得るためには、ゲル化過程の詳細な研究が不可欠となる。

 本研究は、このゾルーゲル法を広く機能性材料の合成に利用するために必要な合成プロセスの道標、すなわち最適な合成条件へ導く普遍的な指標を示すことを目的として、多成分系におけるゾルーゲル反応過程の解析と、その解析結果を基にしたイオン導電体の合成への応用に関する研究結果をまとめたものである。

 第1章は序論である。まず、本研究の目的について示した。本研究は、ゾルーゲル法を広く機能性材料の合成に利用するため必要となる合成プロセスの指標を築くことを目的としたこと、さらにその目的のために、多成分系におけるゲルの状態を定量的に調べ、合成プロセスとゲル構造との関係を比較検討したことを示した。次に本研究の背景として、ゾルーゲル法の特徴やゾルーゲル法における典型的なキャラクタリゼーションの方法について述べた。ゾルーゲル法の長所、すなわち形状付加が容易、熱処理温度を下げることができる、通常の合成方法では得ることが困難な新しい化合物の生成が可能、純度の高いセラミックスが得られることなどについて述べた。その後に、ゾルーゲル法の問題点となる出発原料が高価である、有機物やOH基が試料中に残存しやすい、熱処理の段階の収縮が大きいなどの短所について示した。本章の最後として、セラミックスの合成プロセスの1つであるゾルーゲル法の今後の展望について考察した。ここでは上で示したゾルーゲル法の長所及び短所から、今後のゾルーゲル法の研究として進めるべき道の一つとして、非酸化物の合成、ゲル体の応用、高機能化という観点から考察を行った。

 第2章はケイ素のアルコキシドと様々な金属元素との反応及びゲル構造の変化に関する研究結果である。29SiNMRを用いてSi核に直接結合している原子または原子群について調べた。ケイ素のアルコキシドとしてエトキシトリメチルシランを用いて検討した結果、反応溶液を適当な条件下に制御することによって、ケイ素とアルカリ金属が酸素を隔てて結合したSi-O-M(M:アルカリ金属元素)のような化学結合が得られること、その結合の生成過程を直接的に検出できることがわかった。さらにこのSi-O-Mの結合は、ケイ素のアルコキシドが加水分解反応を起こすことによって生成したOH基のプロトンとアルカリ金属イオンとの間でイオン交換反応を起こすことにより得られることがわかった。29SiNMRを用いると、あるNMRシグナルが低磁場側から高磁場側へ時間とともに大きくシフトすることにより、Si-O-M結合の生成過程を検出することができる。この経時的なシグナルのシフトとSi-O-M結合の生成反応とが一次的な関係をもつため、Si-O-M結合の強さや濃度、生成速度などを定量的に評価することができた。

 次に、ケイ素のアルコキシドとしてジエトキシジメチルシランを用いて、ナトリウムとの反応を検討した。このようなアルカリ金属イオンのオリゴマー生成に及ぼす影響を調べた結果、アルカリ金属イオンはSi-O-M結合を生成するためケイ素のアルコキシドの縮重合反応を阻害する。いわば、オリゴマー生成におけるターミネータとして働く。従って、アルカリ金属イオンを添加することによって、環状オリゴマーの生成が阻害させるとともに、オリゴマーの平均分子量が小さくなることが示唆された。

 以上のような実験および解析結果をもとに金属アルコキシドを用いて均質性の高いゲルを得るための指標について考察を行った。その結果、特に多成分系におけるゲルの合成では反応溶液のpHをゲル化の程度によって経時的に変化させることが必要であること、添加する金属元素によって2種類の合成プロセスに分ける必要があることを述べた。従って、骨格となる金属アルコキシドのゲル化反応に対して添加する金属元素がどのような影響を及ぼすのかを知ることが、高い均質性をもつゲルを得るための第一歩となっていることを述べた。

 第3章は、ゾルーゲル合成法のイオン導電体への応用の1つとして、Na+イオン導電体の合成プロセスと物性について検討した結果を述べたものである。ここで取り上げたNa+イオン導電体は、Na2O-Y2O3-P2O5-SiO2系ケイリン酸塩でNa5YSi4O12のケイ酸塩に少量リンを添加した形をとる。本系のNa+イオン導電体の主成分はケイ素とナトリウムであることから、まずこの2つの元素が均質かつ分散性よく結合しているゲルの合成プロセスについて検討を行った。その合成プロセスとしては、まず酸性溶液下で骨格となるケイ素のアルコキシドについて、その加水分解、縮重合反応を十分に進める。その後に反応溶液を強塩基性に制御することによって、骨格となるゲル中のOH基とNa+イオンとの反応を促進させることが重要であることを示した。

 このような検討をもとに、Na+イオン導電体の合成を行った。まず加水分解、縮重合反応が遅いアルコキシドの反応を部分的に進行させた後、これらの反応速度が早いアルコキシドを少しずつ滴下し、この状態で熟成させた。その後、反応溶液を強塩基性に保ち、Na+イオンとの反応を促進させるという合成プロセス(directプロセス)で、このNa+イオン導電体の合成を行った。その結果、他の合成法では得られなかったような高い導電性を示す焼結体が得られたが、キセロゲル中に硝酸ナトリウムの析出が見られ、均質性という面からは疑問が残った。次に、この硝酸塩の析出を防ぐために、直接水や酸触媒を添加せずに湿度をコントロールしたガスを反応溶液中に流すことによってゲルを得ることを試みた(moistプロセス)。このようなプロセスで合成することによって、均質性の高いキセロゲルが得られたとともに、このキセロゲルを熱処理することにより緻密性の高い焼結体が得られた。

 ここで、以上の2種類の合成プロセスで得られた試料、さらにガラスを結晶化することによって得られた試料について、その合成プロセスと導電特性の関係について比較検討を行った。その結果、ゾルーゲル法により合成した試料は、ガラスの結晶化による試料と比較して粒界の活性化エネルギーの値が小さいが、粒内の活性化エネルギーについては若干大きくなる傾向がみられた。さらに、粒内の導電性については、キセロゲル中に有機物やOH基が残存しやすいmoistプロセスによる試料の方が低くなる傾向がみられた。

 最後に、Na+イオン導電体の応用として、Na/S電池の作成およびその評価を行った。この際の合成プロセスとしては、実用温度の300℃付近において最も高い導電性を示したdirectプロセスを用いた。開放起電力の測定の結果、本系のNa+イオン導電体のNa+イオン輸率は0.990と算出することができた。このdirectプロセスによって得られた試料はNa+イオンの導電キャリアとしては十分であった。しかし、緻密性が不足していたため、両極の活物質を分けるセパレータとしての役割を十分に果たすことができなかった。従って、ここで行ったdirectプロセスによって得られた試料を用いたNa/S電池には耐久性に問題が残った。

 第4章は、ゾルーゲル合成法のイオン導電体への応用として、水酸アパタイト(HAp)を取り上げた。前章までは出発原料として金属アルコキシドを用いたゾルーゲル法について述べてきたが、アルコキシドを用いたHApの合成にはいくつかの問題があるため、ここでは出発原料として無機化合物を用いた沈殿反応法によりHApを合成した。その結果、沈殿反応法によって合成したHApは他の合成法による試料と比較して比表面積が大きいだけでなく、結晶粒が微細であることがわかった。従って、本合成法は表面物性を評価する目的として用いるのに適していることがわかった。そこで、本合成法によりHApを合成し、湿度センサー素子への応用を検討した。いくつかのカチオンを固溶させたHApについてもあわせて検討した結果、よい感湿特性が得られた。しかし、より高性能の湿度センサー素子を得るためには、カチオンを固溶させるなどの方法によって、HApの表面にある程度弱い酸点の数を増やすことが必要であることがわかった。

 第5章はこれまでの結果を主として合成の面から総括した。その中で、2成分系における均質な結合生成、その結合状態の評価及び第2章で示した合成プロセスの指標の妥当性、さらに今後の将来性について示すことができた。しかし、この定量的評価に関してもまだ初期の段階であるといわざると得ない。分析装置の高性能化を含む今後の発展に期待される。

審査要旨

 本論文は、「多成分系ゾルーゲル反応の解析とイオン導電体への応用」と題し、高温処理を必要とせずに均質構造のセラミックスを作製する方法として有用なゾルーゲル法について、最適な合成プロセスを得るための普遍的な指標を示すことを目的として、多成分系ゾルーゲル反応過程の29SiNMRによる解析とその結果のイオン導電性セラミックスの合成プロセスへの応用に関する研究結果をまとめたものである。

 本論文は全5章から構成される。

 第1章は緒論であり、本研究の目的と意義および研究背景を述べている。

 第2章は、ケイ素のアルコキシドとアルカリ金属イオンの系におけるゾルーゲル反応の解析について述べている。まず、反応速度が極端に異なるため均質なゲルを生成させることが困難なケイ素とナトリウムのアルコキシドの系について検討し、強塩基下での加水分解、縮重合反応により、Si-O-Naの結合が得られ、この結合はケイ素のアルコキシドが加水分解反応を起こすことにより生成するOH基のプロトンとNa+との間での交換反応により形成されることを明らかにしている。また、この交換反応量は、NMRシグナルの経時的シフトにより定量的に調べられることを見い出している。この方法を用い種々のアルカリ金属イオンとの反応過程を調べた結果、アルカリ金属元素にょりSi-O-M(M:アルカリ金属元素)結合の生成速度の差は生じないが、Na、K、Liの順にSi-O-M結合がより強くなることを明らかにしている。さらに、Si-O-Si結合をもつオリゴマーの形成に及ぼすアルカリ金属イオンの影響をNMRシグナルの解析により調べ、アルカリ金属イオンは縮重合を抑制する効果をもち、過剰なアルカリ金属イオンの添加により環状オリゴマーの生成が妨げられ分子量の小さいオリゴマーが優先的に生成することを明らかにしている。これらより、骨格となる結合を形成する金属元素のゲルの合成あるいは骨格を修飾する金属元素を含むゲルの合成では、それぞれ、溶液中のOH基濃度などの異なる合成プロセスの適用が重要であることを提示している。

 第3章は、ナトリウムイオン導電体の合成へのゾルーゲル法の応用について述べている。本論文では、ケイ素とナトリウムを主成分とするNa5YSi4O12にリンを少量添加した酸化物(Na5YPSと略す)を対象とし、その合成プロセスと得られる試料のナトリウムイオン導電性の相関を調べている。まず、加水分解反応の開始剤となる水を直接添加して縮重合を進ませるプロセスを検討した。この合成法により得られたゲルから、700℃という比較的低い温度でNa5YPSの単相が得られ、その焼結体は他の合成法からは得られない高い導電率を示すことを明らかにしている。しかし、焼結体の緻密性に欠けるため、次に、アルコキシドの溶液に水蒸気を含む空気あるいは窒素ガスを通じることにより反応を進ませるプロセスを検討した。この方法により、未反応物のない均質なゲルと緻密な焼結体が得られることを明らかにしている。これらの試料と他の方法、例えばガラスの結晶化により得られる試料との導電特性の比較を行い、ゾルーゲル法による試料では、粒子内の導電の活性化エネルギーは残留OH基の影響によりやや大きいが、粒界の導電の活性化エネルギーが小さく、全体として高い導電率が示されることを明らかにしている。

 第4章は、プロトン伝導を示す水酸アパタイトの合成へのゾルーゲル法の応用について述べている。カルシウム塩とリン酸を含む水溶液を混合、熟成することにより得られた水酸アパタイトは、他の合成法によるものと比較して大きな比表面積と微細な結晶粒をもち、優れた感湿特性を示すことを明らかにしている。さらに、Na、K、Srを固溶させた水酸アパタイトの表面酸塩基性と感湿特性を調べた結果、固溶量の増加とともに酸量が増し低抵抗化するが、湿度の感度は低下することを見い出している。

 第5章では、本研究で得られた成果を要約し、総括を行っている。

 以上、本論文は、ゾルーゲル反応過程の解析により多成分セラミックスの最適なゾルーゲル合成プロセスの設計指標を明らかにするとともに、イオン導電性セラミックスの作製に適用してその指標の妥当性を検討したものである。その成果は構造と機能が精密に制御された無機材料の合成を行う上で極めて重要であり、これからの材料科学の進展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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