ゾルーゲル合成法は、高い均質性をはじめとする他の合成法では得られないような長所を数多くもつセラミックスの新しい合成法の一つである。本合成法は現在、それがもつ様々な長所のため、ガラスをはじめとするいくつかの材料の合成にすでに用いられているとともに、本合成法が導く新しい物性の発現に期待されている。しかし、いくつかの金属元素を有するような多成分系のセラミックスの合成にゾルーゲル法を用いると、ゲル化の過程における均質性などに問題が起きやすく、複数のカチオンを含む系で高い均質性をもつゲルを得るためには、ゲル化過程の詳細な研究が不可欠となる。 本研究は、このゾルーゲル法を広く機能性材料の合成に利用するために必要な合成プロセスの道標、すなわち最適な合成条件へ導く普遍的な指標を示すことを目的として、多成分系におけるゾルーゲル反応過程の解析と、その解析結果を基にしたイオン導電体の合成への応用に関する研究結果をまとめたものである。 第1章は序論である。まず、本研究の目的について示した。本研究は、ゾルーゲル法を広く機能性材料の合成に利用するため必要となる合成プロセスの指標を築くことを目的としたこと、さらにその目的のために、多成分系におけるゲルの状態を定量的に調べ、合成プロセスとゲル構造との関係を比較検討したことを示した。次に本研究の背景として、ゾルーゲル法の特徴やゾルーゲル法における典型的なキャラクタリゼーションの方法について述べた。ゾルーゲル法の長所、すなわち形状付加が容易、熱処理温度を下げることができる、通常の合成方法では得ることが困難な新しい化合物の生成が可能、純度の高いセラミックスが得られることなどについて述べた。その後に、ゾルーゲル法の問題点となる出発原料が高価である、有機物やOH基が試料中に残存しやすい、熱処理の段階の収縮が大きいなどの短所について示した。本章の最後として、セラミックスの合成プロセスの1つであるゾルーゲル法の今後の展望について考察した。ここでは上で示したゾルーゲル法の長所及び短所から、今後のゾルーゲル法の研究として進めるべき道の一つとして、非酸化物の合成、ゲル体の応用、高機能化という観点から考察を行った。 第2章はケイ素のアルコキシドと様々な金属元素との反応及びゲル構造の変化に関する研究結果である。29SiNMRを用いてSi核に直接結合している原子または原子群について調べた。ケイ素のアルコキシドとしてエトキシトリメチルシランを用いて検討した結果、反応溶液を適当な条件下に制御することによって、ケイ素とアルカリ金属が酸素を隔てて結合したSi-O-M(M:アルカリ金属元素)のような化学結合が得られること、その結合の生成過程を直接的に検出できることがわかった。さらにこのSi-O-Mの結合は、ケイ素のアルコキシドが加水分解反応を起こすことによって生成したOH基のプロトンとアルカリ金属イオンとの間でイオン交換反応を起こすことにより得られることがわかった。29SiNMRを用いると、あるNMRシグナルが低磁場側から高磁場側へ時間とともに大きくシフトすることにより、Si-O-M結合の生成過程を検出することができる。この経時的なシグナルのシフトとSi-O-M結合の生成反応とが一次的な関係をもつため、Si-O-M結合の強さや濃度、生成速度などを定量的に評価することができた。 次に、ケイ素のアルコキシドとしてジエトキシジメチルシランを用いて、ナトリウムとの反応を検討した。このようなアルカリ金属イオンのオリゴマー生成に及ぼす影響を調べた結果、アルカリ金属イオンはSi-O-M結合を生成するためケイ素のアルコキシドの縮重合反応を阻害する。いわば、オリゴマー生成におけるターミネータとして働く。従って、アルカリ金属イオンを添加することによって、環状オリゴマーの生成が阻害させるとともに、オリゴマーの平均分子量が小さくなることが示唆された。 以上のような実験および解析結果をもとに金属アルコキシドを用いて均質性の高いゲルを得るための指標について考察を行った。その結果、特に多成分系におけるゲルの合成では反応溶液のpHをゲル化の程度によって経時的に変化させることが必要であること、添加する金属元素によって2種類の合成プロセスに分ける必要があることを述べた。従って、骨格となる金属アルコキシドのゲル化反応に対して添加する金属元素がどのような影響を及ぼすのかを知ることが、高い均質性をもつゲルを得るための第一歩となっていることを述べた。 第3章は、ゾルーゲル合成法のイオン導電体への応用の1つとして、Na+イオン導電体の合成プロセスと物性について検討した結果を述べたものである。ここで取り上げたNa+イオン導電体は、Na2O-Y2O3-P2O5-SiO2系ケイリン酸塩でNa5YSi4O12のケイ酸塩に少量リンを添加した形をとる。本系のNa+イオン導電体の主成分はケイ素とナトリウムであることから、まずこの2つの元素が均質かつ分散性よく結合しているゲルの合成プロセスについて検討を行った。その合成プロセスとしては、まず酸性溶液下で骨格となるケイ素のアルコキシドについて、その加水分解、縮重合反応を十分に進める。その後に反応溶液を強塩基性に制御することによって、骨格となるゲル中のOH基とNa+イオンとの反応を促進させることが重要であることを示した。 このような検討をもとに、Na+イオン導電体の合成を行った。まず加水分解、縮重合反応が遅いアルコキシドの反応を部分的に進行させた後、これらの反応速度が早いアルコキシドを少しずつ滴下し、この状態で熟成させた。その後、反応溶液を強塩基性に保ち、Na+イオンとの反応を促進させるという合成プロセス(directプロセス)で、このNa+イオン導電体の合成を行った。その結果、他の合成法では得られなかったような高い導電性を示す焼結体が得られたが、キセロゲル中に硝酸ナトリウムの析出が見られ、均質性という面からは疑問が残った。次に、この硝酸塩の析出を防ぐために、直接水や酸触媒を添加せずに湿度をコントロールしたガスを反応溶液中に流すことによってゲルを得ることを試みた(moistプロセス)。このようなプロセスで合成することによって、均質性の高いキセロゲルが得られたとともに、このキセロゲルを熱処理することにより緻密性の高い焼結体が得られた。 ここで、以上の2種類の合成プロセスで得られた試料、さらにガラスを結晶化することによって得られた試料について、その合成プロセスと導電特性の関係について比較検討を行った。その結果、ゾルーゲル法により合成した試料は、ガラスの結晶化による試料と比較して粒界の活性化エネルギーの値が小さいが、粒内の活性化エネルギーについては若干大きくなる傾向がみられた。さらに、粒内の導電性については、キセロゲル中に有機物やOH基が残存しやすいmoistプロセスによる試料の方が低くなる傾向がみられた。 最後に、Na+イオン導電体の応用として、Na/S電池の作成およびその評価を行った。この際の合成プロセスとしては、実用温度の300℃付近において最も高い導電性を示したdirectプロセスを用いた。開放起電力の測定の結果、本系のNa+イオン導電体のNa+イオン輸率は0.990と算出することができた。このdirectプロセスによって得られた試料はNa+イオンの導電キャリアとしては十分であった。しかし、緻密性が不足していたため、両極の活物質を分けるセパレータとしての役割を十分に果たすことができなかった。従って、ここで行ったdirectプロセスによって得られた試料を用いたNa/S電池には耐久性に問題が残った。 第4章は、ゾルーゲル合成法のイオン導電体への応用として、水酸アパタイト(HAp)を取り上げた。前章までは出発原料として金属アルコキシドを用いたゾルーゲル法について述べてきたが、アルコキシドを用いたHApの合成にはいくつかの問題があるため、ここでは出発原料として無機化合物を用いた沈殿反応法によりHApを合成した。その結果、沈殿反応法によって合成したHApは他の合成法による試料と比較して比表面積が大きいだけでなく、結晶粒が微細であることがわかった。従って、本合成法は表面物性を評価する目的として用いるのに適していることがわかった。そこで、本合成法によりHApを合成し、湿度センサー素子への応用を検討した。いくつかのカチオンを固溶させたHApについてもあわせて検討した結果、よい感湿特性が得られた。しかし、より高性能の湿度センサー素子を得るためには、カチオンを固溶させるなどの方法によって、HApの表面にある程度弱い酸点の数を増やすことが必要であることがわかった。 第5章はこれまでの結果を主として合成の面から総括した。その中で、2成分系における均質な結合生成、その結合状態の評価及び第2章で示した合成プロセスの指標の妥当性、さらに今後の将来性について示すことができた。しかし、この定量的評価に関してもまだ初期の段階であるといわざると得ない。分析装置の高性能化を含む今後の発展に期待される。 |