本論文は、放線菌培養上清中より単離精製された物質であるDuocarmycin類(以下DUM類)の誘導体の一つに、抗悪性腫瘍物質として有効と思われるものを見いだし、その作用機作を解明するに至る過程を述べたものである。学位申請者が行った研究は、よりよい抗腫瘍物質を開発しようという明確な方向性を持って以下のように展開した。 (1)DUM類の細胞増殖への影響及び抗悪性腫瘍活性がどのようなメカニズムによるのかを解明しようとした。特に、DUM類による細胞内DNA鎖切断作用を、新たに導入したパルスフィールド電気泳動法によって解析した。 (2)DUM類の一つであるKW-2189は、DNA切断作用はないが、他のDUM類よりはむしろ特異性の高い抗悪性腫瘍活性を示すことを見いだした。 (3)KW-2189の作用が、細胞内で変換されて生じる活性体であるDU-86の作用によること、これがDNAと結合してadductを形成することを証明した。 第一章ではDUM類の細胞毒性及び抗腫瘍活性の機作に関する新たな知見が述べられている。DUM類とマイトマイシンCで比較したところ、DUM類はMMCの100-1000倍以上細胞毒性を示し、これがDNA合成阻害によるものと椎察された。DNAに対する作用をパルスフィールド電気泳動法などにて検討したところ、DUM類で処理した細胞ではDNA鎖の切断が認められたことが示されている。 第二章では、DUM類による細胞内DNA鎖切断作用をさらに詳しくパルスフィールド電気泳動法によって解析した結果が述べられている。種々の抗悪性腫瘍物質を比較すると、薬剤の作用機序毎に特徴のあるDNA鎖切断のパターンが認められた。DUM類はDNAをアルキル化する薬剤であるにも関わらず、DNA鎖の切断をもたらすことが示された。また、このDNA鎖切断のパターンは、既存の抗悪性腫瘍物質のものとは異なることがパルスフィールド電気泳動法を用いて見い出された。以上のように、DUM類はその構造とDNAとの作用に新規性が見い出されたが、抗腫瘍活性には改善すべき点が認められた。さらにDUM類によるDNA鎖切断は、癌細胞以外の正常組織でも生じることが懸念され、必ずしも好ましい性質とは言えなかった。 そこで第三章では、DUM類のよりよいものを得るために、種々のスクリーニングが行なわれた結果が述べられている。DUM類のマウス腫瘍細胞及びヒト腫瘍細胞に対する細胞毒性、並びにDNA切断作用の検討を行った結果として、Methylpiperazinyl基を有する化合物KW-2189が見い出された。パルスフィールド電気泳動による検討の結果、KW-2189で処理した細胞ではDNA鎖の切断は検出されず、DNA鎖切断作用がDUM類とは異なることが示された。抗腫瘍活性試験が、皮下移植したマウス腫瘍細胞やヌードマウスに移植したヒト腫瘍細胞に対して行なわれ、有効性が確認された。 さらに学位申請者は、肝臓癌がKW-2189に高感受性を示すことに注目した。その結果KW-2189が肝臓に豊富に存在するエステラーゼによって活性化されることを強く示唆する結果を得た。一方、この物質がDNAアルキル化剤であることを確認するために、細胞内のDNA adductについて検討した。KW-2189をエステラーゼ処理した場合に生成される物質であるDU-86についても解析した。その結果、DU-86-adenine adductに相当する産物が検出されたが、KW-2189のadductは検出されなかった。また、KW-2189は腫瘍細胞内でDU-86へと変換されているものと推察するに至る経緯が述べられている。 第四章では、KW-2189の代謝産物であり、活性化体であるDU-86のDNAに対する作用が他のDUM類、特にDUMAと比較解析された結果が述べられている。DU-86とDUMAはともにHeLa S3細胞に対して強い増殖阻害活性を示した。また高分子合成阻害実験では、両化合物とも細胞のDNA合成を強く阻害した。しかし、DU-86で処理した細胞ではDNA鎖切断は認められなかった。そこで学位申請者はDNA切断の原因となる細胞内DNA adductについて検討した。DU-86で処理した細胞ではadenineに選択的なDNA adductが検出されたが、DUMAで処理した細胞ではadenine:guanine=2:1の割合でDNA adductが検出され、DU-86とDUMAではDNA adductの構成比率が異なっていることが、DNA鎖切断が起こるか否かを決定していると推測された。 以上のように、学位申請者は新規の抗悪性腫瘍物質の候補として使用できそうなものを見いだし、その作用機作を、特に類似の構造を持つ物質で細胞毒性故に使用ができないものと比較検討した。その結果、比較的特異性が高く、類似の物質とは作用機作が異なることを明らかにした。この過程が、科学的に十分な考察を含めて述べられている本論文の内容は、癌の化学療法に関する学問の進歩に多大に貢献するものであり、博士(薬学)の学位に十分であると判断した。 |