学位論文要旨



No 213025
著者(漢字) 岡元,晶彦
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,アキヒコ
標題(和) Duocarmycin類の水溶性誘導体KW-2189の抗癌活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 213025
報告番号 乙13025
学位授与日 1996.10.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13025号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 鶴尾,隆
内容要旨 【序論】

 Duocarmycin類(以下DUM類)は協和発酵東京研究所において放線菌Streptomycesの培養上清中より単離精製された新規抗腫瘍性抗生物質である。現在までに5種類の関連化合物が見い出されており、各々duocarmycin A(DUMA)、B1(DUMB1)、B2(DUMB2)、C1及びC2と命名された。このうちcyclopropane環を有するDUMAは、他のDUM類のハロゲンが脱離した活性体に相当すると考えられる。

 米国Up john社で見い出されたCC-1065は、最強の抗細胞活性を有する抗腫瘍性抗生物質の一つであり、マウス実験腫瘍系に対しても抗腫瘍活性を示した。その作用機序としてはDNA minor grooveへの結合及びadenineのN3位のアルキル化が報告されている。このCC-1065とDUM類には共通した活性部位が存在し、DUMAもCC-1065と同様のDNA結合様式を示すことが報告されている。このことから、DUM類及びその誘導体は新規な作用機序を有する抗癌剤として期待された。以上の知見を基に、本研究では以下の諸点を明らかにすることを目的とした。

 (1)DUM類の抗細胞活性及び抗腫瘍活性

 (2)DUM類による細胞内DNA鎖切断作用のパルスフィールド電気泳動法による解析、及び他の抗癌剤との比較。

 (3)KW-2189のマウス腫瘍系及びヒト腫瘍系に対する抗腫瘍活性、並びにDNA作用の検討

 (4)KW-2189の活性体であるDU-86のDNA鎖切断作用及びDNA adductの解析

【本論】(1)DUM類の抗細胞活性及び抗腫瘍活性[1]

 ヒト子宮頸部癌HeLa S3細胞に対する増殖阻害活性をDUM類とMMCで比較したところ、DUM類はMMCの100-1000倍以上強い活性を示した。In vivoの活性では、マウス皮下移植腫瘍系に対して、DUMB1及びDUMB2はMMCと同程度の抗腫瘍活性を示した。DUM類の作用機序としては、高分子合成阻害実験においてDUMB1がHeLa S3細胞のDNA合成を強く阻害したことより、DNA合成阻害によるものと推察された。そこでDNAに対する作用をパルスフィールド電気泳動法にて検討したところ、MMC処理細胞ではDNA鎖の切断がほとんど認められなかったのに対して、DUMB1で処理した細胞ではDNA鎖の切断が認められた。

(2)DUM類による細胞内DNA鎖切断作用のパルスフィールド電気泳動法による解析、及び他の抗癌剤との比較[2]

 パルスフィールド電気泳動法は、通常の電気泳動法では分離が困難な50kbp以上のDNA断片を泳動、分離することが可能な方法であり、現在では染色体の解析を始めとする様々な分野で用いられている。しかし1992年当時には、この方法を用いて抗癌剤のDNA鎖切断作用を検討したという報告はほとんど無かった。そこで、各種抗癌剤で処理したHeLa S3細胞のDNA鎖切断パターンについて、パルスフィールド電気泳動法で解析した。HeLa S3細胞に対する50%細胞増殖阻害濃度(IC50)を算出したところ、試験に用いた薬剤のIC50値には最大で1万倍以上の隔たりが認められた。しかしこのIC50値を基準に薬剤処理した細胞のDNAをパルスフィールド電気泳動装置にて解析した結果、DNAアルキル化剤及び細胞分裂阻害剤以外の薬剤では、各々のIC50値の10倍濃度で処理した細胞においてDNA鎖の切断が認められた。また薬剤の作用機序毎に特徴のあるDNA鎖切断のパターンが認められた。すなわち、DNA鎖切断をもたらした薬剤では1800及び1500kbpのDNA断片が共通して検出され、これらに加えてラジカル産生物質では700-245kbpのDNA断片が、DNAトポイソメラーゼ阻害剤では900kbpのDNA断片が各々検出された。一方DUM類で処理した細胞では、こうしたDNA断片がいずれも検出された。このように、DUM類はDNAをアルキル化する薬剤であるにも関わらず、MMCやcisplatinとは異なりDNA鎖の切断をもたらすことが示された。また、このDUM類によるDNA鎖切断のパターンは、既存の抗癌剤のものとは異なることをパルスフィールド電気泳動法を用いて見い出した。

(3)KW-2189のマウス腫瘍系及びヒト腫瘍系に対する抗腫瘍活性、並びにDNA作用の検討[3]

 DUM類はその構造とDNA作用に新規性が見い出されたが、水溶性、安定性及び抗腫瘍活性には改善すべき点が認められた。さらにDUM類によるDNA鎖切断は、癌細胞以外の正常組織でも生じることが懸念され、必ずしも好ましい性質とは言えなかった。そこで種々の誘導体について評価を行い、methylpiperazinyl基を有する化合物KW-2189を見い出した。パルスフィールド電気泳動による検討の結果、KW-2189で処理した細胞ではDNA鎖の切断は検出されず、DNA鎖切断作用がDUM類とは異なることが示された。Methylpiperazinyl基の導入によって、KW-2189の水に対する溶解性は向上し、細胞培養液中での半減期がDUMB2の10分間から約20時間に延長されるなど安定性にも大幅な向上が認められた。安定性が向上したために、KW-2189の細胞増殖阻害活性はDUMB2の1/1000程度に減弱したが、薬物投与部位の局所刺激性が軽減された点では好ましいことであった。

 In vivoの抗腫瘍活性試験では、皮下移植したマウス腫瘍系に対して、KW-2189はDUMB2より優れた活性を示し、さらにその活性は既存抗癌剤であるMMC、adriamycin、cisplatin及びcyclophosphamideと同等以上のものであった。ヌードマウスに移植したヒト腫瘍系に対しても、KW-2189はこれら既存の抗癌剤よりも優れた活性を示し、試験に用いた16種類のヒト固型腫瘍のうち14種類に対してT/C(%)50以下の抗腫瘍活性を示した。

 このように様々な臓器由来の癌細胞に対するKW-2189の活性を検討するなかで、肝臓癌がKW-2189に高感受性を示すことを見い出した。そして、KW-2189のmethylpiperazinyl基にはエステル結合が存在することから、KW-2189の活性がエステラーゼの影響を受けることが考えられた。そこで、KW-2189のin vitro活性に対する各種エステラーゼの影響について検討したところ、ブタ肝臓エステラーゼ、マウス肝臓ホモジネート及びヒト肝臓癌Hep G2細胞ホモジネートの存在下、KW-2189の細胞増殖阻害活性は著しく増強された。このことから、KW-2189がエステラーゼによって活性化されることが示唆された。

 KW-2189がDNAアルキル化剤であることを確認するために、KW-2189処理後の細胞内DNA adductについて検討した。まず、牛胸腺DNAをKW-2189で処理後、KW-2189-DNA adductをHPLCにて精製し、NMRで構造を決定して標品とした。またKW-2189をエステラーゼ処理した場合に生成されるDU-86についても同様にして標品を作成した。そしてKW-2189で処理したHeLa S3細胞のDNA adductについて解析したところ、DU-86-adenine adductに相当するピークが検出されたが、KW-2189-DNA adductについては検出されなかった。このことから、KW-2189が細胞外或いは細胞内でDU-86に変換されていることが考えられた。しかし細胞培養液中ではKW-2189からDU-86へは変換されず、また培養液中の牛胎児血清もDU-86-DNA adductの生成に影響を与えなかった。これらの結果から、KW-2189は細胞内でDU-86へと変換されているものと推察された。

(4)KW-2189の活性体であるDU-86のDNA鎖切断作用の解析、及びDUMAとの比較[4]

 KW-2189で処理した細胞ではDNA鎖の切断は認められなかった。そこでKW-2189と、その親化合物であるDUM類とのDNA鎖切断作用の違いが何に起因するのかを検討した。KW-2189で処理した細胞ではDU-86-DNA adductが検出されたことから、このDU-86のDNA作用をDUMAと比較した。DU-86とDUMAはA環の構造が各々pyrrole及びpyrrolidoneである以外は同じ骨格を有している。DU-86、DUMAともにHeLa S3細胞に対して強い増殖阻害活性を示した。また高分子合成阻害実験では、両化合物とも細胞のDNA合成を強く阻害した。しかしパルスフィールド電気泳動法で検討したところ、DU-86で処理した細胞ではDNA鎖切断は認められなかった。この電気泳動法はDNAの二本鎖切断を検出する系であることから、DNA一本鎖切断を検出し得るアルカリエリューション法にて検討したが、やはりDU-86処理した細胞にはDNA鎖切断は認められなかった。細胞内DNA adductについて検討したところ、DU-86で処理した細胞ではadenine選択的なdrug-DNA adductが検出されたが、DUMAで処理した細胞ではadenine:guanine=2:1の割合でDNA adductが検出された。以上の結果から、DU-86とDUMAではDNA adductの構成比率が異なっており、このことがDNA鎖切断作用の違いをもたらしているものと推察された。

【結語】

 本研究の結果を以下にまとめた。

DUM類の作用機序として

 (1)既存の抗癌剤とはDNA鎖切断のパターンが異なることをパルスフィールド電気泳動法を用いて見い出した。

 (2)細胞内DNA adductを解析した結果、DUMAはguanine及びadenineと同程度の割合でDNAとadductを形成した。

KW-2189の作用機序として

 (3)エステラーゼの存在下、KW-2189の細胞増殖阻害活性が著しく増強されることを見い出した。

 (4)KW-2189で処理した細胞では、DU-86-DNA adductが検出された。このDNA adductの形成に際しては、KW-2189が細胞内でDU-86に変換されているものと推察された。

 (5)親化合物のDUM類とは異なり、KW-2189処理細胞ではDNA鎖切断は認められなかった。

審査要旨

 本論文は、放線菌培養上清中より単離精製された物質であるDuocarmycin類(以下DUM類)の誘導体の一つに、抗悪性腫瘍物質として有効と思われるものを見いだし、その作用機作を解明するに至る過程を述べたものである。学位申請者が行った研究は、よりよい抗腫瘍物質を開発しようという明確な方向性を持って以下のように展開した。

 (1)DUM類の細胞増殖への影響及び抗悪性腫瘍活性がどのようなメカニズムによるのかを解明しようとした。特に、DUM類による細胞内DNA鎖切断作用を、新たに導入したパルスフィールド電気泳動法によって解析した。

 (2)DUM類の一つであるKW-2189は、DNA切断作用はないが、他のDUM類よりはむしろ特異性の高い抗悪性腫瘍活性を示すことを見いだした。

 (3)KW-2189の作用が、細胞内で変換されて生じる活性体であるDU-86の作用によること、これがDNAと結合してadductを形成することを証明した。

 第一章ではDUM類の細胞毒性及び抗腫瘍活性の機作に関する新たな知見が述べられている。DUM類とマイトマイシンCで比較したところ、DUM類はMMCの100-1000倍以上細胞毒性を示し、これがDNA合成阻害によるものと椎察された。DNAに対する作用をパルスフィールド電気泳動法などにて検討したところ、DUM類で処理した細胞ではDNA鎖の切断が認められたことが示されている。

 第二章では、DUM類による細胞内DNA鎖切断作用をさらに詳しくパルスフィールド電気泳動法によって解析した結果が述べられている。種々の抗悪性腫瘍物質を比較すると、薬剤の作用機序毎に特徴のあるDNA鎖切断のパターンが認められた。DUM類はDNAをアルキル化する薬剤であるにも関わらず、DNA鎖の切断をもたらすことが示された。また、このDNA鎖切断のパターンは、既存の抗悪性腫瘍物質のものとは異なることがパルスフィールド電気泳動法を用いて見い出された。以上のように、DUM類はその構造とDNAとの作用に新規性が見い出されたが、抗腫瘍活性には改善すべき点が認められた。さらにDUM類によるDNA鎖切断は、癌細胞以外の正常組織でも生じることが懸念され、必ずしも好ましい性質とは言えなかった。

 そこで第三章では、DUM類のよりよいものを得るために、種々のスクリーニングが行なわれた結果が述べられている。DUM類のマウス腫瘍細胞及びヒト腫瘍細胞に対する細胞毒性、並びにDNA切断作用の検討を行った結果として、Methylpiperazinyl基を有する化合物KW-2189が見い出された。パルスフィールド電気泳動による検討の結果、KW-2189で処理した細胞ではDNA鎖の切断は検出されず、DNA鎖切断作用がDUM類とは異なることが示された。抗腫瘍活性試験が、皮下移植したマウス腫瘍細胞やヌードマウスに移植したヒト腫瘍細胞に対して行なわれ、有効性が確認された。

 さらに学位申請者は、肝臓癌がKW-2189に高感受性を示すことに注目した。その結果KW-2189が肝臓に豊富に存在するエステラーゼによって活性化されることを強く示唆する結果を得た。一方、この物質がDNAアルキル化剤であることを確認するために、細胞内のDNA adductについて検討した。KW-2189をエステラーゼ処理した場合に生成される物質であるDU-86についても解析した。その結果、DU-86-adenine adductに相当する産物が検出されたが、KW-2189のadductは検出されなかった。また、KW-2189は腫瘍細胞内でDU-86へと変換されているものと推察するに至る経緯が述べられている。

 第四章では、KW-2189の代謝産物であり、活性化体であるDU-86のDNAに対する作用が他のDUM類、特にDUMAと比較解析された結果が述べられている。DU-86とDUMAはともにHeLa S3細胞に対して強い増殖阻害活性を示した。また高分子合成阻害実験では、両化合物とも細胞のDNA合成を強く阻害した。しかし、DU-86で処理した細胞ではDNA鎖切断は認められなかった。そこで学位申請者はDNA切断の原因となる細胞内DNA adductについて検討した。DU-86で処理した細胞ではadenineに選択的なDNA adductが検出されたが、DUMAで処理した細胞ではadenine:guanine=2:1の割合でDNA adductが検出され、DU-86とDUMAではDNA adductの構成比率が異なっていることが、DNA鎖切断が起こるか否かを決定していると推測された。

 以上のように、学位申請者は新規の抗悪性腫瘍物質の候補として使用できそうなものを見いだし、その作用機作を、特に類似の構造を持つ物質で細胞毒性故に使用ができないものと比較検討した。その結果、比較的特異性が高く、類似の物質とは作用機作が異なることを明らかにした。この過程が、科学的に十分な考察を含めて述べられている本論文の内容は、癌の化学療法に関する学問の進歩に多大に貢献するものであり、博士(薬学)の学位に十分であると判断した。

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