学位論文要旨



No 213027
著者(漢字) 高木,淳
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,アツシ
標題(和) コンピュータ・グラフィクスにおける忠実な色再現・表示技術
標題(洋)
報告番号 213027
報告番号 乙13027
学位授与日 1996.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13027号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 助教授 黒澤,実
内容要旨

 本研究はコンピュータ・グラフィクス(以下,CG)を用いて,工業製品のカラー・デザイン作業を支援する技術に関するもので,実物に代わって色の評価ができるほどの正確で現実感のある画像を生成する技術である.本研究では自動車の車体色を例にとって述べるが,これは色の評価としてもっとも厳しい部類に属し,本研究の技術は他の分野にも波及効果を持つものである.

 さて,従来のCAD/CAM/CAEは製品の形状,素材,強度,配置などに関するものであるが,ほとんど計算機支援されていなかった分野が1つある.それは製品の’色’に関する分野である.従来,CGを使って,製品の色を正確に評価・生産するような事例はまったく無かった.しかし,色の付いていない製品は無く,製品の色は,製品の形状や時代の流行に最も合うように,極めて慎重に選択される.色は製品を特徴づける重要な要素といえるはずである.自動車のカラーデザイン作業では数百色という膨大な数の候補色からほんの数色をクレイモデル,あるいは最終的には市販車に塗る色として決定する.従来,デザイナは実車の代りに試作塗装された小片だけをたよりに色の評価,選択,絞りこみといった重要な仕事を行っていた.これはたいへん手間がかかり,失敗の多い仕事である.なぜなら,試作塗装した小片と実車では見え方が異なることがあり,又,色は見る環境(天候,地域,時間帯)によって見え方が異なるからである.

 CGで表示された色を実物の代わりとして,信用して利用するためには,物体の色を正確に計算して,それをCRTやカラー・ハードコピーなどの色出力機器に正確に表示する必要がある.具体的な目標をたてるために,カラー・デザイン作業を分析したところ,まず,

 (1)色・材質を色差が2以内で再現する必要がある(ここで,色差とは2つの色の違いを定量的に表したもので,白と黒の色差を100と計算される.).ことが必須の条件であることがわかった.さらに,

 (2)再現した色を,デザイナの意図に基づいて,変更・調整できること,創成した色・材質を実際に生産できること.

 を達成すれば,カラー・デザイン作業をより効率的に迅速に行うことができることがわかった.しかし,このような技術は従来ほとんど無く,自ら研究する必要があった.本論文では,全体を,色に関する情報の入力,色の計算,色の出力,色の生産の4つに分けて順に述べる.本研究の全体の構成を図1に示す.ただし,図中の三刺激値とは,色を3つの値X,Y,Zで数値的に表したものである.

図1:本研究の構成(色に関する情報の入力,色の計算,色の出力,色の生産)第I部はじめに

 第I部では,従来のCG技術の発展の経緯と,CG技術を応用した分野の分類について述べる.さらに,その分類の中での本研究の必要性について述べる.

第II部従来の研究と本研究の目標・ねらい

 第II部では,本研究の位置づけと意義について述べ,研究の目探をたてる.これに対し,従来のCG技術の問題点を明らかにし,なぜCG技術では本研究の目標が達成できないかについて述べる.

第III部色に関する情報の入力

 第III部色に関する情報の入力では,大きく次の3つの技術に分類して研究を進めた.

1.カラースキャナによるカラー画像の入力

 背景に用いる実写の背景写真の入力や,室内シートの表皮材などを入力するためには,カラースキャナにより,カラー画像の色を正確に取り込む必要がある.しかし,現在,市販されているカラースキャナは,我々が望む正確さで色を正確に取り込めるものは無い.我々は,透過波長域の異なる9個のバンドパスフィルタを用い,各波長領域ごとの透過光より試料表面の分光反射率を計算するバンドパスフィルタ方式の装置と,その色再現方法を提案した.この結果,50色の試料を用いて,目的の色と本方法を用いて推定した色差の平均(以後,単に平均色差)は2.48となり,ほぼ目標を達成した.

2.測定機による材質の反射率の入力

 物体の材質を決定する重要な因子の1つは,物体の反射率である.これは物体が置かれた環境や,物体を照らす光源には関係ない物体固有のものである.本研究では,1つの光源を試料と白色面に同時に照射し,おのおのの反射光の比をとるダブルビーム方式という新しい測定方法を提案し,色の計算に必要な拡散反射率,分光立体角反射率を高精度に測定することができた.

3.屋外観測装置による屋外光の入力

 直射日光と天空光は,屋外で物体を照らす主たる光源であり,物体の色を正確に計算するためには,この2つの分光分布を正確に測定することが必要である.我々は,直射日光については太陽を自動的に追尾し,全波長領域にわたって正確に分光分布を測定した.又,天空光については,全天空の天候状態を把握するのに十分な天空上の145点を決め,各点の分光分布を高速かつ高精度に測定した.この2つの機能を持つ屋外観測装置を開発した.

第IV部色の計算

 第IV部色の計算では,大きく次の4つの技術に分類して研究を進めた.

1.物体色の計算(基本的な計算法)

 自動車の車体色(塗装面)と,自動車のシート(起毛組織)を正確に表現するため,測定した光源と反射率を入力として,視線光を正確に計算する反射方程式を提案した.そして,計算された色と実測した色を比較して,その方法が正しいことを検証した.

2.物体色の計算(天候シミュレーション)

 大気中の各気体の成分とそれぞれの量を入力として,いろいろな天候における直射日光と天空光の分光分布の形状と大きさを正確に定式化した.本研究では,車輌を例にとって,晴天から曇天までの物体の見え方をCG上で正確に再現する方法を提案した.

3.物体色の計算(大域照明計算法)

 屋外における自動車の外形の色の計算は,光源として直射日光と天空光を考えれば良い.これに対し,自動車室内では,直射日光のほとんどが遮断され,天空光などが窓から差し込み,室内で複雑な光の反射が生じる.このような現象は,屋外の照明計算法では表現できない.本研究では,モンテカルロ法を用いて,複雑な光の反射光を効率的に近似計算する方法を提案した.

4.物体色の計算(アンチエイリアシング技術)

 2次元の画像にフーリエ変換を適用してアンチエイリアシング(ジャギー除去)する方法がある.本研究では,上記アンチエイリアシングを,統計学的に選択された画素のみについて,効率的に実行する研究を行った.

第V部色の出力

 カラーCRT,カラー・ハードコピー,カラー写真などの色出力機器へ,所望の色を出力することを色再現と呼んでいるが,CGの分野でも,この色再現の重要性が日増しに高まっている.第V部色の出力では,大きく次の3つの技術に分類して研究を進めた.

1.CRTへの出力

 CG画像はCRTに表現することが一般的であるが,CRTは光の加法混色で色を出すので,基本的には線形な計算で所望の色が再現できる.しかし,実際は理論では説明できない非線形性が伴うため,これだけでは精度が悪い.従来のCRTの色再現法はこの非線形性を厳密に考慮しているものがない.本研究では,入力値と出力値との関係を最小二乗法を用いて近似することによって上記非線形性を考慮した新しい色再現方法を提案した.この結果,平均色差は2.3となった.

2.カラー・ハードコピーへの出力

 CRTに表示された画像を,同じ色でカラー・ハードコピーに印刷できれば,自由に持ち運びができるため,カラー・ハードコピーを色の手配に使ったり,色のプレゼンテーションに使ったりすることができ,はかりきれない効果がある.カラー・ハードコピーは色材の減法混色によって色をつくる.減法混色は加法混色に比べ,強い非線形特性を持つため色再現が難しく,出力できる色再現範囲が小さくなる傾向を持つ.我々は色再現領域を拡大するために多色インク方式を採用し,色再現範囲を約35%拡大した.又,非線形特性を考慮させるため,色再現にNeural Networkを利用した.この結果,平均色差は2.66となった.

3.逆問題を使った新しい色再現方法

 ある入力値に対し何らかの値を出力をする系がある場合,逆にある所望の値を出力とするような入力値を推定する問題は,入力推定型逆問題である.CRTやカラー・ハードコピーなどの色出力機器に関係なく,すべての色出力機器を対象とした色再現が入力推定型逆問題である.我々は補間逆推定法という新しい方法を用いて,逆問題解法の最大の問題である不適切性を解決した.補間逆推定法とは,入力値と出力値の少数の組み合わせを知ることにより,任意の出力値に対する入力値を求める方法である.これにより,すべての色出力機器に適用可能な高精度な色再現方法を確立した.この結果,平均色差は1.80となり目標を達成した.

第VI部色の生産

 カラーデザイナは塗料メーカに所望の塗料を言葉によって依頼するが,所望の塗料をつくる作業(調色)は,現状では,熟練した人間の経験とカンによって行われている.この作業は,デザイナのイメージ通りの塗料をつくることが難しく,時間がかかるなどの問題があった.第VI部色の生産では,大きく次の2つの技術に分類して研究を進めた.

1.色・材質の修正,変更法

 デザイナの意図した塗装の色・材質を新たにつくり出す作業をCGを用いて支援する方法を提案した.色は明度,彩度,色相を調整可能にした.又,材質は明暗の変化を調整可能にした.さらに最終的に決まった塗装の色と材質を,前記,入力推定型逆問題を用いて定量的な量,例えば反射率に変換する方法を提案した.

2.生産技術

 自動車に塗る所望の塗装色を決めると,最終的にはその実物の塗料を作る必要がある.我々は,上記,変換された塗装面の反射率から,その塗料を調色するために必要な光輝材(アルミ粉,マイカ粉など)と顔料(色の付いた粉)の量を算出する方法を提案した.この方法には,同様に入力推定型逆問題を用いた.

第VII部まとめ

 本研究ではCGを用いて工業製品のカラー・デザイン作業を支援するために,色に関する情報の入力,色の計算,色の出力,色の生産の4つの技術の研究を行った.その結果,実物に代わって色の評価ができるほどの正確で現実感のある画像を生成し,これを任意の色出力機器に忠実に再現することができる.この技術を自動車のカラー・デザインの中で実際に利用し,作業を効率化・精度向上に成功し,研究の目標を達成することができた.

審査要旨

 本論文は、カラー・デザイン作業において、CRTなどの色出力機器にコンピュータ・グラフィクス(以下、CGと記す。)でつくられた画像を表示し、これによって実物の代わりとして色の評価や選定を行うことを可能にするために、忠実な着色計算と色再現技術を開発することを目的とする。

 自動車のカラー・デザイン作業では、数百の候補色から数色を最終的な市販車に塗る色として決定する。従来、デザイナはこの仕事を試作塗装した小片をもとに手作業で行っていたが、小片と実車では見え方が異なることがあったり、色は天候によって見え方が異なるため、選色に失敗が多いという問題があった。

 カラー・デザイン作業においてCGを利用するためには、CGによって表示された色と実物が色差2以内で一致し(目視で差異無し)、再現した色を、デザイナの意図に基づいて、変更・調整し、実際に生産できることが必要である。

 本論文は全7部より成る。各部の内容の概要は以下のようである。

 第I部では,従来のCG技術の発展の経緯とCG技術を応用した分野の分類について述べ、その分類の中での本研究の必要性について論じた。

 第II部では,本研究の位置づけと意義について述べ、研究の目標を明確にした。これに対し従来のCG技術の問題点を明らかにし、なぜ従来のCG技術では本研究の目標が達成できないかについて述べた。

 第III部は色に関する情報の入力の問題を扱っており、大別して次の3つの研究を行った。まず、テクスチャを持った材質の模様を取り込むためのカラースキャナ装置を開発した。この装置は、透過波長域の異なる9個のバンドパスフィルタを用い、各波長領域ごとの透過光より試料表面の分光反射率を計算するバンドパスフィルタ方式という方法を提案し、平均色差2.48を達成した。

 次に、1つの光源を試料と白色面に同時に照射し、おのおのの反射光の比をとるダブルビーム方式という反射率測定方法を提案し、色の計算に必要な拡散反射率、分光立体角反射率の正確な測定を可能とした。

 直射日光について、太陽を自動的に追尾し、全波長領域にわたって正確に分光分布を測定した。又、天空光については、全天空の天候状態を把握するのに十分な天空上の145点を決め、各点の分光分布を測定した.

 第IV部は色の計算に関するもので、大きく次の4つの技術の研究を行った.まず、自動車の車体色(塗装面)と自動車のシート(起毛組織)を実物通りに表現するため、測定した光源と反射率を入力として、視線光を計算する反射方程式を提案した。そして、計算された色と実測した色を比較して、その方法が正しいことを検証した.

 大気中の各気体の成分とそれぞれの量を入力として、いろいろな天候における直射日光と天空光の分光分布の形状と大きさを定式化した。本研究では、車輌を例にとって、晴天から曇天までの物体の見え方をCG上で再現する方法を提案した。

 又、自動車室内で複雑な光の反射が生じる現象は、屋外の照明計算法では表現できない。本研究では、モンテカルロ法を用いて、複雑な光の反射光を効率的に近似計算する方法を提案した。

 さらに、2次元の画像にフーリエ変換を適用するアンチエイリアシング(ジャギー除去)を実施する際、統計学的に選択された画素のみについて効率的に実行する研究を行った。

 第V部は、色の出力に関するもので、次の3つの分野の研究を行った。まず,CG画像をCRTに表現するために,入力値と出力値との関係を最小二乗法を用いて近似することによって、CRTの持つ非線形性を考慮した色再現方法を提案した。この結果、表現色の平均色差は2.3となった。

 CRTに表示された画像をカラー・ハードコピーで印刷するために、色再現領域を拡大するために多色インク方式を採用し、色再現範囲を約35%拡大することができた。又、非線形特性を考慮するため、色再現にNeural Networkを利用した。この結果。平均色差は2.66となった。

 色再現は入力推定型逆問題での一つであるが、入力値と出力値の少数の組み合わせを知ることにより、任意の出力値に対する入力値を求める補間逆推定法という方法を用いて、逆問題解法の最大の問題である不適切性を解決した。これにより、すべての色出力機器に適用可能な高精度な色再現方法を確立した。この結果、表示色の平均色差は1.80を実現した。

 第VI部は色の生産に関するもので、次の2つの分野の研究を行った。まず,デザイナの意図した塗装の色・材質を新たにつくり出す作業をCGを用いて支援する方法を提案した。色は明度,彩度,色相を調整可能にした。材質は明暗の変化を調整可能にした。さらに最終的に決まった塗装の色と材質を。前記の入力推定型逆問題を用いて定量的な量である反射率に変換する方法を提案した。

 上記の変換された塗装面の反射率から、その塗料を調色するために必要な光輝材(アルミ粉やマイカ粉など)と顔料(色の付いた粉)の量を算出する方法を提案した。この方法には前部と同様に入力推定型逆問題を用いた。

 第VII部は本研究のまとめである。本研究ではCGを用いて工業製品のカラー・デザイン作業を支援するために、色に関する情報の入力、色の計算、色の出力、色の生産の4つの技術の研究を行った。すなわち、テクスチャを持った材質の模様を取り込むためのカラースキャナ装置、色の計算に必要な反射率を測定する装置、光源として重要な直射日光と天空光を測定する屋外観測装置を開発し、必要な色の情報を取り込み、現実に基づいた着色計算を施し、色差2以内で色出力装置に出力できるようにした。さらに創製した色を実際の塗料として生産する方法を提案した。

 その結果、実物に代わって色の評価ができるほどの忠実で現実感のある画像を生成し、これを任意の色出力機器を用いて忠実に再現することができた。この技術を自動車のカラー・デザインの中で実際に利用し、作業の効率化・精度向上に成功し、研究の目標を達成することができた。

 以上を要するに、本論文は、CGを用いて工業製品のカラー・デザイン作業を支援する技術に関するもので、実物に代わって色の評価ができるほどの現実感のある画像を生成する技術である。本研究では自動車の車体色を題材としているが、これは色の評価としてはもっとも厳しい部類に属し、本研究の技術は他の分野にも波及効果を持つもので、精密機械工学の今後の発展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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