学位論文要旨



No 213028
著者(漢字) 荒木,俊光
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,トシアキ
標題(和) 環状局部加熱による二重管製造技術の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 213028
報告番号 乙13028
学位授与日 1996.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13028号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 大坪,英臣
内容要旨

 各種工業分野においては、原料や燃料として気体、液体や固体からなる材料が使われ、これをより効率的に運搬するための手段として管を用いた輸送方法が活用されつつある。例えば、石炭炊きボイラーの燃料である石炭の輸送では、従来、ベルトやバケットなどによるコンベアー輸送といったバッジ式の輸送手段が採られていたが、最近では空気を輸送媒体として粉砕した石炭を固気状態にて管中を圧送し、送り先にて分離する輸送手段が用いられている。このように管を用いた材料輸送は被輸送物を飛散することなく大量輸送や長距離輸送ができ、輸送量の制御も容易なことから、合理的かつ経済的な輸送手段として今後も用途が拡大するものと考えられている。

 一方、管による粉粒体の気体輸送の拡大にともない、非常に硬い材料を高速で輸送する場合が生じ、被輸送物が管壁に衝突することにより短期間で管が破損(破孔)する。いずれの工業分野においても設備保全上望まれるのはメンテナンスフリーであり、管を用いて粉粒体を気体輸送する設備においても同様である。しかし、高速・大量輸送化にともない管が厳しい使用環境下で使われるようになるために、メンテナンス費用が増大することや安全面から管の破孔が問題視される場合が増えてきているのが実状である。このため、厳しい使用環境であっても長寿命な管が求められており、これに応えるべく管の材質改善が図られてきた。

 耐摩耗性の改善を目的とした管の材料開発では、従来、金属材料に対して素材成分を調整したり熱処理条件を改良することによって、管の使用環境に応じて求められる材料強度と靭性を低下することなく硬度を向上させる方法が採られてきた。最近では、金属材料に比べて格段に硬いセラミックスの利用も試みられている。ただし、セラミックスは硬い反面脆いために金属管の内側に貼り合わせるなどの利用に限られ、単独で管として用いられるには至っていない。

 本研究は、耐摩耗性に優れた金属やセラミックスなどの材料からなる内管と炭素鋼からなる外管を嵌合させた二重管の製造技術の確立を目的として行ったものである。本研究において述べる二重管の製造法とは、Fig.1に示すように、炭素鋼管を局部加熱し冷却することにより管径が減少する現象を利用して、内管を挿入した後に外管を縮径させて両者を嵌合させるものである。この加工における管の縮径法を、"環状局部加熱法"と呼ぶこととする。

Fig.1 環状局部加熱法

 材料の一部を加熱し冷却するだけで、外力を加えることなく永久変形を生じさせる加工法は、線状加熱法に代表されるように、従来より造船、鉄骨加工などの業界において広く用いられてきた。線状加熱法は材料の局部を加熱し冷却することにより生じる収縮変形を利用して、主に炭素鋼からなる構造部材の変形加工を行うものであり、板曲げの加工法、やせ馬変形の矯正法や溶接構造物の歪み取りに用いられている。また、溶接変形も局部加熱により生じる永久変形の一つであり、例えば、管を周溶接した場合には溶接線断面が縮径変形する。

 これらの熱加工による変形現象は、環状局部加熱法により管径を変化させる加工が可能であることを示唆してくれるものの、環状局部加熱処理を受けた管に生じる変形現象を明らかにした研究はなく、さらにこれを二重管の製造技術として工業的に利用するための研究も行われたことはない。

 本研究では、基礎的検討として、環状局部加熱処理を受ける管に生じる変形の機構および二重管の外管が縮径することにともない生じる嵌合機構を解明し、管の縮径量により嵌合力が制御できることを明らかにした。また、実用化検討として、二重管設計の指針を示すとともに開発した二重管製造装置による製造条件を明らかにした。さらに、耐摩耗二重管の製造に本技術を適用し、製造時の品質確保のための手段を明らかにして製作した耐摩耗二重管を実機にて試用した結果、内管に従来の金属材料に比べて極めて硬い反面脆いセラミックスを用いても内管に割れなどの損傷がなく寿命も延びることを確認した。

 本論文では、環状局部加熱法による管の縮径現象の基礎的解明からこれを用いた耐摩耗二重管の製造と実用化に至るまでの研究の流れに沿い、全5章からなる構成をとる。

 第1章では、環状局部加熱法を利用した二重管製造技術の工業的な価値と技術的な位置づけを明らかにした。このために既存の二重管の製造技術の適用限界と技術課題を分析し、その結果に基づき本技術の実用化を図るための研究課題と研究の進め方を明らかにした。

 第2章では、環状局部加熱処理を受ける管に生じる変形機構と諸因子の縮径量に及ぼす影響を明らかにした。ここでは、第1に、管の局部を周方向には一様に急速に加熱し冷却する熱処理を全長にわたり連続して行う環状局部加熱処理を施すことによって管径が変化することを、試作した実験装置を用いて確認した。第2に、縮径量に及ぼす諸因子の影響を明らかにするために、最高加熱温度、加熱コイル長さ、管径と板厚および繰返し数が縮径量に及ぼす影響を実験により求め、最高加熱温度が高くなるほど、加熱コイル長さが短くなるほど、管径と板厚が大きくなるほど、繰り返し数が増すほど縮径量は増加することを確認した。第3に、これらの実験結果に基づき管の縮径機構を推定し、環状局部加熱処理を受ける管は、局部加熱されるがゆえに加熱時に自拘束によりほとんど熱膨張しない。その後、冷却時には加熱時の温度差に相当する熱ひずみ分の収縮変形することにより管径は減少すると考えた。

 第3章では、環状局部加熱・冷却による管の変形挙動の熱弾塑性数値解析を行い、熱源の温度分布形状、管の断面形状と繰り返し数が個別に管径変化に及ぼす影響を明らかにし、得られた知見に基づいて、環状局部加熱法を実用化する際に必要となる変形量の推定法を提案した。ここでは、第1に、台形状に仮定した温度分布モデルからなる解析モデルを用いて熱弾塑性数値解析を行い、変形現象の過渡的変化を考察した結果、熱源の温度分布に応じて生じる変位、周方向および軸方向に生じる塑性歪ならびに応力の分布から変形機構は説明できることを示した。第2に、解析結果に基づく諸因子の管径変化に及ぼす影響を考察して、最高加熱温度(Tmax)、線膨張係数()、管の曲げ剛性()と加熱コイル長さ(Lc)からなる指標Tmax/Lcにより、実験により得られた管の縮径量は整理できることを明らかにした。

 第4章では、環状局部加熱法を二重管の嵌合技術として実用化するために、第1に、環状局部加熱処理を受けて縮径する外管と内管との間に生じる嵌合現象を実験により確認し、外管に対する環状局部加熱処理の繰り返し数と内管に対する内面からの水冷が嵌合力に及ぼす影響を明らかにした。第2に、嵌合した内外管のどちらかが降伏している場合の嵌合力は、降伏した管の降伏応力()、管径(R)と板厚(t)から求められる2t/Rにより推定できることを実験により検証した。第3に、環状局部加熱法を実用化するにあたり、嵌合現象および嵌合力の考察結果を踏まえ、これを利用して二重管を製作する際の設計指針として、二重管を構成する内外管の材質選定法と断面寸法の決定法および嵌合力の決定法を明らかにした。

 第5章では、環状局部加熱法を利用した二重管の実用化における適用対象として耐摩耗二重管を取り上げ、第1章から第4章において述べた環状局部加熱法を利用して製造する二重管の設計・製造・品質保証の観点から本法の有効性を確認した。耐摩耗二重管の設計においては、第4章において示した指針に基づき、要求性能に応じた内外管の素材材質および嵌合力を選定した。耐摩耗二重管の製造においては、環状局部加熱法を利用した二重管の嵌合装置の機能を示し、この装置における嵌合処理条件を炭素鋼からなる外管の管径と板厚ごとに明らかにした。また、耐摩耗二重管を製造するために開発した装置として、管外径の非接触自動測定装置と硬度が異なる内外管の専用切断機の機能を示した。さらに、耐摩耗二重管の製造時に保証すべき品質として、選定した内外管の素材材質が製造時に損なわれていないことと、本法により製造された二重管に付与されるべき嵌合力が製造時に確保されていることを明らかにし、製造時にはこれらを検査・計測して記録して、これが管理・保管されるべきことを明らかにした。

 最後に、環状局部加熱法を利用して製作した耐摩耗二重管の実用化事例として、マッドポンプライナーと石炭未燃灰空気輸送管を取り上げ、これらを実際の摩耗環境で試用した結果、割れ欠けもなく炭素鋼鋼管に比べて数十倍以上に寿命が伸び、実用に耐え得ることを確認した。これにより本研究において提案した設計指針ならびに開発した二重管製造設備と製造条件の有効性を示した。

 以上のように本研究では、環状局部加熱法による炭素鋼管の縮径挙動を解明し、これを用いて内外管が嵌合した二重管の新しい製造技術を開発したことにより、工業的に価値ある二重管(耐摩耗二重管)を製造することができた。

審査要旨

 コンベアー輸送といったバッジ式の輸送手段とは異なる粉粒体の気体輸送の問題を取り上げている。具体的には粉砕した石炭を固気状態にて管中を圧送し、送り先にて分離する輸送手段である。このような管を用いた材料輸送は被輸送物を飛散することなく大量輸送や長距離輸送ができ、輸送量の制御も容易なことから、合理的かつ経済的な輸送手段として今後も用途が拡大する可能性が高い。

 このように、管による粉粒体の気体輸送の拡大にともない、より硬い材料をより高速で大量輸送する要求が高まっている。これは、各工業分野において設備保全上望まれるのはメンテナンスフリーであり、メンテナンスフリーを実現させるには管は益々厳しい使用環境下で使われることが求められているからである。

 耐摩耗性の改善を目的とした管の材料開発では、従来、金属材料に対して素材成分を調整したり熱処理条件を改良することによって、管の使用環境に応じて求められる材料強度と靭性を低下することなく硬度を向上させる方法が採られてきた。しかし最近では、金属材料に比べて格段に硬いセラミックスの利用も試みられている。ただし、セラミックスは硬い反面脆いために金属管の内側に貼り合わせるなどの利用に限られ、単独で管として用いられるには至っていない。

 このような社会要請に対して、本研究は、耐摩耗性に優れた金属やセラミックスなどの材料からなる内管と炭素鋼からなる外管を嵌合させた二重管の製造技術の確立を目的として行われている。この研究において述られている二重管の製造法とは、炭素鋼管を局部加熱し冷却することにより管径が減少する現象を利用して、内管を挿入した後に外管を縮径させて両者を嵌合させるものである。この加工における管の縮径法を、"環状局部加熱法"と呼んでいる。

 本研究では、基礎的検討として、環状局部加熱処理を受ける管に生じる変形の機構および二重管の外管が縮径することにともない生じる嵌合機構を解明し、管の縮径量により嵌合力が制御できることを明らかにしていると共に、実用化検討として、二重管設計の指針を示すとともに開発した二重管製造装置による製造条件を明らかにした。さらに、耐摩耗二重管の製造に本技術を適用し、製造時の品質確保のための手段を明らかにして製作した耐摩耗二重管を実機にて試用した結果、内管に従来の金属材料に比べて極めて硬い反面脆いセラミックスを用いても内管に割れなどの損傷がなく寿命も延びることを確認している。

 本論文は、全7章からなっている。

 第1章は、緒言であり、本論文の大要を示している。

 第2章では、環状局部加熱法を利用した二重管製造技術の工業的な価値と技術的な位置づけを明らかにし、本技術の実用化を図るための研究課題と研究の進め方を明らかにしている。

 第3章では、環状局部加熱処理を受ける管に生じる変形機構と諸因子の縮径量に及ぼす影響を明らかにした。特に、試作した実験装置を用いて、縮径量に及ぼす諸因子の影響、すなわち最高加熱温度、加熱コイル長さ、管径と板厚および繰返し数が縮径量に及ぼす影響を実験により求め、それぞれの諸因子の管縮径挙動への影響を明らかにしている。

 第4章では、環状局部加熱・冷却による管の変形挙動の熱弾塑性数値解析を行い、熱源の温度分布形状、管の断面形状と繰り返し数が個別に管径変化に及ぼす影響を明らかにし、得られた知見に基づいて、環状局部加熱法を実用化する際に必要となる変形量の推定法を提案している。

 第5章では、環状局部加熱法を二重管の嵌合技術として実用化するための設計技術の基礎を明らかにし、これを利用して二重管を製作する際の設計指針として、二重管を構成する内外管の材質選定法と断面寸法の決定法および嵌合力の決定法を明らかにした。

 第6章では、環状局部加熱法を利用して製作した耐摩耗二重管の実用化事例として、マッドポンプライナーと石炭未燃灰空気輸送管を取り上げ、これらを実際の摩耗環境で試用した結果、割れ欠けもなく炭素鋼鋼管に比べて数十倍以上に寿命が伸び、実用に耐え得ることを確認した。これにより本研究において提案した設計指針ならびに開発した二重管製造設備と製造条件の有効性を示した。

 第7章は結論であり、本論文で考察された環状局部加熱法を利用した二重管の製造技術の実用性が設計・製造・品質保証の観点から検証され、本研究で得られた知見が、体系的に纏められている。

 本研究の結果、環状局部加熱法による炭素鋼管の縮径挙動が解明され、これを用いて内外管が嵌合した二重管の新しい製造技術が確立されたことは、工学の向上に著しく貢献しているものと判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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