構造物や機器の信頼性を確保するため,定量的非破壊評価の研究が極めて重要となっている。代表的な非破壊評価法である超音波非破壊評価法では,欠陥の有無の判定は可能であるものの,その寸法や位置の定量的な評価は容易ではなく,定量的超音波非破壊評価法の確立が急務である。 計算力学は,超音波非破壊評価法の高度化において重要な技術であり,たとえば,計算力学シミュレーションにより,固体内の超音波伝播現象の定量的な評価がなされるようになり,その成果は超音波非破壊評価の精度向上に役立っている。しかしながら,固体内超音波伝播解析には詳細なメッシュと細かな時間刻み幅が要求され,大規模な計算となる。より詳細な解析への要求はコンピュータの速度向上を上回り,単一CPUでは処理が困難になっている。このため,複数のコンピュータを使って計算を行う並列処理が必須になり,並列処理に適した超音波伝播解析コードの開発が求められている。 一方,欠陥同定に代表される非破壊評価は,基本的に結果から境界条件を求める逆問題であり,境界条件から結果を求める順問題と比べ数値的な取扱いが格段に難しい。通常、計算力学に基づく欠陥同定法では,未知欠陥の周囲で観測された変形応答や電位分布などの測定値と、ある想定欠陥の周囲で観測されるであろう予測値(有限要素法などで求める)との2乗誤差を最小化するような想定欠陥の欠陥パラメータを求める最適化問題として定式化される。しかし,同定時に多量の計算力学シミュレーションを必要とし、迅速な同定は困難である。このため,逆問題解析に適した新しい手法が強く望まれて来た。 これに対して,人間の脳をモデルにした情報処理システムである階層形ニューラルネットワークは、優れた非線形マッピング(写像)能力を有している。非破壊評価は,観測データから欠陥パラメータへのマッピング問題ととらえることができ、階層形ニューラルネットワークを適用することが可能である。 本研究では,固体内超音波伝播の詳細なシミュレーションと階層形ニューラルネットワークの学習・推理能力を融合した新しい超音波欠陥同定法を開発し,基礎的検討を行った。 まず、欠陥を有する固体内における超音波伝播解析の高速化のために、並列処理による超音波伝播解析コードを2種類開発した。1つは、領域分割法に基づく2次元並列有限要素解析コードである。領域分割法は解析領域を複数の部分領域に分割し、個々の部分領域を独立に(並列に)解析した後、部分領域間境界における不釣合を共役勾配法などの反復法で解く解法である。本研究では領域分割法を動的問題に適用する定式化を行い、実際に2次元問題の解析コードを開発した。さらに、1CPU上で本コードの基本性能の評価を行い、全体を1つの領域として解析する従来の方法と比較して、所要記憶容量が少なくすみ、大規模解析に適していること、また、実行速度に関しても従来法と同等(陰解法)または高速(陽解法)であることを示した。本コードは部分領域の有限要素解析を単位とした粒度の大きい並列処理が可能であり、比較的通信速度の遅い並列処理環境においても高い並列処理効率が得られる。実際、EWSネットワーク上に動的負荷分散可能なクライアントサーバ型のシステムとして実装し、90%以上の高い並列処理効率が得られた。 もう1つは、3次元の汎用動解析コードDYNA3Dの領域分割型並列化である。本研究では、ソフトウェア資産の有効活用の観点から、動解析の分野で実績のある汎用コードDYNA3Dを、メッセージパッシングの標準的なライブラリであるPVMを用いて領域分割型並列処理に対応させた。本研究では、解析コードの主要部分は実績のあるDYNA3D本来のコードをそのまま用い、メッセージパッシングなどに関する必要最小限のコードの追加・変更にとどめた。領域分割型並列化により従来のコードよりも高速な処理が可能になるとともに、従来のコードでは困難な超大規模な問題の解析も可能になった。例題として、65536個の8節点ソリッド要素からなる物体の衝撃解析問題を全体領域を3分割して4CPUのマルチプロセッサマシンで解析したところ、計算結果は従来のコードによる結果と一致し、並列処理効率に関しては87%という高い値が得られた。 こうして開発した超音波伝播解析コードによる詳細なシミュレーション結果をもとに、ニューラルネットワークの柔らかな情報処理能力を融合した超音波欠陥同定法を構築した。本研究における階層形ニューラルネットワークと計算力学を用いた超音波欠陥同定法は次の3つの段階からなる。 Phase1領域内部に欠陥を設定し,表面から超音波(弾性波)を入射し,表面に設けた測定点で得られる変位の時間変化をFEM順解析により求める。これを,欠陥パラメータを変えて複数回行い,(測定点の変位変動データ,欠陥パラメータ)のデータ対を蓄積する。 Phase2Phase1で得られたデータから,測定点の変位変動データを入力データ,対応する欠陥パラメータを教師データとして,ニューラルネットワークに学習させる。 Phase3学習終了後,未知の変位変動データを入力して欠陥を同定する。 Phase1ではいろいろな欠陥(欠陥パラメータ)を境界条件として与えて順解析を行い,応答結果(測定点のセンサー情報)を計算する。Phase2ではPhase1で求めた応答結果(センサー情報)を入力とし,境界条件(欠陥パラメータ)を教師データとしてニューラルネットワークの学習を行い,応答結果→境界条件という写像をニューラルネットワーク上に構築する。Phase3では学習済ニューラルネットワークに,実際に欠陥同定を行いたい部材のセンサー情報を入力すると、ほぼリアルタイムに欠陥パラメータが出力される。 本研究では、ニューラルネットワークと計算力学を用いた超音波欠陥同定法を表面欠陥の位置同定問題、内部欠陥の位置・サイズ同定問題に適用し、システムの基本的な性能の評価を行った。入力データには表面の観測点における変位変動データを用いた。その結果、本手法により裏面の表面欠陥および内部欠陥が正確に同定できることを確認し、入力データの量および質が同定精度に及ぼす影響を明らかにした。 また、レーザー超音波による欠陥同定に本手法を適用し、実験との比較を行った。本研究において開発した並列2次元超音波伝播解析コードを用いてレーザー超音波の固体内伝播を解析し、解析結果が実測値を良く再現することを示した。さらに、解析で得られた観測点の変位変動データをもとに構築した欠陥同定用ニューラルネットワークに実測した変位変動データを入力し、実測データにより欠陥の位置を同定でき、本システムが実用可能であることを確認した。 さらに、同定対象が多様になりニューラルネットワークの学習データ数が膨大になるような場合における適切化手法として、ニューラルネットワークの分類能力を用いた階層形欠陥同定システムを提案した。階層形欠陥同定システムは解空間の限定という適切化法に基づいており、分類用ニューラルネットワークと同定用ニューラルネットワークを階層的に用いる。すなわち、分類用ニューラルネットワークにより解空間全体を複数の部分空間に分類し、個々の部分空間ごとに同定用ニューラルネットワークを構築する。実際に、複数(2個)の欠陥の同定問題に適用し同定精度が向上することを確認した。 本欠陥同定システムが実用化されるためには、同定時の測定ノイズに対して本システムがロバストであることが要求される。本研究では、測定ノイズに対するロバスト性の指標として新たに誤差伝達係数を導入し、本システムのロバスト性を誤差伝達係数により定量的に評価できることを示すとともに、測定ノイズに対してロバストなニューラルネットワークを構築する手法を示した。本研究では学習済ニューラルネットワークにおいて出力を入力により微分した量を誤差伝達係数と定義した。斜め欠陥の位置・角度・長さの同定問題において誤差伝達係数を評価したところ、欠陥同定時のノイズによる同定精度の劣化量は同定に用いるニューラルネットワークの誤差伝達係数の値に比例することを確認した。本研究では、さらに、誤差伝達係数が小さいニューラルネットワークを構築できる学習法として、学習データに人工的な雑音を付加して学習させる雑音付加学習や、学習時の目的関数に誤差伝達係数の2乗和を付加する方法が有効であることを示した。 |