学位論文要旨



No 213030
著者(漢字) 加治,芳行
著者(英字)
著者(カナ) カジ,ヨシユキ
標題(和) 高温延性材料のクリープ・疲労強度特性と寿命評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213030
報告番号 乙13030
学位授与日 1996.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13030号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 原子力エネルギー、火力発電、各種化学プラントおよび蒸気、ガスタービン、ジェットエンジンなど高温で稼働する機器・装置はより高温下で信頼性の高い設計を行うことが必要で、この温度領域での構造設計基準開発のニーズが高まっている。

 米国においては、1983年頃からASMEのコード委員会の中にTaskForceが設置され指針の検討が行われている。独国においては、高温ガス炉のプロセス熱利用のための超高温構造設計指針の作成が企画され、1984年から試験研究が行われている。我国においては、通産省工業技術院の大型プロジェクト「高温還元ガス利用による直接製鉄技術の研究開発(1973年〜1980年)」の中で、1.5MW高温熱交換器の設計基準の研究が石川島播磨重工業(株)により行われた。さらに日本原子力研究所において、高温ガス炉の多目的熱利用を目的として、高温工学試験研究炉の高温構造設計基準の開発研究が、金属材料技術研究所や関連メーカの協力のもとに現在まで続けられている。

 そこで本論文では、超高温における設計基準、特に高精度なクリープ疲労損傷評価法および余寿命評価法を確立することを目的として、まず現在用いられている評価法によって構造物、ここでは実機相当の伝熱管の構造健全性および現在の評価法の寿命予測限界について検討した。その結果を基に、寿命評価法および供用中に発見されるき裂や損傷に対する余寿命評価法の予測精度を改善するために、ミクロとマクロの異なった観点から種々の検討および新たな余寿命評価法の提案を行った。具体的には、マクロ的アプローチによる超高温領域におけるクリープ構成式、クリープ疲労寿命評価法の検討およびき裂伝播特性評価パラメータを用いた寿命評価に関する検討、微視的アプローチによるクリープおよびクリープ疲労損傷評価に関する検討を行ったものである。その内容は以下の通りである。

 第2章では、高温工学試験研究炉(HTTR)の中間熱交換器の2次冷却ガス喪失事故時を模擬した高温外圧荷重下での伝熱管のクリープ座屈試験を行い、簡易解析法および有限要素法は、試験結果と比較して妥当なクリープ座屈挙動を予測することおよびクリープ座屈によってき裂は生じるものの気密性は維持されることを示した。また曲がり管の構造健全性を実証するために、高温曲がり管曲げ疲労試験装置を製作し、高温において変位制御の面内および面外曲げ疲労試験を行い、最大変位での保持時間を挿入することにより、破損サイクル数は急速に小さくなるが、溶接部の健全性は確保されていることを明らかにした。現在用いられているGarofalo型のクリープ構成式と時間損傷和則の寿命評価法を用いた寿命予測では、解析に用いる要素の影響はほとんどなく、実験結果と比較して1オーダ程度安全側の評価結果が限界であることを示し、さらに高精度の損傷評価法を確立するためには、クリープ構成式の高精度化、微視的な損傷機構の把握とこれを評価法へ反映させることが重要であることを明らかにした。

 第3章では延性材料であるハステロイXRに対して、超高温領域(0.7〜0.8Tm,Tm:その材料の融点温度)での構造設計における非弾性解析に用いる信頼性の高いクリープ構成式として内部応力を考慮したクリープ構成式を新たに提案し、Garofalo型のクリープ構成式とひずみ硬化則を用いた場合よりも精度良くクリープ変形挙動を表すことを示した。またクリープ損傷が支配的になる超高温域で使用する耐熱材料の寿命を予測するために、時間分数和則、延性消耗則、損傷速度式およびひずみ範囲分割法のクリープ疲労寿命特性を評価した。これらの結果をもとにして損傷のひずみ速度依存性を考慮できる延性消耗則と損傷速度式が、時間分数和則以上のクリープ疲労寿命予測精度を示すこと、またひずみ範囲分割法は、ファクター2以内の予測精度を示すが、クリープ変形・破断データが考慮されず、実際の応力履歴への応用性に欠けることを明らかにした。

 第4章では、供用中に発見されるマクロなき裂について、伝播特性を把握し余寿命を求める方法を明らかにすることは実用上重要であるため、ハステロイXRのき裂進展に対するQ*パラメータを求め、各係数に対して、従来より求められているSUS304ステンレス鋼およびCr-Mo-V鋼とハステロイXRとを比較し、材料のクリープ延性に対して一定の傾向をもって変化していることを示した。またQ*パラメータを積分することによりLarson-Millerパラメータと形式的に同一のパラメータを導き、これにより平滑材と切欠き材のクリープ破断寿命を同一のパラメータにより比較評価し、クリープ破断寿命に及ぼす切欠き効果を明らかにした。以上の結果より、Q*パラメータが超高温領域でのマクロなき裂に対する余寿命評価法として適用可能であることを明らかにした。

 第5章では、クリープ条件下では、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いたその場観察により、ボイド成長に伴う粒界損傷機構の検討およびその粒界の損傷とクリープ寿命との関係について検討した。その結果、ボイドは拡散機構により成長するが、全体の変形はマクロなクリープひずみ速度に支配されること、さらに低応力では、表面近傍と内部では変形機構が異なることを明らかにした。またボイドが合体した状態における粒界損傷率は、垂直粒界、傾斜粒界それぞれの場合において、負荷応力に依らず、時間分数に対して一つの特性として表すことが可能であること、実験的に得られる垂直粒界の粒界損傷率曲線にしたがって、余寿命を評価できることを明らかにした。またクリープ疲労条件下では、光学顕微鏡を用いたその場観察により得られたき裂先端に生じる損傷領域の成長挙動とクリープ疲労寿命およびき裂成長速度の関係について検討した。その結果、き裂発生までにき裂先端近傍に生じる損傷領域が、き裂成長速度、破断寿命および破壊靭性値を律速すること、応力保持時間効果は、疲労効果およびクリープ効果をimplicitな形で含む高温疲労条件の応力上昇過程および下降過程とは機構的に異なることを明らかにした。

 したがって本論文では、超高温におけるクリープ疲労寿命評価において、内部応力を考慮したクリープ構成式、微視的損傷を考慮した寿命評価法の有効性および微視的損傷機構について明らかになったが、特定の温度のみでの検討に終わり実構造物への適用までには至っていない。今後、さらに広い温度領域での内部応力を考慮したクリープ構成式、微視的損傷機構モデルを取り込んだ寿命評価法の確立が必要である。

 また供用中に発見されたき裂や損傷に対する余寿命評価において、切欠き部等の応力集中部に発生するマクロなき裂に対しては、熱活性化過程に基づいたQ*パラメータ、また平滑部の損傷に対しては、ボイド成長に伴う粒界損傷率Dパラメータによって、精度良く余寿命を評価できることが明らかになった。

審査要旨

 原子力エネルギー、火力発電、各種化学プラントおよび蒸気、ガスタービンなど高温で稼働する機器・装置では信頼性の高い設計を行うことが必要であり、またより高温領域での構造設計基準の開発へのニーズが高まっている。本論文では、超高温(0.7〜0.8Tm,Tm:その材料の融点)における設計基準、特に高精度なクリープ疲労損傷評価法および余寿命評価法を確立することを目的としている。従来用いられてきた評価法によって実機相当の伝熱管の構造健全性を評価するとともに、従来の評価法による寿命予測の限界について検討している。さらに、寿命評価法および供用中に発生するき裂や損傷に対する余寿命評価法の予測精度を改善するために、ミクロとマクロの異なった観点から種々の検討および新たな余寿命評価法の提案を行っている。

 第1章では、従来の知見と本研究の目的を述べている。

 第2章では、高温工学試験研究炉(HTTR)の中間熱交換器の2次冷却ガス喪失事故を模擬した高温外圧荷重下での伝熱管のクリープ座屈試験を行っている。簡易解析法および有限要素法では、試験結果と比較してほぼ妥当なクリープ座屈挙動を予測されること、クリープ座屈によってき裂は生じるものの気密性は維持されることが示された。また曲がり管の構造健全性を実証するために、高温における変位制御の面内および面外曲げ疲労試験を行っている。従来用いられてきたGarofalo型のクリープ構成式と時間損傷和則の寿命評価法を用いた寿命予測では、実験結果と比較して1オーダ程度安全側の評価をしてしまうことが示された。さらに高精度の損傷評価法を確立するためには、クリープ構成式の高精度化、微視的な損傷機構の把握とこれを評価法へ反映させることが重要であることを明らかにした。

 第3章では延性材料であるハステロイXRに対する検討を行っている。超高温領域における非弾性解析のための信頼性の高いクリープ構成式として、内部応力を考慮したクリープ構成式を新たに提案し、従来用いられてきたGarofalo型のクリープ構成式とひずみ硬化則を用いた場合よりも精度良くクリープ変形挙動を表すことを示している。またクリープ損傷が支配的になる超高温域での寿命を予測するために、時間分数和則、延性消耗則、損傷速度式およびひずみ範囲分割法によってクリープ疲労寿命特性を評価した。損傷のひずみ速度依存性を考慮している延性消耗則と損傷速度式が、時間分数和則に比べると良いクリープ疲労寿命予測精度を示すことを明らかにした。

 第4章では、ハステロイXRのき裂進展に対する応力依存型熱活性化過程を考慮したQ*パラメータを求めており、クリープき裂伝播速度はアウレニウス型の温度依存性を示し、Q*パラメータによって初期からよく評価できることを示している。またQ*パラメータを積分することによりLarson-Millerパラメータと形式的に同一のパラメータを導き、これによりクリープ破断寿命に及ぼす切欠き効果を明らかにし、Q*パラメータがマクロなき裂に対する余寿命評価法として有効であることを明らかにした。

 第5章では、クリープ条件下の走査型電子顕微鏡(SEM)を用いたその場観察により、ボイド成長に伴う粒界損傷機構の検討およびその粒界の損傷とクリープ寿命との関係について検討している。その結果、ボイドは拡散機構により成長するが、全体の変形はマクロなクリープひずみ速度に支配されることを明らかにした。またボイドが合体した状態における粒界損傷率は、垂直粒界、傾斜粒界それぞれの場合において、負荷応力に依らず、無次元化した時間に対する一つの特性として表すことが可能であり、実験的に得られる垂直粒界の粒界損傷率曲線を用いて、余寿命を評価できることを示した。またクリープ疲労条件下では、光学顕微鏡を用いたその場観察により得られたき裂先端に生じる損傷領域の成長挙動とクリープ疲労寿命およびき裂成長速度の関係について検討した。その結果、き裂発生までにき裂先端近傍に生じる損傷領域が、き裂成長速度、破断寿命および破壊靭性値を律速することを明らかにした。

 第6章では、本論文全体を総括してその成果をまとめている。

 以上、本研究では、超高温領域でのクリープ疲労寿命評価における微視的損傷機構に関する重要な知見を得ており、さらに余寿命評価において有効な工学的なパラメータの提案を行っており、これらは材料研究に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51022