学位論文要旨



No 213032
著者(漢字) 水野,有三
著者(英字)
著者(カナ) ミズノ,ユウゾウ
標題(和) 高齢者における超音波骨量測定 : 全身のDXA法との比較
標題(洋)
報告番号 213032
報告番号 乙13032
学位授与日 1996.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13032号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 助教授 馬場,一憲
 東京大学 講師 織田,弘美
 東京大学 講師 松本,俊夫
内容要旨 【緒言】

 わが国における急速な人口の高齢化に伴い,骨粗鬆症患者数は増加の一途をたどり2000年には1200万人に達するとの試算もある.骨粗鬆症は,骨折により寝たきり老人をつくる原疾患として大きな社会問題となっており,骨粗鬆症の予防・治療のため的確な診断と治療効果の判定が重要な課題となっている.骨粗鬆症は,他の多くの成人病と同様,予防と早期発見・早期治療が特に重要であり,そのため効率的なスクリーニングの方法が模索されている.骨粗鬆症の診断に必須である骨量の評価方法としては,従来より種々の方法が実用化されている.そのなかでもX線を用いたdual energy X-ray absoptiometry(DXA)法,特に腰椎のDXA法による骨量測定は再現性,精度が優れており,また骨折の好発部位であり海綿骨に富む部位の骨量が評価できるため,近年骨量測定の主流となっている.しかし,この腰椎DXA法には(1)侵襲性:X線被曝や亀背,圧迫骨折を有する患者には検査そのものがしばしば苦痛である,(2)経済性:装置が高価であり,設置場所も制約がある,(3)操作性:測定がやや簡便さに欠ける,(4)脊椎の変形,圧迫骨折,脊椎近傍の石灰化などの影響をうける,(5)骨塩量のみで骨強度を評価することに限界がある,といった問題点が指摘されている.このため,高齢者を対象としたスクリーニングでは,脊椎の変形や加齢変化を有した腰椎DXA法検査の不適応例が被検者のなかに多く含まれている可能性があり,高齢者の骨量スクリーニングに腰椎のDXA法は必ずしも適しているとは言い難い.近年急速に普及してきた踵骨の超音波骨量測定法は,適応の制約が少なく,高齢者のスクリーニングに適していると期待される.そこで本研究では,高齢者を対象に超音波による骨量測定法とDXA法とを比較検討した.

【対象および方法】

 対象:対象は東京大学医学部附属病院老人科(99名)または東京都老人医療センター内分泌代謝科(47名)の外来を受診した42〜88歳の女性146名(受診者群).さらにこれらを42〜59歳の壮年者群(43名)と60〜88歳の高齢者群(103名)に分類した.この他,20〜31歳の健常女性ボランティアを健常若年者群(52名)とした.これらを対象に以下の骨量測定および身体パラメータ(身長,体重,body mass index(BMI:kg/m2),年齢)の測定,算出を行った.

 骨量測定:超音波骨量測定には,Achilles ultrasound bone densitometer(Lunar Corporation,MI,USA)を用い,右踵骨における超音波伝播速度speed of sound(SOS:m/s),超音波減衰率broadband ultrasound attenuation(BUA:dB/MHz)およびStiffness(%young adult)を測定した.DXA法による骨密度測定には,DPX-L(Lunar Corporation,MI,USA)を用い,全身骨(total body),第2〜第4腰椎(lumbar),大腿骨頚部(femoral neck)の骨密度bone mineral density(BMD:g/cm2)を求めた.

 骨粗鬆症,脊椎圧迫骨折,変形性脊椎症の診断:脊椎の骨折および変形の有無は単純X線写真像により判定した.骨粗鬆症の診断には厚生省骨粗鬆症研究班による退行期骨粗鬆症の診断基準(1993年版)を採用し診断スコアを求めた.

 統計:2種のパラメータの相関係数はSpearmanの積率相関係数を,回帰直線は一次回帰分析より求めた.2群間の群間比較にはStudent’s non-paired t-test(two-tailed)を,3群以上の群間比較にはone-way analysis of variance(one-way ANOVA)を用いた.統計softwareは,StatView II(Abacus Concepts Inc.,CA,USA)を用いた.

【結果】

 1)超音波法による各測定値(mean±S.D.):受診者群[健常若年者群]における各測定値は,SOS(m/s):1488.3±22.3[1570.3±28.4],BUA(dB/MHz):99.4±9.9[122.3±10.4],Stiffness(%young adult):63.4±11.9[101.6±12.1]であった.両群間の各測定値は受診者群で有意に低値であった.

 2)身体パラメータと各骨量測定値の相関:受診者群ならびに健常若年者において身体パラメータ(身長,体重,BMI,年齢)とSOS,BUA,Stiffnessの相関を求めた.受診者群ではBUA,Stiffnessが体重と正の,SOS,BUA,Stiffnessが年齢と負の相関が認められたが,健常若年者群では有意な相関は算出されなかった.(2)受診者群において各身体パラメータとDXA法による各測定値の相関を検討した.lumbar BMDは体重と,total body BMDは年齢,体重,BMIと正の相関を認めた.

 3)DXA法による各測定値と超音波法による各測定値との関連:受診者群において,DXA法の各測定値および全身骨測定によって得られた身体各部 (head,arm,leg,trunk,rib,pelvis,total spine)のBMDと超音波法による各測定値の相関を検討した.超音波法による各測定値はlumbar BMD,total body BMDと正相関を示した.身体各部位のBMDは椎骨のみならず,四肢長管骨も超音波法の各測定値と正の相関を示した.超音波法の各測定値のなかでは,Stiffnessがいずれの部位のBMDとも最も高い相関を示した.

 4)超音波法における測定値相互の関連:受診者群において,測定値相互の相関を検討し,SOSとBUAは高い正の相関を示した.

 5)脊椎圧迫骨折と骨量測定値の関連:高齢者群を脊椎圧迫骨折の有無により2群に分け,(1)超音波法およびDXA法により骨折閾値(骨折者の90 percentile)を求めた.(2)骨折を有する群(骨折(+)群)と有さない群(骨折(-)群)の両群間で各測定値の有意差検定を行った.超音波法による骨折の閾値は,SOS:1498.7m/s,BUA:106.1dB/MHz,Stiffness:71%,DXA法による閾値は,lumbar BMD:0.924g/cm2,total body BMD:0.937g/cm2,femoral neck BMD:0.664g/cm2であった.骨折(+)群と骨折(-)群の群間比較では,SOS,BUA,femoral neck BMDが有意水準5%で,Stiffness,lumbar BMD,total body BMDが同1%で骨折(+)群の方が骨量が低値であった.

 6)変形性脊椎症と骨量測定値の関連:高齢者群を変形性脊椎症の有無により2群に分け,変形性脊椎症を有する群(OA(+)群)と有さない群(OA(-)群)の両群間で超音波法およびDXA法の各測定値の有意差検定を行った.lumbar BMDのみ有意水準1%でOA(+)群の方がOA(-)群より有意に高値を示したが,他の測定値は全て両群間で有意な差を認めなかった.

 7)骨粗鬆症診断スコアと超音波骨量測定値の関連:高齢者群を骨粗鬆症診断スコアにより骨粗鬆症が否定的(スコア0〜2点),疑われる(同3〜4点),確実(同5〜7点)の3群に分類し,Stiffnessについて3群間での有意差検定を行った.骨粗鬆症が否定的とされた群では,骨粗鬆症が疑われる,あるいは確実とされた群より有意にStiffnessが低値を示した.骨粗鬆症が否定的な群では受診者の50%,疑われる群では100%,確実な群では96%がStiffness71%以下であった.

【考察および結論】

 高齢者では,腰椎の変形,骨折,側弯,硬化性変化や変形性脊椎症による骨棘などにより骨量は過大評価されたり不正確になる可能性があり,腰椎を骨量の測定部位として用い難い場合が多い.本研究では,高齢者群において脊椎圧迫骨折を有する群の方が有さない群よりも全体としては腰椎BMDが有意に低値であったが,この高齢者群103名中,脊椎圧迫骨折を有していた者は32名おり,これらのうち骨量測定部位に骨折を有していた者は骨量測定値が過大評価されていた可能性がある.

 今回対象とした高齢者群では103名中28名が変形性脊椎症を有していた.変形性脊椎症の有無による骨量の比較検討では,DXA法による腰椎BMDのみが変形性脊椎症を有する群で有意に高値であったが,DXA法のtotal body BMD,超音波法のSOS,BUA,Stiffnessは全て有意差を認めなかった.このことから,高齢者群における腰椎の骨量測定は変形性脊椎症などの椎体の加齢変化に影響を受けることが示唆された.

 高齢者のなかには,背部痛や著しい亀背のために安定した仰臥位(至適肢位)を検査台上でとれない者がしばしば見られる.このため腰椎の骨量測定が被検者に苦痛を与えたりあるいは正確な測定ができない可能性があり,この意味でも腰椎の骨量測定が高齢者に適しているとは言い難い.本研究では,高齢者群103名のうち1割弱にあたる8名の者が圧迫骨折による腰背部痛や強い亀背のため腰椎のDXA法による骨量測定が困難であったが,これらの者も超音波法による骨量測定は不都合なく行うことができた.脊椎の変形,加齢変化や腰背部痛の強いこのような腰椎DXAの不適応例も高齢者のスクリーニング検査では対象として多く含まれてしまっており,高齢者を対象とした骨量スクリーニングには踵骨の超音波骨量測定法の方が適していると考えられた.

 DXA法の腰椎BMDと超音波法のStiffnessはかなりの相関が認められ,骨折あるいは骨粗鬆症の診断能力において大きな優劣は認めなかった.しかし,Stiffnessの実態の解明やそのcut-off値の設定など今後の検討課題も残されている.他の骨量測定方法も含めて,高齢者の骨量スクリーニングに最も適した方法を今後も模索する努力が必要である.

審査要旨

 骨粗鬆症の診断に必須である骨量の評価方法としては、X線を用いたdual energy X-ray absoptiometry(DXA)法による腰椎の骨量測定が近年の主流となっているが、DXA法は脊椎の変形、加齢変化の影響を受けることが知られており、高齢者には検査不適応例が多く含まれている可能性がある。近年急速に普及してきた踵骨の超音波骨量測定法は、適応の制約が少なく、高齢者には腰椎DXA法より適していることが期待される。本研究では、高齢者を対象に両骨量測定法を比較し、高齢者における超音波骨量測定法の有用性を検討し、下記の結果を得ている。

 1.超音波法による各測定値、speed of sound(SOS),broadbanc ultrasound attenuation(BUA),Stiffnessと身体パラメータとの相関は、BUA,Stiffnessが体重と正の、SOS,BUA,Stiffnessが年齢と負の相関を示し、DXA法では、lumbar bone mineral density(BMD),total body BMDは年齢、体重、body mass index(BMI)と正相関を認めた。

 2.DXA法による身体各部のBMDと超音波法による各測定値の相関を検討した。超音波法による各測定値はlumbar BMD,total body BMDとr=0.5〜0.8程度の正相関を示した。BMDは、椎骨、四肢長管骨とも超音波法の各測定値と正の相関を示した。超音波法の各測定値のうち、StiffnessがBMDと最も高い相関を示した。

 3.次いで、申請者は、脊椎圧迫骨折と骨量測定値の関連を明らかにするため、高齢者群を脊椎圧迫骨折の有無により2群に分け、超音波法およびDXA法により骨折閾値(骨折者の90 percentile)を求め、骨折を有する群(骨折(+)群)と有さない群(骨折(-)群)の群間比較を行った。超音波法による骨折閾値は、SOS:1498.7m/s,BUA:106.1dB/MHz,Stiffness:71%,DXA法による閾値は、lumbar BMD:0.924g/cm2,total body BMD:0.937g/cm2,femoral neck BMD:0.664g/cm2であった。群間比較では、DXA法、超音波法全ての測定値で骨折(+)群の方が骨量が有意に低値であった。しかし、この高齢者群103名中,脊椎圧迫骨折を有していた者は32名おり、これらのうち測定部位に骨折を有していた者は骨量測定値が過大評価されていた可能性があると思われた。

 4.さらに、申請者は、変形性脊椎症が測定値に及ぼす影響を明らかにするため、高齢者群を変形性脊椎症を有する群(OA(+)群)と有さない群(OA(-)群)に分け、超音波法およびDXA法による群間比較を行った.lumbar BMDのみ有意水準1%でOA(+)群の方がOA(-)群より有意に高値を示したが、他の測定値は全て両群間で有意な差を認めなかった.高齢者群では103名中28名が変形性脊椎症を有しており、腰椎の骨量測定は変形性脊椎症などの椎体の加齢変化に影響を受けることが示された。

 5.1993年版の骨粗鬆症診断スコアと超音波骨量測定値の関連を明らかにするため、高齢者群をスコアにより骨粗鬆症が否定的、疑われる,確実の3群に分類し、Stiffnessについて3群間での有意差検定を行った。骨粗鬆症が否定的とされた群では、他の2群より有意にStiffnessが低値を示した。Stiffness71%以下の者の割合は、骨粗鬆症が否定的な群:50%、疑われる群:100%、確実な群:96%であった。超音波法とDXA法では骨粗鬆症の診断能力は同等であった。

 6.最後に、申請者は、検査に臨んだ高齢者103名中、8名の者が圧迫骨折による腰背部痛や強い亀背のため腰椎のDXA法による骨量測定自体が困難であったことを示したが、これらの者も超音波法による骨量測定は不都合なく行うことができた。

 以上、本論文は、高齢者におけるDXA不適応例の実態を統計学的に検証し、これらDXA不適応例においても超音波法では適正な骨量測定値を示し得ることを示した初めて論文である。本研究は、高齢者における現時点での骨量測定の問題点を提起し、超音波法を含めた今後の骨量測定方法を模索する必要性を明らかにしたことにより、老年医学の発展に大きく寄与するものと考えられる。

 よって、学位の授与に値すると考えられる。

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