学位論文要旨



No 213033
著者(漢字) 常長,誠
著者(英字)
著者(カナ) ツネナガ,マコト
標題(和) ヒト皮膚三次元培養法による増殖・分化の制御機構の研究
標題(洋)
報告番号 213033
報告番号 乙13033
学位授与日 1996.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13033号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 助教授 岩森,正男
 東京大学 助教授 中田,隆夫
内容要旨

 ヒトケラチノサイトの増殖と、分化の制御メカニズムを調べる目的で線維芽細胞とケラチノサイトから成る三次元培養系を開発した。三次元培養系を用いて作製した皮膚モデルは6〜8層の重層化したケラチノサイトから成る表皮構造を形成した。形態的に基底細胞層、有棘細胞層、顆粒細胞層、角化細胞層の形成がみられ、免疫染色によって分化マーカーであるインヴォルクリン、フィラグリン、トランスグルタミナーゼ、サイトケラチン10の発現が確認された。インテグリン2、3、6および4はいずれも表皮層とコラーゲンゲルの境界面に染色された。基底膜成分であるIV型コラーゲン、VII型コラーゲン、カリニンが基底細胞とコラーゲンゲルとの境界に存在することを免疫染色によって確認した。電子顕微鏡による観察からは連続した基底膜の構築は観察されなかった。しかし基底膜成分であるカリニンを添加して培養すると基底膜の形成が促進された。これらの結果から作製した皮膚モデルは生体皮膚に近似した構造をもち、形成された表皮層の分化のプロセスも生体皮膚に類似したものであることがわかった。三次元培養系に分化抑制因子であるretinoic acidを添加して培養するとケラチノサイトの分化が抑制された。SV40およびpapilloma virus遺伝子によって形質転換したケラチノサイト、また口腔粘膜上皮癌細胞(Na)は三次元培養において整然とした重層化をせず、また分化傾向も見られなかった。形質転換した細胞はコラーゲンゲルの中に垂直に浸潤し、全ての細胞がDNA合成していることがわかった。これはin vivoでみられる癌細胞の挙動に類似していた。

 本培養法では線維芽細胞を含む収縮コラーゲンゲルを真皮モデルとして用いている。真皮モデルの線維芽細胞とコラーゲン収縮の役割を分析するため、線維芽細胞を含まない収縮ゲル、遠心によって濃縮したゲルおよび通常の非収縮ゲルを作製し、ケラチノサイトの増殖・分化を検討した。その結果、線維芽細胞は基底膜成分、特にIV型コラーゲンの分泌、沈着を促し、真皮層と表皮層の接着を強化するとともに、培養1週間以後の増殖維持に働いていることが明らかになった。線維芽細胞から分泌されるKGF(keratinocyte growth factor)は培養1週目以降のケラチノサイトの増殖維持に働いているものと思われる。コラーゲン収縮は実験操作を容易にするもののケラチノサイトの増殖・分化には大きな影響を与えていない。

審査要旨

 本研究は細胞間および細胞外マトリックスとの情報交換、増殖、分化の制御機構を解明するために、ヒト皮膚の基本的要素であるケラチノサイト、線維芽細胞およびI型コラーゲンをin vitroで再構成し、生体に近似した三次元構造を再現性よく作るモデル実験系を確立し、それを用いてケラチノサイトの増殖と分化の制御機構を分析することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ヒトケラチノサイトの増殖と、分化の制御メカニズムを調べる目的で線維芽細胞とケラチノサイトから成る三次元培養系を開発した。三次元培養系を用いて作製した皮膚モデルは6〜8層の重層化したケラチノサイトから成る表皮構造を形成した。形態的に基底細胞層、有棘細胞層、顆粒細胞層、角化細胞層の形成がみられ、免疫染色によって分化マーカーであるインヴォルクリン、フィラグリン、トランスグルタミナーゼ、サイトケラチン10の発現が確認された。インテグリン2、3、6および4はいずれも表皮層とコラーゲンゲルの境界面に染色された。基底膜成分であるIV型コラーゲン、VII型コラーゲン、カリニンが基底細胞とコラーゲンゲルとの境界に存在することを免疫染色によって確認した。電子顕微鏡による観察からは連続した基底膜の構築は観察されなかった。しかし基底膜成分であるカリニンを添加して培養すると基底膜の形成が促進され、基底膜形成にカリニンが大きく関与していることが示された。これらの結果から作製した皮膚モデルは生体皮膚に近似した構造をもち、形成された表皮層の分化のプロセスも生体皮膚に類似したものであることが示された。

 2.三次元培養系に分化抑制因子であるretinoic acidを添加して培養するとケラチノサイトの分化は抑制されるものの、細胞は重層化することが示された。SV40およびpapilloma virus遺伝子によって形質転換したケラチノサイト、また口腔粘膜上皮癌細胞(Na)は三次元培養において整然とした重層化をせず、また分化傾向も見られなかった。形質転換した細胞はコラーゲンゲルの中に垂直に浸潤し、全ての細胞がDNA合成していることがわかった。これはin vivoでみられる癌細胞の挙動に類似していることが示された。

 3.本培養法では線維芽細胞を含む収縮コラーゲンゲルを真皮モデルとして用いている。真皮モデルの線維芽細胞とコラーゲン収縮の役割を分析するため、線維芽細胞を含まない収縮ゲル、遠心によって濃縮したゲルおよび通常の非収縮ゲルを作製し、ケラチノサイトの増殖・分化を検討した。その結果、線維芽細胞は基底膜成分、特にIV型コラーゲンの分泌、沈着を促し、真皮層と表皮層の接着を強化するとともに、培養1週間以後の増殖維持に働いていることが示された。三次元培養法では線維芽細胞から分泌されるKGF(keratinocyte growth factor)はケラチノサイトの増殖を促進したが、HGF(hepatocyte growth factor)は促進しなかった。KGFは培養1週目以降のケラチノサイトの増殖維持に働いているものと思われる。コラーゲン収縮は実験操作を容易にするもののケラチノサイトの増殖・分化には大きな影響を与えていない。

 以上、本論文は生体に近似した三次元構造を再現性よく作るモデル実験系を確立し、その系を用いてケラチノサイトの増殖、細胞外マトリックス産生の解析から、表皮構造維持、基底膜構造形成に与える線維芽細胞の役割を明らかにした。本研究は生体皮膚における細胞間および細胞外マトリックスとの情報交換、増殖、分化の制御機構解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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