学位論文要旨



No 213037
著者(漢字) 金子,幸裕
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,ユキヒロ
標題(和) 直線型骨格筋心室による循環補助
標題(洋) Circulatory assistance by linear skeletal muscle ventricle
報告番号 213037
報告番号 乙13037
学位授与日 1996.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13037号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊田,衛
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 黒川,高秀
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 講師 菅井,直介
内容要旨 研究目的、研究の背景

 慢性電気刺激による骨格筋の耐疲労性獲得の発見により、dynamic cardiomyoplastyを初め骨格筋による心補助の可能性は大きく開けた。骨格筋心室(skeletal muscle ventricle:SMV)はその一つとして、主に血液チャンバーの周囲に骨格筋を巻き付ける形(wrap SMV)でcounterpulsatorや左心バイパスとして研究されている。

 SMVには、流入圧に関して相反する二つの点が要求される。第一点は高い流入圧による筋の内圧上昇に伴う筋血流の低下を避けるため低い流入圧が要求される点であり、第二点は筋の出力を十分に引き出すには高い流入圧による前負荷が必要な点である。この矛盾した要求を満たすため二つのアプローチが考えられてきた。一つは、wrap SMVの拡張機能を改善し低い流入圧で大きな出力を得る方法であるが、この方法の左房大動脈バイパスではイヌの左心室の10%に届くpower outputは得られていない。他方は、機械的に筋を引き延ばし前負荷を与える機構を付ける事で低い流入圧で高いエネルギーを得る方法である。直線型のSMVに重りやバネで筋の前負荷を与える機構を付ける方法が実験的に研究されているが、未だ実用可能な機構は作製されていない。

 新たに、大動脈血が高圧である点に着目し大動脈血を利用して広背筋を引き延ばす機構を用いて、筋の直線運動により左房大動脈バイパスとcounterpulsationを同時に行うSMV(Linear Skeletal Muscle Ventricle:LSMV)を考案、作製した。本研究はこの直線型骨格筋心室に関する最初の包括的な研究であり、直線型骨格筋心室の機能を評価し、その実用性を検討することを目的としている。

材料と方法【LSMVの構造】

 LSMVは、太さの異なる2本の蛇腹管を人工弁付きコネクターでつなぎ、細い蛇腹管の他端にもう一つ人工弁をつけた物で(図1)、全体の長さが一定になるよう胸壁に固定される。細い蛇腹管と太い蛇腹管をそれぞれ心室管、流出管と呼び、コネクター内の弁を流出弁、他方の弁を流入弁と呼ぶ。心室管は流入弁を介して左房に、流出管は直接大動脈に連結され、左心バイパスを行う。

 広背筋はコネクターを大動脈側に引っ張るように縫着される。広背筋が収縮すると、コネクターの動きで心室管が引き延ばされ流出管が圧迫され、心室管内の圧が低下する。流入弁は開き流出弁は閉じるため、左房内の血液は心室管内に吸引され流出管内の血液は大動脈に拍出される(図2A,B)。広背筋が弛緩すると大動脈内の血液が流出管内へ逆流するため流出管が引き延ばされ心室管は圧迫され、心室管内の圧が上昇し、流入弁は閉じる。心室管内の圧がさらに上昇し流出管と等しくなると、流出弁が開く。その後も流出管と心室管との断面積の違いによりコネクターには心室管向きの力が掛かるためコネクターは動き続け、心室管内の血液は流出管に移動する。この時、広背筋は引き延ばされ次の収縮の前負荷が得られる(図2C,D)。2つの蛇腹管の復元力を無視すれば広背筋の前負荷と後負荷は次の式で表される。

 

図1 LSMVの構造図2 LSMVの動き
【実験1】

 まず、最大のpower outputが得られる心室管と流出管の径を推定するために、大動脈血の代わりに重りを用いて最適の前負荷値を求めた。

 直径22mmの人工血管を用いて心室管と流出管の断面積が等しく大動脈血による前負荷のないLSMVを作製し、重りを糸でつり下げ前負荷とした。雑種犬5頭の左広背筋を胸背神経、動静脈と上腕骨付着部を残して有茎筋弁とし、筋に2本のペーシングワイヤーを、左心室に心拍感知用のワイヤーを縫着し、左前足を手術台に固定した。カバーをかぶせ屈曲を予防したLSMVの両端に人工心肺用のカニューレをつけ、LSMVが広背筋の上腕骨付着部と一直線になるよう手術台に固定した。広背筋を自然長でコネクターに縫合し、筒状になるよう辺縁同士を縫合した。ヘパリン(100u/kg)を静脈投与し、LSMVを左房と大動脈に連結した。心拡張期に心拍3:1同期でpulse width0.2msec,frequency33Hz,voltage5V,duration200msecのパースト電気刺激を行い、直後の左房圧、大動脈圧、送血管内の血流量を測定した。200、400、600、および800gの4種類の重りについて、各々の重りの群毎にLSMVの機能を比較した。Stroke work、power outputは下記の式で算出した。

 

【実験2】

 実験1の結果をもとに血圧70mmHgで前負荷が600g重となるように心室管、流出管の直径をそれぞれ20mmと32mmとしてLSMVを作製し、正常な心臓を持つイヌでのLSMVの機能と心補助効果を調べた。6頭のイヌを用いて、重りを用いないこと以外は実験-1と同様に行い、Stroke workは下記の式で計算した。

 

【実験3】

 実験2の終了後、同一のイヌに3mg/kgのプロプラノロールを静注し左房圧が18mmHgに上昇するまでマンニトールを点滴静注して急性心不全を作成し、心不全時のLSMVの機能と心補助効果を調べた。別に6頭のイヌにdynamic cardiomyoplasty(CM)を施行し同様に心不全を作成し、その際の効果をLSMVと比較した。

【統計処理】

 Pairedおよびunpaired Studentt testを用いp≦0.05を有意とした。数値は平均±標準誤差で示した。

結果

 表1、2、3に数値を示した。

表1 実験1における前負荷別LSMVポンプ機能表2 正常心と不全心における心機能およびLSMV機能表3 不全心に対するLSMVとCMの効果【実験1】

 収縮回数、収縮期血圧、左房圧には各群間に差はなかった。LSMV拍出量、stroke work、power output共に600g群が最大であった。

【実験2】

 心室管の一回拍出量(流出管の一回拍出量-流出管の一回逆流量)は4.5mlで、駆出率は19%であった。LSMVの拍出量、stroke work 、power outputはそれぞれイヌの正常な左室の14.1%、166%、55%に相当した。

【実験3】

 LSMVの拍出量、stroke work、power outputはそれぞれイヌの不全左室の15.4%、185%、62%に相当した。LSMV駆動により左房圧、収縮期血圧が低下し、左室stroke work、power outputが減少した。LSMVには左房圧の低下、平均血圧の上昇、左室とLSMV合計の拍出量の増加が認められたが、CMでは認められなかった。

考察

 LSMVはこれまでのSMVによる左房大動脈バイパスの報告のいずれよりも大きいstroke workとpower outputを示した。実験2と3では流出管内への逆流量は順行性の流量の約2倍であったが、心収縮期に流出管内に入り拡張期に拍出されるため、この逆流にもcounterpulsationによる心補助効果があると考えられる。LSMV駆動により、stroke workとpower outputは正常な心臓では変化しなかったが不全心では減少し、LSMVの左室負荷の軽減効果が確認された。CMは効果に限界があるため、臨床において最重症の心不全例は適応外とされているが、LSMVの効果はCMよりも著明に大きく、このような症例に対するLSMVの適応の可能性が示唆された。

 LSMVでは広背筋の前負荷に高圧の大動脈血を利用する機構を用いた。実験2では600gの重りで広背筋の前負荷を与えた実験1の結果より大きなpower outputが得られた事から、この機構は十分機能したと考えられる。

 この機構は、SMVの問題の一つである低い流入圧と高い筋の前負荷の両立の解決策の一つになりうると思われた。LSMVは、流入圧に関わらず強制的に血液を引き込む、左房圧に比べ変動の少ない大動脈圧を利用する事により安定した前負荷が得られる、広背筋の前負荷と後負荷を心室管と流出管の太さで調節できる、大動脈圧が変動すると前負荷も同様に変動しLSMVの拍出量を一定に保とうとする、等の特性を有すると考えられる。

 本研究では、心室管と流出管にへこみやすく血液漏れのある人工血管を用い、その直径の設定も厳密な評価に基づいたものではないので、最善の材料、設計とはいいがたい。また広背筋には、耐疲労性を与えていない急性実験なので、慢性実験では異なった結果になると思われる。LSMVの慢性使用に向けては、長期使用に耐える心室管流出管の作製、大きな力が掛かっても広背筋を損傷しないLSMVと広背筋の固定、生体内での癒着や摩擦による効率の低下等の問題を解決する必要がある。

結論

 高圧な大動脈血のエネルギーを利用して広背筋を引き延ばす機構を用い、筋の直線運動により左房大動脈バイパスとcounterpulsationを同時に行うLinear Skeletal Muscle Ventricle(LSMV)を作製し機能を評価した。左房大動脈バイパスを正常な心臓を持つイヌに行い、LSMV拍出量199ml/min.、stroke work0.201J、power output0.137Wが得られ、それぞれイヌの正常な左室の14.1%、166%、55%に相当した。プロプラノロールとマンニトールにより薬物的急性心不全とした場合にはLSMVの拍出量は164ml/min.、stroke workは0.180J、power outputは0.091Wで、それぞれイヌの不全左室の15.4%、185%、62%に相当し、その効果は骨格筋による心補助の一つであるdynamic cardiomyoplastyに比べ著明に大きかった。LSMV駆動により不全左室のstroke workとpower outputは減少し、左室負荷軽減効果が確認された。大動脈血を利用して広背筋を引き延ばす機構は、SMVの問題の一つである低い流入圧と高い筋の前負荷の両立の解決策の一つになりうると思われ、LSMVによる補助循環の有用性が示唆された。

審査要旨

 慢性電気刺激による骨格筋の耐疲労性獲得の発見により、dynamic cardiomyoplastyを初め骨格筋による心補助の可能性は大きく開けた。骨格筋心室はその一つとして、主に血液チャンバーの周囲に骨格筋を巻き付ける形でcounterpulsatorや左心バイパスとして研究されている。

 本研究では、大動脈血が高圧である点に着目し大動脈血を利用して広背筋を引き延ばす機構を用いて、筋の直線運動により左房大動脈バイパスとcounterpulsationを同時に行うSMV(Linear Skeletal Muscle Ventricle:LSMV)を考案、作製し、その機能と実用性を検討した。

 LSMVは、太さの異なる2本の蛇腹管を人工弁付きコネクターでつなぎ、細い蛇腹管の他端にもう一つ人工弁をつけた物で、全体の長さが一定になるよう胸壁に固定される。細い蛇腹管と太い蛇腹管をそれぞれ心室管、流出管と呼び、コネクター内の弁を流出弁、他方の弁を流入弁と呼ぶ。心室管は流入弁を介して左房に、流出管は直接大動脈に連結され、左心バイパスを行う。

 広背筋はコネクターを大動脈側に引っ張るように縫着される。広背筋が収縮すると、コネクターの動きで心室管が引き延ばされ流出管が圧迫され、心室管内の圧が低下する。流入弁は開き流出弁は閉じるため、左房内の血液は心室管内に吸引され流出管内の血液は大動脈に拍出される。広背筋が弛緩すると大動脈内の血液が流出管内へ逆流するため流出管が引き延ばされ心室管は圧迫され、心室管内の圧が上昇し、流入弁は閉じる。心室管内の圧がさらに上昇し流出管と等しくなると、流出弁が開く。その後も流出管と心室管との断面積の違いによりコネクターには心室管向きの力が掛かるためコネクターは動き続け、心室管内の血液は流出管に移動する。この時、広背筋は引き延ばされ次の収縮の前負荷が得られる。

 LSMVを作製し、犬を用いて急性実験を行い、その循環補助効果をdynamic cardiomyoplastyと比較した。左房大動脈バイパスを正常な心臓を持つイヌに行い、LSMV拍出量199ml/min.、stroke work0.201J、power output0.137Wが得られ、それぞれイヌの正常な左室の14.1%、166%、55%に相当した。プロプラノロールとマンニトールにより薬物的急性心不全とした場合にはLSMVの拍出量は164ml/min.、stroke workは0.180J、power outputは0.091Wで、それぞれイヌの不全左室の15.4%、185%、62%に相当し、その効果はdynamic cardiomyoplastyに比べ著明に大きかった。LSMV駆動により不全左室のstroke workとpower outputは減少し、左室負荷軽減効果が確認された。LSMVはこれまでのSMVによる左房大動脈バイパスの報告のいずれよりも大きいstroke workとpower outputを示した。流出管内への逆流量は順行性の流量の約2倍であったが、心収縮期に流出管内に入り拡張期に拍出されるため、この逆流にもcounterpulsationによる心補助効果があると考えられる。LSMV駆動により、stroke workとpower outputは正常な心臓では変化しなかったが不全心では減少し、LSMVの左室負荷の軽減効果が確認された。dynamic cardiomyoplastyは効果に限界があるため、臨床において最重症の心不全例は適応外とされているが、LSMVの効果はdynamic cardiomyoplastyよりも著明に大きく、このような症例に対するLSMVの適応の可能性が示唆された。

 大動脈血を利用して広背筋を引き延ばす機構は、SMVの問題の一つである低い流入圧と高い筋の前負荷の両立の解決策の一つになりうると思われ、LSMVによる補助循環の有用性が示唆された。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53977