学位論文要旨



No 213039
著者(漢字) 伊藤,健司
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ケンジ
標題(和) ヒトBリンパ球に対するIL-10の直接作用およびIL-2との共同作用について
標題(洋) The role of IL-10 and its interplay with IL-2 in human B lymphocyte responses.
報告番号 213039
報告番号 乙13039
学位授与日 1996.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13039号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 講師 瀧,伸介
 東京大学 講師 須甲,松信
内容要旨 はじめに

 液性免疫の発現、即ちB細胞の免疫グロブリン(Ig)産生細胞への分化にはT細胞からのファクターが必要である。中でもIL-2だけが単独で活性化B細胞の増殖分化を誘導できるサイトカインであることが確認されている。しかし、実際にはIL-2を含め複数のサイトカインが共同で効率的にB細胞の増殖、分化の誘導に働いていると考えられる。

 IL-10は最初2型ヘルパーT細胞(Th2)クローンより産生され、1型ヘルパーT細胞(Th1)クローンからのサイトカイン産生を抑制する因子:cytokine synthesis inhibitory factor(CSIF)として同定されたが、最近ではB細胞に対する様々な効果も認められている。マウスの系でB細胞の生存率を上昇させ、MHC classII分子の発現を増加させる。ヒトの系では扁桃B細胞で抗原レセプター、CD40を介する両刺激系でDNA合成を促進、細胞生存率を上昇させ、大量のIgG、IgA、IgMの産生を誘導する。そしてIL-2とIL-10がCD25分子の発現増加を介したIL-2の作用の増強によりCD40刺激ヒト正常B細胞と腫瘍性B細胞の増殖、分化を相乗的に促進する事が報告されている。しかし、IL-10単独でもIg産生誘導を認めていることからIL-2がB細胞のIL-10に対する反応性を高めている可能性もある。IL-10はまたB細胞の生存率をも調節していると考えられる。IL-10はB-chronic lymphocytic leukemia(BCLL)細胞のアポトーシスを誘発する一方、胚中心B細胞のアポトーシスを抑制すると報告されている。これは腫瘍細胞と正常細胞の差はあるが、主に細胞の活性化状態の差による違いであると推測されている。

 今回我々は正常人末梢血B細胞に対するIL-10の作用をIL-2との共同作用を通じてより詳細に検討した。

実験方法・細胞の分離、精製

 正常人末梢静脈血よりFicol法にて単核球分画を得、L-leucine methyl ester HCl(5mM)で単球、NK細胞を除去。得られたリンパ球分画をヒツジ赤血球を用いたロゼット法を2回繰り返し、ロゼット非形成細胞をB細胞として用いた。得られたB細胞はフローサイトメトリーにてCD14陽性の単球の混入1%以下、OKT3、OKT11陽性のT細胞の混入1%以下、Leu1b陽性のNK細胞の混入無しを確認した。幾つかの実験ではfluorescence-activated cell sorter(FACS)にて、上記方法で得られたB細胞からさらにOKT3、OKT11、CD14、CD16陽性細胞を除去した細胞を用いた。

・細胞培養

 B細胞は96穴U底マイクロタイタープレートを用い1穴5x104個でStaphylococcus aureus Cowan I (SA)と共にIL-2とIL-10の存在、非存在下で10〜11日間培養した。2段階培養では1x106個/mlのB細胞を6ml培養試験管内でSAと共にIL-2とIL-10の存在、非存在下で72時間培養、細胞を洗浄した後96穴U底マイクロタイタープレートで1穴5x104個でIL-2とIL-10の存在、非存在下で計10〜11日間培養した。

・Igの測定にはELISA法を用いた。・細胞表面抗原の蛍光色素標識および解析

 B細胞をSAと共にIL-2とIL10の存在、非存在下で72時間培養、0.1%アジ化ソーダ入り2%ヒトAB血清PBSで細胞を洗浄した後、蛍光標識抗体と4℃にて30分反応。細胞を洗浄後1%パラホルムアルデヒドにて固定。解析にはCoulter Immunology社のEPICS Profile及びEPICS XLフローサイトメーターを用いた。

 ・プロピディウム.イオダイド(PI)によるDNA染色及び解析

 B細胞をSAと共にIL-2とIL10の存在、非存在下で培養。培養上清を除き、0.1%Triton X-100、0.1%クエン酸Na、および5g/mlプロピディウム.イオダイド入りPBSで4℃にて一晩静置し固定、染色。解析にはCoulter Immunology社のEPICS Profile及びEPICS XLフローサイトメーターを用いた。

実験結果・SA刺激B細胞のIg産生に対するIL-10の作用

 最初にSA+IL-2刺激B細胞のIg産生に対するIL-10の影響を検討した。

 Fig.1に示すようにIL-10は単独でも濃度依存性にSA刺激B細胞のIg産生を誘導し得たがその効果はIL-2に比べると微弱なものであった。しかし、IL-2の存在下ではIL-10はSA刺激B細胞のIgM、IgG産生を共に飛躍的に増加させた(Fig.1) 。この相乗効果は抗IL-2レセプター抗体(抗CD25抗体)、もしくは抗IL-10抗体の添加により阻害された。またIL-10は培養72時間までにB細胞のCD25分子発現を増加させた。また、IL-2の作用をほぼ完全に阻害する抗CD25抗体を用いてもIL-10が存在する系ではIg産生を完全に抑えることはできなかった。

FIG.1.IL-10 enhances the production of IgM and IgG of B cells stimulated with SA+IL-2.B cells (5×104/well)were cultured with SA in the presence or absence of IL-2 (0.5 U/ml).Various concentrations of IL-10(0-20 ng/ml)were added where indicated. After 10 days of incubation, the supernatants were harvested 〓〓〓 〓〓〓〓〓〓〓 〓〓〓 〓〓〓 〓〓〓 〓〓〓 〓〓〓〓〓〓〓〓 〓〓 〓〓〓〓〓
・SA刺激B細胞のIg産生に対するIL-2とIL-10の共同作用について

 IL-10がSA刺激B細胞の活性のどの段階でIL-2との相乗効果を現わすのかを検討した。

 IL-10はSA+IL-2刺激B細胞のIg産生に対し培養開始時や120時間以降に添加するより培養72時間の時点で添加したときに最も強くIg産生誘導作用を示した。一方、IL-2は72時間以降の添加ではわずかなIg産生しか誘導しなかった。IL-2はB細胞の増殖、分化段階ではなく初期活性時に作用すると考えられる。

・SA刺激B細胞の活性段階によるIL-10の作用の変化

 2段階の培養方法を用いてB細胞の活性初期、増殖分化段階におけるIL-2とIL-10の共同作用をさらに詳細に検討した。IL-10はB細胞の初期活性段階の条件にかかわらず72時間以降はIL-2より強いIg産生誘導作用を示した。さらにIL-2とIL-10のB細胞のIg産生に対する相乗的増加作用は活性初期ではなく増殖分化段階で発現した。一方、IL-10が初期活性段階で加えられているとCD25分子の発現増加にもかかわらず後半でのB細胞の反応は抑制された(Fig.4)。そしてIL-10の抑制効果はIL-2の添加によって減弱した(Fig.4)。

FIG.4.IL-10 exerts suppressive influences during the initial activation of SA-atimulated B cells.B cells(1×106/ml)were preincubated in a 6-ml tube with SA in the presence or absence of IL-2(0.5 U/ml)and IL-10(10ng/ml)for 72h.After the first incubation,the cells were washed and racultured in microtiter plates(5×104viable B cells/well)in the presence or absence of IL-2(0.5 U/ml)and IL-10(10 ng/ml).After a total length of 10 days of incubation,the supernatants were harvested and assayed for IgM contents by ELISA.Statistical significance was evaluated by Wilcoxon signed rank test.
・IL-10はSA刺激B細胞のアポトーシスを増加させる

 IL-10はSA活性化B細胞の生存率を低下させた。PIによるDNA染色では、IL-10の添加によりDNAが断片化した細胞が増加しておりこれはアポトーシスを起こしている細胞の増加を示す。対照的にIL-2の添加ではアポトーシスは減少し、さらにIL-10によるアポトーシスもIL-2により抑制された。これらの結果よりIL-10はSA刺激B細胞のアポトーシスを誘導し、IL-2はIL-10の誘導するアポトーシスから回避させることが示唆される。同時に観察したBcl-2蛋白の発現は、アポトーシス量と逆相関を示した。

 経時的な観察では、活性初期よりIL-10を添加したB細胞は72時間以降明確にアポトーシスの増加を示した。72時間までのIL-10の影響がIg産生細胞への分化が終了する120時間での細胞の生存に及ぶかどうかを2段階の培養を用いて確認した。最初にIL-10を添加すると後半加えるサイトカインに関係なく120時間でのアポトーシスが増加し、最初にIL-2を加えるとアポトーシスは減少した。また、IL-10は後半の添加ではIL-2と同程度にアポトーシスを抑制した。

 さらに詳細に検討すると、培養初期に添加したIL-10は72時間から120時間のIgM産生は増加させたが120時間から144時間のIgM産生を抑制した。さらに120時間から144時間のIgM産生は120時間でのアポトーシスの割合および144時間での細胞の生存率と有為な相関を示した(p=0.021およびp=0.014,simple linear regression test)(Table6)。また、IgGも同様の傾向を示し、この結果がIL-10がクラススイッチを誘導した結果ではないものであると考えられる。

FIG.6 IL-10promotes the apoptosis of SA-activated Bcells.B cells(5×104/well)were cultured with SA in the presence or absence of IL-2(0.5U/ml)and IL-10(10ng/ml).After 72h of incubation,the number of B cells undergoing apoptosis was measured by staining with propidium iodide,followed by analysis by flow cytometry as described in Materials and Methods.Percentage of apoptotic B cells:Nil,30.8%;IL-10,46.0%;IL-2,19.4%;IL-2+IL-10,20.7%.TABLE 6 The influences of IL-10 during the initial activation of SA stimulated B cells on the IgM production,the progression of apopcosis,and the viable cell recovery
考察

 SA刺激正常人末梢血B細胞に対するIL-10の作用について詳細に検討した。IL-10の印象的な作用の1つはIL-2と共にSA刺激B細胞のIg産生を相乗的に増加させることである。抗CD40抗体を用いて活性化したBCLL細胞および扁桃B細胞においてIL-2とIL-10による増殖、分化の相乗的な促進作用が報告されている。この相乗作用はIL-10によって発現が増加したTac/CD25分子を介したIL-2の作用の増強によるとされている。今回IL-10によるSA刺激正常B細胞のCD25分子の発現増加が確認された。加えて、IL-2とIL-10の相乗作用は抗CD25抗体の添加で完全に阻害された。これらの結果は従来の説明を支持するものである。しかし、IL-2とIL-10による相乗作用は、初期活性時ではなく増殖、分化の段階で生じていることよりCD25分子発現増加だけではこの相乗作用を十分に説明し得ない。

 また、B細胞の初期活性段階でIL-10が存在するとIL-2レセプターの発現が増加するにもかかわらずIg産生が抑制されることが確認された。これはIL-2レセプターの発現を抑制するIL-4とは異なった機序が考えられる。IL-10をSA刺激B細胞の活性初期に加えると細胞の生存率が低下し、これはアポトーシスの誘導によるものであると確認された。経時的な観察ではSA刺激B細胞の活性初期に添加したIL-10は培養72時間から120時間でのIg産生は誘導したが、120時間以降ではIg産生を抑制した。また、この抑制作用は120時間でのアポトーシスの割合と144時間での細胞生存率に有意な相関を示した。これよりIL-10はIg産生細胞への分化誘導能を持つが、Ig産生細胞も含め、120時間以降遷延するアポトーシスを誘導し、Ig産生を抑制していると考えられる。逆にIL-10は初期活性後の添加ではむしろアポトーシスを抑制する作用を示した。これよりIL-10のB細胞に対する作用は細胞の活性段階によって異なることが示唆される。これは、IL-10は休止期B細胞にあたるBCLL細胞のアポトーシスを誘導し、活性化B細胞にあたる胚中心B細胞のアポトーシスを抑制するという報告と合致する結果である。

 これまでIL-2、IL-4、IFN-などT細胞が産生するサイトカインや、CD40を介する直接シグナルによりB細胞のアポトーシスが抑制されることが報告され、この様な条件下でIL-10がB細胞のIg産生を誘導するという報告も多い。今回の結果からもIL-10はアポトーシスが抑制された条件下ではIL-2同様、B細胞の分化を誘導できると考えられる。よってIL-2とIL-10のSA刺激B細胞に対する相乗的なIg産生増加作用はIL-10によるIL-2レセプター発現増加と、IL-2によるIL-10のアポトーシス誘導の阻害でIL-2、IL-10それぞれのB細胞の増殖、分化誘導能が発現した結果ではないかと推測される。

 IL-2とIL-10のSA活性化B細胞に対する相乗作用の機序は完全には説明できていない。要素の1つとしてIL-10レセプターがあるが、構成分子の1つ以外は未だ不明である。残りの分子やその発現制御因子、さらにはレセプター以降の細胞内シグナル伝達の機序の解明が待たれる。

 まとめとして、IL-10はSA刺激B細胞のIg産生細胞への分化誘導能を持つが、初期活性段階ではアポトーシスを誘導するためIg産生を抑制する。しかし、初期活性以降や、IL-2の存在などアポトーシスが抑制された場合Ig産生を増加させた。これらに加えてIL-2との共存下で示す複雑な相互作用は実際の液性免疫の発現を理解する上での重要な要素であると考えられる。

審査要旨

 本研究はヒトB細胞の初期活性、増殖、分化の過程において重要な役割を演じていると考えられるIL-10の直接作用とIL-2との共同作用について詳細に検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1・SA+IL-2刺激B細胞のIg産生に対するIL-10の影響についての検討。

 IL-10は単独でも濃度依存性にSA刺激B細胞のIg産生を誘導し得たがその効果はIL-2に比べると微弱なものであった。しかし、IL-2の存在下ではIL-10はSA刺激B細胞のIgM、IgG産生を共に飛躍的に増加させた。この相乗効果は抗IL-2レセプター抗体(抗CD25抗体)、もしくは抗IL-10抗体の添加により阻害された。またIL-10は培養72時間までにB細胞のCD25分子発現を増加させた。さらに、IL-2の作用をほぼ完全に阻害する抗CD25抗体を用いてもIL-10が存在する系ではIg産生を完全に抑えることはできなかった。

 2・IL-10がSA刺激B細胞の活性のどの段階でIL-2との相乗効果を現わすのかを検討した。IL-10はSA+IL-2刺激B細胞のIg産生に対し培養開始時や120時間以降に添加するより培養72時間の時点で添加したときに最も強くIg産生誘導作用を示した。一方、IL-2は72時間以降の添加ではわずかなIg産生しか誘導しなかった。IL-2はB細胞の増殖、分化段階ではなく初期活性時に作用すると考えられた。

 3・二段階の培養方法を用いてB細胞の活性初期、増殖分化段階におけるIL-2とIL-10の共同作用をさらに詳細に検討した。IL-10はB細胞の初期活性段階の条件にかかわらず72時間以降はIL-2より強いIg産生誘導作用を示した。さらにIL-2とIL-10のB細胞のIg産生に対する相乗的増加作用は活性初期ではなく増殖分化段階で発現した。一方、IL-10が初期活性段階で加えられているとCD25分子の発現増加にもかかわらず後半でのB細胞の反応は抑制された。そしてIL-10の抑制効果はIL-2の添加によって減弱した。

 4・IL-10はSA活性化B細胞の生存率を低下させた。PIによるDNA染色では、IL-10の添加によりDNAが断片化した細胞が増加しておりこれはアポトーシスを起こしている細胞の増加を示す。対照的にIL-2の添加ではアポトーシスは減少し、さらにIL-10によるアポトーシスもIL-2により抑制された。これらの結果よりIL-10はSA刺激B細胞のアポトーシスを誘導し、IL-2はIL-10の誘導するアポトーシスから回避させることが示唆される。同時に観察したBcl-2蛋白の発現は、アポトーシス量と逆相関を示した。

 経時的な観察では、活性初期よりIL-10を添加したB細胞は72時間以降明確にアポトーシスの増加を示した。

 5・72時間までのIL-10の影響がIg産生細胞への分化が終了する120時間での細胞の生存に及ぶかどうかを二段階の培養を用いて確認した。最初にIL-10を添加すると後半加えるサイトカインに関係なく120時間でのアポトーシスが増加し、最初にIL-2を加えるとアポトーシスは減少した。また、IL-10は後半の添加ではIL-2と同程度にアポトーシスを抑制した。さらに詳細に検討すると、培養初期に添加したIL-10は72時間から120時間のIgM産生は増加させたが120時間から144時間のIgM産生を抑制した。さらに120時間から144時間のIgM産生は120時間でのアポトーシスの割合および144時間での細胞の生存率と有為な相関を示した。また、IgGも同様の傾向を示し、この結果がIL-10がクラススイッチを誘導した結果ではないものであると考えられる。

 以上、本論文は、IL-10はSA刺激B細胞の初期活性段階ではアポトーシスを誘導するためIg産生を抑制するが、同時にIg産生細胞への分化誘導能を持ち、初期活性以降やIL-2の存在などアポトーシスが抑制された場合Ig産生を増加させることを明らかにし、加えて、IL-2との共存下で観察された複雑な相互作用は実際の液性免疫の発現を理解する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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