学位論文要旨



No 213040
著者(漢字) 川村,眞智子
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,マチコ
標題(和) 小児急性リンパ性白血病におけるp53遺伝子変異とその臨床的意義
標題(洋)
報告番号 213040
報告番号 乙13040
学位授与日 1996.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13040号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 横森,欣司
 東京大学 助教授 吉川,裕之
 東京大学 講師 平井,久丸
 東京大学 講師 東原,正明
内容要旨 1.はじめに

 p53遺伝子は、ヒト悪性腫瘍において最も高頻度に変異がみられる遺伝子のひとつである。また、p53遺伝子は高発癌家系であるLi-Fraumeni症候群において、体細胞での変異が報告されている。リン酸化核内蛋白であるp53蛋白は、細胞増殖を制御し、癌抑制遺伝子と考えられている。この蛋白は、DNAが損傷を受けた時、誘発された損傷が固定されないように、細胞周期が細胞分裂S期に入らないようにG1期で一時的に止め(G1 arrest)、修復を完成させると考えられている。また修復できなかった細胞はアポトーシスにより排除されるとされている。この遺伝子が欠失あるいは何らかの変異によって正常に機能しない場合は、G1 arrestがおこらずに細胞回転が進み、遺伝子が不安定化し、化学療法や放射線照射に対するアポトーシスの誘導ができなくなる。p53遺伝子変異を獲得した悪性腫瘍は、化学療法及び放射線療法に抵抗性を示し難治性になると考えられている。造血器腫瘍では、慢性骨髄性白血病(CML)の急性転化、急性骨髄性白血病(AML)、骨髄異型性症候群(MDS)、慢性リンパ性白血病(CLL)、B細胞性リンパ腫等においてp53遺伝子変異は予後と相関するということが報告されている。急性リンパ性白血病(ALL)におけるp53遺伝子変異の報告はいくつかあるが、小児の表面形質や染色体転座による分類と臨床像との関連についてのまとまった報告は少ない。

2.対象と方法

 対象として、細胞株ではT細胞性ALL(T-ALL)20株、common ALL(c-ALL)であるt(1;19)-ALL5株、t(9;22)のPh1-ALL1株、それらを除くc-ALL8株の計34株を用いた。また小児の新鮮白血病では、T-ALLの初発62例、再発14例、初発と再発2例、t(1;19)-ALLの初発20例、再発4例、初発と再発2例、Ph1-ALLの初発6例、再発4例、初発と再発1例、それらを除くc-ALLの初発23例、再発22例、初発と再発6例、B-ALLの初発3例の計147例を用い、正常コントロールとしては、一部の例で正常リンパ球または線維芽細胞から抽出したDNAを用いた。

 方法としては、ヒト悪性腫瘍の変異の約90%が報告されているエクソン5〜9(一部はエクソン2〜11)について、polymerase chain reaction-single strand conformation polymorphism(PCR-SSCP)法によって変異の検出を行った。また異常を認めたものについては、直接法にて塩基配列を決定した。臨床像との関係では、予後についてのFisherの直接確率法及び生存率はKaplan-Meier法により計算し一般化Wilcoxon検定によって統計学的に検討した。

3.結果

 p53遺伝子の変異は、細胞株のうち、T-ALLでは20株中13株(67%)、c-ALLの中のt(1;19)-ALL5株中4株(80%)、その他のc-ALL8株中3株(38%)に認め、Ph1-ALLの1株には変異はみられなかった。新鮮白血病における変異は、T-ALLでは初発62例中3例(5%)、再発14例中1例(7%)、t(1;19)-ALLでは初発20例中2例(10%)、再発4例中4例(100%)、Ph1-ALLでは初発6例中0例、再発4例中0例、その他のc-ALLでは初発23例中1例(4%)、再発22例中2例(9%)、B-ALLでは初発3例中3例(100%)であった。変異は、1例を除きコアドメイン(110〜290)に存在し、他の腫瘍でも変異頻度の高いコドン175、248のGC→AT(transition)変化であった。変異の種類は、細胞株では挿入/欠失も認めたが、新鮮白血病細胞では全例アミノ酸変異をおこすミスセンス変異であった。正常アレルの欠失は、細胞株では20株中7株(35%)に、新鮮白血病細胞では17例中2例(12%)に検出され、欠失例は悪性度が高い傾向があった。transition変化が細胞株の26変異中20変異(77%)、新鮮白血病細胞の14変異中12変異(86%)にみられ、このうちCpGジヌクレオチドの部位に細胞株の26変異中14変異(54%)、新鮮白血病細胞の14変異中8変異(57%)にみられた。

 臨床像との関連でみると、T-ALLの初発例で3%、再発例で13%にp53遺伝子変異が認められ、変異を有する4例が全例死亡した。しかし、変異のない症例も約半数が死亡しており、変異の有無による予後に有意差は認めなかった。t(1;19)-ALLでは、初発例で10%、再発例で100%にp53遺伝子変異が検出された。初発時変異のない18例中1例が死亡したのに対して変異を有する2例はいずれも死亡しており、この2群の間にはp=0.0158で有意差が認められた。この2群での生存率に関するKaplan-Meier法について一般化Wilcoxon testで有意差がみられた(pく0.005)。また変異を有する5例中4例は死亡し、変異のない17例は全例生存中でありこの2群には有意差が認められた(p=0.0007)。その他のc-ALLでは変異の有無で予後に差は認められなかった。Ph1-ALL症例では変異が認められず、B-ALLは初発3例中3例に変異を検出したが症例数が少ないため予後との関連は検討できなかった。また変異を有するALL症例では、既知の予後不良因子である白血球数10万/l以上、10歳以上との関連は認めなかった。

4.考案

 p53遺伝子変異の頻度は、細胞株では全体的に頻度が高く、初発時の新鮮白血病細胞では、B-ALLを除き頻度は低かった。表面形質や染色体転座による分類による変異頻度の相違の機序は明らかではないが、p53遺伝子がB細胞の分化の過程に関連があるとの報告もあり、今後明らかにする必要がある。変異部位は、他の腫瘍の好発部位と同様で特別な傾向はなかった。大腸癌や脳腫瘍にCpGジヌクレオチド部位のGC→AT(transition)変化が、ベンツピレンの関与する肺癌やアフラトキシンの関与する肝癌にGC→TA(transversion)変化が多いことは、発癌物質を反映していると考えられる。またCpGジヌクレオチド部位は、シトシンがメチル化されて5-メチルシトシンとなる脱アミノ反応によりチミンとなるため、突然変異としてtransition変化が起こりやすいとされている。正常アレルの欠失は、新鮮白血病細胞より細胞株に多く、細胞株樹立に有利と考えられ、新鮮白血病の場合も悪性度が高い傾向がみられた。p53遺伝子変異の出現時期について以下のことが考えられた。1)変異が細胞培養の過程または症例の治療過程で新たに生じた。2)培養の初期または症例の初発時に存在していた少数のp53遺伝子変異を持った細胞が変異を持たない細胞を淘汰していった(clonal expansion)。脳腫瘍や白血病細胞株の検討でこの変異は初発時より存在することが報告されている。今回のt(1;19)-ALLにおいて、初発時変異はなく、初発検体から樹立した細胞株と再発時に同じ変異を検出したことからも、初発時に少数のp53遺伝子変異を持った白血病細胞が存在した可能性が考えられる。

 臨床像との検討から、p53遺伝子変異はt(1;19)-ALLについては予後因子として重要と考えられたが、T-ALLとc-ALLについては、変異を有する症例は予後不良の傾向がみられたが、統計学的に有意差はなかった。p53遺伝子変異は既知の予後因子である、初発時年齢、白血球数と合致しない場合もあり、初発時に検査することにより、予後を判定することに役立つものがあると考えられた。全体のALL中で、変異を有する17例のうち無病生存例はB-ALLの2例のみであった。近年、B-ALLにおいてp53遺伝子変異を有する症例の長期生存例が報告されており、治療法との関連で興味深い。

 本研究で用いたPCR-SSCP法は、PCRで増幅した断片を高温で変性させ、一本鎖とし非変性ポリアクリルアミドゲル中で泳動させる方法で、一塩基の変異が立体構造に変化を生じ移動度の差として検出できる簡便で優れた方法である。しかし10%以下の検出限界があり、初発時により鋭敏に予後不良を予測するためには、本法の改善又は他の方法の開発により変異クローンを少量でも検出できるような工夫が望まれる。

5.まとめ

 小児ALLの細胞株と新鮮白血病細胞について、表面形質や染色体転座による分類とp53遺伝子変異及び臨床的意義の関連を検討した。p53遺伝子は、t(1;19)-ALLでは予後因子として重要で、T-ALLとその他のc-ALLでは変異を有する症例は予後不良の傾向が示された。p53遺伝子変異は現在の予後因子である初発時年齢、白血球数には反映されないものもあり重要と考えられた。化学療法や放射線療法による抗腫瘍効果にはp53遺伝子を介したアポトーシスによるものがあり、p53遺伝子変異をもつ白血病細胞は、その機能が阻害されて難治性になると考えられる。今後小児ALLの治療成績を向上させるためには、p53遺伝子によるアポトーシスを介さない新たな治療法の開発が望まれる。

審査要旨

 癌抑制遺伝子であるp53遺伝子の変異は、種々の腫瘍で悪性度や予後と関連のあるという報告がある。本研究は、小児の白血病の中で最も頻度の高い急性リンパ性白血病(ALL)について、p53遺伝子の変異をpolymerase chain reaction-single strand conformation polymorphism(PCR-SSCP)法を用いて検索した。小児ALLの細胞株と新鮮白血病細胞について、表面形質や染色体転座による分類とp53遺伝子変異及び症例については、臨床的意義の関連を検討し、下記の結果を得ている。

 1)p53遺伝子の変異は、細胞株34株のうち、T-ALLでは20株中13株(67%)、c-ALLの中のt(1;19)-ALL5株中4株(80%)、その他のc-ALL8株中3株(38%)に認め、Ph1-ALLの1株には変異はみられなかった。

 2)新鮮白血病における変異は、T-ALLでは初発62例中3例(5%)、再発14例中1例(7%)、t(1;19)-ALLでは初発20例中2例(10%)、再発4例中4例(100%)、Ph1-ALLでは初発6例中0例、再発4例中0例、その他のc-ALLでは初発23例中1例(4%)、再発22例中2例(9%)、B-ALLでは初発3例中3例(100%)であった。

 3)臨床像との関連でみると、T-ALLでのp53遺伝子変異を有する4例は全例死亡した。しかし、変異のない症例も約半数が死亡しており、変異の有無による予後に有意差は認めなかった。t(1;19)-ALLでは、初発時p53遺伝子変異のない18例中1例が死亡したのに対して変異を有する2例はいずれも死亡しており、この2群の間には統計学的有意差が認められた。また変異を有する5例中4例は死亡し、変異のない17例は全例生存中でありこの2群にも有意差が認められた。その他のc-ALLでは、変異の有無で予後に差は認められなかった。Ph1-ALL症例では変異が認められず、B-ALLは初発3例中3例に変異を検出したが症例数が少ないため予後との関連は検討できなかった。また変異を有するALL症例では、既知の予後不良因子である白血球数10万/l以上、10歳以上との関連は認めなかった。

 4)変異部位は、他の腫瘍の好発部位と同様で特別な傾向はなかった。正常アレルの欠失は、新鮮白血病細胞より細胞株に多く、細胞株樹立に有利と考えられ、新鮮白血病の場合も悪性度が高い傾向がみられた。

 5)本研究で用いたPCR-SSCP法は、PCRで増幅した断片を高温で変性させ、一本鎖とし非変性ポリアクリルアミドゲル中で泳動させる方法で、一塩基の変異が立体構造に変化を生じ移動度の差として検出できる簡便で優れた方法である。しかし10%以下の検出限界があり、ALLの初発時により鋭敏に予後不良を予測するためには、本法の改善又は他の方法の開発により変異クローンを少量でも検出できるような工夫が望まれる。

 以上、本論文は、小児ALLにおけるp53遺伝子の解析から、p53遺伝子変異が、小児ALLにおいて、頻度は高くないものの、他段階発癌の比較的遅い時期、おそらく進展、再発に関与している可能性があり、予後因子として重要であることを明らかにした。本研究は、小児ALLの進展、再発機構の解明、臨床的にも重要であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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