癌抑制遺伝子であるp53遺伝子の変異は、種々の腫瘍で悪性度や予後と関連のあるという報告がある。本研究は、小児の白血病の中で最も頻度の高い急性リンパ性白血病(ALL)について、p53遺伝子の変異をpolymerase chain reaction-single strand conformation polymorphism(PCR-SSCP)法を用いて検索した。小児ALLの細胞株と新鮮白血病細胞について、表面形質や染色体転座による分類とp53遺伝子変異及び症例については、臨床的意義の関連を検討し、下記の結果を得ている。 1)p53遺伝子の変異は、細胞株34株のうち、T-ALLでは20株中13株(67%)、c-ALLの中のt(1;19)-ALL5株中4株(80%)、その他のc-ALL8株中3株(38%)に認め、Ph1-ALLの1株には変異はみられなかった。 2)新鮮白血病における変異は、T-ALLでは初発62例中3例(5%)、再発14例中1例(7%)、t(1;19)-ALLでは初発20例中2例(10%)、再発4例中4例(100%)、Ph1-ALLでは初発6例中0例、再発4例中0例、その他のc-ALLでは初発23例中1例(4%)、再発22例中2例(9%)、B-ALLでは初発3例中3例(100%)であった。 3)臨床像との関連でみると、T-ALLでのp53遺伝子変異を有する4例は全例死亡した。しかし、変異のない症例も約半数が死亡しており、変異の有無による予後に有意差は認めなかった。t(1;19)-ALLでは、初発時p53遺伝子変異のない18例中1例が死亡したのに対して変異を有する2例はいずれも死亡しており、この2群の間には統計学的有意差が認められた。また変異を有する5例中4例は死亡し、変異のない17例は全例生存中でありこの2群にも有意差が認められた。その他のc-ALLでは、変異の有無で予後に差は認められなかった。Ph1-ALL症例では変異が認められず、B-ALLは初発3例中3例に変異を検出したが症例数が少ないため予後との関連は検討できなかった。また変異を有するALL症例では、既知の予後不良因子である白血球数10万/ l以上、10歳以上との関連は認めなかった。 4)変異部位は、他の腫瘍の好発部位と同様で特別な傾向はなかった。正常アレルの欠失は、新鮮白血病細胞より細胞株に多く、細胞株樹立に有利と考えられ、新鮮白血病の場合も悪性度が高い傾向がみられた。 5)本研究で用いたPCR-SSCP法は、PCRで増幅した断片を高温で変性させ、一本鎖とし非変性ポリアクリルアミドゲル中で泳動させる方法で、一塩基の変異が立体構造に変化を生じ移動度の差として検出できる簡便で優れた方法である。しかし10%以下の検出限界があり、ALLの初発時により鋭敏に予後不良を予測するためには、本法の改善又は他の方法の開発により変異クローンを少量でも検出できるような工夫が望まれる。 以上、本論文は、小児ALLにおけるp53遺伝子の解析から、p53遺伝子変異が、小児ALLにおいて、頻度は高くないものの、他段階発癌の比較的遅い時期、おそらく進展、再発に関与している可能性があり、予後因子として重要であることを明らかにした。本研究は、小児ALLの進展、再発機構の解明、臨床的にも重要であり、学位の授与に値するものと考えられる。 |