内容要旨 | | A.目的 アジュバントとして広く用いられているアルミニウムゲルは,IgG抗体と共にIgE抗体の産生を促進し,これに起因するワクチンの副反応の発生が示唆されている.これまでにも,IgE抗体の産生を抑制するために,抗原のさまざまな修飾が試みられて来たが,いずれの方法でもIgE抗体の産生低下は認められるものの,修飾抗原単独の免疫では十分な感染防御抗体の産生が得られていない. 本研究では,抗原を赤血球の表面に結合したものでマウスを免疫すると,IgE抗体の産生は起こらず,IgG抗体の産生のみが誘導されることを観察した.さらに,この方法の臨床応用を目指して,抗原をリポソームに結合することを試みた.リポソームをアジュバントとして用いる試みはこれまで数多くなされているが,そのほとんどはリポソーム内に抗原を封入する方法である.また,これらの研究でIgE抗体の産生を検討した例は少ない.そこで,本研究では,抗原をリポソームの表面に結合したものでマウスを免疫し,IgG, IgE抗体の産生を定量して,この方法の臨床応用の可能性を検討した. B材料と方法 1,動物:BALB/cマウス(メス,8週令)およびSDラット(メス,6週令)を用いた. 2.DPTワクチン:1994年に製造された複数社の製品を入手した. 3.抗原:卵白アルブミン(OVA)は,シグマ社(St.Louis,Mo.,USA)から購入した.破傷風トキソイド(TT)とジフテリアトキソイド(DT)は,化学及血清療法研究所(熊本)から提供された. 4.抗原とマウス赤血球(MRBC)との結合:マウスから採取した赤血球をOVAを加えたリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に浮遊し,グルタールアルデヒドを加えてOVAを赤血球に結合させた.遠心,洗浄した後,グリシン溶液を加えて残余のアルデヒド基をブロックした.再び遠心,洗浄した後,PBSに再浮遊した. 5.抗原とリポソームとの結合: MRBCへの結合と同様な方法で行った.リポソームは,dipalmtoyl phosphatidyl choline,dipalmitoyl phosphatidyl ethanolamine,cholesterol,palmitic acid,のモル比4:3:7:2の組成のものを用いた.抗原-リポソームとリポソームに結合しなかった抗原との分離にはセファロースCL-4Bカラムを用いた. 6.免疫:抗原をマウス腹腔内投与し,経時的に血清を採取した. 7.抗体の定量:抗OVA-IgG抗体は,ELISA法によ り定量した.抗OVA-IgE抗体は,ラットを用いた受身皮膚アナフィラキシー(PCA)法により定量した. 8.T細胞の抗原による刺激:OVAで免疫したマウスの脾臓細胞を採取し,ナイロンファイバーカラムを通過させてT細胞を得た.T細胞に,OVAと内田らによって樹立されたマクロファージハイブリドーマNo.39を抗原提示細胞(APC)として加え,96穴プレートで24時間培養した.培養上清を採取し,リンフォカインの定量をした. 9.IFN-の定量:マウスIFN-アッセイキット(Intertest-g,Genzyme Diagnostics,Cambridge,MA.,USA)を用いた. C.結果 1.DPTワクチン接種後の抗ジフテリアおよび抗破傷風抗体の産生:マウスの腹腔内にDPTワクチンを投与したところ,投与した6ロットすべてで,マウス血清中に抗ジフテリアおよび抗破傷風IgG抗体と共にIgE抗体が検出された. 2.OVA-MRBC投与後の免疫応答:2週での2次免疫以降は,OVA-alum投与群と同程度の抗OVA-IgG抗体が産生された.一方,抗OVA-IgE抗体は,OVA-alum投与群では産生されていたが,OVA-MRBC投与群ではまったく検出されなかった.3週の血清でIgG抗体のアイソタイプを検討したところ,OVA-MRBC投与群ではIgG2a,OVA-alum投与群ではIgG1が主体であった. 3.OVA-リポソーム投与後の1次免疫応答:2週以降は,OVA-alum投与群と同程度のIgG抗体が産生された.一方,未修飾のOVA溶液の投与では,はるかに微量のIgG抗体しか産生されなかった.OVA-リポソーム投与群では,抗OVA-IgE抗体は全く検出されなかったが,OVA-alum投与群では,高レベルのIgE産生が観察され,未修飾OVA投与群でもIgE抗体が検出された. 4.OVA-リポソーム1次免疫マウスにおける2次免疫応答:OVA-リポソームで1次免疫後,OVA-alumまたはOVA-リポソームで2次免疫した.抗OVA-IgG1抗体は,OVA-リポソーム,OVA-alumのどちらで2次免疫しても低レベルにとどまったが,抗OVA-IgG2a抗体は産生が顕著に増強された.一方,抗OVA-IgE抗体は,OVA-リポソームによる2次免疫ではまったく検出されず,OVA-alumによる2次免疫でも微量の産生が観察されたにすぎなかった. 5.OVA-alum1次免疫マウスにおける2次免疫応答:OVA-alumで1次免疫後,OVA-alumまたはOVA-リポソームで2次免疫した.抗OVA-IgGl抗体の産生はどちらで2次免疫しても増強されたが,抗OVA-IgG2a抗体は,OVA-リポソームで2次免疫した時のみ増強が観察された.抗OVA-IgE抗体については,OVA-alumによる2次免疫で産生が増強したのに対して,OVA-リポソームによる2次免疫ではまったく増強しなかった. 6.TT-リポソームおよびDT-リポソーム投与後の1次免疫応答:それぞれ,TT-alumおよびDT-alum投与群と同程度のIgG抗体の産生が観察された.一方,TT-リポソームおよびDT-リポソーム投与群では,IgE抗体はまったく検出されなかった. 7.TT-リポソームの長期保存:TT-リポソームを凍結乾燥して4℃または37℃で6カ月間保存した.いずれの保存状態でも,保存前と同程度のIgG抗体の産生が誘導された. 8.脾臓T細胞からのIFN-の産生:OVA-リポソームまたはOVA-alumで免疫したマウスの脾臓T細胞を取り出し,OVAおよびAPCと共に培養して,上清中のIFN-を定量した.OVA-リポソームで免疫したマウス由来のT細胞の方が,OVA-alumで免疫したマウスに比べて,多量のIFN-を産生した. OVAをMRBCに結合した場合と同様に,OVAをリポソーム表面に結合した場合にも,免疫原性の増強と同時に,IgE選択的な無反応性が誘導できた.このことは,等量の未処理のOVA溶液で免疫した時には,はるかに微量のIgGの産生しか認められないにもかかわらず,IgEの産生が観察されたことにより裏付けられる.OVA-リポソームで一次免疫したマウスでは,OVA-alumで2次免疫しても,IgG2aの産生は増強されるが,IgE産生は微量しか認められなかった.一方,OVA-alumで1次免疫したマウスをOVA-リポソームで2次免疫すると,IgG1,IgG2aの産生は増強されるが,IgE産生の増強はまったくみられなかった.これらのことから,OVA-リポソームは,IgG産生は刺激するが,IgE産生については誘導も増強もしないことが示唆された. マウスでは,2種類のヘルパーT細胞(Th1細胞とTh2細胞)の間での拮抗的な働きによって産生される抗体のアイソタイプが調節されているという仮説が提示されている.すなわち,Th1細胞はIFN-を産生してIgG2a抗体の産生を誘導すると同時に,IL-4の働きを抑制する.一方,Th2細胞はIL-4を産生して,IgGl抗体とIgE抗体の産生を誘導する.本研究では,OVA-リポソームによる免疫ではIgG2aが主として産生され,OVA-alumによる免疫ではIgGlが主として産生されると共にIgEも産生された.このことは,本研究で観察された現象に,上記のシステムが働いている可能性を示唆している.実際に,OVA-リポソームで免疫したマウス由来のT細胞を試験管内で抗原刺激した場合の方が,OVA-alumで免疫した場合よりも,多量のIFN-が産生された. 抗原をリポソーム内に封入した場合とリポソーム表面に結合した場合とでのアジュバント効果の強さの比較については,相反する結果が報告されている.このような相違は,用いている抗原やリポソームの違いによって起こると考えられる.本研究では,抗原をリポソーム表面に結合することによってもたらされるアジュバント効果を確認するとともに,IgE選択的な無反応性を観察した.リポソーム封入抗原によるIgE産生の抑制も報告されているが,その抑制は不完全であり,本研究の結果とは異なっている. 本研究で用いたリポソームには,抗原との結合にアミノ基が必要であることから,dipalmitoyl phosphatidyl ethanolamineが含まれているが,これは,ほ乳類赤血球膜の構成成分の一つであり,毒性上の問題は少ないものと考えられる.破傷風トキソイドおよびジフテリアトキソイドをリポソームに結合した場合も,OVAを結合した場合と同様の結果がえられた.また,TT-リポソームの活性は凍結乾燥後の長期保存に対して安定であった.このことは,この方法でワクチン製剤を作製した時に,保存の点で有利であると考えられる.これらのことから,抗原のリポソームへの結合は,アレルギー反応を惹起しにくいワクチンの製法として有望であると考えられる. |