学位論文要旨



No 213043
著者(漢字) 菅野,量子
著者(英字)
著者(カナ) スガノ,リョウコ
標題(和) 高温超伝導体における非線形I-V特性とボルテックス・ダイナミックス
標題(洋) Non-Ohmic Electric Transport Properties and Dynamics of Thermally Excited Vortices in High-Tc Oxides
報告番号 213043
報告番号 乙13043
学位授与日 1996.10.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第13043号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 教授 浅野,攝郎
 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 助教授 前田,京剛
内容要旨

 2次元CuO2層をその基本構造にもつ酸化物超伝導体は、その層状構造に由来する擬2次元性と高い超伝導転移温度Tc及び、短いコヒーレンス長を特徴とし、熱的なゆらぎを無視できない程にまで増大させる。そのため、超伝導位相のゆらぎにボルテックス型の非線型励起を起こしやすく、混合状態における非線型抵抗状態に大きく関与してTc以下でさえ抵抗を誘起し、臨界電流密度Jcを低下させる一因となっている。従って、酸化物超伝導体の混合状態を考えるには、平均場理論では考慮されていない高温での熱的なゆらぎや、系の不均一性に基づく影響を取り入れる必要がある。本研究では、熱ゆらぎの効果を取り入れた2次元超伝導体のモデルをもとに議論する。このことは、実験的にも早くから指摘されており、従来の金属系バルクとは明らかに異なった興味深い性質がいくつか観測されている。

 なかでも銅系酸化物超伝導体の電流-電圧(I-V)特性については、その温度や磁場・イオン照射量依存性がYBCO系、BSCCO系などの単結晶で調べられ、電圧が電流の関数としてベキ乗則(V∝)に従う非常に特徴的な非線型抵抗状態の存在が報告されている。非線型ベキ乗型I-V特性は、熱ゆらぎの効果によってクーパー対がつくる波動関数の位相場に励起されたトポロジカルな欠陥対(2次元ボルテックス-反ボルテックス対)が電流によって対解離(電流誘導型対解離)し、それに伴うダイナミックスがTc以下で電気伝導特性に現れる特徴の一つであり、金属系の超伝導体超薄膜における特性と類似点をもつ。非線型性を示すベキ指数(>1)はボルテックス対の相互作用の強さに依存する。また、ボルテックス対はある温度(TKT)で一斉に対解離し、2次元系特有の相転移現象であるKosterlitz-Thouress(KT)転移を引き起こす。このときは3から1へ不連続に変化するユニバーサルジャンプ示す。実際、電流-電圧特性のベキ指数の温度依存性には、Tc付近で3での折れ曲がりが観測されており、KT転移に伴うベキ指数のユニバーサルジャンプに対応すると考えられている。さらにベキ指数は温度だけでなく磁場やイオン照射量にも依存することがわかっており、誘起電圧Vが電流Iだけでなく磁場H、イオン照射量の関数としてもベキ乗則(V∝,V∝)に従う新たなタイプの非線型電気伝導特性が報告されている。このことから、温度だけでなく磁場やイオン照射量も抵抗状態の非線型性をコントロールする重要なパラメータとなることがわかる。磁場やイオン照射がボルテックスの対励起にどのような影響を及ぼすかは従来のKT理論では予測されなかった新しい問題である。

 上述の通り、電圧の電流、磁湯及びイオン照射量に対するベキ乗則は2次元的な超伝導CuO2層に熱励起したボルテックス-反ボルテックス対が重要であることを示唆する一方、実際の酸化物超伝導体では、各々のCuO2層は完全に独立に存在するわけではなく、互いに弱く結合していることが種々の実験からわかっている。異方性が強い(層間結合が弱い)程、2次元ゆらぎの効果は顕著に現れると予想される。この異方性を与える層間結合が抵抗状態にどう寄与するかを調べることは、JcやTcの向上を考える上でも興味深い問題である。

 本研究ではまず、2次元ボルテックス-反ボルテックス対の熱励起とその輸送特性に着目し、酸化物超伝導体のCuO2層(単層)の理論モデルとして個々の接合にRSJモデルを用いた2次元ジョセフソン接合格子を取り上げ、磁場及びイオン照射量の値を連続的に変化させた時の影響を議論する。次に、各CuO2層を数層重ねて層間をジョセフソン接合で結合し、異方的な3次元ジョセフソン接合格子を用いて層間結合が2次元ボルテックスの熱励起に与える影響を調べる。モデルの有限温度でのI-V特性をLangevin Dynamic Simulationの手法を使って直接計算した。この手法は、電気抵抗のような非平衡状熊を表す物理量を近似なしに直接求められる利点をもつ。磁場の効果はフラストレーションf(単位包当りの磁束量子の本数)を用いてとり入れた。また、イオン照射効果はジョセフソン弱結合部分の損傷、破壊とみなし、対応するボンドの欠陥割合pをp=(切断されたボンドの数)/(ボンドの総数)によって導入したボンド希尺型ジョセフソン格子モデルを用いた。層間結合の効果は、異方性0を用いて0=(層間のジョセフソン結合:J‖c)/(層内部のジョセフソン結合:J⊥c)で導入した。

 弱磁場中での主な結果として、I-V特性と磁気抵抗(H-V)がともに独立に成立する2つのベキ乗則:V∝(T,H)およびV∝(T,I)に従うこと、それに伴いベキ指数の磁場依存性が(T,H)∝ln(He/H),(He:定数)と対数型であること、さらに、これらの指数およびの温度依存性に3および2付近でKT転移に対応すると考えられる指数の折れ曲がりが現れることを見い出した(図1)。しかも、これらの計算結果はいずれも良質のYBCO薄膜やBSCCO単結晶における実験結果と定性的に一致する。磁場があってもボルテックス-反ボルテックス型の励起状態が存在し、抵抗状態に本質的な寄与をもたらしていることがわかる。また、ベキ指数は温度ばかりでなく磁場にも敏感に依存して変化していることから、磁場は抵抗状態の非線型性を支配する1つのレレバントなパラメータであると言える。フラストレートした系に対する場合でも、ベキ指数の温度依存性に3での折れ曲がりが、弱磁場領域(f<0.02)で現れることは(図1(a)挿入図参照)、磁場があってもKT転移の兆候は残ることを示している。折れ曲がりの温度は磁場の増加に伴って低温側に移行しており、磁場によるフラストレーションが電流と同様に超伝導コヒーレンスを大きく乱して、熱励起されたボルテックス対の解離を促進したと考えられる(磁場誘導型対解離)。このことは、磁場の増加にともなって臨界電流密度が低下する現象と関係する可能性がある。

図1:(a)2次元ジョセフソン接合格子における弱磁場中でのベキ乗型I-V特性とべき指数の温度依存性;(b)ベキ指数の対数型磁場依存性(温度をパラメータとした)

 磁場Hとフラストレーションfの関係:f=Ha2/0(0:磁束量子,a:格子間隔)を用いて計算結果と実験結果を比較すると、格子間隔aは101-102Åのオーダーと概算される。このサイズが多結晶などでみられるグレインサイズ(〜1m)よりかなり小さくコヒーレンス長(10-30Å)と同程度であることから、抵抗状態に本質的な超伝導弱結合のネットワークがグレイン内部に存在すること、すなわち、intra-granular構造が支配的であることが示唆される。

 ボンド希尺型2次元ジョセフソン接合格子における電流-電圧特性の主要な結論として、電圧Vは電流Iの関数としても、欠陥割合pの関数としてもベキ乗則:V∝(T,p)及びV∝(T,I)に従うこと、このとき、ベキ指数-欠陥割合の関係が(T,p)∝ln(p/pe),(pe:定数)と対数型であることを見い出した(図2)。注目すべきことに、欠陥割合を照射量に対応させると、これらの計算結果はいずれも実験結果と定性的な一致がみられる。また欠陥のない系と同様にベキ乗型の挙動がみられることから、ボンド欠陥のある系においても定性的には2次元的なゆらぎが生き残っていると考えられる。しかし、ベキ指数が欠陥割合に依存して連続的に変化することは、弱結合におけるボンド欠陥が非線型抵抗状態にレレバントなパラメータとなることを示す。-pの対数型依存性は従来の理論で指摘されていなかった定量的な意味での新しい結果である。特に欠陥密度の低い領域で顕著にベキ指数が変化することは、この抵抗状態が欠陥の存在に非常に敏感であることを示している。物理的には、ボンド欠陥がボルテックス-反ボルテックス対の熱励起とその輸送現象に強く影響して現れた結果と考えられる。

図2:(a)ボンド欠陥のある2次元ジョセフソン接合格子におけるべき乗型I-V特性とベキ指数の欠陥密度依存性;(b)ベキ指数の対数型磁場依存性(温度をパラメータとした)

 ベキ指数に関して、計算から得た欠陥割合依存性と実験データから求めた照射量依存性とを比較すると、照射量と欠陥割合pが線型関係:∝pで定量的に関係づけられる。この関係をもとに概算したミクロな超伝導領域のサイズは弱磁場中での結果と一致する。

 異方的な3次元ジョセフソン接合格子の主要な結果としてはI-V特性は層間結合のない2次元系でベキ乗則:V∝に従う一方で、弱い層間結合がある(擬2次元領域)と臨界電流値Icをもつ形:V∝に質的に変わることを見い出した(図3(a))。このとき、Icに比例する。擬2次元領域では2次元ボルテックスの熱励起が依然としてI-V電圧特性に大きく影響する。Ic依存性から(図3(b))、異方性によってIcに比例する2次元熱ゆらぎの支配的な領域(0<3)と、それから外れる3次元的なゆらぎの支配的な領域とが分けられ、00.3の近傍では2Dから3Dへのdimensional crossoverが起こると考えられる。また、この擬2次元領域において臨界電流値Icの温度依存性を調べ、温度上昇に伴って層間の結合がある温度を境に熱揺らぎによって弱められることがわかった(図3(c))。

図3:(a)異方的なジョセフソン接合格子における臨界電流Icを伴ったベキ乗型I-V特性;(b)臨界電流Icの依存性;(c)の温度依存性

 ジョセフソン接合エネルギーJと磁場の侵入長の関係:J=02⊥c/1632から、c-軸に垂直と平行のの比をとることで酸化物超伝導体と比較できる。(⊥c/‖c)異方性の高いBSCCOでは〜0.02となりほとんど2次元系に近い一方で、比較的異方性が弱いといわれるYBCOでも〜0.2で、擬2次元領域でのKT理論的な描像で十分理解できることが示される。

審査要旨

 本論文では、高温超伝導体でのボルテックス(磁束)による異常な電気伝導について、モンテカルロシミュレーションによる理論的解析を行なった。

 その結果、超伝導転移温度以下の温度領域で(1)磁場がない場合および磁場が弱い場合、(2)人為的に作られた欠陥がある場合、(3)3次元性が強くなった場合、の3つの場合について、熱的に励起されたボルテックスをシミュレーションする簡単なモデルにより実験結果をよく再現するという結論を得た。

 酸化物高温超伝導体は層状の構造をしており、2次元性が非常に高い物質群である。このため、超伝導転移温度(Tc)以下でのボルテックスの問題は、2次元系統計力学の格好のモデルとなっている。さらに転移温度が高いために熱的ゆらぎが大きく、種々の特異な現象が観測されている。特にTc以下の温度でも電気抵抗が見られ、その電流-電圧特性が、

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 というべき乗則になっているという実験結果がある。この現象は、ボルテックス-反ボルテックス対の熱励起という2次元性に起因する特異な現象によるものと考えられている。従来の3次元的な超伝導体では見られないものである。

 上記の電流-電圧特性については、現象論的な理論が提唱され定性的な理解がされている。つまり、ボルテックス-反ボルテックス対が熱的に励起し、さらにその対が電流によって解離し独立に運動するために、超伝導体の両端に電圧が現れるというメカニズムで解析されている。しかし(1)磁場がある場合、および(2)欠陥がある場合については現象論的な理論は完成していない。そこで本論文では、簡単なモデルを用いた数値的シミュレーションによって、(1)および(2)のような未知の場合の現象を調べるということを主眼に置いている。数値計算の結果、それぞれの場合に新しいべき乗則が現れることが明らかになった。また今まで理論的解析の進んでいなかった3次元性の効果についても具体的に調べた。その結果、次元クロスオーヴァー及び温度によるクロスオーヴァーが生じることがわかった。

 本論文の第1章は序であり、現在までの実験事実および現象論的な理論がまとめられている。また、第2章では本論文で用いるモデルと数値計算の手法が説明されている。第3章では本論文のアウトラインと他の理論、数値計算との比較、適用範囲などが述べられている。第4章以降が数値計算の結果であり、磁場がある場合の結果が第4章に、人工的な欠陥(実験的にはイオン照射によって欠陥を作る)のある場合の結果は第5章に示されている。第6章で、3次元性が入った場合を調べている。これら各章では、それぞれ実験との比較を行なっている。第7章で数値計算の限界である有限サイズの効果について議論し、第8章がまとめに当てられている。

 モデルとしては、ボルテックスの励起を表現することのできる最も簡単なものを用いた。つまり超伝導秩序変数の振幅は空間的に一定とし、位相だけが時間空間変化すると仮定する。さらに2次元面を離散化し正方格子であると仮定して、各点での位相を表す変数iを導入する。この結果、モデルとしては最近接点の間でジョセフソン結合しているという

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 というものになる。これは、いわゆるスピン系のXYモデルと同じものであり、ボルテックス-反ボルテックスの対励起を表現できる最も簡単なモデルとなっている。このモデルを用い、有限温度の効果を表すrandom forceを導入したランジュバン方程式として数値的にシミュレーションを行なっている。

 数値計算の結果、以下に示すようなことが明らかになった。(1)磁場がある場合には、

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 という新しい型のべき乗則が成り立つ。さらに、べき乗の指数をさまざまな温度で求め、温度依存性を議論した。その結果、ボルテックス-反ボルテックスが束縛状態を作るというKosterlitz-Thouress転移温度において指数が急激に変化することが示された。また(2)欠陥がある場合には、欠陥の存在する割合pに関して

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 という別のべき乗則が成立することを見出した。これらのべき乗則は、理論的には本論文で初めてもたらされたものである。実験結果は、これらのべき乗則と合致している。

 さらに(3)3次元性を加えた、モンテカルロシミュレーションでは、新しく

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 という形の電流-電圧特性を示すことが示された。この式は、単なるべき乗則ではなく、ある臨界電流値Icを持つ電流依存性であることを意味している。さらに層間のジョセフソン結合定数0が小さい領域では、

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 という比例関係があることが示された。これは簡単化した現象論で説明できる。一方、層間のジョセフソン結合が強くなると、電流-電圧特性は変化し、3次元的な電流-電圧特性が現れる。これは次元クロスオーヴァーとして理解できることがわかった。また、温度によってもクロスオーヴァーが見られることを示した。

 以上のように本研究では、ボルテックス-反ボルテックスの熱的励起を表現する簡単なモデルによって、低温、低磁場での異常な輸送現象、特に電流-電圧特性が統一的に理解できることが示された。特に、V∝やV∝などといった新しいべき乗則が見出され、実験結果と非常によい一致が示されたことはめざましい結果である。

 実験的には、他の温度磁場領域でのボルテックス・グラス転移など多くの興味ある現象が知られている。本論文のモデルでは、そのような領域の現象を調べることができないが、上で述べてきたように、いくつかの新しい結果を含む重要な知見が本論文によって得られた。特に簡単なモデルによって、べき乗則が統一的に理解できるということを見出した点は大いに評価できると思われる。

 本研究は小野木敏之、村山良昌との共同研究であるが、論文提出者は精密な量子モンテカルロ法の数値計算、結果の解釈、解析的な方法との比較など本質的な寄与をしていると認められる。よって審査員一同は論文提出者が博士(学術)の学位を授与されるにふさわしいと認定した。

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