強磁場激変星とは105-7Gの強い磁場を持つ白色矮星と低質量星の近接連星系で、106-7Gの磁場を持つpolarと105-6Gの磁場を持つintermediate polarに分類される。白色矮星の強い磁場により、伴星のロッシュ袋を溢れ出た物質は白色矮星の磁極付近に降り積もる。その際、白色矮星の表面付近に強い衝撃波が立ち、降着物質が加熱されてX線を放射する。これまでの観測では、X線スペクトルは非一様な連星系降着流による光電吸収を受けた、温度10-40keVの光学的に薄いプラズマからの放射と、高温プラズマ及びX線に照射された周辺物質を起源とする鉄輝線によって表されてきた。しかしながら、周辺物質による吸収や白色矮星表面での反射成分の寄与、さらには放射冷却によってプラズマ自身の温度が連続的に分布していることが予想され、X線の連続成分は降着流のプラズマ診断には必ずしも適していないことも明らかになってきた。 これに対して、本論文ではX線スペクトル中の輝線を用いた解析を行なった。プラズマ起源の輝線と周辺の冷たい物質起源の輝線は、イオンの電離状態の違いを反映してそのエネルギーが異なる。したがって、高エネルギー分解能の分光観測を行なうことにより、プラズマ起源の輝線のみを取り出すことが可能となる。さらに、輝線の放射率は元素の種類とプラズマの温度によって大きく変わるため、プラズマに温度分布が存在する場合にも有効である。 本論文で扱った天体は、X線天文衛星「あすか」で観測した三つのintermediate polar、EX Hya、V1223Sgr、AO Pscである。EX Hyaでは、X線スペクトル中にヘリウム様、水素様のマグネシウム、シリコン、硫黄、アルゴン、鉄イオンからのK線が検出された。連続成分は二温度モデルでよく説明できたが、ヘリウム様と水素様のK線の強度比についてはこのような単純なモデルでは全く説明できないことがわかった。そこで、輝線強度を連続成分とは独立に評価する。解析の結果得られた輝線の強度比が示す温度は、マグネシウムの約1keVから鉄の約7keVまで連続的に分布し、プラズマの放射冷却が観測的に明らかになった。V1223Sgrでも同様に多くの輝線を検出、同定することに成功した。その輝線強度比が示す温度は、マグネシウムの約0.6keVから鉄の10-14keVまで、連続的に分布した。AO Pscでは鉄以外にシリコンのみがかろうじて検出された。 以上の観測結果を放射冷却を考慮に入れて考察する。熱制動放射による冷却を仮定すると、降着流の構造を解析的に求めることができる。同一元素のヘリウム様、水素様イオンからの輝線の強度比は、衝撃波の温度TSと降着流の根元の温度TBだけで決まるので、複数の元素について輝線強度比を求めることができれば、TSとTBが決まることになる。観測結果に応用すると、EX HyaでkTS=、kTB=0.65±0.15keV、V1223SgrでkTS>38keV、AO PscでkTS=となった。求められた衝撃波の温度から、白色矮星の重力ポテンシャルの深さはEX Hyaで、V1223Sgrで>82.6/、AO Pscでを得る。白色矮星の質量と半径を関係づける理論式を使うと、これらの質量は(EX HYa)、>0.82(V1223Sgr)、(AO Psc)となる。食が起こるEX Hyaは軌道傾斜角が精度よく求められる数少ない系の一つである。その値を用いて連星運動から求められた力学的な質量は0.49±0.03であり、我々の結果とよく一致している。 激変星では降着物質からの放射が強く、白色矮星表面からの可視光を観測する方法がほとんどの場合適用できない。さらに、食の起こらない系では軌道傾斜角を正確に求めることができず、単独の白色矮星の質量分布が0.6のまわりに鋭いピークを持つことが知られているのに対し、激変星では信頼のおける白色矮星の質量がほとんど得られていないというのが現状である。我々のプラズマ診断に基づく質量測定は、軌道傾斜角のような測定の難しいパラメタを含まず、食の起こらない系を含めて広く適応できるという特徴を持つ。 従来、強磁場を持つ白色矮星は、孤立した強磁場を持たない白色矮星の質量よりも平均的に重いと言われてきた。しかしながら、我々の観測結果から、少なくともEX HyaとAO Pscは強い磁場を持たない白色矮星と同程度の質量を持っていることが明らかになった。質量分布の相違を明らかにすることは、連星系の進化における磁場の役割を考える上で不可欠であり、今後、測定数を増やしていく必要がある。 |