1975年にKhlerとMilsteinが細胞融合法によるモノクローナル抗体の作製法を開発してから、20年以上経過した。 しかしながら、その後も、種々の抗原に対するマウス型モノクローナル抗体が、マウス免疫リンパ球の取得の容易さから、多数作製報告され、そして臨床応用されてきたが、マウス型抗体の人体への投与は、ヒトにとって異種抗原蛋白として認識されるため、マウス型抗体蛋白に対するヒト型抗体、即ちHAMA(human anti-murine antibody)の産生誘導が生じ、アナフィラキシーショックなどの重篤な副作用を引き起こすことが明らかとなってきた。 従って、このHAMAの問題を解決するためには、ヒトにとって、免疫原性の少ない抗体、理想的にはヒト型モノクローナル抗体の開発が重要である。ヒト型モノクローナル抗体の作製方法として、細胞融合法、EBV(Epstein-Barr Virus)形質転換法、EBV形質転換法と細胞融合法の組み合わせ法、遺伝子工学的方法、SCID(severe combined immunodeficiency)マウスを用いた免疫方法、トランスジェニックマウス法、そしてファージディスプレイ法などの種々の方法が研究開発されてきたが、未だヒト型モノクローナル抗体作製に関する最終的なプロトコールの完成に至っていない。 さて、これらの中で、最も簡便なヒト型モノクローナル抗体の作製方法は、細胞融合法を用いた方法であり、しかも融合親株としては、簡単に入手でき、かつ増殖性及び抗体生産性に優れているマウスミエローマを用いるヘテロハイブリドーマ法による作製方法である。しかしながら、ヘテロハイブリドーマ法の最大の欠点はヒト染色体の優先的脱落によるヒト型モノクローナル抗体の生産の停止である。 従って、本研究の第一番目の目標は、ヒト型モノクローナル抗体作製に関して最も簡便であるヘテロハイブリドーマ法による安定的な抗体産生方法の確立である。本研究では、細胞分裂時間を若干遅らせることにより、ヒト染色体、特に鎖抗体遺伝子の存在する染色体の保持を計れば、安定的なヒト型抗体産生ヘテロハイブリドーマの取得ができるのではないかという仮説に基づき、細胞分裂阻害剤を中心に種々の薬剤を用いて、ヘテロハイブリドーマに対する安定化効果を検討した。 最終的に、Na+,K+-ATPase阻害剤であるウアバインと細胞分裂阻害剤であるサイトカラシンBを組み合わせることにより、ヘテロハイブリドーマからのヒト型モノクローナル抗体を長期的に産生させる方法を確立した(図1)。 図1 ウアバイン含有基本培地にサイトカラシンBを添加することによるヒト型抗体(1gM,)の長期的かつ増強的生産ヘテロハイブリドーマ26R’E4細胞を基本培地あるいは25Mウアバイン(OB)含有基本培地で培養した。第11代目からサイトカラシンB(CCB)0.2Mを基本培地に添加した。17代目に、培養を2つに分け、すなわち1つはOBとCCB添加培地、もう1つはOBのみの培地に分けた。20代目には、OBとCCB添加培地の系をさらに3つに分け、1つはOBとCCB添加培地、2つ目はCCB含有培地、残りは基本培地のみの3つに分けた。抗体生産は、基本培地では12代目で、OB培地では19代目で停止したのに対し、OB基本培地にCCBを11代目から添加した系では、50代以上に渡り、抗体生産が続いている。 本研究における二番目の目標は、肺癌に対する、特に細胞表面抗原に対するヒト型モノクローナル抗体の作製法を確立することである。 日本の男性においては、肺癌による死亡者数が1993年に初めて胃癌による死亡者数を上回った結果、肺癌による死亡者数が第一位となった。 従って、このような疾病構造の動向を鑑み、肺癌、特にその中でも最も発生頻度が高い肺腺癌に対するヒト型モノクローナル抗体の作製をモデルとして、肺癌関連細胞表面抗原に対する抗体の作製法を確立した。 抗体の選別時に、病理標本の古典的固定法であるFormalinによる組織の固定方法に変わって、佐藤らの開発したリンパ球細胞膜抗原を非常に安定に保持できる固定方法であるAMeX(acetone-methyl benzoate-xylene)法による固定方法を試みた。その結果、表1に示したように従来のFormalin固定法では選別できなかったと思われる抗体を得ることに成功した。これらの抗体は、肺癌細胞株を用いた蛍光抗体法により細胞表面抗原あるいは核膜抗原と反応することが明らかとなり、特に細胞表面抗原を認識する抗体においては補体依存性細胞障害活性CDCも認められた。 表1 肺癌組織切片を用いた免疫組織染色組織固定法として、凍結法(Frozen)、AMeX法及びFormalin法の3種で行い、数値は、陽性数/検定数。Ad、腺癌;Sq、扁平上皮癌。但し、28B49及びhIgMはそれぞれmonoclonal及びpolyclonal陰性対照。 第3番目の目的としては、臨床的に有用であるIgG抗体を得るための研究を行った。一般的に、試験管内刺激により得られる抗体はヒト型のみならずマウス型を含め、抗体クラスとしては、圧倒的にIgM型が多く、80〜100%であると報告されている。本研究では、リンパ球の活性化因子(PWM、SACI及びLPS)と各種インターロイキンを用いて、肺癌患者由来ヒトリンパ節リンパ球の試験管内刺激によるIgGクラスヒト型抗体の作製条件の検討を行った。 結果は表2に示したように、LPSとIL-4の系に、PWM(1/500)を添加すると、抗体産生ウェル数はPWM無添加に比べて、約7.5倍に増加し、IgG産生ウェル数もパーセンテージ的には約3.5倍に著しく上昇した。これらの結果から、抗体産生ウェル数及びIgG抗体産生ウェル数を増加させる刺激条件として、LPS(20g/ml)、PWM(1/100(v/v))及びIL-4(100U/ml)による6日間の刺激が適していることが明らかとなった。 表2 LPS、PWM、SACIの組み合わせによるヒトリンパ球の刺激肺癌患者(26G0)由来リンパ節リンパ球(2.5x106cells/ml)2mlを、6穴プレートにて、IL-4(100u/ml)の存在下、SACI、PWM、LPSと所定の組み合わせで添加し、6日間、試験管内刺激した。刺激後、マウスミエローマと電気的細胞融合を行い、コロニーを形成させた。増殖ウェルに関して、抗体産生、抗体クラスの種類を調べた。 従って、本研究により以下の3点が明らかとなった。即ち、 1)ウアバインとサイトカラシンBを用いることにより、ヘテロハイブリドーマによるヒト型モノクローナル抗体の安定的な生産が可能となったこと、 2)細胞膜抗原を認識する抗体の選別時に、従来のFormalin固定組織切片の代わりにAMeX固定組織切片を用いた免疫組織染色的評価を行うことにより、新規な細胞膜抗原認識抗体の取得が可能になったこと、 3)ヒトリンパ球の試験管内刺激条件として、LPS、PWM及びIL-4を用いることにより、IgGヒト型モノクローナル抗体の作製が可能となったこと、の3点が明らかとなった。 |