学位論文要旨



No 213047
著者(漢字) 小暮,敏博
著者(英字)
著者(カナ) コグレ,トシヒロ
標題(和) 高分解能電子顕微鏡による黒雲母の変質過程に関する研究
標題(洋) Investigation of Alteration Processes of Biotite by High Resolution Electron Microscopy
報告番号 213047
報告番号 乙13047
学位授与日 1996.10.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13047号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 村上,隆
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 堀内,弘之
 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 東京大学 講師 小澤,徹
内容要旨

 地球環境のより一層の理解のため、現在地球上に存在する岩石そしてそれを構成する鉱物が、その形成後にどのような変質過程をたどるかを調べることは、地球科学上重要な研究項目である。鉱物の変質過程の原子レベルでの解析には、近年その性能がめざましく向上した透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)による観察が有効と考えられる。本論文では、地殻を構成する主要な造岩鉱物のひとつである黒雲母(biotite、K(Mg,Fe)3Si3AlO10(OH)2)の変質過程の解明をTEMを用いて行った。この黒雲母の変質過程について、1980年代よりTEMを用いたいくつかの研究が報告されているが、未だいくつかの不明確な点が残されている。本研究では局所組成分析機能を兼ね備え、0.2nmの点分解能をもつ高性能TEMを用いて様々な変質段階の黒雲母を観察することにより、その変質過程についてより統一的かつ精細な知見を得ることができた。

 本研究ではまず層状珪酸塩結晶中の金属イオン配列を高分解能TEMで直接観察するためのTEM操作法及び試料作製法について考察し、独特な手法を考案した。これによりTEM像のコントラストが結晶内の金属原子配列に直接対応する、いわゆる"結晶構造像(crystal structure image)"を観察し、雲母の変質過程の解析を進めた。このような原子レベルの高分解能TEM像による鉱物の変質過程の報告の例は極めて少ない。

 次に上記の方法を適用し、ペグマタイト中の部分的に変質した黒雲母のTEM観察を行い、その変質過程について新しい提案を行った。そこではまず層間Kイオンの溶出が起こり次に四、八配位陽イオンが溶出するが、その時点で黒雲母はその構造を失い、構造中のSiO4四面体が残ることにより非晶質シリカが形成される。そしてこの黒雲母の部分的な溶解現象に続き、溶出した八配位陽イオンは、残った黒雲母の層間Kイオンの位置にOHイオンとともに八面体層(brucite層)を形成し、黒雲母結晶中に緑泥石(chlorite,(Mg,Fe,Al)6(Al,Si)4O10(OH)8)層が形成される。この反応は黒雲母の構造の一部が緑泥石にひき継がれる一種の固相間反応ということができる。

 さらにこのような"黒雲母の部分的な溶解→非晶質シリカと黒雲母中の緑泥石層の形成"というメカニズムが黒雲母の変質過程において一般的であるかどうかを調べるため、熱水変質を受けた花崗岩中の黒雲母について、異なる変質段階の試料をTEMを主体に解析を行った。まずほとんど未変質な試料でもすでに黒雲母中に緑泥石層が若干観察され、また最も変質したと考えられる試料では、逆に緑泥石中に黒雲母層はまったく見られなかった。この完全な緑泥石化した結晶中には多くの小角粒界の構造をもつ面欠陥が観察され、その微細構造よりこの緑泥石は前述のような黒雲母から固相反応によって形成されたものではなく、溶液から結晶成長したものと考えられる。さらにこの両試料の中間的な変質段階の試料では、ひとつの結晶粒の中に、黒雲母と緑泥石が混合層となっている領域と黒雲母層を含まず緑泥石のみで形成された領域が結晶方位を異にして共存していることが確認された(図1)。またこの試料のX線回折パターンでは緑泥石のピークがスプリットしており、これはこのような2種類の緑泥石に起因しているとともにこの試料に普遍的に存在することが示唆される。そしてこの混合層中の緑泥石層と緑泥石のみで形成された領域中のそれとでは積層不整や電子線に対する損傷といったいくつかの性質が異なり、さらにその他の二次鉱物との関係よりこれらの2種類の緑泥石層は異なる形成起源をもつと推察される。つまり混合層中の緑泥石は先のペグマタイト中の雲母の観察で述べたような黒雲母からの固相反応で形成され、一方緑泥石のみで形成される領域は、完全に緑泥石化した試料と同様に溶液からの結晶成長により形成されたと考えられる。

図1.変質の途中段階と考えられる黒雲母の高分解能TEM像。図中biは黒雲母、chは緑泥石を示す。領域A(混合層)と領域B(緑泥石のみが存在)は(001)面を共有しながら方位が異なるため、違うコントラストとなっている。

 従来花崗岩中の黒雲母の緑泥石化については、それが黒雲母からの固相反応であるか溶液から結晶成長したものであるかという議論が存在したが、今回の一連の観察より、黒雲母の緑泥石化はその初期段階では固相反応によって一部の黒雲母層が緑泥石層に変わり、黒雲母-緑泥石の混合層を形成するが、ある時点からは黒雲母母結晶の溶解→溶液からの緑泥石の形成という反応が支配的になると結論できる。このような反応過程の変化はおそらく母岩の変質が進むことにより母岩中の空孔率が上がり、鉱物に対する溶液の相対量も上がることによって起こるものと思われる。

 次に本論文では先に述べた完全に緑泥石化した結晶中に見られる小角粒界の構造を高分解能TEMを用いて詳細に調べ、その形成メカニズムについて考察した。このような小角粒界の存在は、鉱物中の溶液の拡散を考察する上で非常に重要と考えられる。本研究では先に述べたような原子レベルのTEM観察によりその微細構造を解明するとともに、それよりこの小角粒界は緑泥石の結晶成長中にひとつの単位層の成長が止まることによってそれに続く単位層が継続的に小角粒界の構造を形成していくモデルを提案した。その成因には緑泥石構造中のbrucite層の性質が関与していると考えられる。また今までの緑泥石に関する報告や他の生成起源の緑泥石をTEMで調べた結果、このような小角粒界構造は緑泥石中にかなり一般的に見いだせるものであると考えられる。

 最後に黒雲母の緑泥石化以外の比較的低温で起こる変質過程であるハイドロバイオタイト(hydrobiotite)への変化についても、今回の高分解能TEM観察により解析を行った。今までこの鉱物のTEM観察は結晶中の水分子の真空への放出により、変質層(vermiculite層)の同定が通常不可能と言われていたが、本研究で用いた高分解能観察ではカリウムイオンのコントラストの有無を調べることにより、変質層の同定が十分可能であることを示すことができた。これにより変質層の形成位置が黒雲母中である程度の規則性をもつことなどが判り、このような手法により今後の研究の進展が期待できると考えられる。

 以上、本研究は高分解能な透過電子顕微鏡を有効に活用し、黒雲母の変質過程、つまりその緑泥石化及びハイドロバイオタイトへの変化を原子レベルで観察し、そのメカニズムについて従来より精細な知見を得ることができた。 (以上)

審査要旨

 本論文は高分解能の透過電子顕微鏡(TEM)を用いて、地殻の主要な造岩鉱物である黒雲母の変質過程を原子レベルのオーダーで研究したものである。

 本論文は全5章からなる。第1章はTEM像の結像理論のレビューと、層状珪酸塩鉱物のシミュレーションと像解釈について述べられている。さらに層状珪酸塩結晶中の金属原子配列を高分解能TEMで直接観察するためのTEM操作法及び試料作製法について考察し、今までにないいくつかの手法を提案していいる。この手法と像解釈により、TEMにおいて、結晶内の金属原子配列に直接対応する、いわゆる結晶構造像が観察可能なことを示し、さらにこれが雲母の変質過程の解析を適用できることを示している。

 第2章ではペグマタイト中の部分的に変質した黒雲母の変質過程について述べている。この変質過程ではまず層間Kイオンが、次に八配位陽イオンが溶出し、黒雲母はその構造を失い、構造中のSiO4四面体が残る。黒雲母結晶の一部にこのようにして、非晶質シリカが形成される。黒雲母の部分的な溶解現象に続き、溶出した八配位陽イオンは、残った黒雲母の層間Kイオンの位置にOHイオンとともに八面体層を形成し、黒雲母結晶中に緑泥石層が形成される。この反応は固相間反応である。

 第3章では熱水変質を受けた花崗岩中の黒雲母について、同様なTEM解析の適用を行っている。中間的な変質段階の試料で、ひとつの結晶粒の中に、黒雲母と緑泥石が混合層となっている領域と黒雲母層を含まず緑泥石のみで形成された領域が結晶方位を異にして共存していることを確認している。この2種類の緑泥石層は内包する欠陥などから異なる形成起源をもつと推察している。すなわち、混合層中の緑泥石は黒雲母からの固相反応で形成され、一方緑泥石のみで形成される領域は溶液からの結晶成長により形成されたと考えている。完全に緑泥石に変化した試料では、その面欠陥の微細構造よりこの緑泥石は溶液から結晶成長したものと考えられ、前述の観察と一致している。

 第4章では完全に緑泥石化した結晶中に見られる小角粒界の構造を調べ、その形成メカニズムについて考察してある。モデルとして、結晶成長中の緑泥石のひとつの単位層の成長が止まることによって、それに続く単位層が継続的に小角粒界の構造を形成していくことを提案している。この成因には緑泥石構造中のブルーサイト層の性質の関与が考えられ、また、その存在は、鉱物中の溶液の拡散にとって重要と考えられる。

 第5章では黒雲母の低温での変質過程であるバーミキュライト化について述べられている。高分解能TEM観察で、珪酸塩層間のカリウムイオンのコントラストの変化により、バーミキュライト化している層の位置の特定が十分可能であることを示している。即ち、黒雲母の珪酸塩層間のカリウムイオンの規則的なコントラストが、バーミキュライト化に伴い消失し、また、この時珪酸塩層では変化がないので、この反応は固相間反応で起こっていると判断できた。

 以上、本論文は地球表層において、顕著な反応である層状珪酸塩鉱物の変質過程について、間接的に調べられていた反応機構を透過電子顕微鏡を用いて原子レベルのオーダーで調べ、反応機構を直接的に提示したという点で、地球表層における鉱物の進化の研究に大きく貢献するものである。なお、本論文第5章は村上隆氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、審査員一同は、本論文が博士(理学)の学位論文としてふさわしいものであり、博士(理学)を授与できると判断した。

UTokyo Repositoryリンク