学位論文要旨



No 213056
著者(漢字) 安,雪暉
著者(英字)
著者(カナ) アン,シェフェイ
標題(和) せん断を受ける鉄筋コンクリートの破壊解析と耐震性能の照査法に関する研究
標題(洋) Failure Analysis and Evaluation of Seismic Performance for Reinforced Concrete in Shear
報告番号 213056
報告番号 乙13056
学位授与日 1996.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13056号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 堀井,秀之
内容要旨

 阪神淡路大震災は,神戸周辺の道路橋及び鉄道橋の橋脚や地下鉄などの地下構造物を含む鉄筋コンクリート構造物に甚大な被害をもたらした。鉄筋コンクリート柱や地下鉄構造物の被害調査によれば,比較的せん断区間-高さ比(細長比)の小さい大規模鉄筋コンクリート橋脚において,明瞭な斜めせん断ひび割れの発生が観察されている。地下構造物における典型的な被害は,斜めせん断ひび割れの発生による中柱の破壊である。せん断モードで被害を受けた柱は上部構造を支持することができないために,この種の破壊は非常に危険であり,輸送能力の確保の観点からも避けなければならない。このような背景の下に,鉄筋コンクリート構造のせん断伝達メカニズムの解明と耐震設計技術の向上に資する知見の蓄積が必要となるのである。

 本研究では,RC構造物のせん断挙動を予測すること及び耐震性能を正確に評価することに主眼を置いている。この目標を達成するためには,寸法効果を念頭に置いたせん断抵抗RC部材の耐力に関する検討が必要であり,任意の配筋条件に適用可能なひび割れを有する鉄筋コンクリートの構成モデルの開発が必要である。そして,RC構造物のせん断耐力と靱性についても研究を進める必要がある。本研究のもう一つの課題は,地中RC構造物の非線形動的応答解析を実施し,今回の地震を契機とした今後の耐震設計の向上に資する知見と経験を得ることである。本研究は5章から構成されており,その内容は以下のように要約される。

 第1章では,本研究の背景について概説し,阪神淡路大震災におけるRC構造物の被害について概観した。過去50年間の土木学会示方書の許容せん断耐力についてみると,当時の設計ではかなり高めの値を与えていたこと及びせん断補強として柱に配置された帯鉄筋量がかなり少ないことが解った。

 第2章では,せん断耐力の寸法効果の考慮し,RC部材のせん断耐力を正確に予測するための有限要素解析モデルを提案している。多くの実験結果において,せん断補強筋がないか或は極めて少ない場合のRC部材の特徴の一つとして寸法効果があることが示されている。補強量が大きい場合には,RC部材の挙動は靭性に富むようになり,十分なせん断補強が施されたRC構造では寸法効果は認められない。そこで,せん断補強量が少ないRC部材を対象に,寸法効果を考慮に入れたひび割れを有するコンクリートの構成モデルを提案した。提案モデルは,主鉄筋からかなり離れた無筋コンクリート部と鉄筋周辺の拘束されたコンクリート部のひび割れモデルをともに含んだものである。すなわち,せん断補強を有しない鉄筋コンクリートの寸法効果は,無筋コンクリート部分(プレーンゾーン)と拘束を受ける鉄筋コンクリート部分(RCゾーン)を区別して取り扱い,両者の特徴を組み合わせることにより表現することとした。

 本研究で提案した鉄筋コンクリート領域の設定を検証するために,特別に設計したはり供試体を作成し実験を行った。このはりは,無筋コンクリートの挙動を検証するために,主鉄筋より下の被り部分を多く取り,無筋コンクリート領域を広くしたものである。また,改良したひび割れコンクリートの構成モデルは,数種類の既往の曲げ-せん断試験の結果によっても検証している。

 第3章では,寸法効果に関する2種類の実験結果を,改良したひび割れコンクリートの構成モデルを組み入れた有限要素解析によって再現している。供試体はそれぞれ,せん断区間-高さ比が1と6のものである。解析結果では,せん断耐力と寸法効果について実験と解析結果での良好な一致が認められ,寸法効果の傾向が的確に表わされた。これは,提案したコンクリートモデルの妥当性を示すものであり,提案している有限素解析手法が,せん断耐力の寸法効果を予測するためにも適用可能であることを示すものである。せん断補強筋を持たないRC部材においてせん断耐力の寸法効果が表れる主たる要因としては,1)破壊エネルギー則によって記述される引張応力-ひずみ軟化,2)補強鉄筋の付着効果,そして,3)ひび割れに沿ったコンクリートのせん断ひずみ軟化 などが指摘されている。そこで,これらの影響を検証するために,有効高さ,コンクリート圧縮強度,鉄筋比及びせん断耐力に対する軸力の影響などをパラメーターとして,系統的な感度解析を行った。解析結果は,土木学会のせん断耐力式とも比較した。

 第4章では,耐震設計を念頭に,RC柱のせん断耐力と靭性を論じている。はじめに,阪神淡路大震災における橋脚のせん断破壊のメカニズムを把握するために,大規模RC柱のせん断破壊を解析した。帯鉄筋比の少ない大規模RC柱を取り扱う上で,帯鉄筋により部分的に拘束されたコンクリートの挙動を記述するために,第2章での提案モデルを用いた。そして,主鉄筋降伏以降のせん断破壊は,有限要素解析によって再現,検討している。

 RC柱の靭性に影響を与える主な要因としては,経験的に主鉄筋比,帯鉄筋比,軸応力,柱のせん断区間-高さ比が知られている。これら各因子の影響程度については,有限要素解析を用いて変数を変化させることにより検討した。また,数種類の実験結果を用いて,有限要素解析の適用範囲の検証も行っている。RC柱のせん断破壊と靭性の照査に対する適用性が検証された本解析手法を用いることにより,簡易な設計式を用いた耐震設計を行い,解析により耐震性能を照査するシステムを確立することができる。解析による照査の結果,設計されたRC柱が要求性能を満足しなかった場合には,簡易な手順に従って再度設計を行うことも容易になるのである。

 第4章のもう一つの目的は,実験結果に基づき簡便な設計式を提案することである。主鉄筋降伏以降のせん断破壊について検討を行い,コンクリートのせん断伝達能力の減少が,RC柱の変形性能に影響を及ぼす主要因であることが解った。コンクリートのせん断伝達能力が減少するメカニズムを解明するために,本研究において約200ケースのRC柱の実験結果を検証した。主鉄筋の降伏以降にせん断により破壊した供試体は53ケース有り,せん断破壊を起こす部分のせん断伝達能力の減少が原因と認められた。これらの実験結果より,コンクリートのせん断伝達能力と靭性率の関係を表わす構成式を簡単な曲線を用いて提案した。提案した構成式を用いた53体のRC柱の靭性率の予測値を実験結果と比較し,簡単な提案式により靭性の程度がおおよそ予測できることが示された。

 第5章では,RC地下構造物の被害と破壊の検討を行っている。地下鉄の2つの地下駅を取り上げ,解析は非線形動的解析を用いて行った。まず,地下駅自体は甚大な被害を被ったものの,それに隣接するトンネル部は被害を免れたケースを取り上げ,駅舎とトンネル部の動的挙動の相違を検討した。また,中柱を有する2層構造の地下駅についても検討を行った。第5章の検討の結果,耐震設計に資する以下のような知見を得ることができた。

 ・有限要素解析コードWCOMD-SJは,地震力作用時の地下構造物の破壊を再現することができ,周辺地盤との連成を考慮した地下RC構造物の安全性の照査に有効である。

 ・阪神淡路大震災において地下RC構造物に実際に作用した地震力のレベルは,被災した構造物が建設された当時の設計地震荷重を上回っていた。構造靭性とエネルギー吸収は,今回の大地震に対しては不十分であり,このことは特に靭性という観点からは最も弱かった中柱において顕著であった。

 ・比較的大きな地盤の上下動が幾つかの地点において観測された。上下動は破壊モードに影響を与えるので,動的解析においては鉛直地震動と水平地震動の組み合わせを考慮することが重要である。

 ・圧縮耐力,せん断耐力及び靭性は,地震作用下の地下構造物の安全性に関して相関がある。構造物(中柱)の靭性は,柱の軸力の増加によって,著しく低下する。せん断破壊に対する耐震性を向上させるためには,帯鉄筋量を増やすことによりせん断耐力を上げることが有効である。主鉄筋量や柱断面を増加させることは,構造全体の靭性という観点からは適当でない。耐震設計においては,全ての部材において主鉄筋比と帯鉄筋比を適当な範囲にすることが極めて重要である。

 ・地盤条件が損傷の程度と構造内の破壊発生位置に大きく影響する。地盤がやわらかいほどせん断による損傷程度は大きくなる。

 ・同じ程度の継続時間と最大加速度を持つ地震であれば,異なる地震において計測された波形であっても同じような動的応答を与える。しかしながら,地震波の特性がどのように地下構造物の応答に影響を与えるかについては,異なる地震波形を用いてさらに解析を行う必要がある。

 最後に,本研究で得られた結果の要約を結論として述べている。

審査要旨

 周辺地盤の動的な変形と,それに連成する鉄筋コンクリート構造の非線形挙動を正確に追跡し,これを基に新設並びに既存構造物の保有耐震性能を総合判定する解析技術の開発は,今日,社会的要請からも緊急を要するものである。特に,阪神淡路大震災での経験から,大型構造物のせん断破壊モードを動的解析において正確に把握することが,構造工学的観点から重要であることが再認識された。鉄筋コンクリート構造物の非線形動的解析法の研究では,鉄筋が平均的に分散配置された面的広がりを有する部材・構造においては,終局破壊までを追跡することができる技術が過去に開発されている。しかし,地震被害の顕著であった橋梁橋脚のように,無筋領域が卓越する比較的鉄筋量の少ない既存構造物では,せん断破壊耐力に及ぼす寸法効果や主鉄筋比の効果が,動的2,3次元解析に正しく反映されるまでには至っていない状況にあった。

 本研究は,鉄筋コンクリート構造のせん断破壊を,無筋および有筋領域を貫通するひび割れの不安定進展現象と捉え,これを数値解析上で再現する計算技術と材料モデルを確立するとともに,既存鉄筋コンクリート構造物の耐震診断法を開発することを目的としている。特に,せん断破壊強度に現れる見かけの寸法効果を動的非線形解析の中で,合理的に再現することに主眼をあてて研究を行い,これに成功している。また,主鉄筋降伏以後にせん断破壊が発生する状況をも再現することが可能となり,従来まで実験的手法のみに依存してきた鉄筋コンクリート部材の靭性評価に,解析的アプローチを初めて開いたものである。本研究は5章から構成されており,その内容は以下のように要約される。

 第1章は序論であり,本研究の背景と阪神淡路大震災で被災した鉄筋コンクリート構造物の破壊の様態について概観している。また,許容せん断応力に関して過去の設計法の変遷を纏め,耐震性能に劣る構造物が建設された技術的背景について考察を加えている。

 第2章では,せん断耐力とその時点での終局変形を精度良く解析するための,有限要素解析モデルの提案を行っている。せん断補強鉄筋が配置されていない柱および梁で,構造寸法が増加することに伴い,せん断強度が低下することが知られている。大型断面部材を多用する道路交通施設では,せん断強度に現れる寸法効果は耐震性能や経済性に決定的な影響を及ぼす。この問題に対して,鉄筋が配置されて付着機構によって引張応力が伝達される有筋領域と,ひび割れ以後の応力伝達が急速に低減する無筋領域とを限界鉄筋比の概念によって分離(ゾーニング)を行い,それぞれの領域で引張軟化曲線と破壊エネルギーを設定する方法を提案している。これによって,鉄筋コンクリート部材中に進展するせん断ひび割れの不安定成長を,合理的に数値解析によって評価できることを示している。これまで,せん断破壊の寸法効果は無筋コンクリートに限定されてきたが,この適用範囲の壁が破られることとなった。

 第3章は,既往の実験的研究の成果を用いて,第2章で提案された数値解析法の精度と適用範囲の検証を行ったものである。そして,実構造物に現れる寸法効果が,1)せん断ひび割れ進展に伴う破壊エネルギーの開放と消費のバランスに依存する要因と,2)鉄筋とコンクリートの付着によって引張力が伝達される機構が,大型実構造物と実験室内での小型構造物とは異なることに依存する要因の2者が存在することを,初めて明確に示すことに成功している。

 第4章では,主鉄筋が曲げ降伏した後にせん断ひび割れが不安定に成長する破壊形態も,解析可能できることを実証している。これは,鉄筋コンクリート断面が曲げ降伏したのちに靭性を喪失する限界変形を,数値解析によって予測できることを意味している。これは,主鉄筋降伏以後の高非線形領域でのエネルギー吸収能力と,崩壊に関する限界状態の評価に貢献するものとして,高く評価される。従来まで,主鉄筋降伏以後のせん断破壊には不明な点が多く,実設計においてはこれを十分に考慮するに至っていない。したがって,安全余裕を大きく採用した靭性評価式を用いて設計を行っているのが現状である。また,この領域での解析的検討は過去に例を見ない。

 第5章は,開発された動的非線形解析法を用いて,阪神淡路大震災で崩壊した地下構造物の耐震性能照査に応用した事例を提供している。特に,中間柱のせん断破壊が全体構造系の崩壊をもたらしたこと,主鉄筋量を減じることで構造耐震性能を高めることができることを示している。これらの解析結果は,既存地中鉄筋コンクリート構造の耐震性能の評価のみならず,耐震補強法に有益な情報を提供するものである。

 第6章は結論であって,研究成果を概括している。

 本研究は,せん断卓越型の破壊形態を呈する多数の既存鉄筋コンクリート構造物の耐震性能評価法を提供するものであり,工学的価値の高いものであるとともに,これまで解析的に捕らえることの出来なかったせん断破壊の寸法効果を解明できた点で,学術的に独創性の高いものである。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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