学位論文要旨



No 213057
著者(漢字) 川合,廣樹
著者(英字)
著者(カナ) カワイ,ヒロキ
標題(和) システム構造体における構法計画論
標題(洋)
報告番号 213057
報告番号 乙13057
学位授与日 1996.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13057号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨

 建築空間を支え、維持してゆく機能を持つ建築の部位が建築構造(STRUCTURES)であり、人間生活のために必要な総合人工環境空間である建築(ARCHITECTURE)の成立と併せて建築構造物もまたその時代の要求とそれに答えるべき技術によって人間社会の進歩にあわせて淘汰され、進化してきた。建築構法計画は一般的に,建築の構成材にいかなる性格と性能を付与すべきか、構成材によって構成される建築にいかなる機能を実現させるか,そのためにいかなる構成をすべきかを扱う分野とされ、そのような視点から「部品化建築論」をはじめ多くの研究がなされてきた。

 これまで建築構造物に関するこの分野の研究の多くは建築に付加される部位(BUILDING ELEMENT)に関してなされてきており、構造物についての構法計画に関する研究の事例はあまり見ない。「もの」としての建築構造の研究は主として構造の安全に関する研究が主で、構造体の構成材、構成方法などについての研究即ち構造の構法研究は、鉄筋コンクリート構造、プレストレストコンクリート構造、鉄骨構造あるいは鉄骨鉄筋コンクリート構造及び複合構造に関しての性能あるいは生産方法についての研究が見られるものの、それらの構法計画の研究は多くを見ない。本論は、建築構造体の構法計画を開発、設計の面からとらえ、建築構造体がシステム化されるべきこと、システム化された構造体「システム構造体」については、良構造問題(WELL-STRUCTURED PROBLEM)としての工学的設計がなされ得ることを事例で示し、その方法を提案している。即ちシステム化された構造の構成材のあり方、構成方法を扱う「構法計画の開発段階」では要求性能を記述したベクトル{FR}(FUNCTIONAL REQUIREMENT)に対し実現案の実体を記述したベクトル{DP}(DESIGN PARAMETER)を連関づける論理が存在すると考える立場に立って構法計画を考える。ここで言う{FR}は開発段階にあっては多段的なもので、開発目標に関する事項から詳細設計に至るまで多岐にわたる。{DP}は複数存在し諸条件に適合し最適な解として選定される。構造体の構法計画は開発段階から成熟の度合いに応じて運用の段階及び他のシステムとの比較における選択の段階の3段階に分けられる。いずれの段階も構法計画における設計解の決定はいわゆる曖昧領域における意志決定であり、一般的には悪構造問題(ILL-STRUCTURED PROBLEM)とされている。システム化された構造体における工学的設計解は厳密解から最適解へ、いわゆる実用の範囲での多段的意志決定の集合にある。設計における多段的意志決定のために、最近の情報処理の高度化にともなって様々な方法が開発され実用化されている。

 本論ではこれらの方法のうちAHP(ANALYTIC HIERARCHY PROCESS)を適用して構法開発における意志決定過程を示す。構法計画は、システムの設計段階である構法開発の段階からシステムの適用である自動設計と開発を伴うシステムの運用段階及びシステムが自動設計化され最適システムを選ぶ段階の構法選択段階へと進化してゆく。

 本論では、システム構造体は建築の無柱大空間を支えるシステムトラスと多層の建築空間を支えるシステム構造体によって構成されると考える。とくに、システムトラスは現状、構法計画の成熟化段階にあり、構法選択の段階に達しているとする。システムトラスにおいてはシステム化された部品の構造、接合方法、構成された構造体の性能についての確かな論理構造が成立しており、設計要求の問題に対して最良の設計解を選択する論理があり、方法が確立されると考える。構法開発の成熟した「NSトラス」について構法の設計段階の経緯と運用の実際を示し構法計画の方法を実例で示す。

審査要旨

 本論文は「システム構造体における構法計画論」と題し、5章より成る。

 第1章「序論」では本論文の背景及び目的を明らかにしている。具体的には、建築空間の構成方法の歴史的な変化を概括した後、現代において構造体をシステムとして捉えること、そしてそのシステムが互換性、普遍性、可変性を有するべきことを論じ、そうした要件を備えた「システム構造体」の構法計画の方法論を構築することが本論文の目的であることが述べられている。更に、そうしたシステム構造体の構法計画にとって重要な概念として「部品化建築」、「設計の原理」、「意志決定問題」の三つを取り上げ、既往の研究成果を吟味しながら、それらを本論文の主題にどの様に関連付けるべきかを論じている。

 第2章「構法計画と意志決定」では、構法計画を(1)構法の開発、(2)構法の運用、(3)構法の選択の三つの段階に分けて捉えるべきことを述べた上で、構法の開発段階における意志決定法について論じている。先ず、現実の構法の開発が一般に曖昧領域における意志決定であり、情報処理的に「悪構造問題」の側面が強いことを指摘した上で、設計行為を設計対象の機能的要求と設計変数の間の写像関係を構築する行為と見なすN.P.スーの設計の原理を採用することで、これを良構造問題として扱う方法が示されている。そして次に、この写像関係の相関を論理的に実行する方法として、ベイズ行動、ファジー推論、ニューラルネットワーク、AHPの4つの方法を比較した上で、AHPが本論文の問題に最もふさわしい方法であるとして、これを本論文で適用することが述べられている。

 第3章「開発と設計」では、システム構造体の代表的な例であるシステムトラスとシステムフレームの開発に、第2章で立案された構法の開発方法を適用し、その詳細な手続きを明らかにするとともに、有効性を検証している。具体的にはシステム構造体の構法開発の意思決定が、素材の選定、部材の選定、接合部の選定、接合機構の選定から成ることを示し、素材の選定を取り上げ、機能的要求項目を抽出し、複数の設計上の選択技の優劣をAHPにより評価する方法が示されている。そして、この適用の結果、機能的要求項目の階層構造を決定する方法を補う必要が確認され、その方法としてISM(構造化モデリング)を応用することが提案されている。本章の後半では、著者がシステム構造体として開発したシステムトラス「NSトラス」とシステムフレーム「NSBシステム」の開発経緯を述べた後、本章前半で構築した開発方法の適用性を論じている。

 第4章「システムトラスの開発」では、システム構造体のうち大スパン建築を実現するためのシステムトラスの開発について、前章で述べた構法の開発方法の適用を前提とした検討を行い、更に開発された構法の運用法について「NSトラス」を例に詳細に論じている。具体的には、接合機構の選定に関して6種類の異なる代替案を提示し、設計上の機能的要求との対応関係の比較に基づき、一つの設計解に到着する経緯が明らかにされている。更にシステム構造体の構法開発の詳細が「NSトラス」を例にとる形で、ノードの設計、トラス部分の設計の順に各種の解析、実験結果の評価に基づきながら示されている。

 第5章「結論」では、前章までに構築、検証された内容がシステム構造体の構法計画法としてまとめられている。

 以上、本輪文は、今日の様々な社会的な要請に応える構造体の要件を整理した上で、その実現手法として「システム構造体」概念を提示し、それを具体化する構法計画の方法論を理論的に構築し、更にその適用性を実践的に立証したものであり、建築学の発展に寄与するところが大きいものと評価できる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク