科学技術が進歩する過程に細分化と総合化の2つの方向があり、両者が相互に均衡のある連携を持ち合うことが望まれる。そして、現代の科学技術が医学、宇宙開発、工業デザイン、建築などで、ある総合的な目的を遂行する時、それぞれに細分化し、高度に進んだ各種専門分野の基礎技術を支えとし、それらを総合的に結集して成果を上げている。 本論文は、機械工学、電気工学、土木工学、建築工学、人間工学、環境工学など各種技術の総合の典型ともいえる交通機関の鉄道を対象とし、その鉄道施設の構造計画の進め方について論ずるものである。 一般的に、いくつかの専門分野を結集して総合的な成果を求めようとする場合、大別して次の2つの方法が採られることが多い。 A.細分化した各々の技術に役割分担をさせ、集積して成果物とする。(分業の集積) B.細分化している技術の類似するものを再び融合させ、長所を活かし、新しいものを造る。(融合による相乗効果) いずれの方法でも、各分野は、教育、行政、学会、業界などを包含する自己完結型の体系と主張を持っており、実績と自信に満ちているので、相互理解と調整が不可欠である。 本論文の主題とした「土木」と「建築」は、歴史を遡れば、同じ分野の技術でり、古墳、ピラミッド、万里の長城、エッフェル塔などには、両者の分化は感じとれない。 現代でも、日本のような区分は稀少な例であり、極く近い工学系であるにもかかわらず、両者の間では、共通の目的を意識した協調関係は意外に少なく、両者の関わり方を論じる場や文献も稀である。 鉄道の初期の段階、すなわち地平の線路と地平の駅舎という単純機能の併列設置の時代には、Aの手法で充分な成果が得られていたが、鉄道と都市が互に発展し、交通手段も多様化するにしたがい、鉄道は地下に高架にと高さと位置を変え、駅自体も、地下駅、高架駅、橋上駅とその形態を変化させながら、都市の核施設となって、機能も複雑化した。 すなわち、a)列車の走行を支える線路を支える構造物,b)旅客と市民が流動し、滞留する駅空間,の2つの機能を同時に満たす新しい構造体が必要となった。 これに対し、主として高架駅、地下駅の構造を担当した土木技術は、安全性と経済性を最大の目的とし、地盤条件の変化や列車、風、水などの繰返し荷重、長年の材料の疲労、劣化等について、永久構造物を造ることに特性を発揮する反面、完成した構造物の造形的な配慮や人間の利用する空間としての駅の機能の理解は充分ではなかた。 一方、地平の駅舎や橋上駅を担当した建築技術は、割当てられた対象の造形的な完成と旅客の流動、滞留の場の設定には特性を発揮するが、鉄道の敷設、都市との連がりなど駅を大きく把える構想力と土木構造物への理解は不充分であった。 両技術を推進する学界、業界、行政、その他も、主として公共的な工事となる土木と、民需を中心とする建築は、設計・施工の技術基準も体制も独自のものとなっており、各々の中でも構造材料などで細分化され、対象の施設が必要とする構造体を総合的に考える習性は乏しく、新しい提案はその必要に迫られる当事者が発せざるを得ない。 このように、細分化し、独立していく異分野の力を再結集しようとするにあたり、一般的にも、次の4つの原則が重要であると考える。 (1) 目的物の最終の姿を洞察し、その全体像を総合的に捉える。 (2) 既成分野の分業では達成できない共通の新しい目的物であることを相互に認識する。 (3) 異分野間で率直に主張し合い、長所を認め合う相互理解と相互浸透を繰り返す。 (4) 成果物は相互の功績であり、独占性を排し、謙虚な公開性のもとに協調する。 本論文はこれらの原則の上に立って新しい構造体を論じるため、およそ以下の順序で提案をし検証している。 (a)鉄道と駅は、発展する都市のなかで、その形態をどのように変化させてきたか。 (b)駅に求められる機能、性能はどのようなものか。 (c)それは一般の建造物と何がどのように違うか。 (d)従来の構造計画はどのようになされたか。 (e)駅の施設構造計画上、土木と建築の違いは何か、歴史的にみればどうか。 (f)再融合の考え方は、何故どのような目的で必要か。 (g)再融合はどのように行われるべきか。 (h)裏付けとなる理論、検証例はどうか。 (i)実施例は理想をどこまで実現できたか。 (j)兵庫県南部地震からどのような教訓を得たか。 (k)今後、この考え方はどのように活かされるべきか。 具体的な構造計画事例として採り上げた鉄道施設の構造体は次のようなものである。 (a)従来の地下鉄の駅より格段に深い位置に長い列車が入り、大量の旅客の流動スペースや防災施設のスペースなど、従来のボックスラーメンにかわる全く新しい多層空間の構造体。 (b)それまでの高架駅より1段と高い位置を通り、高架下、線路上空の利用にも充分な需要があって、従来の鉄筋コンクリート造高架駅では獲得できなかった豊かな連続した空間と耐震上もねばりのある多層多スパンの構造体。 (c)鋼材価格の異常高騰の中で、通常の鉄骨鉄筋コンクリート造などに替って、経済的に短い工期で完成させることができる大荷重、多層の物流ビルの新たな構造体。 (d)貴重な都市空間の中でインフラストラクチャーを創る開発技術としての線路上空利用と大深度地下利用の構造体。 (e)兵庫県南部地震によって多くのインフラストラクチャーが損傷したが、耐震設計の観点からは従来とはちがった靭性重視の構造体。 前記の原則を踏まえてこれらの各事例を分析すると、通常の土木構造物は、地盤、荷重、気象など外的条件が激しく変化することに耐えるため、力学的に明解な静定構造を基本とする形状と単位に分割され、強度型で設計されていた。 他方、地震荷重が圧倒的な支配荷重で、地震による損傷、崩壊の繰り返しから成長した建築構造物は、不静定構造がほとんどであり、地震エネルギーを吸収出来る靭性と変形能力を追求する方向に進んでいる。 両者の長所を活かし、短所を補いながら、各具体例について構造技術の再融合を進めていき、途中の試行錯誤を経て以下のような新しい構造体に収斂していった。 (a)地下駅は、土圧に耐える連続地中壁で鉄骨造多層ラーメンを包む形状とし、軸力不足の懸念される柱材は鋼管柱にコンクリートを充填した。 (b)新幹線の駅部高架構造を鉄骨鉄筋コンクリート造とすることによって、これまでのスパンを50%以上拡大し、エキスパンションジョイントを大幅に減少させ、大きな空間とより靭性の高い構造体とした。地盤条件の許す限り多層の連続ラーメンとする耐震上の効果は、試算によっても、実際の地震の経験でも確かめられている。 (c)多層物流ビルに大型のプレストレストコンクリート構造を採用し、柱、梁、床版の製作から施工手順、工期等に土木で蓄積された技術を導入した。 (d)線路上空利用と大深度地下利用は一部に実施例があるが、従前の土木と建築の分離した構造体の設計から両者を一体とした達成解析の手法が開発され、線路直上を超大スパンで跨ぐメガストラクチャーや大深度地下のインフラストラクチャーは技術的には実現可能な段階に来ている。 (e)兵庫県南部地震で被害を受けた鉄道施設は設計時点の古いものが殆どであるが、本論文の提唱する「静定から不静定へ」「靭性を高め、エネルギー吸収を」が妥当であったことを例証することとなった。 構造計画上の再融合の考え方は構造形体、構造形式、構造材料、の範疇にとどまるものではなく、鉄道施設の安全性を中心とする構造計画の基本理念にも敷延すべき一般特性を持っている。再融合はまた、再分化を防げるものではなく、その繰り返しが技術の進歩を促進する原動力である。 本論文の再融合の提案は、単なる構造計画上のテクニックを持ち寄ることではなく、細分科されすぎた科学の専門分野が、目的のために結集され、それぞれの技術のセクショナリズムから脱却し、相互に謙虚な姿勢で技術の原点に立ち帰って協力すべきことを強調したものであって、現代の科学技術や社会の諸問題の解決に有用な一種の哲学ともなりうるものと考える。 |