学位論文要旨



No 213061
著者(漢字) 茨木,久
著者(英字)
著者(カナ) イバラキ,ヒサシ
標題(和) 視覚特性とシステム構成条件を考慮した画像符号化方式の研究
標題(洋)
報告番号 213061
報告番号 乙13061
学位授与日 1996.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13061号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 金子,正秀
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 1988年に開始されたISDNサービスなどの高速のディジタル伝送技術の進展により,各種のマルチメディア通信サービスが現実のものとなってきている.特に高度情報化社会の進展にともない,ファクシミリ,印刷画像伝送やテレビ電話,テレビ会議などのエンド・エンド形通信,ビデオテックスやビデオオンデマンドなどのセンタ・エンド形通信など,各種多様な画像情報を利用するマルチメディア通信サービスが開発されている.その中でも画像情報の利用形態は,急速に多様化,高度化されつつあり,さらに高品質な画像伝送の要求が高まっている.また,LSI技術の進展によるハードウェアの小型化,低コスト化やCPUの高速化により,複雑な処理を必要とする高機能なシステムが実現可能となり実用化に拍車がかかっている.

 画像通信ではその用途により,静止画像や動画像,低精細画像や高精細画像,2値画像や自然画像などの画像の種類や内容,画像信号の入出力条件が多岐にわたり,そのため符号化方式及びそれらを利用したシステム構成に対する要求条件も多様になる.一方,近年のオフィスオートメーションの進展により,ファクシミリ,ワードプロセッサ,パーソナルコンピュータやワークステーションなどの各種機器の上で画像情報が扱われるようになり,このような各種の機器間での画像情報の相互交換が必要になってきている.これらのことから,今後の多様なシステム展開を効率的に,また経済的に行うためには,符号化方式及びそれらを利用したシステム構成技術も個々の目的に特化したものを個別に用意するのではなく共通的な技術を利用できることが望ましい.これら符号化方式及びそれらを利用したシステム構成技術を多様な目的に適用するためには,各種の目的ごとに要求される多くの条件を考慮した検討が必要である.

 本研究は前述のような課題に対して,今後,多様化,高度化する画像情報の利用形態において汎用的に利用可能となる符号化方式及びそれらを利用したシステム構成技術の開発を狙いとし,特に品質や符号量の面で重要度の高い量子化制御及び符号化制御方法と,最近急速に利用が活発化している無線伝送路においても画像通信システムを利用可能とすることを目的とした誤り耐性の高い伝送方法などに関して重点をおき検討したものである.

 本論文では,第1章において本研究の背景,目的,概要について述べる.

 第2章では,量子化器の構成に関する基本的な検討として,ラプラス分布をなす信号に対する量子化器の構成法について検討した結果を述べる.一般にDPCMなどの予測誤差信号は無記憶なラプラス分布に近い分布を示すことが報告されている.本章では,この様な分布をなす信号に対する最適な量子化器の近似解を導出することにより,信号分布の分散などから量子化しきい値,量子化代表値が数値演算的に導出でき,かつその量子化代表値に対する可変長符号も構造的に構成できる汎用的な量子化器の構成法を明らかにし,その特性ならびにDPCMへの適用方法について述べる.

 第3章では,現在,多くの画像符号化方式において基本アルゴリズムとして利用されている離散余弦変換(DCT:Discrete Cosine Transform)を取り上げ,各種アプリケーションに汎用的に利用可能となるDCT係数に対する量子化器の構成法について提案・評価している.具体的には,視覚の空間周波数特性を画像の精細度(解像度),視距離などをパラメータとして表現し,DCT係数をこの空間周波数特性で重み付けすることで各DCT係数位置ごとの量子化ステップサイズを求める方法である.本構成法では画像の精細度(解像度),視距離などをパラメータ化しているため,画像の入出力条件が異なるアプリケーションに対しても整合するDCT係数の量子化器を数値演算で求め,構成することが可能となる.本章では,本構成法を静止画像のDCT符号化に適用した場合の特性などについても述べる.

 第4章では,第3章における空間方向の量子化制御の適応化を踏まえ,さらに動画像符号化における動き情報を考慮した場合の符号化制御方法について検討した結果を述べる.動画像情報は膨大であるため,ISDNを利用する場合は,量子化器の制御のみでは動画像情報のすべてのフレームを符号化することは困難となりフレーム落としが発生する.そのため,量子化器の制御とフレーム落としを適応的に行う符号化制御が必要となる.従来の符号化制御は,テレビ会議/電話などの比較的に動きの少ない人物像を前提に検討されているものが多いが,本章では,ISDNを利用したビデオオンデマンドなどを想定し,さらに動きの多い各種動画像情報に対する符号化制御法について検討し,トレードオフの関係にある各1フレーム毎の品質/動きの品質を制御するために必要となるパラメータと,その制御方法について検討している.

 第5章では,第2章から第4章で検討した量子化制御及び符号化制御方法とともに,画像情報を利用したシステムの展開上のもう1つの重要な課題である,最近急速に利用が活発化している無線伝送路における画像通信システムの構成課題について検討した結果について述べる.符号化されたデータ系列に誤りが混入した場合には,画品質の劣化が発生し,フレーム間符号化された動画像の場合にはさらにその劣化が次のフレームへ伝搬し大きな画品質劣化を引き起こすこととなる.無線伝送路では,フェージング誤りなどの影響によるバースト的な誤りが多発し,伝送品質を表すビット誤り率が10-3にも低下する場合が発生するが,従来の画像符号化方式及び伝送方式では,このような大きな伝送品質劣化を想定したものとなっていない.本章では,マルチメディア情報を伝送できるディジタル無線伝送路として期待が高まっているパーソナルハンディホンシステム(PHS:Personal Handy phone System)の利用を想定した画像通信システムの実現を狙い,PHSの伝送誤り特性を明らかにするとともに画像符号化に対する誤りの影響を解析し,誤り耐性の高い伝送技術について検討している.

 第6章では,本研究の第4章,第5章で得られた技術を用いて検討したシステム構成法について述べる.画像通信システムの構築にあたっては画像符号化方式や伝送方式以外に,経済性,汎用性を向上させるためのハードウェア/ソフトウェアモジュールの構成,マルチメディア情報の多重分離方式,通信プロトコル,さらには画像入出力ヒューマンインタフェース設計などの技術検討が必要である.本章では,これらの技術課題について検討し,得られた汎用性の高いシステム構成法について述べ,さらにプロトタイプ試作により明らかにした特性について述べる.

 最後に,第7章において本研究のまとめと結論を述べる.

 本研究では,多様化するネットワーク,画像の内容・種別,利用形態などに適応するための符号化技術及び伝送技術について検討しており,符号化技術に関しては,分散などの画像信号統計量に適応できる汎用的な量子化及び可変長符号化の構造的生成法,画像精細度(解像度)や視距離などの条件に適応できるDCT量子化器の設計法,動きの激しさの変化に適応できる動画像符号化制御法について検討し,その特性を明らかにした.その結果,静止画像,動画像などの異なる画像の種類,さらには精細度(解像度)などの異なる画像に対しても画品質の向上を実現しつつ汎用的に適用できる量子化制御及び符号化制御方法を実現することが可能となった.伝送技術に関しては,PHSなどの伝送ビット誤り率が10-3にも低下するディジタル無線伝送路でも利用できる画像通信システムの構築を狙い,伝送誤りが画像符号化に与える影響を解析し伝送誤りに対する耐性検討の指針を示すとともに,低品質の伝送路や伝送品質が時変動する伝送路においても品質の良い画像通信が実現できる伝送技術を実現した.さらに,これらの技術を用いた端末システムの構成法についても検討し,これら技術を利用することで主観評価値,伝送効率の改善を得られることを示し,また,ハードウェアなどのモジュール化を進めることで,経済化,小型化の見通しを得ることができ,従来に比べ約50%の装置コスト,装置規模の削減が可能となった.これらの技術は現在,実際の商用機に適用され,既に数千台の端末装置で利用されるに至っている.

審査要旨

 本論文は,「視覚特性とシステム構成条件を考慮した画像符号化方式の研究」と題し,多様化,高度化する画像情報の利用形態において汎用的に用いられる符号化方式及びそれらを利用したシステム構成技術の開発を目的として,品質や符号量の面で重要度が高い量子化制御及び符号化制御方法と急速に利用が活発化している無線伝送路においても画像通信を可能とするための誤り耐性の高い伝送方法に関して行った一連の研究を纏めたもので,7章よりなっている。

 第1章は「序論」で,本研究の背景について述べ,本研究の目的を明らかにすると共に,本論文の構成について述べている。

 第2章「ラプラス分布をなす信号の量子化および符号化」では,量子化器の構成に関する基本的な問題として,ラプラス分布をなす信号に対する量子化器の構成法について論じている。一般にDPCMなどの予測誤差信号はラプラス分布に近い分布を示すが,この様な分布をなす信号に対する最適な量子化器の近似解を導出することにより,信号分布の分散などから量子化しきい値,量子化代表値が数値演算的に導出でき,かつ,その量子化代表値に対する可変長符号化も構造的に構成できる汎用的な量子化器の構成法を明らかにし,その特性ならびにDPCMへの適用方法について述べている。

 第3章「視覚特性を用いた量子化器の設計法」では,多くの画像符号化方式において基本アルゴリズムとして利用されている離散余弦変換(DCT:Discrete Cosine Transform)について,各種の応用に対して汎用的に利用可能なDCT係数に対する量子化器の構成法を提案し,評価している。具体的には,視覚の空間周波数特性を画像の精細度(解像度),視距離などをパラメータして表現し,DCT係数をこの空間周波数特性で重み付けすることにより各DCT係数位置ごとの量子化ステップサイズを求める方法を提案し,静止画像のDCT符号化に適用した場合の特性について述べている。

 第4章「動的符号化における符号化制御方法」では,動画像符号化における動き情報を考慮した場合の符号化制御方法について検討している。動画像情報は膨大であるため,量子化器の制御のみでは,動画像情報のすべてのフレームを符号化することは困難でありフレーム落としが発生し,量子化器の制御とフレーム落としを適応的に行う符号化制御が必要となる。ISDNを利用したビデオオンデマンドなどの動きの多い各種動画像情報を想定し,トレードオフの関係にある各1フレーム毎の品質と動きの品質を制御するために必要となるパラメータとその制御方法について検討している。

 第5章「伝送誤りに対する画像符号化品質の劣化防止技術」では,最近急速に利用が活発化している無線伝送路における画像通信システムの構成について検討している。無線伝送路では,フェージング誤りなどの影響によるバースト的な誤りが多発し,ビット誤り率が10-3にも低下する場合が生ずるが,フレーム間符号化された動画像の場合には,伝送誤りにより画像の劣化が次のフレームへ伝搬し大きな画品質劣化を引き起こすこととなる。マルチメディア情報を伝送できるディジタル無線伝送路として期待が高まっているパーソナルハンディホンシステム(PHS:Personal Handy phone System)の利用を想定した画像通信システムの実現を目的として,PHSの伝送誤り特性を明らかにするとともに画像符号化に対する誤りの影響を解析し,誤り耐性の高い伝送技術について検討している。

 第6章「オーディオビジュアル端末の設計方法」では,第4章,第5章で得られた技術を用いて検討したシステム構成法について述べている。画像通信システムの構築にあたって,画像符号化方式や伝送方式以外に,経済性,汎用性を向上させるためのハードウェア/ソフトウェアモジュールの構成,マルチメディア情報の多重分離方式,通信プロトコル,画像入出力ヒューマンインタフェース設計などの技術課題について検討し,得られた汎用性の高いシステム構成法について述べ,プロトタイプ試作により明らかにした特性について述べている。

 第7章は,「結論」であって本研究の成果を纒めている。

 以上これを要するに,本論文は多様化するネットワーク,画像の内容・種別,利用形態などに適応するための符号化技術及び伝送技術について,画像信号統計量に適応できる量子化及び可変長符号化の構造的生成法,画像の解像度や視距離などの条件に適応できるDCT量子化器の設計法,動きの激しさの変化に適応できる動画像符号化制御法,低品質の伝送路や伝送品質が変動するディジタル無線伝送路における伝送技術を提案し,端末装置として実現する等,画像通信技術の進展に寄与するところが多大であり,電気・電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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