学位論文要旨



No 213062
著者(漢字) 後藤,聡志
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,サトシ
標題(和) Y系酸化物高温超伝導体の磁化特性と磁束挙動
標題(洋)
報告番号 213062
報告番号 乙13062
学位授与日 1996.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13062号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
内容要旨

 酸化物高温超伝導体の発見以後、実用上最も重要な特性である臨界電流密度Jcの測定が各所で行なわれたが、当初は実用に必要な値の3桁程度も低いという結果が大半であった。焼結体試料や銀シースを用いた線材などでJcが低いのは結晶粒界が超伝導の弱結合となっているのが大きな原因の一つであるが、このような弱結合の問題は結晶組織のプロセス制御で解決できるようになった。磁束ピン止め点の導入が同時に実現でき、Jcを向上させる組織制御方法の一つとして近年、溶融プロセスが広く研究されている。溶融プロセスによる組織制御によりY系酸化物超伝導体の弱結合が除去され、また常伝導介在物である211相の微細分散によるJcの向上が可能であることが明らかになった。このような溶融法を用いた試料はJcが高いことに加えてバルクの状態で利用が可能となる。バルク状での応用を考えた場合、磁場や磁化過程によって異なった磁性を利用することができる。ピン止め力が強いと高い外部磁場に対しても磁束侵入を妨げ反磁性の性質を示し、一旦侵入した磁束は逆に強く試料内に捕捉され、その磁束が強磁性的な性質を示す。このようにバルク状で使われるときは、通常の磁性材料と同じくJcばかりでなくバルクとしての巨視的な磁気特性とその均一性が重要となる。したがって試料の磁化特性や磁場中での試料内部の巨視的な磁束密度の変化や動的挙動を知ることは、Jc向上のための解析手段になるばかりでなく、製品の用途にあった材料開発や製品の適当な形状を決定するうえで極めて重要なことである。

 そこで本論文では、まず溶融法で合成されたY-Ba-Cu-O系酸化物高温超伝導体を中心に磁化特性を詳細に調査し、溶融法合成試料が焼結体試料に比べて高い磁束ピン止め力を有し、捕捉された磁束が強磁性の性質を示してバルク状で強い永久磁石になることを示した。次に、縞状磁区構造を有する鉄ガーネット薄膜を用いると、フェラデー効果によって超伝導試料内の磁束挙動や磁束密度分布をコントラスト良く、容易に観察できることを新たに見いだし、この方法を用いた磁束挙動観察装置を設計、作製した。そして種々の高温超伝導試料の動的磁束挙動を観察して、通常のマクロな磁化測定結果との関係をまとめた。

1.磁化特性

 (1)溶融法合成YBa2Cu3Ox(YBCO)バルク試料の直流磁化特性は、ピン止め力の強い第2種超伝導体の臨界状態モデルによく当てはまり、臨界状態モデルにしたがって見積もったJcは温度77K、10kOeの磁場中で1×104A/cm2以上である。また交流磁化率の測定から結晶粒界に超伝導の弱結合がないことが、磁束クリープの測定から、常伝導211相介在物がピン止めポテンシャルを向上させ、臨界電流密度向上に大きくき寄与していることがわかった。

 (2)磁束ピン止め力の強い溶融法合成YBCOは磁束を捕捉させると永久磁石の性質を示し、5Kで100MGOe以上の最大エネルギー積を有する。これは現在最高特性を有するNd-Fe-B磁石の特性をはるかに上回るものであり、従来の金属系超伝導材料では実現できなかったバルク状超伝導永久磁石の可能性が極めて高いことを示す。また磁場中冷却時の印加磁場の大きさを変えることにより永久磁石特性を制御することができる。これはピン止め力の強いバルク状超伝導材料に特徴的な性質であるが、溶融法合成YBCO試料で実現できることを実証した。

2.磁気光学効果を用いた磁束挙動観察装置

 超伝導体試料内部の磁束密度変化を鉄ガーネット薄膜の縞状磁区模様の動きに転写し、その様子をファラデー効果を使って偏光顕微鏡で観察する方法を新たに提案し、その観察装置を設計、作製した。垂直磁化を持つ鉄ガーネット薄膜は縞状磁区構造を有し、フェラデー効果によって偏光顕微鏡で観察することができる。この膜に垂直に磁場を印加すると磁区幅が変化し、逆に磁区幅から磁場の値を見積もることができる。超伝導体試料上にこの薄膜を密接させて外部磁場を変化させると、試料内の磁束密度変化を反映した磁区幅の変化が偏光顕微鏡で極めて明瞭に、しかも簡単に観察できるため、この方法をHICOM(High Contrast Observation Method for Magnetic Flux Density)と名付けている。本観察法の最大の特徴は縞状磁区構造を有する鉄ガーネット薄膜を使用することにあり、これによって得られる利点は以下の通りである。

 (1)8〜300Kの広い温度範囲で観察可能である。鉄ガーネットの組成を適当に選ぶことにより薄膜の保磁力を小さくすることができるので、広い温度範囲で連続的な観察が可能となる。したがって高い臨界温度を持つ高温超伝導体の磁束挙動の観察に好都合である。

 (2)鉄ガーネット薄膜の縞状磁区幅から試料内の磁束密度を見積もることができ、2次元的な磁束密度分布のその場観察と定量的な解析ができる。これによって高温超伝導体試料への磁束の侵入や捕捉の状況、ピン止め中心と磁束の運動の関係などを試料全体に渡って直接調べることができる。

 (3)コントラストの高い縞状磁区模様を観察するので画像が明瞭であり、特別な画像解析装置を用いなくとも、直接肉眼で磁束挙動を確認することができる。

 以上のように本HICOMの最大の利点はEu系化合物薄膜を用いた従来の方法に比べて、高温まで使用でき、高温超伝導体の高い臨界温度まで観察可能な点にある。したがって、工業的には液体窒素温度程度の冷却で、高温超伝導体試料の磁気的な均質性の評価装置あるいは検査装置として応用できる。

3.Y-Ba-Cu-O系超伝導体の動的磁束挙動の観察

 鉄ガーネット薄膜の縞状磁区模様に試料内の磁束挙動を転写し、種々の方法で作製されたYBCOの動的磁束挙動を観察して以下のことを明らかにした。

 (1)溶融法合成バルク試料の場合、10Kでは下部臨界磁場HC1を越えると磁束が極めて少しずつ試料周囲全体から一様に侵入し始め、侵入した磁束フロントは試料外縁に平行である。これは磁束ピン止めに寄与する常伝導211相介在物が均一に微細分散していることによる。

 (2)溶融法合成の直方体試料で、磁束侵入後の試料端部から磁束フロントまでの距離の違いから、Jcの異方性はc軸に平行な方向と垂直な方向でおよそ1:3と測定され、マクロな磁化測定から得られる値とよい一致をみた。

 (3)常伝導211相介在物の分散が不均一な溶融法合成試料では、211相の密度の高い領域で磁束ピン止め力が強くなっており、211相のピン止めに対する寄与が実証された。

 (4)溶融法合成試料では不可避的な欠陥場所(ab面に平行なクラック)を除いて、磁束侵入や捕捉された磁束密度分布から試料全体で臨界状態がよく成立していることが確認できた。

 (5)焼結体試料の場合、10Kの低温では結晶粒界の弱結合部分からの磁束侵入と、試料全体で磁束勾配をもつ臨界状態に従う磁束侵入が同時に観察された。77Kでは試料全体で臨界状態が成立しなくなり、試料全域からの一様な磁束侵入がおきていることが確認された。

 (6)薄膜試料では膜面に垂直に磁場が印加されたとき、磁束挙動は臨界状態に従う。しかしながら、膜面内の磁束プロフィールは試料形状に起因する大きな反磁場効果の影響を受ける。矩形試料では各外周中央部から先に磁束侵入が始まり、磁束フロントは各角の2等分線上から張り出す弓状となる。これは矩形試料内を臨界状態にある面状の超伝導電流が流れることによる本質的なもので、矩形試料を流れる一様な電流を仮定した簡単な計算でこのような磁束密度分布を再現することができた。このときの計算に用いたJcの値は107A/cm2程度で実測値とほぼ一致した。

審査要旨

 酸化物高温超伝導体の発見以後、臨界電流密度Jcを向上させる組織制御方法の一つとして、溶融プロセスが広く研究されてきた。溶融法を用いた試料はJcが高いことに加えて、バルク状態で磁性体としての利用が可能となるが、巨視的な磁気特性とその均一性が重要となる。したがって試料の磁化特性と内部の磁束密度変化や動的挙動を知ることは、磁束ピン止め機構の解析やJc向上のための評価手段になるばかりでなく、製品用途にあった材料開発や製品の適当な形状を決定するうえで極めて重要なことである。

 本論文は、溶融法合成のY系酸化物高温超伝導体を中心にその磁化特性を詳細に明らかにするとともに、試料内の磁束挙動や磁束密度分布を容易に観察できる新手法を提示し、この方法を用いた高温超伝導体の磁気的性質解明の新たな発展を意図して行われた研究である。

 本論文は7章より成る。

 第1章は序論であり、酸化物高温超電導体のJc向上と溶融プロセス開発に関連する歴史的経緯をまとめて述べた。次に溶融プロセスを用いたY系酸化物高温超伝導体が高いJcを有し、バルク状で磁性体として利用できる可能性と、試料内の動的磁束挙動の解析、評価の重要性を説いて本研究の立場を明らかにした。

 第2章では、本研究で使用した種々のY系酸化物高温超伝導体試料の作製方法とマクロな磁気測定方法の詳細について述べられている。特に中心となる溶融法に関してはJc向上に大きな影響を及ぼす結晶組織の特徴を解説している。

 第3章では、溶融法で合成されたY系酸化物高温超伝導体を中心に磁化特性を明らかにし、この試料が高い磁束ピン止め力を有し、磁束を捕捉させると強磁性的な性質を示してバルク状で強い永久磁石になることを示した。

 第4章では、磁束挙動観察装置の開発の詳細が述べられている。ここでは液体窒素温度以上の高温で観察可能であり、容易かつ明瞭に直視できる鉄ガーネット薄膜の縞状磁区模様に磁束挙動を転写し、それをファラデー効果を利用して偏光顕微鏡で観察するという、これまでにない新規な装置の開発過程が述べられている。従来から利用されているファラデー効果を使った観察方法との比較において、観察可能温度範囲が広範囲であること、縞状磁区模様であるため肉眼で明瞭に観察できることを最大の特徴としている。

 第5章では、前章で述べた磁束観察装置を使って溶融法合成試料、焼結体試料、薄膜試料の3種の形態のY系酸化物高温超伝導体の磁束挙動を、そのマクロな磁気特性と対比させて解析した結果について述べている。それぞれマクロな磁化測定からはわからなかった結晶組織、試料形状等に起因する興味ある磁束状態が示されている。特に薄膜試料では形状効果によって、試料端部からの一様な磁束侵入が生じないことが明瞭に可視化されており、試料内の磁気的な検査装置としても極めて有用であることが示されている。

 第6章では、本研究の後になされたファラデー効果を用いた磁束挙動観察に関する最近の進展内容をまとめたものである。高温超伝導体の磁束挙動や分布についての研究の進展は大きく、ファラデー効果を用いた方法では第4章で提示された方法を引き継いだものや、垂直磁化膜でなく面内磁化を有する薄膜を用いた方法、さらには従来からあるEu系化合物を用いた方法などが用いられている。また本論では触れられていなかった、Bi系酸化物高温超伝導体の単結晶試料についての観察結果もまとめられている。

 第7章は終章として、本研究で得られた一連の知見について総括し、Jcの高いY系酸化物高温超伝導体のバルク状での応用の意義を述べ、特に永久磁石として優れた性質を利用できることを強調している。また、こうした応用や基礎的解析に必要な試料内の磁束挙動の直接観察の重要性と、本研究で提示した新しい観察法の有用性を述べ、その適用限界を踏まえて酸化物高温超伝導体の磁気的性質解明に大きな力を発揮する手法となりうるという見解を述べている。

 本研究は、酸化物高温超伝導体のマクロな磁気測定での磁気的均一性の問題を認識して取り組んだもので、試料内部の磁束挙動を直接観察するという技術的困難を克服しての装置作製に始まり、それを用いての成果を述べており、この手法の発展過程で大きな寄与をする研究である。またY系酸化物高温超伝導体の永久磁石としての基礎概念と特性をまとめており、バルク状での応用展開の基礎となる研究である。

 よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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