酸化物高温超伝導体の発見以後、臨界電流密度Jcを向上させる組織制御方法の一つとして、溶融プロセスが広く研究されてきた。溶融法を用いた試料はJcが高いことに加えて、バルク状態で磁性体としての利用が可能となるが、巨視的な磁気特性とその均一性が重要となる。したがって試料の磁化特性と内部の磁束密度変化や動的挙動を知ることは、磁束ピン止め機構の解析やJc向上のための評価手段になるばかりでなく、製品用途にあった材料開発や製品の適当な形状を決定するうえで極めて重要なことである。 本論文は、溶融法合成のY系酸化物高温超伝導体を中心にその磁化特性を詳細に明らかにするとともに、試料内の磁束挙動や磁束密度分布を容易に観察できる新手法を提示し、この方法を用いた高温超伝導体の磁気的性質解明の新たな発展を意図して行われた研究である。 本論文は7章より成る。 第1章は序論であり、酸化物高温超電導体のJc向上と溶融プロセス開発に関連する歴史的経緯をまとめて述べた。次に溶融プロセスを用いたY系酸化物高温超伝導体が高いJcを有し、バルク状で磁性体として利用できる可能性と、試料内の動的磁束挙動の解析、評価の重要性を説いて本研究の立場を明らかにした。 第2章では、本研究で使用した種々のY系酸化物高温超伝導体試料の作製方法とマクロな磁気測定方法の詳細について述べられている。特に中心となる溶融法に関してはJc向上に大きな影響を及ぼす結晶組織の特徴を解説している。 第3章では、溶融法で合成されたY系酸化物高温超伝導体を中心に磁化特性を明らかにし、この試料が高い磁束ピン止め力を有し、磁束を捕捉させると強磁性的な性質を示してバルク状で強い永久磁石になることを示した。 第4章では、磁束挙動観察装置の開発の詳細が述べられている。ここでは液体窒素温度以上の高温で観察可能であり、容易かつ明瞭に直視できる鉄ガーネット薄膜の縞状磁区模様に磁束挙動を転写し、それをファラデー効果を利用して偏光顕微鏡で観察するという、これまでにない新規な装置の開発過程が述べられている。従来から利用されているファラデー効果を使った観察方法との比較において、観察可能温度範囲が広範囲であること、縞状磁区模様であるため肉眼で明瞭に観察できることを最大の特徴としている。 第5章では、前章で述べた磁束観察装置を使って溶融法合成試料、焼結体試料、薄膜試料の3種の形態のY系酸化物高温超伝導体の磁束挙動を、そのマクロな磁気特性と対比させて解析した結果について述べている。それぞれマクロな磁化測定からはわからなかった結晶組織、試料形状等に起因する興味ある磁束状態が示されている。特に薄膜試料では形状効果によって、試料端部からの一様な磁束侵入が生じないことが明瞭に可視化されており、試料内の磁気的な検査装置としても極めて有用であることが示されている。 第6章では、本研究の後になされたファラデー効果を用いた磁束挙動観察に関する最近の進展内容をまとめたものである。高温超伝導体の磁束挙動や分布についての研究の進展は大きく、ファラデー効果を用いた方法では第4章で提示された方法を引き継いだものや、垂直磁化膜でなく面内磁化を有する薄膜を用いた方法、さらには従来からあるEu系化合物を用いた方法などが用いられている。また本論では触れられていなかった、Bi系酸化物高温超伝導体の単結晶試料についての観察結果もまとめられている。 第7章は終章として、本研究で得られた一連の知見について総括し、Jcの高いY系酸化物高温超伝導体のバルク状での応用の意義を述べ、特に永久磁石として優れた性質を利用できることを強調している。また、こうした応用や基礎的解析に必要な試料内の磁束挙動の直接観察の重要性と、本研究で提示した新しい観察法の有用性を述べ、その適用限界を踏まえて酸化物高温超伝導体の磁気的性質解明に大きな力を発揮する手法となりうるという見解を述べている。 本研究は、酸化物高温超伝導体のマクロな磁気測定での磁気的均一性の問題を認識して取り組んだもので、試料内部の磁束挙動を直接観察するという技術的困難を克服しての装置作製に始まり、それを用いての成果を述べており、この手法の発展過程で大きな寄与をする研究である。またY系酸化物高温超伝導体の永久磁石としての基礎概念と特性をまとめており、バルク状での応用展開の基礎となる研究である。 よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。 |