本論文は4部から構成されている。第1部は序論であり、第1章で本研究の背景、意義および目的が述べられ、第2章で本研究が対象とした領域に関する従来の研究が概観されている。 本論文では、安価なトルエンを原料とし、基幹化学品の1つであるフェノールを工業的に合成するための新規触媒系の開発、ならびにこれらの触媒特性に関する基礎的考察を目的としている。 本研究では従来のフェノール合成触媒の問題点解決に主眼を置き、プロセスの簡素化や生産性向上などの見地から気相反応を対象とした固体触媒について探索研究を進め、従来法よりも極めて優れた触媒性能を得ることに成功している。 第2部では、まずトルエンを気相酸化反応し、安息香酸を合成するための触媒について検討した。 第1章では活性種としてV2O5を取り上げた。担体としてはTiO2が最も優れた反応成績を与え、さらにV2O5/TiO2触媒の修飾を試みた結果、SeO2、TeO2、およびSb2O3に顕著な反応促進効果が見られた。 第2章では修飾V2O5触媒の反応成績に各種操作因子が及ぼす影響について調べた。触媒担持の方法、反応温度、酸素分圧に対する依存性は比較的小さく、工業的にも好ましい触媒特性を示した。また触媒層温度の均一化は最良の触媒性能を引き出す上でも重要な要素であることが明らかとなった。さらに水の添加は大幅に反応成績を向上させることが示された。 第3章ではV2O5-Sb2O3/TiO2触媒に対してさらに触媒性能の向上を図るために、多元系修飾を試みた。その結果、TeO2の添加がさらに優れた触媒性能の向上をもたらし、5wt%V2O5-2wt%Sb2O3-2wt%TeO2/TiO2の組成において最良の反応成績が得られた。さらに触媒耐久性も良好であり、担持TiO2種、助触媒担持量、あるいは反応温度、酸素濃度、水蒸気比、SV比などの変化に対しても概して鈍感であったこと等、工業触媒として好ましい特徴が明らかにされた。速度論的検討からはトルエンの吸着が反応速度を支配する重要な因子であることが示唆されており、今後、さらなる触媒開発を進める上で酸塩基特性を含めたトルエンとの相互作用に着目する必要があることがわかった。 第3部では安息香酸からフェノールを合成するための触媒について研究を行った。従来のプロセスにおいては、解決すべき問題点が本反応に集中しており、特に優れた触媒性能が求められることが考慮され、 第1章ではまず、触媒探索の段階から研究が開始されている。その結果、当反応において、NiOやFe2O3に触媒活性があることが新たに見いだされた。また、Ni成分とFe成分を複合化することにより、より高い触媒性能が得られることが見いだされた。特に共沈法により調製し、さらに800℃という高温で焼成した触媒により、極めて優れた触媒活性が得られている。キャラクタリゼーションによりこの触媒はNiOとNiFe2O4から構成されていることが明らかとなり、また活性発現にはこの2種類の酸化物の触媒表面における共存が必要であることを突き止めた。 第2章ではNiO-NiFe2O4触媒に対して、高いフェノール選択率を維持しつつフェノール空時収率を得るのにNa2Oの微量添加が極めて効果的であることが見いだされた。1000g/l-cat・h以上という極めて高い空時収率が得られ、工業的な立場からも優れた触媒性能と判断された。 第3章では触媒性能のうち、もっとも重要な触媒寿命について詳細な検討が加えられている。Na2Oにより修飾されたNiO-NiFe2O4触媒は明らかに、経時的な活性劣化が見られたが、この触媒系にV2O5を添加することにより、極めて優れた耐久性と反応成績が得られることが新たに発見された。転化率、選択率ともに90%を越えるという気相反応としては極めて優れた性能が100時間以上維持できた。以上1、2、3章の研究成果により、活性、選択性、空時収率、寿命すべての触媒性能に関して従来にはない、極めて優れた触媒系を開発することができた。 第4章では補足的な実験結果もふまえ、本触媒系の特徴についてさらに考察が加えられている。(1)新たに酸化コバルトが本反応に有効であったこと。(2)沈殿法触媒においては、触媒表面の金属酸化物濃度も重要であるが、特に物理構造や複合酸化物の生成も大きく触媒活性に依存していること。(3)フェノール生成機構についてはベンゾイルサリチル酸経由のルートが妥当であること。(4)Ni-Fe触媒系はCu触媒系と比較して、逐次反応性が低いことから、V2O5系触媒と並列に組み合わせることにより、トルエンから直接フェノールを合成することが可能であること等が示されている。 第4部では研究成果が総括されている。以上、本論文の研究は新規性に優れているのみならず、反応成績についても極めて優れた成果か得られている。現行プロセスに対しても適応可能な優れたフェノール製造法が提案されており、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |