学位論文要旨



No 213064
著者(漢字) 三木,淳
著者(英字)
著者(カナ) ミキ,ジュン
標題(和) トルエン法フェノール合成における新規気相酸化触媒に関する研究
標題(洋)
報告番号 213064
報告番号 乙13064
学位授与日 1996.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13064号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 講師 中村,育世
内容要旨 1.背景

 フェノールは世界で年産500万t以上の製造実績を有する基幹化学品の一つであり、産業上重要な役割を果たしている。その化学的性質には応用範囲が広く、用途はポリカーボネートやフェノール樹脂を始めとし、医薬品、香料等のファインケミカルズにまで及んでいる。また現在も活発にフェノール誘導体に関する研究がなされており、今後その産業的重要度は一層増すものと考えられる。

 現在、フェノールの製造法としてはベンゼンとプロピレンを原料としキュメンを中間体とする方法(キュメン法)が主流である(図1参照)。このプロセスは多段法であり、フェノールとともにアセトンを併産する点に特徴を有する。しかし近年、経済的、環境的事情から、アセトンを併産しないプロセスが注目を集めている。特にトルエンを原料とする方法(Dow法)はこれまで少数のプラントで生産が行われているのみであったが、1991年より日本で年産12万トン規模のプラントが稼動している。

図1 キュメン法によるフェノール合成

 トルエン法(Dow法)はトルエンから安息香酸、さらに安息香酸からフェノールの2段の反応から構成されている(図2参照)。しかしながら、生産性は必ずしも高くないと言われており、(1)いずれの反応過程も均一系触媒を用いる液相反応であること、(2)2段目の反応における触媒性能が低い(低収率、タール生成、触媒失活等)こと、が問題点として指摘されている。

図2 トルエン法フェノール合成技術

 こういった背景から、我々はトルエン法フェノール合成における生産性の向上や反応方式の簡素化を視野に入れ、気相法を前提とした高性能固体触媒に関して研究を進めた結果、極めて優れた新規触媒系を見出すに至った。

2.研究成果の概要2-1.トルエンの気相酸化による安息香酸の合成

 当反応に関しては、V2O5系触媒を中心に多くの試みがなされてきたが、一般に完全燃焼が促進され、安息香酸の収率はかなり低いものであった。本研究ではアナターゼ型チタニアに担持させたV2O5をSe、Sb、Teの酸化物で修飾することにより、優れた部分酸化性能が発現することを見出した。多元系修飾についても検討した結果、5wt%V2O5-2wt%Sb2O3-2wt%TeO2/TiO2触媒において最良の反応成績(トルエン転化率82%において安息香酸選択率80%)が得られた。また各種反応操作因子が反応成績に及ぼす影響を詳細に検討した結果、本触媒系は触媒担持の方法、反応温度、酸素分圧、水蒸気比に対する依存性が小さいなど、工業的に好ましい触媒特性が明らかとなった。これらの現象は、触媒表面における安息香酸あるいは安息香酸前駆体の化学的安定性が増加し、被逐次酸化性が低下したと解釈でき、添加酸化物の役割解明に興味がもたれる。さらに、耐久性に関しても良好な結果か得られた。有効な触媒設計にはさらに詳細な反応機構に関する考察が必要であるが、速度論的検討からはトルエンの触媒による酸化過程が反応全体に大きな影響を与えることが示唆された。

2-2.安息香酸の気相酸化によるフェノールの合成

 図2に示されるように、従来のトルエン法プロセスにおいては解決すべき問題点が本反応に集中しており、特に優れた触媒性能が求められることを考慮し、新規触媒系の探索から研究を開始した。その結果、当反応においてNiOやFe2O3に触媒活性があることが新たに見出された。またNi成分とFe成分を複合化することにより、より高い触媒性能が得られることを見出した。特に共沈法により調製し、さらに800℃という高温で焼成した触媒により極めて優れた触媒活性が得られた。組成比が反応成績に及ぼす影響も非常に大きく、Ni/Fe=1(モル比)の場合に最も高い反応成績が得られた。キャラクタリゼーションによりこの触媒はNiOとNiFe2O4から構成されていることが明らかとなり、また高活性発現にはこの2種類の酸化物の触媒表面における共存が必要であることを突き止めた。

 さらにNiO-NiFe2O4触媒に対して、高いフェノール選択率を維持しつつ、高空時収率を得るのにNa2Oの微量添加が極めて効果的であることを見出した。1000g/lcat・h以上という極めて高い空時収率が得られ、工業的な立場からも優れた触媒性能と判断された。一方、反応成績は触媒表面上のNa2O濃度に大きく依存し、空時収率のみならず、耐久性にも影響を及ぼすことがわかった。添加量としてはバルク組成で0.5wt%が最適値であった。

 また触媒性能のうち、最も重要な触媒寿命について詳細な検討を加えた。Na2Oにより修飾されたNiO-NiFe2O4触媒には明らかに経時的な触媒劣化が見られ、触媒表面上に安息香酸ナトリウムの蓄積が確認された。種々の検討を重ねた結果、この触媒系にV2O5を添加することにより、極めて良好な耐久性と反応成績が得られることが新たに見出された。転化率、選択率ともに90%を越え、気相反応としては極めて優れた性能が100時間以上維持できた(図3参照)。これは活性種と考えられるNiOの再酸化が反応律速であり、V2O5による再酸化速度の向上が安息香酸ナトリウムの蓄積を抑制し、ひいては活性劣化の抑制につながったものと推定された。

図3 V2O5修飾触媒の活性経時変化触媒:46.1wt%NiO-49.9wt%Fe2O3-1.0wt%Na2O-3.0wt%V2O5.反応温度:420℃.安息香酸/空気/水蒸気=1/5/40(モル比).SV=3400hr-1.転化率(●),フェノール選択率(○),ベンゼン選択率(△),COx選択率(□).

 その他、補足的な実験結果もふまえ、本触媒系の特徴についてさらに考察を加えた。

 (1)新たに酸化コバルトが本反応に有効であったこと、(2)沈殿法触媒においては、触媒表面の金属酸化物濃度も重要であるが、特に物理構造や複合酸化物の生成も大きく触媒活性に依存していること、(3)フェノール生成ルートについてはベンゾイルサリチル酸ルートが妥当であること、(4)Ni-Fe系触媒はCu系触媒と比較して、逐次反応性が低いことから、V2O5触媒との組み合わせにより、トルエンから直接フェノールを合成することが可能であること等が示された。

審査要旨

 本論文は4部から構成されている。第1部は序論であり、第1章で本研究の背景、意義および目的が述べられ、第2章で本研究が対象とした領域に関する従来の研究が概観されている。

 本論文では、安価なトルエンを原料とし、基幹化学品の1つであるフェノールを工業的に合成するための新規触媒系の開発、ならびにこれらの触媒特性に関する基礎的考察を目的としている。

 本研究では従来のフェノール合成触媒の問題点解決に主眼を置き、プロセスの簡素化や生産性向上などの見地から気相反応を対象とした固体触媒について探索研究を進め、従来法よりも極めて優れた触媒性能を得ることに成功している。

 第2部では、まずトルエンを気相酸化反応し、安息香酸を合成するための触媒について検討した。

 第1章では活性種としてV2O5を取り上げた。担体としてはTiO2が最も優れた反応成績を与え、さらにV2O5/TiO2触媒の修飾を試みた結果、SeO2、TeO2、およびSb2O3に顕著な反応促進効果が見られた。

 第2章では修飾V2O5触媒の反応成績に各種操作因子が及ぼす影響について調べた。触媒担持の方法、反応温度、酸素分圧に対する依存性は比較的小さく、工業的にも好ましい触媒特性を示した。また触媒層温度の均一化は最良の触媒性能を引き出す上でも重要な要素であることが明らかとなった。さらに水の添加は大幅に反応成績を向上させることが示された。

 第3章ではV2O5-Sb2O3/TiO2触媒に対してさらに触媒性能の向上を図るために、多元系修飾を試みた。その結果、TeO2の添加がさらに優れた触媒性能の向上をもたらし、5wt%V2O5-2wt%Sb2O3-2wt%TeO2/TiO2の組成において最良の反応成績が得られた。さらに触媒耐久性も良好であり、担持TiO2種、助触媒担持量、あるいは反応温度、酸素濃度、水蒸気比、SV比などの変化に対しても概して鈍感であったこと等、工業触媒として好ましい特徴が明らかにされた。速度論的検討からはトルエンの吸着が反応速度を支配する重要な因子であることが示唆されており、今後、さらなる触媒開発を進める上で酸塩基特性を含めたトルエンとの相互作用に着目する必要があることがわかった。

 第3部では安息香酸からフェノールを合成するための触媒について研究を行った。従来のプロセスにおいては、解決すべき問題点が本反応に集中しており、特に優れた触媒性能が求められることが考慮され、

 第1章ではまず、触媒探索の段階から研究が開始されている。その結果、当反応において、NiOやFe2O3に触媒活性があることが新たに見いだされた。また、Ni成分とFe成分を複合化することにより、より高い触媒性能が得られることが見いだされた。特に共沈法により調製し、さらに800℃という高温で焼成した触媒により、極めて優れた触媒活性が得られている。キャラクタリゼーションによりこの触媒はNiOとNiFe2O4から構成されていることが明らかとなり、また活性発現にはこの2種類の酸化物の触媒表面における共存が必要であることを突き止めた。

 第2章ではNiO-NiFe2O4触媒に対して、高いフェノール選択率を維持しつつフェノール空時収率を得るのにNa2Oの微量添加が極めて効果的であることが見いだされた。1000g/l-cat・h以上という極めて高い空時収率が得られ、工業的な立場からも優れた触媒性能と判断された。

 第3章では触媒性能のうち、もっとも重要な触媒寿命について詳細な検討が加えられている。Na2Oにより修飾されたNiO-NiFe2O4触媒は明らかに、経時的な活性劣化が見られたが、この触媒系にV2O5を添加することにより、極めて優れた耐久性と反応成績が得られることが新たに発見された。転化率、選択率ともに90%を越えるという気相反応としては極めて優れた性能が100時間以上維持できた。以上1、2、3章の研究成果により、活性、選択性、空時収率、寿命すべての触媒性能に関して従来にはない、極めて優れた触媒系を開発することができた。

 第4章では補足的な実験結果もふまえ、本触媒系の特徴についてさらに考察が加えられている。(1)新たに酸化コバルトが本反応に有効であったこと。(2)沈殿法触媒においては、触媒表面の金属酸化物濃度も重要であるが、特に物理構造や複合酸化物の生成も大きく触媒活性に依存していること。(3)フェノール生成機構についてはベンゾイルサリチル酸経由のルートが妥当であること。(4)Ni-Fe触媒系はCu触媒系と比較して、逐次反応性が低いことから、V2O5系触媒と並列に組み合わせることにより、トルエンから直接フェノールを合成することが可能であること等が示されている。

 第4部では研究成果が総括されている。以上、本論文の研究は新規性に優れているのみならず、反応成績についても極めて優れた成果か得られている。現行プロセスに対しても適応可能な優れたフェノール製造法が提案されており、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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