学位論文要旨



No 213066
著者(漢字) 石井,英雄
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ヒデオ
標題(和) 高温超伝導線のエネルギー損失機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 213066
報告番号 乙13066
学位授与日 1996.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13066号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 永長,直人
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 高木,英典
内容要旨

 高温超伝導体の発見以来、発現機構の解明・新材料の探索等の科学的研究や、超伝導の性質を利用し、既存技術では実現できない高性能の機器や新しいタイプの機器の実現を目指した研究開発が、全世界で着実に進められている。しかしながら、高温超伝導体では、電子構造の異方性が大きいこと、そのため電流の流れ方が2次元的であること、高臨界温度を反映してコヒーレンス長が非常に短いこと、これらの特徴にさらに使用温度が高いことなどの条件が加わり、著しく強い熱揺らぎを受ける超伝導状態を考える必要があり、従来型の超伝導体では明確であった臨界温度、臨界磁場、臨界電流などの諸量が不明確になっている。このような状態の物理を理解することは科学的にも重要でチャレンジングな課題であるとともに、実用化にも不可欠な問題である。また、電力分野などのパワー応用にあたってはセラミックスである高温超伝導材料を長く、かつ、フレキシブルな線材にする必要があるため、超伝導体がある程度多結晶的になるのは免れないと考えられ、事態を一層複雑にしている。高温超伝導体では結晶粒界の電流許容能力はあまり大きくないことが指摘されており、その背景にある機構や個々の結晶内部の性質との違いを明らかにすることは実用上重要な事項である。さらに、これらの分野では超伝導を交流で使用するのが一般的であり、上記の従来超伝導体との相違点が交流特性、特に、交流損失に与える影響について詳細な検討が必要である。

 このような背景を踏まえて、本研究は現段階で臨界電流密度、フレキシブル性、長尺化の観点から将来実用化が期待される高温超伝導線材であるYBa2Cu3Oy薄膜線や(Bi,Pb)2Sr2Ca2Cu3Ox銀シース線を含む数種類の典型的な高温超伝導体試料について、混合状態における電気抵抗の温度依存性、ならびに、電流-電圧特性の2つの基本的な直流輸送特性を詳細に調べるとともに、実用上臨界電流とならんで重要である交流損失について定量的な評価を行い、その基本的な振る舞いの調査、交流損失に基づいた実用的な臨界電流の定義方法の考察を行った。また、これに基づいて実用化の展望を述べた。

 まず、直流輸送特性の測定結果から、近年磁束グラス-液体転移の実験的証拠とされてきた電流-電圧特性のスケーリングをはじめとする諸性質が、すべての試料で観測されることを明らかにした。従って、この種の振る舞いは試料のミクロな状態によらない高温超伝導体の一般的な性質であると考えられる。その例を図1(a)〜(d)に示す。一方、電流-電圧特性のスケーリングから得られる臨界指数は試料ごとに著しく異なる値をとり(図2)、すべての試料の性質を同一の相転移から説明するのは困難であることを明らかにした。相転移以外の可能性として、最近提案された、磁束のdepinnningによるパーコレーション転移で電流-電圧特性のスケーリングを説明するYamafuji-Kiss(YK)モデルについて詳細に検討を行った。電流-電圧特性のスケールカーブはYKモデルのスケール関数でよくフィットできることを明らかにした。図1(b)の実線がそれに対応している。また、このモデルに従って考察すると、微小幅の試料や2次元性が強い試料でzが大きくなることが自然に理解できること、また、本研究で用いたYBCO c軸配向多結晶薄膜の粒間の接合が微小幅の強い結合で支配されていると考えられることを明らかにした。さらに、多結晶試料については、ランダムに配向した結晶粒が形成するJosephson接合の接合エネルギーの分布がスケールカーブを決定し、その分布の形は物質によらないためスケールパラメータが共通になり、分布がブロードであるためzが小さくなるという考え方ができることを示した。

図1 YBCOc軸配向多結晶薄膜とYBCO多結晶の電流-電圧特性の温度依存性((a)、(c))とスケーリングプロット((b)、(d))。スケーリングプロットの変数は以下の定義による。

 

図2 YBCOの3種類の試料について、電流-電圧特性のスケーリングから得た静的臨界指数()と動的臨界指数(z)。

 一方、交流損失では、外部磁場損失、自己磁場損失とも臨界状態モデルが定量的によく成立していることを明らかにした。一般に、高温超伝導線の電流-電圧特性はブロードであり、臨界電流を明確に定義できないため、この結果は一見不思議である。そこで、高温超伝導線を電流-電圧特性がベキ乗則に従う非線形な導体であるとしてその表皮効果を一般的に扱うと、ベキがさほど大きくなくても電流や磁場分布が臨界状態の場合と近いこと、従って、交流損失がほぼ臨界状態モデルの結果に従って振る舞うことを議論した。この結果を半解析的な取り扱いが可能な半無限超伝導体の状況が近似的に成立していると見なせる高温超伝導導体の交流損失に適用し、実験結果がよく説明できることを示した。このモデルをベースに、実用的に有用である臨界電流の定義方法を提案した。

 実用化の展望として、現在精力的に研究開発が進められている高温超伝導ケーブルをとりあげ議論した。本研究の結果を適用して現在の多層導体の交流損失を定量的に評価すると、実用レベルの電流容量では許容値を大きく越えてしまうことがわかった。この原因は多層導体があたかも単一の超伝導体であるかのように振る舞うためで、電流分布を各線、あるいは、各層で均一化すれば交流損失が有効に低減され得ることを示した。将来的には交流損失低減を視野に入れた線材構造、たとえば、転移型導体に適した円形断面の超伝導線を開発することが重要であることを指摘した。

 本研究の結果は高温超伝導体の混合状態の性質について理論的なモデルの可否を判断する材料として有効であると考えられる。また、本研究によって、交流損失の発生機構とその定量的な評価方法について、ほぼ全容が明らかとなったと考えられる。今後は、具体的なアプリケーションに対して、システム設計の基礎となるであろう。

審査要旨

 本論文は、将来実用化が期待される高温超伝導線材の混合状態における電気抵抗の温度依存性、ならびに電流-電圧特性の2つの基本的な直流輸送特性を詳細に調べるとともに、実用上、臨界電流とならんで重要である交流損失の測定結果に基いて実用的な臨界電流の定義方法を考察し、実適用への指針を示したものである。

 本論文は全6章よりなる。第1章及び第2章は、発見以来10年経った高温超伝導体の研究・開発の現状を、線材への応用という立場からまとめ、実用化への課題、それに対する本研究のアプローチを述べたものである。特に、高温超伝導体の混合状態とエネルギー損失の特異さ、その背景となる物質の異方性とピン止め機構についての現段階の理解を整理し、高温超伝導体の材料としての特徴を浮かび上がらせている。更に、高温超伝導線材開発の現状を述べ、本研究の試料となった線材の合成プロセスとその臨界電流を記述している。

 第3章は、本研究の1つの柱となる、電気抵抗の温度依存性及び電流-電圧特性の詳細な測定結果とそれに基く評価が述べられている。試料はY系高温超伝導体については配向の揃った薄膜を、Bi系高温超伝導体については、現在応用の観点から最も開発の進んでいる銀シース線を用いている。測定は、実用上冷却媒体となる液体窒素温度(77K)近傍で行われた。本研究で明らかになったことは、電流-電圧特性のスケーリングがすべての試料で観測されたことである。このスケーリングは、これまで磁束グラス-液体相転移の実験的証拠とされていたが、本研究により、これは高温超伝導体の一般的性質であり、相転移よりも、むしろ山藤-木須により提案された磁束のdepinningによるパーコレーション転移で、よりよく理解できることを示した。直流特性の結果は、高温超伝導体は、液体窒素温度での応用の対象と考える限り、電気抵抗はゼロではなく、特異な電流-電圧特性をもつ非線型導体であると結論している。電気抵抗がゼロというのが超伝導体の最大の特長であるという認識からすると、高温超伝導体体は実用に不適であるということになってしまうが、交流応用では、従来の超伝導体でも交流損失が発生する宿命にあり、実用上重要なのは交流損失の程度であると指摘している。

 第4章は、超伝導ケーブル応用の観点から重要な交流損失について、高温超伝導体試料の評価を実験的に行ったもので、本論文のオリジナリティーの極めて高い章である。交流損失は、磁化法ならびに通電法により評価され、その特徴が詳細に調べられている。特に、前章で明らかにされた直流特性における非線型導体としての振舞が交流特性にどのような影響をもたらしているかを検討し、実用上有効な臨界電流の定義を提案している。

 第5章では、現在精力的に研究開発が進められている高温超伝導ケーブルをとりあげ、その特徴や設計の考え方について述べるとともに、本研究の結果を適用して現在の多層導体の交流損失を定量的に評価している。現段階では、実用レベルの電流容量に対して、交流損失は許容値を大きく越えており、その原因が多層導体があたかも単一の超伝導体として振る舞うためと結論している。これを基に、交流損失が有効に低減され得る方策、将来を見据えた線材構造を提案している。

 第6章は、本研究の結論である。

 以上を要するに、本論文は、高温超伝導体について、実用線材への応用を視野に入れての評価・検討を行ったものである。混合状態についての理論的モデルの可否を判断する材料として有効なデータを提供したのみならず、本研究によって、交流損失の発生機構とその定量的評価方法がほぼ明らかにされた。これらの知見は、将来の高温超伝導応用に対して、システム設計の基礎となるものであり、超伝導工学の展開に寄与するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51023