学位論文要旨



No 213067
著者(漢字) 大西,五三男
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,イサオ
標題(和) 高精度創外固定器のピンクランプ変位検出装置を用いた仮骨の粘弾性特性測定
標題(洋)
報告番号 213067
報告番号 乙13067
学位授与日 1996.11.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13067号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 加倉井,周一
 東京大学 助教授 長野,昭
内容要旨 (緒言)

 創外固定法は、近位と遠位の各々の骨片に刺入したスクリューピンを、体外の固定器を用いて固定する方法である。近年では、ピンクランプが長軸方向に往復運動の可能なピンクランプ摺動式創外固定器(Dynamic Axial Fixator)を用いる方法が開発されている。本法では骨片に荷重が加わると、骨癒合に有効とされる軸荷重のみが選択的に骨片に伝達される利点がある。また本法では、骨片は外荷重の負荷を受け変位し、仮骨部は変形し歪みを生ずる。治療経過にともない、仮骨の力学特性は変化してゆくので、負荷する外荷重が同等の場合、骨片に発生する変位は同様に経時的に変化する。創外固定器は骨片とスクリューピンによって連結しているので、骨片のこのような物理的変量を創外固定器にセンサーを装着することにより検出する事が可能である。Hifixatorは、ピンクランプの摺動部分が低摩擦であり、高機能のDynamic Axial Fixatorである。またピンクランプ端にセンサーを装着でき、変位の検出機能を持つ。Hifixatorとピンクランプ変位検出装置を用いて、荷重負荷にともなうピンクランプの変位を測定し、その結果から骨片の変位の特性を解析し、仮骨の力学特性を評価した。荷重歩行を模擬した足踏み動作を患者に行ってもらい、ピンクランプの変位を足踏み動作の時間経過とともに一定時間記録した。計測を経週的に実施し、時間-変位特性を粘弾性理論に基づいて近似的に解析し、この結果から足踏み動作による骨片変位の弾性成分、塑性成分、遅延時間を定量的に評価した。これらの各成分の治療経過による推移を検討した。本法の結果から仮骨の荷重歩行に対する粘弾性特性を評価し、その強度を推定した。まず粘弾性骨モデルを使用して荷重試験を行い、本測定法のin vitroでの測定精度を評価した(参考実験1)。また弾性骨モデルの偏心荷重試験を行い、参考実験1を補足した(参考実験2)。脛骨骨折および偽関節また骨延長の症例を対象として、本法により仮骨の粘弾性特性測定を行った。治療にともなう粘弾性特性の経時的変化を評価した。また測定とほぼ同時期のX線写真を読影した。各画像所見と測定値を比較検討した。以上から本法の骨癒合の補助診断法としての臨床的意義を評価した。

(方法)

 (参考実験1)コイルスプリングとシリコンオイルを充填したピストンシリンダーを直列同軸に配置した粘弾性骨モデルを使用した。コイルスプリングの圧縮バネ定数は6.5Kgf/mm、シリコンオイルの動粘度は10000c.s.および12500c.s.とした。骨モデルの両端をHifixatorで固定した。荷重試験器を用いて、骨モデルの長軸に一致した荷重を矩形荷重(25〜48Kgf)として一定時間(5秒〜20秒)加えた。ピンクランプ変位検出装置を用いて、荷重にともなうピンクランプの変位を測定し、時間-変位曲線を作成した。荷重後3秒およし5秒後の変位を記録した。またこれらの実験値から遅延時間を計算した。ピンクランプ変位と遅延時間の実験値をこれらの理論値と比較した。(参考実験2)コイルスプリング(圧縮バネ定数3.5、20、32Kgf/mm)を用いた骨モデルに対して偏心荷重を負荷した。骨モデルの荷重端に円盤を設けた。軸心より最大半径6cmの同心円上の各位置に、重錐を吊るし荷重した。骨モデルが荷重負荷(0〜48Kgf)にともない圧縮と曲げが発生する条件で、ピンクランプの変位を測定した。ピンクランプ変位の測定値を変位の理論値と比較した。(臨床例の測定)Hifixator1型を用いて治療を行った患者を対象とした。患者は男子11名、女子2名である。年齢は11歳から58歳、平均31歳である。対象疾患は脛骨骨幹部骨折4名、脛骨偽関節2名、脛骨骨髄炎1名、脛骨延長6名である。患者は、ピンクランプを可動状態にしても荷重歩行ができる者を対象とした。荷重歩行の模擬動作として、患者に足踏み動作を行わせた。この動作によって生ずるHifixatorのピンクランプの摺動部分の軸方向の変位を、ピンクランプ変位検出装置により測定した。一定の荷重負荷で一定の時間間隔で足踏み動作を繰り返した。足踏み動作の終了後は、すみやかに足踏み動作の開始直前と同一の肢位をとり、チャートレコーダの変位が時間経過とともに平衡状態に到達するまで同一の姿勢をとった。変位をチャートレコーダーにより連続記録し、時間-変位曲線を作成した。測定は1週間または2週間毎に行なった。荷重時の変位と、抜重時の変位が、足踏みの推移とともに交互に形成され、変位の振動波が記録された。変位振動の基線が時間遅れを伴って移動することがあり(クリープ要素)、また足踏み終了後の非荷重時に時間経過によって回復する変位量と、時間経過によっても回復しない永久変形に関与する変位量があり、これらの要素をそれぞれ分離した。これらの各変位要素は、仮骨の力学特性を反映した骨片の変位特性と判断し、回復する変位は粘弾性変位、非回復の変位は塑性変位と定義した。これらの要素のうち、粘弾性要素は単純フォークトモデルを用いて解析を行った。変位の記録から、変位の弾性成分、変位の見かけの成分、変位の塑性成分、クリープ要素における遅延時間(Retardation time)を解析し算出した。外荷重は矩形波の繰り返し荷重として負荷するものとし解析した。変位の弾性成分と見かけの成分および塑性成分をそれぞれmmの単位で、遅延時間を秒の単位で、また塑性成分の弾性成分に対する比をそれぞれ求めた。各成分の経週的な変化を評価した。骨折症例と延長症例との間に粘弾性特性の相異があるか検討した。各症例のX線写真を読影し、仮骨の形成部位、量および密度について、また皮質化の部位や程度を検討した。画像所見の推移と測定値の経時的変化を比較対照することにより、本法の骨癒合の補助診断法としての臨床的意義を評価した。

(結果)

 (参考実験1)ピンクランプ変位の実験値の誤差は8.3%であった。遅延時間の誤差は10000c.s.のシリコンオイルの場合に14%、12500c.s.の場合には13.6%であった。本法は遅延時間を過大評価する傾向があった。(参考実験2)ピンクランプ変位の実験値の誤差は、コイルスプリングが3.5Kgf/mmのバネ定数の場合には、各荷重点の平均で31.5%の誤差があった。20Kgf/mmのバネ定数の場合には、各荷重点の平均で18.1%であり、またバネ定数が32Kgf/mmの場合には10.9%であった。(臨床例の測定)変位の弾性成分は治療の時間経過とともに減少した。変位の見かけの成分も弾性成分と同様に経時的に減少した。変位の塑性成分および弾性成分に対する塑性成分の比も経週的に減少し、最終的に消失した。遅延時間は経週的に漸減した。遅延時間は治療の初期には1秒程度の値を示し、治療の最終段階には遅延時間は10分の1秒程度の値を示した。骨折症例と延長症例との間に粘弾性特性の相異はなかったが、ただ測定の初期において、塑性成分の弾性成分に対する比が、延長症例で有意に大きかった(Wilcoxonの順位和検定)。X線写真にて骨癒合の判定が容易な症例があったが、粉砕骨折の症例や偽関節の症例において骨癒合の進行がX線写真にて判定し難い場合があった。また骨延長の症例のなかに、仮骨の強度をX線写真によって判定し難い症例があった。これらの症例において粘弾性特性の測定値は経時的に減少し、骨癒合が進行したことを示した。

(考察)

 参考実験1では、本測定法が骨モデルの荷重による変位を精度良く測定し、遅延時間を定量的に測定することがわかった。ただし本法は荷重方向が骨モデル軸と一致するため、単軸応力場の実験モデルであった。そこでこの実験を補うために参考実験2を行った。すなわち骨片に曲げ変形が生ずる力学環境において、ピンクランプ変位検出装置が精度良く骨片の変位を測定するか検討する必要があった。この実験条件でも骨モデルの剛性が高い場合には、測定精度は10%程度であり精度は良好であった。

 変位には弾性成分、振動部分(見かけの変位成分)、塑性成分、時間遅れをともなう成分がそれぞれ検出された。しかもこれらの成分はすべて経週的に減少した。したがってこれらの変位特性の経週的減少は、仮骨が成熟するとともにその力学特性が変化する過程を表現しているものと判断できる。変位が減少することは、仮骨の剛性が経週的に増加したことを示唆する。骨癒合の進行過程を評価するには、これらの変位量を経週的に比較することにより判断が可能である。治療の最終段階において塑性が消失したことは、足踏み動作による応力がすべて降伏応力を越えない値の範囲に入ったことを示す。弾性成分と塑性成分を検出する事ができれば、特定の外荷重によって仮骨の内部に発生する応力が、応力-歪み曲線上でどの位置を占めるか評価でき、仮骨の強度を推定できる。

 ピンクランプの変位に時間遅れの要素が検出された。変位の基線の位置は足踏みの経過時間とともに徐々に移動し、やがて平衡値に収束した。この経過は粘弾性体のクリープ特性に類似している。さらに遅れ時間は経週的に減少した。単純フォークトモデルによって解析した結果、遅延時間が経週的に減少した。治療の最終段階では、変位は荷重や抜重とともに瞬間的に形成され、時間遅れは僅かであった。したがってこの粘弾性に類似した特性は、仮骨が粘弾性を持つことに由来すると考えられる。本法はある程度定量的に仮骨の粘弾性特性を検出する方法といえる。延長仮骨は測定の初期に、塑性変形の占める部分が大きかった。臨床でも延長仮骨は塑性変形を起こしたり、また仮骨の骨折を生じたりする例が散見される。X写真に現れた骨癒合の経過と粘弾性特性の推移はよく一致する場合があり、本法は骨癒合の補助診断法となりうる。さらに粉砕骨折や偽関節の症例において、骨癒合の経過をX線写真によって評価し難い場合にも、骨癒合の評価を行うことができた。また骨延長の症例で仮骨の強度が推定し難い場合にも、本法により仮骨の強度を推定できた。

(結論)

 変位の可逆成分、非可逆成分、および時間遅れの成分が検出された。これらの成分はすべて経週的に減少した。これらの特性は治療経過にともなう仮骨の力学特性の変化に由来するものと推定された。この変位特性を粘弾性力学を用いて近似的に解析し、足踏み動作に対する仮骨の力学特性の経週的推移を評価した。仮骨の剛性は治療経過とともに増加した。仮骨の塑牲変形および弾性変形に対する塑性変形の比は、治療経過とともに減少し、最終的に消失した。仮骨の粘弾性特性における遅延時間は、治療経過とともに減少した。延長仮骨の場合には、測定初期に塑性成分の弾性成分に対する比が有意に大きかった。本法は、種々の仮定や解析上での近似を行うが、粘弾性理論にもとづいて、骨片の変形すなわち仮骨の力学特性をIn Vivoにおいて定量的に評価する方法である。また本法は骨癒合の補助診断法となり、X線撮影によって骨癒合の評価が困難な場合にも有力な診断法となりうる。

審査要旨

 本研究は高精度創外固定器のピンクランプ変位検出装置を用い、骨折や骨延長によって形成される仮骨の粘弾性特性を、In Vivoにおいて測定する方法を新たに開発したものである。本研究論文は、本法の測定精度を評価する参考実験1および2の各項と、臨床例における治療中の仮骨の粘弾性特性を経時的に測定した結果を示す臨床例の測定の項から構成される。

 1、参考実験1ではシリコンオイルとコイルスプリングから構成される粘弾性骨モデルを作製し、骨モデルを創外固定器を用いて固定して荷重試験を行った。骨モデルの粘弾性特性の理論値は単純フォークトモデルを用いて計算した。この理論値と荷重試験から得られた実験値を比較することによって、本法の測定精度を評価した。ピンクランプ変位検出装置の変位の測定値の誤差は8.3%であった。粘弾性特性については遅延時間を評価した。遅延時間の測定値の誤差は、シリコンオイルの動粘度が10000センチストークスの場合には14%、12500センチストークスの場合には13.6%であった。本測定法によってIn Vitroで仮骨の粘弾性特性が、遅延時間の形で定量的に評価できることが明らかとなった。

 2、参考実験1は骨モデルが1次元のモデルであり、また荷重も骨軸に一致した単軸応力場のモデルであった。したがって骨に曲げモーメントが作用する力学環境下において本測定法の測定精度を検討する必要がある。そこで参考実験2では弾性骨モデルを用いて偏心荷重試験を行い、曲げモーメントの負荷のもとでの骨モデルの変位を測定した。参考実験1と同様に理論値と実験値を比較し測定精度を評価した。コイルスプリングのバネ定数が3.5Kgf/mmの場合には測定誤差は各荷重点での平均で31.5%であった。バネ定数が20Kgf/mmの場合は18.1%、バネ定数が32Kgf/mmの場合には10.9%であった。測定精度はバネ定数が大きいほど改善する傾向を示した。この結果から、仮骨の硬化が進行し剛性が大きくなる時期において、本測定法は十分臨床使用に耐えると考えられた。

 3、臨床例の測定では、高精度創外固定器(Hifixator)を用いて治療を行った脛骨骨折および脛骨延長の患者を対象とした。治療経過による仮骨の粘弾性特性の推移を検討した。患者の足踏み動作の継続によって生ずる創外固定器のピンクランプの変位を測定した。これによって得られる時間-変位曲線を単純フォークトモデルを用いて近似的に解析した。解析結果から仮骨の力学特性の弾性成分、塑性成分、粘弾性に関する遅延時間を評価した。これらの各成分の経時的な推移を検討した。また各症例のX線像を読影し、画像所見と同時期の各成分の測定値とを比較対照し、骨癒合の評価法として両者を比較した。これによって本法がX線撮影による診断方法を補いうる補助診断法として臨床的有用性があるか検討した。変位の弾性成分、塑性成分、遅延時間は治療経過とともに減少した。塑性成分は最終的に消失した。遅延時間は測定初期に秒の単位の値であったが、最終的に0.1秒単位の値となった。骨折症例と延長症例において粘弾性特性の相異はなかったが、測定の初期においては延長仮骨で塑性成分の比が有意に大きかった。粉砕骨折や偽関節の症例において、X線像で骨癒合の進行を確認しがたい症例があった。また骨延長の症例のなかに仮骨の強度をX線像によって判定しがたい症例があった。これらの症例において粘弾性の測定値は経時的に減少し、骨癒合が進行したことを明らかに示した。

 本法は仮骨の粘弾性特性をIn Vivoにおいて検出する新しい方法である。これまでの方法は全て弾性力学を基礎にしたものであり、粘弾性力学を基礎にした測定方法は考案されていない。したがって仮骨の粘弾性特性の評価を行い得る画期的方法である。また臨床においてもX線像を読影する画像診断法による仮骨の評価方法よりも感度が高い方法であることが判明した。したがって本法はX線撮影による診断法を補い得る補助診断法として臨床的有用性を持つ。

 以上、高精度創外固定器のピンクランプ変位検出装置を用いた仮骨の粘弾性特性測定法は、これまで未知であった仮骨の粘弾性特性をIn Vivoで簡便に定量測定できる方法であり、また本法は骨癒合の補助診断法として臨床的有用性がある。このため本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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