[対象と方法] 装置は赤外線凝固装置(IRK151,MBB;Messerschmidt-Bolkow-Blohm社製)を用いた。本凝固器はタングステンハロゲンランプを光源とし、ピーク波長850nmを中心とした400〜1600nmの近赤外光を発生し、石英ライトガイドにより先端プローブまで導光され、プローブを組織に圧着させて照射することにより熱による組織変性を起こすものである。先端出力は約40wattである。照射時間はタイマーにより3秒まで可能である。
実験1.赤外線凝固器による心房筋の電気的アブレーション 1-1.雑種成犬(n=3)を用い、心拍動下に右心房自由壁を三尖弁輪部から垂直方向に心内外膜両面に対して線状に照射を行った。照射前後に24点48極カード電極による心房マッピングを行い、興奮伝播様式の変化を比較した。
1-2.対照実験:心拍動下に右心房自由壁、三尖弁輪部から垂直方向にサティンスキー鉗子をかけ切開縫合した(n=2)。鉗子をはずした後カード電極による心房マッピングを行い、照射後マップと比較した。
1-3.一旦作成されたアブレーションが不可逆であることの確認
1-1.で作成された犬を慢性犬とした(n=3)。3カ月後に再開胸し同様に心房表面マッピングを施行し、心房興奮伝播様式を検討した。
実験2.心房アブレーション用赤外線凝固プローブの開発 Tapered,Coated,Angledの3種類の先端プローブを試作し、それぞれの特性について調べた。Taperedプローブは両側面を斜めにカットしてある。Coatedプローブは、Taper面にニッケルと塩化第2スズをコーティングしたものである。Angledプローブは、先端から4mmをストレートにしたものである。3種とも直径10mm、先端面は1.5×10.0mmの平面である。
2-1.各プローブの放熱パターン
各プローブ先端面から10mmの距離での6秒(3秒×2)照射時の熱分布を、温度計を用いて測定した。また、5cmの距離で黄茶色厚紙に照射し、サーモグラフィを記録。熱分布を比較した。
2-2.各プローブの凝固深達度の特徴
各プローブを、心外膜が数mm陥凹する程度に右心室心外膜に圧着させ、3×n秒(n=1、3、5、7)連続照射した(n=9)。照射後犠牲死させ心筋をホルマリン固定した後に染色(H-E、Azan)し、凝固深達度を観察した。
2-3.各プローブの組織凝固パターンの特徴
2-2.で得られた標本で、凝固パターン(範囲、形状、方向)を観察した(n=3)。また凝固深達度/凝固幅(D/W)も比較した。
2-4.プローブ先端圧と凝固深達度の関係
心拍動下にプローブを右心室心外膜に軽く接触させ、3×n秒(n=1、3、5、7)連続照射した(n=3)。凝固深達度を圧着照射時のものと比較した。
実験3.成犬を用いた赤外線照射併用MAZE手術 赤外線照射を併用したMAZE手術を人工心肺下に雑種成犬を用いて行い、多点両心房電位測定を行った(n=3)。pulmonary vein encircling incisionと呼ばれる左右肺静脈周囲の円形切開を行わず、Taperedプローブを用いて赤外線照射(1ポイント12秒)を連続して行うことにより円形の心房凝固を得た(図1)。自己心拍が再開し心房電位図が確認された後に、刺入された双極針電極により18点両心房電位図を記録した。また、心房各部位からオーバードライブペーシング(Rate=120または150/min.)を行い、赤外線照射部位における刺激伝導様式を検討した。
(図1)赤外線照射部位:□[考察〕 心房細動の成因は、心房内マクロリエントリーによるとする意見が多い。MAZE手術は複雑な心房切開を置くことによりこのリエントリー回路を生じ得る最少心房筋量以下の単位に心房を分断し、洞調律に復することを目的としたものである。しかし大動脈遮断時間が延長するため、ハイリスク症例ではMAZE手術の行えない症例が数多くあるのが現状である。我々は、この複雑な心房切開縫合の手間を省くことを目標に、新しい心房凝固装置の研究開発を行った。
IRK151の不整脈外科への応用としては、中島らが犬を用いて行った洞結節、右脚およびHis束への照射と心電図変化の報告がみられるが、心房照射に関する実験報告はなされていない。
本実験ではまず、赤外線照射後にマッピングを行うことにより右心房筋が組織変性すると同時に電気的伝導遮断も生じることが確認された。ここで重要なのは貫壁性の凝固を得ることで、ごく少量でもviableな心筋が残存した場合には電気的伝導遮断は生じず、かえってslow conduction areaをつくり心房粗細動をおこしやすくする可能性がある。とりわけ右心房では肉柱が発達している部位があり凝固が及びにくく、臨床応用の際には十分な注意を要するものと思われる。
凝固体積は通常、凝固部を回転楕円体と考え、凝固半径:aと凝固深達度:bより、a>bのとき、Volume=(1/2)(4/3)
a2b、a<bのとき、Volume=(1/2)(4/3)
ab2として凝固体積を導くのが一般的であるが、線状のアブレーションの評価法としては適さないため、凝固深達度/横方向凝固幅(D/W)を指標として考案し、各プローブの評価を行った。その結果Taperedプローブが0.75と最もD/W比が高く、線状凝固に最も近かった。
凝固深度を決定する組織側条件として、その圧縮度も重要である。これは凍結凝固においても経験的に知られているが、本研究ではプローブを圧着した方が最大1.8倍(21秒照射時)の深達度を得られることが確認された。他の方法による凝固深達度の報告としては、Hendryらが犬摘出心心内膜からの冷凍凝固120秒で平均9.9mmの深達度が得られることを報告し、Mikatらは、犬における拍動下心外腺からの冷凍凝固90-120秒で平均5mmの深達度が得られることを報告している。またHendryらはArgon beam coaguratorを用いた心筋凝固を犬摘出心心内膜から行い、最大約11mmの深達度が得られたと報告している。心房筋の厚さは数mmであり、実験2で得られた10.3mmは十分な深達度であると思われる。
MAZE手術にはいくつかの変法があるが、体外循環下に両心耳を切除し、左房を4本の肺静脈の周囲で切開、両心房、心房中隔を迷路状に切開し、弁輪部など切開が困難なところは凍結で興奮伝導を遮断する点において全て共通である。右心系の切開は心拍動下で可能であるが、左心系は空気塞栓を避けるために大動脈遮断下に操作を行わなければならないが、これはすなわちMAZE手術において、左心系における切開縫合時間の短縮が大動脈遮断時間の短縮に直結することを意味する。犬を用いたMAZEIII術後心房電位では、赤外線照射併用pulmonary vein encircling incision部は電気的にisolationされ、照射に要した時間は短く、十分満足できるものであった。
大竹らは犬を用いた実験でNd-YAGレーザーを用い、心拍動群、心停止脱血群における心筋凝固容積を比較検討した結果、レーザーによる凝固容積の違いは、凍結凝固と異なり心筋温の差ではなく、血液(ヘモグロビン)の有無による光エネルギーの吸収率の差からくるものと結論している。赤外線もレーザーと同様光エネルギーであるために冷却心停止液使用下に用いる時は凝固範囲が狭くなる可能性が考えられる。
心室頻拍に対しては、Argon Laser、Nd-YAG Laser等によるアブレーションが臨床でも好成績をあげているが、これらは高価で大がかりであり、線状凝固も得られず、非薄な心房筋に対しては穿孔の可能性があり、心房凝固には不利と思われた。