近年、インスリンの血管系機能に及ぼす効果が注目されている。本研究は腎糸球体における重要な血管系細胞であるメサンギウム細胞の収縮機能に及ぼすインスリンの効果を明らかにするとともに、このインスリンの効果が高血圧モデルラットの一つである高血圧自然発症ラット(SHR)のメサンギウム細胞で異なっているかどうか検討することを目的とし、培養メサンギウム細胞を用いて実験を行い、下記の結果を得た。 1.インスリンはメサンギウム細胞の血管作動性物質による細胞内カルシウム濃度上昇を時間および用量依存性に抑制した。 2.効果の発現に必要なインスリンの濃度は生理的濃度と比べ100〜1000倍高濃度であり、さらに生理的濃度のインスリン様成長因子-I(IGF-I)でも同様の効果が認められ、インスリンの効果はIGF-I受容体を介して発現している可能性が示唆された。 3.細胞外カルシウムが除かれた状態ではインスリンの効果が全く認められず、血管作動性物質による細胞内カルシウム濃度上昇へのインスリンの効果の作用機序の一つとして細胞外から細胞内へのカルシウム流入の抑制が考えられた。 4.高濃度のインスリンおよび生理的濃度のIGF-IはアンジオテンシンIIによるメサンギウム細胞収縮を抑制した。 5.4週齢および8週齢のSHRメサンギウム細胞では、血管作動性物質による細胞内カルシウム濃度上昇および細胞収縮へのインスリンの効果が全く認められなかった。 6.[125I]-IGF-I受容体結合実験を行ってSHRメサンギウム細胞のIGF-I受容体について検討したが、受容体数、解離定数いずれもコントロールであるWistar Kyotoラットと明らかな相違を認めず、SHRメサンギウム細胞におけるIGF-I受容体を介した効果の欠落の機序としてIGF-I受容体より後の細胞内刺激伝達系における異常の存在が示唆された。 以上、本論文はメサンギウム細胞の収縮機能に及ぼすIGF-I受容体を介した効果を明らかにし、生体におけるIGF-Iのメサンギウム細胞収縮への関与、ひいては腎糸球体内血行動態への関与の可能性を提示している。さらに本論文ではこのIGF-I受容体を介したメサンギウム細胞機能の修飾がSHRでは欠落しているという、これまでにない新たな知見を見出しており、これが一次的にSHRにおける高血圧発症に一部関与している可能性も提示している。このように本論文は腎の生理機能ならびにSHRの腎の病態生理機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |