学位論文要旨



No 213074
著者(漢字) 田中,利善
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,トシヨシ
標題(和) Acoustic rhinometryを用いた鼻腔形態の薬物投与時の反応性に関する研究 : 特に知覚神経伝達物質の作用について
標題(洋)
報告番号 213074
報告番号 乙13074
学位授与日 1996.11.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13074号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増田,寛次郎
 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 竹島,浩
 東京大学 講師 平田,恭信
内容要旨

 耳鼻咽喉科診療において鼻閉を訴える患者は多い。現在も鼻腔の通気を客観的に評価する方法は確立されておらず、患者の主観的評価に頼っている。近年、acoustic rhinometer(図1)が開発された。この検査法は短時間に鼻腔容積、断面積を測定でき、しかも被検者の侵襲が殆どない、という利点を有する。鼻腔の通気は鼻腔内の形態変化に大きく左右される。鼻腔形態変化とは主として鼻粘膜内に存在する多種多様な血管反応による。そこで鼻粘膜内に血管作動物質を作用させた場合の鼻腔形態変化を、acoustic rhinometerを用いて経時的に測定した。血管作動物質のうち、特に知覚神経伝達物質は三叉神経、翼口蓋神経を介する神経節反射を起こすことが知られている。その際、知覚神経刺激が翼口蓋神経を介して副交感神経からVIPを分泌させ、鼻粘膜内の血管に対して血管拡張を起こすと考えられている(図2)。したがって知覚神経伝達物質の血管反応に神経節反射の関与があるか否かについて検討した。

実験方法

 鼻副鼻腔疾患のない6名の男性(27〜39歳、平均32歳)を対象とした。各人の片側の鼻腔内に濃度の異なる血管作動物質0.5mlを投与し、それによる鼻腔形態変化をacoustic rhinometerを用いて1時間にわたり測定した。

 血管作動物質が鼻腔内に広範に分布させるため、被検者を懸垂頭位とし、30秒毎に頭位を左右に回旋した(図3)。

 今回用いた血管作動物質は交感神経節後部刺激物質、副交感神経、および知覚神経の伝達物質である。

 (実験1)交惑神経節後部刺激物質としてアドレナリン(Adr)、硝酸ナファゾリン(Naph)を投与した。

 (実験2)副交感神経伝達物質としてアセチルコリン(Ach)、VIPを投与した。

 (実験3)知覚神経伝達物質としてカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)、サブスタンスP(SP)を投与した。

 (実験4)三叉神経と翼口蓋神経を介する神経節反射の有無を調べるため、実験3の知覚神経伝達物質を投与する前にVIP拮抗薬を投与した。

 被検者6人の実験3および4の反応に対する鼻腔容積(容積)、最小鼻腔断面積(断面積)の変化率を測定した。容積変化率はB/A A:作動物質点鼻前の平均鼻腔容積、B:点鼻後の最小鼻腔容積

 断面積変化率はD/C C:作動物質点鼻前の平均最小鼻腔断面積、D:点鼻後の最小鼻腔断面積とした。

 今回の実験にあたり、被検者6名に対し、実験方法、ならびに鼻腔内に投与する血管作動物質について前もって十分に説明し、全員より同意を得た上で実験をおこなった。

実験結果

 (実験1)両作動物質とも点鼻後約15分にわたり点鼻側の容積変化率、断面積変化率(以下、容積、断面積変化率と略)は増加した。しかしAdrはその後、徐々に変化率は漸減し1時間後には点鼻前の各変化率の値に近づいた(図4)。これに対しNaphは1時間後もプラトーだった(図5)。非点鼻側の各変化率に有意な変化はみられなかった。

 (実験2)Achは点鼻後に有意な変化をみなかった(図6)。VIPは点鼻直後に僅かに容積、断面積変化率の減少をみたが有意でなく、20分後には点鼻前の値となった(図7)。非点鼻側は実験1と同じだった。

 (実験3)CGRP、SPの各濃度を点鼻すると刺激感がみられた。そして点鼻後約10分間に容積、断面積変化率の有意な減少を認め、何れの濃度も1時間にわたってほぼプラトーだった(図8,9)。

 (実験4)VIP拮抗薬の点鼻では容積、断面積変化率に有意な変化をみなかった。次いでCGRPあるいはSPの各濃度を点鼻すると、実験3と同様に点鼻後約10分間に容積、断面積変化率の有意な減少を認め、その後1時間にわたりプラトーだった(図10,11)。非点鼻側には有意な変化はみられなかった。

 実験3と実験4において、CGRPの各濃度における容積、断面積変化率に殆ど変化はなかった。これに対し、SPでは実験4の容積、断面積変化率は実験3のそれらよりも大きく有意だった(表1,表2)。

考察

 (実験1):交感神経節後線維の刺激物質であるAdrとNaphでは共に容積、断面積変化率の増加をみた。前者は1時間後には点鼻前の状態に近づいたが、後者は1時間後も持続した。これは両作動物質の受容体のサブタイプの作用の強さの違いによると思われた。

 (実験2):Achの点鼻による鼻腔形態変化は殆どないと思われた。VIPは僅かに血管拡張作用を有するが、持続時間は短いと思われた。

 (実験3および4)VIP拮抗薬の有無に関わらず、CGRP、SPの各濃度において点鼻後、容積、断面積変化率の減少を認め1時間にわたりプラトーだった。CGRP、SPの容積変化率、断面積変化率を検討したところ、CGRPではVIP拮抗薬の有無による変化率に有意差をみなかった。これに対しSPではVIP拮抗薬の存在で容積、断面積変化率が有意に増加した。これはSPにはVIPを介する血管拡張反応、すなわち三叉神経(知覚神経)と翼口蓋神経節(副交感神経)を介する神経節反射の関与がCGRPと比べて大きいことによると思われた。

図1 Acoustic rhinometer図2)鼻粘膜血管の神経支配図3 点鼻薬の投与方法図4)Adrenaline 10-7M投与時の鼻腔容積変化図5)Naphazoline 10-7M投与時の鼻腔容積変化図6)Acetylcholine 10-7M投与時の鼻腔容積変化図7)VIP10-6M投与時の鼻腔容積変化図8)CGRP10-6M投与時の鼻腔容積変化図9)Substance P10-6M投与時の鼻腔容積変化図10)CGRP10-6M投与時の鼻腔容積変化図11)Substance P10-6M投与時の鼻腔容積変化表1鼻腔容積変化率の比較表2最小鼻腔断面積変化率の比較
審査要旨

 本研究はヒト鼻粘膜内の血管反応は自律神経系のみならず、知覚神経系も関与していることを明らかにするため、acoustic rhinometryという新しい鼻腔形態の測定法を用いて検討した。この検査法は被検者に殆ど侵襲を加えることなく、短時間に起こる鼻腔形態変化が測定可能で、下記の結果を得ている。

 1.片側の鼻腔内に同濃度の交感神経節後部刺激物質(アドレナリン、ナファゾリン)を点鼻すると点鼻15分以内に急激な鼻腔容積、最小鼻腔断面積の増加をみたが両物質の血管収縮の持続時間に差がみられた。

 2.副交感神経節後部刺激物質のアセチルコリンの点鼻では有意な鼻腔形態変化はみられなかった。しかしVIP(vasoactive intestinal polypeptide)では僅かに鼻腔容積、最小鼻腔断面積の減少をみた。

 3.鼻腔内の知覚神経から伝達物質としてCGRP(calcitonnin generelated peptide),SP(substanceP)が翼口蓋神経節を介して副交感神経を刺激する経路が存在し、VIPが分泌され鼻粘膜内血管拡張を起こすと考えられている。したがって知覚神経伝達物質単独投与の場合と、VIP拮抗薬を前投与した後に知覚神経伝達物質を投与した場合との鼻粘膜内血管反応について検討した。

 i)CGRP、SPの10-8,10-7,10-6Mのいずれでも点鼻側の鼻腔容積、最小鼻腔断面積の減少をみた。

 ii)VIP拮抗薬それ自体には鼻腔形態変化はみられなかった。

 iii)CGRP投与後にVIP拮抗薬を作用させた場合と、CGRP単独投与の場合の容積変化率、断面積変化率に有意な差はみられなかった。

 iv)SP投与後にVIP拮抗薬を作用させた場合と、SP単独投与の場合の容積変化率、断面積変化率では前者の方が小さくなった。

 v)CGRP、SPとも直接反応が有意であるが、SPの方が神経節反射を介したVIPによる血管拡張の可能性が考えられる結果を得た。

 vi)同じ知覚神経伝達物質でありながら、鼻粘膜内血管反応において作用点の差があることが示唆された。

 以上、本論文はacoustic rhinometryという新しい測定法で、鼻腔形態変化を鼻粘膜内血管反応として捉えることができた。確かにヒト鼻粘膜内の血管反応は自律神経系の交感神経が優位であることに変わりはなかった。しかし、知覚神経伝達物質を介した副交感神経系の血管反応が存在することも示唆された。

 今まで知覚神経伝達物質の鼻粘膜血管反応に対する研究はされていなかった。近年では知覚神経伝達物質の鼻アレルギーに対する関与も報告されるようになり、鼻粘膜内血管拡張に伴う鼻閉の治療に対する貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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