本研究はヒト鼻粘膜内の血管反応は自律神経系のみならず、知覚神経系も関与していることを明らかにするため、acoustic rhinometryという新しい鼻腔形態の測定法を用いて検討した。この検査法は被検者に殆ど侵襲を加えることなく、短時間に起こる鼻腔形態変化が測定可能で、下記の結果を得ている。 1.片側の鼻腔内に同濃度の交感神経節後部刺激物質(アドレナリン、ナファゾリン)を点鼻すると点鼻15分以内に急激な鼻腔容積、最小鼻腔断面積の増加をみたが両物質の血管収縮の持続時間に差がみられた。 2.副交感神経節後部刺激物質のアセチルコリンの点鼻では有意な鼻腔形態変化はみられなかった。しかしVIP(vasoactive intestinal polypeptide)では僅かに鼻腔容積、最小鼻腔断面積の減少をみた。 3.鼻腔内の知覚神経から伝達物質としてCGRP(calcitonnin generelated peptide),SP(substanceP)が翼口蓋神経節を介して副交感神経を刺激する経路が存在し、VIPが分泌され鼻粘膜内血管拡張を起こすと考えられている。したがって知覚神経伝達物質単独投与の場合と、VIP拮抗薬を前投与した後に知覚神経伝達物質を投与した場合との鼻粘膜内血管反応について検討した。 i)CGRP、SPの10-8,10-7,10-6Mのいずれでも点鼻側の鼻腔容積、最小鼻腔断面積の減少をみた。 ii)VIP拮抗薬それ自体には鼻腔形態変化はみられなかった。 iii)CGRP投与後にVIP拮抗薬を作用させた場合と、CGRP単独投与の場合の容積変化率、断面積変化率に有意な差はみられなかった。 iv)SP投与後にVIP拮抗薬を作用させた場合と、SP単独投与の場合の容積変化率、断面積変化率では前者の方が小さくなった。 v)CGRP、SPとも直接反応が有意であるが、SPの方が神経節反射を介したVIPによる血管拡張の可能性が考えられる結果を得た。 vi)同じ知覚神経伝達物質でありながら、鼻粘膜内血管反応において作用点の差があることが示唆された。 以上、本論文はacoustic rhinometryという新しい測定法で、鼻腔形態変化を鼻粘膜内血管反応として捉えることができた。確かにヒト鼻粘膜内の血管反応は自律神経系の交感神経が優位であることに変わりはなかった。しかし、知覚神経伝達物質を介した副交感神経系の血管反応が存在することも示唆された。 今まで知覚神経伝達物質の鼻粘膜血管反応に対する研究はされていなかった。近年では知覚神経伝達物質の鼻アレルギーに対する関与も報告されるようになり、鼻粘膜内血管拡張に伴う鼻閉の治療に対する貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |