学位論文要旨



No 213075
著者(漢字) 上原,鳴夫
著者(英字)
著者(カナ) ウエハラ,ナルオ
標題(和) 発展途上国における病院プロジェクトのサステイナビリティに関する研究
標題(洋) Study on Sustainability of Hospital Development Project in Developing Countries
報告番号 213075
報告番号 乙13075
学位授与日 1996.11.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第13075号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 開原,成允
 東京大学 教授 郡司,篤晃
 東京大学 教授 梅内,拓生
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 丸井,英二
内容要旨 1.

 1978年のアルマアタ宣言以降、国際保健研究はプライマリーヘルスケア(PHC)が主要なテーマとなり病院は顧みられることが少なかったが、近年になって途上国の病院の問題が新たに注目されるようになった。その背景には、病院が乏しい医療資源を占有しつづけているためにPHCや疾病対策など地域保健プログラムの持続的な発展が難しくなっていること、および、疾病構造の転換に伴ってPHCと病院医療との効果的な連携が求められるようになったにもかかわらず公共病院の多くは老朽化し適切な医療を提供できない状態にある、などの事情があり、「限られた医療資源の適正配分」と「公共医療の質の確保」が、保健政策決定者にとっての最重要課題となっている。

 したがって、病院事業が考慮される場合には、「地城医療システム開発の戦略」(地域医療システムをどのような形で形成・開発して行くか)と「病院の健全運営の戦略」(限られた財源のもとで病院を維持し健全な発展を遂げるにはどのようにすればよいか)という2つのレベルの戦略に照らして慎重に計画される必要があるが、これまでの病院事業は必ずしもそのようには計画・準備されていなかった。とくに、外国援助事業の場合には案件採択や案件規模が援助側の意向に依存するため、事前に十分な検討と準備を経ない状態で事業化されることになりやすく、また、関心が対象案件に限定されやすい。さらに、これまでは病院の財務や資源配分についてあまり研究されていなかったために、どのくらいの維持運営経費が必要になるかも理解できないまま、とりあえずはせっかくの援助機会を最大限に活用しようとするのが一般的な傾向だった。施設や機材は無償で供与されても維持運営経費は被援助側の負担であることを双方がよく認識していないと、新しい病院を建てても機能を維持できず、場合によっては、他の重要な地域保健医療活動から財源を奪ってしまうことで地域住民の保健向上にかえってマイナスの効果をももたらしかねない。そのような懸念はたびたび表明されてはきたが、実際の事例についての実証的な研究はほとんど行なわれていなかった。

 本研究の目的は、外国援助で建てられた病院のサステイナビリティと地域医療システムに及ぼす影響を実際の事例を通して検証し、途上国の公共病院が直面している構造的な問題と病院事業案件の審査や計画立案に際して考慮すべき要因を解明することである。

2.対象と方法

 研究の対象は、日本の無償資金協力でボリビアのサンタクルス市に建設されたサンタクルス総合病院(以下日本病院と略す)で、205床の収容能力を擁するが、内科、外科、小児科、ICUの155床で運営している。国立病院であるが運営は市の主要関係機関からなる第三者機関(地方自治委員会)に委ねられ、料金体系は患者の支払い能力に応じて5段階に区分されている。1986年3月に完成し、11月に開院した。本研究では次の3つの課題に分けて調査しその結果を分析した。現地調査は1988年7月と1989年4月に実施した。

(1)サステイナビリティに関する評価;

 公共病院のサステイナビリティを、公共サービス、提供される医療の質、財務の三つの指標で捉え相互の関係性を評価するために費用分析の手法を用いた。病床利用率、公共患者の比率、病院機能、医療の質を規定している要因を主な調査項目とし、業務記録等資料調査、関係者面接調査、観察調査、オキナワ診療所患者アンケート調査、を基に現状を評価した。費用分析では、サービス部門別原価と患者収入を算出したほか*、変動費比率および財務収支の分析、患者負担額の推算、運営経費係数の算定、を行ない、それらの結果に基づいて費用回収の可能性に関する概念モデルを作成した。

 *各部門の業務報告から得られる配賦係数を用い、ステップダウン法によって間接部門の経費を直接診療部門に配賦した。また、各サービス部門の患者収入も、指示が出された直接診療部門に配賦した。

(2)地域保健医療システムに対する影響の評価;

 公共サービスを都市の病院、都市部の保健センター、農村部医療、州の衛生行政(州衛生局)の4群に区分してそれぞれの財源と支出額を調査し、日本病院の占有比率を算定した。その意味と影響を明らかにするために、資料文献調査、観察、聞き取り調査により、ボリビアの医療システムにおける医療格差の現状と日本病院が与えた影響について調査した。

(3)事業計画に起因する構造的な問題要因の分析;

 上記の調査結果に基づいて、サステイナビリティを規定している構造的要因を分析し、事業の計画・実施に関わった関係者の聞き取り調査と資料調査によりそれら要因と事業計画との関連を検討した。

3.結果(1)サステイナビリティの評価<病院機能の現状評価>

 病院は負債を抱え、病院関係者の間には病院利用度の低さに起因する運営財源の不足のために十分な診療が行なえないとの認識があった。しかし、病床利用率は平均54%で季節的な変動を示し(高い時には80%を超える)、ラテンアメリカ地域の公共病院としては利用されている方であった。外科とICUの稼働率が相対的に高い。月別の合計で見ると入院患者数は外来患者数よりも救急室受診患者数とよく相関し(R=0.8226)、紹介転送患者は9.6%にとどまり、入院疾患構成から見ても、需要の特徴は三次レファラル病院というよりも急性病院(Acute Care Hospital)としてのものであった。救急患者のほとんどが低所得階層居住地域からの患者であり、支払い能力別に見た入院患者の内訳でも、一般患者(カテゴリーB)が41%、診療費の減免対象であるカテゴリーAの患者が47%、残りの12%が全額私費患者となっており、対象患者層で見る限り、公共病院としての役割を堅持していた。(比較対照としたラパス消化器病センターでは私費患者が20.7%、75%以上減免患者が32.5%であった。) 常勤医師の大半は外国で研修を受けたり外国の病院に勤務した経験をもち、必要とされる技術レベルは一応確保されており、むしろ医師はその能力や技術に見合った医療が提供できないことに欲求不満を感じている。ICUや病棟では、供与機材のうち25機種が使用されていなかったが、操作技術が不十分であることが原因となっているのはそのうちの2機種に過ぎず、むしろ機種の選定に改善の余地が大きいと判断された。診療の質を制約している真の要因は、技術不足や病院の財源不足ではなく、時に高価につく薬や医用材料がすべて患者負担(これを"Shadow Cost"と呼ぶことにする)となっていることにあると考えられた。必要な抗生剤や点滴、麻酔薬などを患者が購入できなければ、治療は中断し手術も延期された。したがって、公共サービスは提供されているものの、病院が目指す医療の質の向上は必ずしも公共患者には稗益していないと判断された。

<費用分析>

 病床利用率が増加した1987年でみると、利用率増加を支払い減免患者の増加によっていた(入院患者数とAグループ患者比率との間の相関係数;R=0.875)。また、費用分析によれば、固定費比率が非常に高く(政府費目分類に従えば、変動費は13.2%、直接変動費は6%程度)、1988年6月現在の入院患者数では患者一人あたりの損益は外来以外はすべて持ち出しになっていることがわかった。これは、人件費の割合が大きいためであるが、そのわりに、職員や医師一人当たりの生産性は低く、病床あたり職員数は2.2,同常勤医師数;0.36,同全医師数;0.47で、いずれも他の国立病院の2〜3倍以上であった。

 このため、現状の費用構成では、収容能力の範囲内では採算点が得られないと判断された。しかし年間支出の35%が政府と市の予算で補助されており、患者収入が、多い月には支出の60%に達していることから、経営改善を行なえば財政の改善と負債返済は可能と考えられた。したがってサステナビリティの主たる問題は、財政赤字よりもむしろ公共患者に対する適切な医療が確保できないことにあった。質を確保するために(近代病院が一般に行なっているように)医薬品や医用資材を病院が供給すれば財政が維持できなくなることが明らかで(現在一律に患者負担となっている"Shadow Cost"の平均は病院に支払った額とほぼ同額であった)、より適切な"Cross-Subsidy"のメカニズムと抜本的な財源動員の方法を検討する必要がある。費用分析の結果から、サステイナビリティを確保するための管理目標は、「外来サービスの拡大」、「一定限度内での私費患者枠の増加」、「ラボ・サービスなど補助部門サービスの民間セクターへのマーケティングなどスケール・メリットの活用」、「人件費の抑制」、であると判断された。

 年間運営経費は約160万USドルで、建設事業費との比率は7.3%だった。Hellerの報告(1979年)によれば、医療施設における年間リカレント・コスト(運営維持経費)は、キャピタル・コスト(投下資本)に比例する傾向があり、その割合(運営経費係数)は医療施設の種類によって異なる。彼の報告では従来型の総合病院の運営経費係数は約18%で、日本病院の方が小さいが、これは近代病院であることと日本の援助で建てられた病院であるために建設費が非常に大きいこと、および"Shadow Cost"が含まれていないためである。"Shadow Cost"を含めれば上記係数は10%を超えると推算された。これは、建設費の大きさに比例して、その1割以上を年間運営費として地域保健医療財源から捻出する必要があることを意味する。

(2)地域医療システムに対する影響

 ボリビアは都市部と農村部の医療格差が大きく、また民間セクターが発達している都市部においては、医療の質における貧富間格差の増大が指摘された。日本病院建設後の1987年にはサンタクルス州の公共保健医療施設が利用している財源の総和のうち都市部の国立病院が66%を占めた。日本病院だけでその3分の1(22%)に達している。これに対して農村部医療は18%、都市部のPHCは8%にすぎない。政府予算の配分比率では、日本病院が21%、農村部医療施設は30%、都市部のPHCは1.8%である。日本病院の開院を契機に病院間の拡張競争が激しくなり、1987年には開発資金のほぼ4分の3がICU増設など病院の近代化事業に費やされることになった。

(3)事業計画に起因する構造的な問題要因

 病院が抱える基本的な問題は、「医療の質」と、「(支払い能力に限界がある低所得層を対象とした)公共病院としての使命」と、「財政」という、互いに三すくみの関係にある課題を同時に維持しなければならないことにあった。医療の質を維持しながら病院財政の健全化と高い病床稼働率を図ろうと思えば、私費患者を主な対象にするのが早道であるが、公共患者に対するサービスは副次的になる。公共病院としての使命を維持しながら財政的な破綻を避けようとすれば、旧来通りの不十分な質の医療に甘んじることになる。公共患者に対する医療の質を高めようと思えば病院財政がもたない。安易に政府予算配分の増額によって問題解決を図ろうとすると、すでに圧迫されている農村部医療やPHCの財源をさらに奪ってしまうことになる。このため途上国の公共病院は、維持すべき病院の使命と事業目標を明確にしたうえで、適正な政府補助の限度内で財政的な自立を図ることが求められている。

 しかし病院医師、経営管理者、保健省、ドナーは、病院の使命と発展の方向について異なる考えをもち関心の重点が異なっており、そのために、マネジメントの方向づけが困難な状況におかれていた。(医師は自分のクリニックを有する開業医師の兼業であるため基本的に民間病院指向で先進技術の導入に主な関心がある。経営管理者は公共サービスと財政の両立に悩み、保健省は遅れているPHCの充実により関心があるため病院が予算を占有する現状には批判的で、ドナーの主たる関心事は低所得者への稗益度と技術移転による医療の質の向上であった。)これは計画の当初から事業目標と運営計画が明確にされず、利害を折衷したまま病院建設だけが先行した結果であることが明らかになった。また、政府権限を弱めた組織運営体制や人数制限のある専門外来設定、私費個室を想定しない病棟設計など、事業設計に由来する構造的な要因がサステイナビリティの改善に向けた取り組みを困難にする原因となっていた。

4.考察

 限られた財源のもとで「医療の質」と「公共サービス」と「財政」をともに維持しなければならない困難さは途上国の公共病院が共通して直面している問題である。この「トリレンマ」に対処するためには、病院プロジェクトを一病院の発展として捉えるのではなく、地域保健医療システムの再編と効率化の一環として捉える視点が必要と考察された。すなわち、公共病院としての使命を全うするためには、一病院で全てのニーズに対応しようとするのではなく、病院が意図する対象住民を明確にし、その対象住民の医療ニーズを明確にしてこれを第一義とする病院の性格づけが行なわれる必要がある。ラパスの消化器病センターの事例からは、心臓疾患や糖尿病、特定の消化器疾患など私費患者に需要が大きい疾患は民間専門病院への補助金等によって一部公共サービスを義務づけるなどするほうが費用効果が高いことが示唆された。「医療の質を高める」とは「特殊な病気に対する診療能力を競うこと」ではなく、「公共患者の主要対象疾患についての診療の質を確保すること(Quality Assurance)」であり、最新の医学の知見をもとにして限られた資源のもとでも適用可能な適正技術の選択あるいは開発を図る必要がある。ここに医療技術協力の役割があると考えられる。

 固定費比率が大きい病院のコスト構成で適正化が効果的に行なえるのは人件費と技術コストであり、診療手技は欧米のスタンダードを目標とせず、臨床疫学の観点に立って独自に適正なスタンダードをつくりだす能力と知識が求められる。近代病院の財政維持のためには、病院運営の効率化や経費節減はもとより、患者徴収の適正管理、Cross-Subsidyの効果的運用(認定方法の改善や、負担額に対する比率による減免ではなく一定額以上の負担免除など)、スケール・メリットを活かした民間セクターへのマーケティング、など有効な資源動員の方法が模索される必要があり、それには病院管理の能力と強い指導性が不可欠である。

 病院プロジェクトではしばしばその病院の成功だけに関心が集中しがちであるが、好むと好まざるとにかかわらず、病院プロジェクトは地域保健医療システムに対する介入となることを避けられない。実施にあたっては、建築設計にとどまらず、途上国の公共病院が抱える普遍的な問題への対処と地域保健医療システムに及ぼす効果を視野に入れた運営計画の立案が重要であり、それが十分に行なわれていない場合には計画立案やそのための調査に対する援助が必要であると考えられた。

5.結論

 経済発展が遅れ所得格差が大きい途上国では公共病院のサステイナビリティは「医療の質」と「公共サービス」と「財政」を鼎立させなければならないというトリレンマの構造に直面していることが明らかになった。このため、病院プロジェクトの審査や計画立案にあたっては、地域のニーズと地域医療システムの再編という視点を堅持し、病院の役割と事業目標を明確にし、このトリレンマに対処できる運営計画をあらかじめ十分に検討しておくことが重要であると考えられた。

 対象事例では、日本の強い関心表明によって公共サービスは維持されたものの、病院財務分析で把握できない"Shadow Cost"の存在が病院の中に医療格差をもたらしていた。また、維持経費として地域の公共医療財源の22%を吸収し、病院間に役割分担よりもむしろ競争を持ち込んだ結果、都市部の国立病院だけで全体の66%を占有することになった。深刻な経済危機が背景にあったものの、事業計画の策定にあたって事業目標と運営方法および事業主体が明確にされなかったことが、サステイナビリティの確立に向けた経営努力を困難なものにしていることが明らかになった。

審査要旨

 本研究は、発展途上国に対する日本の医療分野援助の中心になっている病院プロジェクトの多くがサステイナビリティ(自立発展性)の困難に直面している問題について、その要因はこれまで指摘されているような医療技術の遅れや勤勉性の欠如ではなく、発展途上国に共通するより普遍的で構造的な問題であり事業計画の立案過程の改善が重要であるとの認識のもとに、財務分析と地域医療システムをフレームワークとする評価を試みたものである。研究は、ボリビアにおける病院建設プロジェクトを事例として、費用分析、公共医療財源の分布と他の医療施設に与えた影響の評価、構造的要因の形成過程の遡及評価、の3段階の評価調査を実施し、下記の結果を得ている。

 1.対象病院の病床利用率は平均54%で救急受診患者数と相関し(R=0.82)、想定された第三次レファラル病院というよりもAcute Crare Hospitalとしての需要の方が大きい。所得に応じた料金制度(Sliding Scale Fee System)を設けることで、低所得層のアクセスは確保されている。しかし、Differential Cost Analysisの結果では変動費比率は13.2%にとどまり人件費を主とする固定費比率が非常に高いこと、Stepdown法による診療部門別原価計算の結果(一般外来18.3Bs,救急外来55.1Bs,病棟入院1件あたり467Bs,ICU入院1,719Bs;1US$=2.4Bs)では、採算部門は一般外来のみでICUでは入院1件あたり1,397Bsの持ち出しになっていること、が示された。また、病床利用率は費用減免患者数と高い相関(R=0.875)を示したことから、患者数に対応した収入と支出の変化がBreak-even Point(採算点)を形成できない可能性が示唆され、病床利用率はサステイナビリティの指標にならないことが実証された。

 2.年間支出の35%に相当する政府補助金があり、月によっては60%が患者収入によってCost Recoveryできているため、病院会計上は財政健全化はさして困難な課題ではないように見える。しかし、これは現代医療技術の質を規定している医薬品や医用材料などのマテリアル・コストが旧来通り患者負担のままになっているためで、患者に転嫁されるこれらの「Shadow Cost」が、病院の中で所得に応じた医療の質の格差を生じさせる結果となっていることが明らかにされた。

 3.年間運営経費は約160万ドルで事業総額の7.3%であるが、「Shadow Cost」を病院財政に含めるとHeller係数(年間運営費と等か資本額との比率)は10%を超えると推算され、建設経費が援助でまかなわれるとしても、援助の大きさに比例してその1割強を年間運営費として地域保健医療財源から捻出する必要が生じることが示された。

 4.ボリビアにおける都市人口比率は48%で農村人口とほぼ同数であるにも関わらず、医師の71%は都市部に集中し、農村部住民の平均受診率は都市部に比べて約3分の1、平均余命はも都市部よりも約7歳短く、都市部と農村部の医療格差が大きい。都市医療に対する住民の意識調査では医療の質における貧富間格差を指摘する声が最も多かった(41%)。しかし施設別財源調査では、病院新設によってサンタクルス州の保健医療財源の66%が都市部の病院に集中し、農村部医療は18%、都市部のPHC(保健センターで行なわれる予防保健プログラムや初期診療)は8%に抑えられ、都市部と農村部の間の医療格差の増大を促進する結果となっていることが実証された。また、病院間の役割連携が構想されなかったために既存の国立病院との間に競争関係が生じ、開発資金の4分の3がICUなど病院施設の拡張に費やされていた。

 5.案件形成過程の遡及評価では、医療技術レベルの向上が主たる関心事で「近代的な病院を作る」ことだけが目的になっていたために地域の医療ニーズや地域医療システムを視野に入れた事業目標が明確にされず、運営計画も立てられていなかった。そのことが、病院稼動後の病院管埋に困難を招いていることが明らかにされた。

 5.これらの調査・分析の結果から、病院プロジェクトのサステイナビリティの真の課題は財政赤字や医療技術の遅れ、ではなく、「質の確保」と「財政維持」と「公共病院の使命(低所得者層への医療提供)」という互いに対立する3つの課題を鼎立させなければならないという、途上国の公共病院に共通する構造的な問題であること、このため病院プロジェクトの計画立案にあたっては、地域医療システム再編という視点から質の効率と生産性を考慮した適正資源配分の計画を策定した上で、病院の役割と事業目標を明確にし、上記のトリレンマに対処できる運営計画とそのFeasibility(実現可能性)をあらかじめ十分に検討しておくことが不可欠であり,これを怠れば、むしろ地域間格差と貧富間格差の増大というネガティブ・インパクトをもたらしうることが示された。

 以上、本論文は、これまで医療技術や利用率の評価にとどまっていた病院プロジェクトの評価に財務分析の手法と地域医療システムの視点を適用することで、サステイナビリティに関わる問題の構造を具体的に実証した。本研究は発展途上国の医療ニーズに即した自立可能な病院プロジェクトの計画立案と援助の適正化に向けた課題の解明や評価手法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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