国際建設市場における価格競争は、近年、ますます激化している。受注産業の典型といえる建設産業は,価格のみならず建造物を作り出すプロセスを管理する技術,すなわちプロジェクトマネジメント技術そのものがビジネスの対象となる。あまりにも常識とかけ離れた価格による建設工事契約は,工事の品質,工期,そしてコストそのものの結果が所期の目標を達成できずに、発注者と施工者の双方にとって著しく不安定な状況を作り出すこととなる。すなわち,正当な価格と共にプロジェクトマネジメント技術能力も契約の評価対象とする,建設産業の適正化が求められている。 我が国の建設関連企業の国際市場における事業展開を通観すると,国内建設投資低迷による事業量の減少の補填,あるいは企業イメージ向上の一方策という補足的な位置づけで推移してきたといえる。1980年代初頭より今日に至る約15年間,日本の建設関連企業の国際市場における受注量は,年間1兆円の水準に留まっている。将来の事業展開を拡大するためには,日本の建設関連企業の体質に適合しつつ,諸外国と共有できるマネジメントシステムの構築が必要と考えられる。 本研究は,近年の国際建設事業の実態を見据えて、そこで適用可能な国際建設プロジェクトのマネジメントシステムを実現するための理論と具体的方策の開発を目的とした。さらに,開発したマネジメントシステムが、日本国内の建設産業の構造改善に与える効果についての分析も行なった。 国際建設市場におけるプロジェクト執行過程の特性は,以下に示すように整理できる。 (1)「競争の原理」を基盤とし,価格とマネジメント能力による「競争性」が求められる。こと。 (2)国際建設契約の理念に基づく「透明性」の高いマネジメント技術が求められること。 (3)多様かつ広範囲な不確定要素に対応しつつ「生産性」を維持できるマネジメント技術が求められること。 このような特性を持つ国際建設市場で確実に事業を展開するためには,日本の建設関連企業がこれまで具備してきたプロジェクト遂行技術を,根本的に見直し再構築をすることが必要となる。 我が国の建設プロジェクト遂行技術に関する分析をした結果、近年,日本の建設関連企業の持つプロジェクト遂行技術は,退化・分散化し脆弱化が進行していること,特に総合請負建設会社においてその傾向が顕著であることが分かった。本来の業務として行うべき労務管理,建設機械維持管理,技術移転等が、下請業者あるいは専門工事業者へと転嫁され,資機材の調達関連業務は、国内の流通市場の発展によって簡素化され,在庫管理業務がほとんど不必要となっている。すなわち,これらの業務に関連した技術は退化・分散化し,マネジメント技術の空洞化現象がみられるのである。国内建設市場とは異なる経済社会環境において国際建設プロジェクトを円滑に遂行するためには、これらのプロジェクト遂行技術を体系化し再構築する必要がある。 我が国の国内では通用しても,国際建設プロジェクトの実態に適合したプロジェクト遂行技術としては不十分と考えられる建設プロジェクトの基幹要素技術は,以下に示す通りである。 (1)公共事業の"予定価格"や"市場価格"を重視した積算技術。 (2)工期(完成期日)にいかに間に合わすかを主眼としたスケジュール管理技術。 (3)"契約総額"に焦点をあてた結果の管理,透明性と論理性の希薄なコスト管理技術。 (4)施工者の自主的管理を尊重した品質管理技術。 (5)長期的信頼関係と信義を重視した契約管理技術。 (6)契約条件の変動との関連性がない生産性管理技術。 国際建設プロジェクトのマネジメントシステムを構築するためには,我が国のプロジェクト遂行技術の退化・分散化および脆弱化の現状と国際建設市場の特性を見据えて,各種の基幹要素技術の改善と再構築を行うと共に,各々の技術を連携させ体系化することが求められる。国際建設市場で有効に機能するマネジメントシステムを構築するためには、様々な地域における国際建設契約に基づいたプロジェクト遂行の実務経験を検証しつつプロジェクトマネジメントに関する様々な調査研究が必要となる。 国際建設プロジェクトのマネジメントシステムは,国際建設市場の『競争の原理』『国際建設契約に基づくマネジメント理念』『広範囲な不確定要素の存在』という特性に適合していると共に、以下に示すプロジェクト執行に伴なって要請される目標を達成する必要がある。 (1)プロジェクト業務遂行の精度と生産性の向上。 (2)不確定要素管理能力の向上。 (3)契約管理能力の強化(事実立証の記録収集と集積)。 (4)精度と透明性の高いコスト管理。 (5)個々人の持つ経験値の組織的な集積。 (6)ローカルスタッフの育成と活用。 これらの目標に適合するシステム構築を行うためには,以下に示すマネジメントシステム構造の概念を設定することが必要となる。 (1)「トップダウン志向の意志決定」を基本構造とすること。 (2)「文書による意思疎通」が迅速に行えること。 (3)「脆弱化した管理技術の補強と再構築」を行うこと。 (4)「相互不信頼の領域」を管理する機能を強化すること。 (5)「コスト管理を中核」として必要業務を体系化すること。 (6)「標準となるマネジメントシステム」を構築すること。 我が国の建設業法の第18条では,「工事遂行の当事者は,各々の対等な立場における合意に基づいて公正な契約を締結し,信義に従って誠実にこれを履行されなければならない」と記述されている。公共工事標準請負契約約款もこの精神に則り各条項が組み立てられており、我が国の建設産業のマネジメントシステムは,相互信頼を基盤に構成されていると考えられる。一方、国際建設市場の建設契約約款は,予想される紛争をいかに解決するかを基盤に構成されているといえる。すなわち、国際建設市場は「相互不信頼が存在するマネジメント領域」が中核に存在し,これを前提としたマネジメントする技術が求められるのである。 国際建設プロジェクトは,世界の様々な国々で行われ様々な契約形態で執行される。したがって,全てのプロジェクトを同一のマネジメントシステムで執行することは不可能なので,国際建設プロジェクトを遂行するために必要とされる主要業務を網羅した標準的なシステムを構築することとした。これを現地の契約形態や法律等の諸条件に合わせて修正しつつ使用する方法が実践的なやり方といえる。 欧米のマネジメントシステムは,一般的に,スケジュール管理を中核として構築されている。我が国のスケジュール管理は,完成期日にいかに間に合わすかを追求するものであり,過程の管理機能が伴っていない場合が多い。すなわち,契約条件や設定諸条件の変更による労務,材料,機械等の工事資源の変動を管理対象として明確に捉えておらず,コスト管理と明確に連携していないので,プロジェクトマネジメントシステムの根幹といえる論理の一貫性が欠けている場合が多い。本研究で開発したマネジメントシステムは,スケジュール管理を中核とせずに,コスト管理を中核として体系化し,様々なデータを集積できる構造としたことが特長の一つである。この方法により,日本の建設技術者に理解し易く,コスト管理とスケジュール管理の相関管理,コストと時間の変動を定量的に捉えた契約管理が実施できるようにしたのである。 本研究で開発した国際建設プロジェクトの標準マネジメントシステムは,日本国内で退化・分散化したプロジェクト遂行技術を再構築すると共に,現時点の国内で通用している技術を国際建設契約に基づくマネジメント理念と一定の範囲で整合性をとりつつ,諸外国とも共有できるように改善し体系化したものである。このシステムは国際建設プロジェクトに共通するマネジメント項目を網羅しているので,東南アジア,西南アジア,アフリカ,中近東,中南米,および極東といった地域で,当該国の法律や経済社会条件,プロジェクトの契約条件等に適合するように修正され有効に使用されてきた実績を有している。 我が国の建設産業は、現在、平成7年4月に策定された建設産業政策大綱に示されているように,新しい競争の時代を迎えて新たな産業体質の確立という課題に取り組んでいる。 本研究で開発されたマメネジメントシステムは,我が国の建設プロジェクトマネジメント技術の体系化,改善および再構築という過程を経てシステム構築を行ったものであり,我が国の建設産業の体質改善,コスト管理の透明性,品質管理や生産性の向上等の課題を解決できる具体的な方策を提示していると考えられる。 |