学位論文要旨



No 213083
著者(漢字) 中沢,均
著者(英字)
著者(カナ) ナカザワ,ヒトシ
標題(和) 都市下水を対象とした活性汚泥法の合理的な施設設計手法・管理手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 213083
報告番号 乙13083
学位授与日 1996.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13083号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 助教授 滝沢,智
内容要旨

 活性汚泥法による下水中の炭素系有機物、窒素、りんの除去機構は、過去の10数年間にかなり明らかにされてきたが、理論に基づく各種活性汚泥法の統一的な整理がなされていなかった。反応タンクの設計を例にとると、各種活性汚泥法毎に、全国一律に、HRTあるいはBOD-SS負荷とMLSS濃度の組合せを決めていたにすぎず、水温、流入下水の水質等の下水処理場の置かれている地域条件の影響を設計上で合理的に評価できるような設計手法も提案されていなかった。現在、わが国の下水道整備の中心が中小市町村に移行し、多様な活性汚泥法が採用されるとともに、(1)放流水域の水質環境基準の維持達成、(2)閉鎖性水域の富栄養化防止、(3)処理水の再利用等の理由により、浮遊物、有機物、窒素・りん等の栄養塩類の除去を目的とした高度処理の採用が求められており、多様な環境条件と要求される放流水質に対して、個別の地域条件に対応した活性汚泥法の下水処理場の合理的な施設設計が望まれている。このため、同一の反応タンクで設計因子と操作因子の変更や好気・無酸素・嫌気の条件の組合せが容易な回分式活性汚泥法のパイロットスケール実験とSRTが長く硝化反応が進行しやすい完全混合形に近い反応タンクを有するオキシデーションディッチ法の下水処理場の実態調査結果等を用いて活性汚泥の沈降性、必要酸素量及び余剰汚泥の発生量を定式化するとともに、環境条件である水温と設計因子であるSRTを指標とした炭素系有機物の除去と硝化反応を中心とする活性汚泥法のメカニズムの理解に基づく合理的な施設設計手法の概念を以下のように提案した。

 (1)SRTと水温を指標としたC-BOD除去性能と硝化反応の分離

 (2)余剰汚泥の発生量とSRTへの流入下水の水質の違いの反映

 (3)反応タンクの設計への水温の違いの反映

 (4)最終沈殿池の設計手法の理論的反映

 (5)反応タンクと最終沈殿池の相互関係

 (6)設計条件の変化、変動に対する応答

 次に、活性汚泥法の反応タンク流入水の水質の組成と活性汚泥の組成の関係をモデル化しSRTを反応タンク流入水の水質、運転条件、MLSS等の関数として求めるとともに、炭素系有機物の除去と硝化反応に係わる活性汚泥法の動力学モデルを用いたシミュレーション結果に基づいて、温度係数が適切なこと、酸素供給量と其質濃度、余剰汚泥の発生量の関係を明らかにできること、処理機構と必要酸素量の時間変化がよく再現できること、SRTを指標として処理水のBOD及びアンモニア性窒素濃度を定量的に整理できること等、合理的な施設設計手法の概念の妥当性を検証した。

 さらに、全国の標準活性汚泥法の下水処理場の運転データを用いて、新たな指標により以下の関係を定式あるいは相関図により定量化した。

 (1)SRT及び水温と最終沈殿池流出水C-BOD

 (2)硝化に及ぼす水温とSRT

 (3)余剰汚泥の発生量

 (4)SVIと汚泥返送比及び返送汚泥のSS濃度

 新たな指標により求めた定式と相関図を用いて、たとえば、SRTと水温を指標とした反応タンク及び最終沈殿池の容量決定、適正なMLSS濃度を維持するために必要な汚泥返送比の決定、活性汚泥法の処理性能による必要送風量の決定等のような合理的な活性汚泥法の施設設計手法の設計手順を提案するとともに、解析例により、その有用性を示し、さらに、水温、流入下水の水量・水質等の設計条件の変化、変動に対する活性汚泥法の応答に関して、主として硝化反応の進行と必要酸素量についての予測手法を提案した。

 また、提案した活性汚泥法の施設設計手法に基づく試算により、有機物除去を目的とする標準活性汚泥法の下水処理場の以下の処理特性を明らかにした。

 (1)標準活性汚泥法の条件では、1年の水温の高い時期に硝化が進行し、水温の低い時期に硝化が抑制されるが、流入下水量が施設能力よりかなり少ない状態が継続する場合は、硝化が年間を通じて生じる。

 (2)4槽完全混合形の反応タンクを有する標準活性汚泥法の下水処理場を前提とすると、一般に、夏期に硝化・脱窒を目的とした運転を、冬期にC-BOD除去を目的として、バルキングの抑制対策のための嫌気好気運転を行うことにより、最適な運転管理が可能である。

 (3)酸素消費量は、硝化の有無と内生呼吸に影響を与える好気条件下の反応タンク内のMLSS量により大きく変化する。また、必要となる送風量は、採用するエアレーション装置の酸素移動効率により大きく変化する。

 最後に、提案した合理的な施設設計手法に基づいて、設計条件の変化、変動に対する活性汚泥法の応答の検討を行い、DO濃度、ORP、pH、MLSS濃度、SVI等の活性汚泥法の運転管理指標に基づいて、標準活性汚泥法の下水処理場の適正な運転管理手法を提案するとともに、年間を通した硝化促進を目標とする活性汚泥法の適正な運転管理手法における相違点を明らかにした。硝化促進型活性汚泥法の運転管理では、年間を通じた硝化促進を目的に施設設計が行われているので、標準活性汚泥法の運転管理と比較して運転管理上の対応は単純で容易である。

 本研究では、現在までに明らかになっている「活性汚泥法の下水処理理論」と「活性汚泥法の下水処理場の運転実績」との橋渡しをすることにより合理的な施設設計手法を確立し、新たに以下の項目を施設設計手法に取り入れた。

 (1)環境条件である水温と設計因子であるSRTを指標とした設計手法を新たに導入し、活性汚泥法の有機物除去性能と硝化反応を分離して取り扱えるようにした。

 (2)余剰汚泥の発生量の計算を反応タンク流入水の水質と運転条件により定式化し、SRTの予測手法を提案した。

 (3)予測した処理性能に対して、適切に必要酸素量を計算できるようにした。

 (4)活性汚泥の沈降性を実験結果から定量化し、最終沈殿池と反応タンクの相互関係を反映した設計手法を提案した。

 (5)条件の経年的、経月的、日間の変化、変動に対する処理性能の変化の予測手法を提案した。

審査要旨

 下水の生物処理法としての活性汚泥法は、その開発以来80年の経験を持つ技術であり、わが国に導入されてからでも、60年以上を経過している。この活性汚泥の設計及び管理についても、一定程度のマニュアルは整備されてきてはいたが、その多くは経験的な要素の強いものとなっていた。そのため設計・管理の手法に合理性を欠く面も多く新しいマニュアル造りが求められていた。

 本研究は、このような要請に対して、主として都市下水を対象とする活性汚泥法に対して、炭素系有機物、窒素、リンの除去機構に関するメカニズムの理解に基づく合理的な、施設設計手法及び管理手法を具体的に提示するものである。本論文は「都市下水を対象とした活性汚泥法の合理的な施設設計手法・管理手法に関する研究」と題し、緒言と6章よりなっている。

 「緒言」においては、わが国における活性汚泥法のメカニズム理解の現状を述べ、論文提出者が活性汚泥法の設計・管理にかかわってきた事情を述べている。

 第1章は、「都市下水の処理を対象とした活性汚泥法の実用化の現状」である。現状の設計手法の問題点として、(1)水温とSRTの影響、流入下水の水質の組成等の設計条件の違いを設計に反映できないため、硝化反応等処理水質の予測ができないこと、また、反応タンクへの必要な供給酸素量を適正に算出できないこと、(2)反応タンクの形状や反応タンク内の設定条件の違いによる活性汚泥法の処理性能の違いを反映できないこと、(3)設計条件の変化、変動に対する処理結果の検討ができないため、施設の安全度、余裕度の考え方が欠落し、条件の時間変化や季節的な変化に対するプロセスの応答の予測方法と危険管理の考え方が欠落していること、を挙げている。

 第2章は、「活性汚泥法の施設設計の理論的背景」である。近年における活性汚泥法のメカニズムに関する理論的発展を整理し、併せて各種の定量的データを基にして、設計手法の概念を明示することに成功している。設計に関して考慮すべき項目として、(1)SRTと水温を指標としたC-BOD除去性能と硝化反応の分離、(2)余剰汚泥の発生量とSRTへの流入下水の水質の違いの反映、(3)反応タンクの設計への水温の違いの反映、(4)最終沈殿池の設計手法への理論的反映、(5)反応タンクと最終沈殿池の相互関係、(6)設計条件の変化、変動に対する応答を列挙している。

 第3章は「活性汚泥法のモデルの導入」である。2章におけるメカニズム解析の成果を数学モデルとして提示し、実際施設からのデータとの適合性の検証を行い、よい再現性を与えている。具体的には、(1)反応タンク流入水の水質の組成と活性汚泥の関係をモデル化した定常モデルを用いて、SRTを反応タンク流入水の水質、運転条件、MLSS濃度等の関数として求めたことより余剰汚泥の発生量の予測が可能となった、(2)炭素系有機物の除去に係わる動力学モデルを回分式活性汚泥法のパイロットプラント実験結果に適用し、各パラメータ値を決定するとともに温度係数、必要酸素量、余剰汚泥発生量の推定などに有効に利用できることを示した、(3)硝化反応を考慮した動力学モデルを適用したシミュレーション結果から、SRTを指標として処理水のBOD及びアンモニア性窒素濃度を定量的に推定できることがわかった、以上3点の成果を示している。

 第4章は、「合理的な施設設計手法の提案」である。わが国の現存の標準活性汚泥法の下水処理場の実態調査をふまえた上で、(1)SRTと水温を指標とした反応タンク及び最終沈殿地の容量決定、(2)適正なMLSS濃度を維持するために必要な汚泥返送比、(3)活性汚泥の処理性能と送風量、について決定していくフロー図をチャートとして示し、合理的な設計手法の提案を行っている。

 第5章は「活性汚泥法の適正な運転管理手法」である。「活性汚泥法の合理的な設計手法」で用いた予測手法に基づいて、設計条件の変化、変動に対する活性汚泥法の応答の検討を行い、適正な運転管理手法について10項目の指針を提示している。

 第6章は総括である。

 以上要するに本論文は、経験的な要素によって設計されてきた活性汚泥法施設に対して、メカニズム理解に基づく合理的な設計管理方法を提示するものであり、下水道技術の発展のために実用的な大きな寄与をなすものである。このことは広く水環境保全の技術の推進にとっても有用であり、ひいては都市工学、とりわけ都市環境工学の分野の発展に貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51024