学位論文要旨



No 213087
著者(漢字) 張,惟敦
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,イトン
標題(和) 炭素繊維強化樹脂系複合材料の層間破壊靱性に及ぼす諸因子の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 213087
報告番号 乙13087
学位授与日 1996.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13087号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 助教授 吉成,仁志
 東京大学 助教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 青木,隆平
内容要旨

 炭素繊維強化樹脂系複合材料(Carbon Fiber Reinforced Plastics:以下CFRP)は,比強度および比剛性が金属材料よりも高いため,軽量化を狙った金属部品の代替に使用されることが多く,また繊維配向を外荷重条件に合わせて選択できることから設計の自由度が非常に大きい材料である。しかし,一方では,金属材料に比べて層間破壊靭性が低く耐衝撃損傷性に劣るため,積層面外の荷重に対して容易に層間はく離を生じてしまう欠点も持ち合わせている。このような複合材料を航空エンジン部品や宇宙構造部品に適用するとき,可能な限り材料自体が持つ欠点は補い,しかも材料の長所を最大限に活かした設計を行うことが望まれる。しかしながら,このような材料設計を念頭においた,CFRPの層間はく離破壊に関する研究はまだそれほど進展していないのが現状である。本研究では,CFRPを使って構造部品を設計するに際し,設計指針を与えることを目的に,吸湿量,繊維配向角,材料の種類などの諸因子がCFRPの層間破壊靭性に及ぼす影響を明らかにした。そのため,DCB(Double Cantilever Beam)試験を用いて諸因子がモードI層間破壊靭性に及ぼす影響を,ENF(End Notched Flexure)試験により諸因子がモードII層間破壊靭性に及ぼす影響を,そしてMMB(Mixed Mode Bending)試験を実施して諸因子がI・II混合モード層間破壊靭性に及ぼす影響をそれぞれ検討した。それらの結果を総合すると以下のことが言える。

 吸湿量が層間破壊靭性に及ぼす影響に関しては,CFRP積層板が多量に吸湿することで,繊維/樹脂界面の強度は低下し,そのためモードIおよびモードIIはく離き裂成長初期における層間破壊靭性値GICおよびGIICは低下する。モードIでは,乾燥状態においてもGICは低くなり,GICを最大にするような吸湿状態があることを推察させる結果であった。また,モードIはく離き裂進展過程における層間破壊靭性値GIRも乾燥状態の場合がもっとも高く,モードIに関してはモードIIに比べて,はく離き裂成長初期から進展過程まで吸湿量による影響が大きいことがわかった。一方,モードIIについては,はく離き裂が成長するにつれて進展過程における層間破壊靭性値GIIRが高くなるが,吸湿状態による影響は小さい。したがって,モードIIの場合は,はく離き裂成長初期において吸湿量の影響を大きく受けるが,はく離き裂進展過程においては吸湿量の影響はほとんどないと言える。

 はく離き裂が伝播するCFRP積層板の層間における繊維配向角が層間破壊靭性に及ぼす影響については,試験片の積層構成に工夫を施し,CFRP積層板の/-層間ではく離を生じさせても試験片の変形が巨視的にモードIあるいはモードIIとなるようにして,層間破壊靭性を測定し,検討した。すなわち,[/-/0n/-///-//0n//-]の積層構成とし,//で表した/-層間ではく離を進展させた。これにより,繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど,GICが高くなるのに対してGIICは低くなることが明らかになった。平織クロス強化積層板のモードI層間破壊の場合を除いて,GIR,GIIRともにはく離き裂が成長するのにともない高くなり,しかも繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど急激に高くなることもわかった。手織クロス強化積層板のモードI層間破壊に関しては,GIRははく離き裂が成長しても巨視的にほぼ一定のままであるが,安定/不安定混在型のはく離き裂伝播現象が見られ,不安定破壊が起こるピッチが繊維の織りピッチとほぼ等しいことがわかった。モードIにおいても,またモードIIにおいても見られた現象であるが,繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど,トランスバース・クラックによるはく離き裂の分岐が生じやすく,そのためモードIにおいては破壊面積が増大し,これが見かけ上GIRを高くしていく要因であると推察できた。さらに,I・II混合モードにおいても,繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど層間破壊靭性が高くなることも明らかになった。I・II混合モードにおけるはく離き裂発生条件は繊維配向角によって特徴的に変わるが,GI/GII比が1のあたりを境にして傾向が変わった。これは,I・II混合モード層間破壊をモードIが支配的な領域とモードIIが支配的な領域とに分けることができるのを示唆している。

 材料の種類が層間破壊靭性に及ぼす影響に関しては,それぞれの材料特有のモードIおよびモードIIはく離き裂進展抵抗曲線が得られた。層間破壊靭性の高い材料では,荷重-変位曲線初期の非線形性が大きく,そのため非線形開始点(PNL点)で評価するか最大荷重点(PMAX点)で評価するのかによって,GICおよびGIICが相当に異なることがわかった。成形性に劣る耐熱性樹脂を用いたCFRP材料においては,モードIはく離き裂が成長するとともにGIRが急激に高くなるが,これは成形状態に起因する繊維の不整列によるファイバー・ブリッジングの影響によるものと推察できた。また,GIIRに関しては,材料の種類に関係なく,はく離き裂が成長するのにともない高くなるが,PMAX点以降はGIIRが一定値に漸近していく傾向があることもわかった。炭素繊維強化エポキシ樹脂積層板に関しては,樹脂が高靭化されているものとそうでないものとで,0/0界面,30/-30界面,および60/-60界面における層間破壊靭性を比較した。その結果,樹脂が高靭化されている方がGICおよびGIRともに高く,繊維配向角および樹脂が高靭化されているか否かにかかわらず,モードIはく離き裂進展抵抗曲線の傾向が同じになることがわかった。また,PNL点でGIICを評価すれば,樹脂が高靭化されているか否かにかかわらず,0/0界面におけるGIICの方が30/-30および60/-60界面におけるGIICよりも高くなる。GIIRについても,繊維配向角および樹脂が高靭化されているか否かにかかわらず,はく離き裂が成長するのにともない高くなる傾向にあることがわかった。しかし,樹脂が高靭化されていない場合には,繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど急激にGIIRが高くなるのに対して,樹脂が高靭化されている場合には必ずしもこの傾向はない。これらに加えて,I・II混合モードにおいては樹脂が高靭化されている場合,GII成分がGI成分よりも大きい範囲において,層間破壊靭性が特に高くなることもわかった。

 一方向強化および織物強化したCFRP積層板について,モードIIはく離き裂成長開始点をAE(Acoustic Emission)測定を利用して実験により特定することができた。そこでは,ENF試験における支点上のはく離き裂面の間にフィルムを挿入してはく離き裂面での摩擦を軽減し,試験において生じる雑音を極力除けば,AE測定によってモードIIはく離き裂成長開始点を特定できることがわかった。両材料ともに,AE測定によって特定したモードIIはく離き裂成長開始点PAgは,荷重-CSD曲線において剛性が初期の剛性よりも約4.2%低下した点に相当することもわかった。この結果と試験方法の簡便さの点から,GIICをPNL点で評価するのが設計上もっとも簡便で,かつ安全側であると言える。

 ENF試験において,摩擦軽減用にはく離き裂面にフィルムを挿入すると,挿入しない場合に比べて,GIICが低く評価されることがわかった。また,この傾向は,概ね繊維配向角によらなかった。I・II混合モードにおいて,GI/GII比が0.02での層間破壊靭性値と純粋なモードIIでの層間破壊靭性値とでは,GII成分を比べても,GI成分とGII成分とを足し合わせたGTを比べても相当に差があることが明確であった。この差は,ENF試験において,摩擦軽減用にはく離き裂面にフィルムを挿入すると,挿入しない場合に比べてGIICが低く評価されることを考慮しても,なお大きい。そのような差が生じる要因としては,MMB試験方法とENF試験方法とが,試験方法を類似させているとはいっても,基本的には異なるということの影響であると考えられる。たとえば,MMB試験治具の各接点における摩擦の影響であるとか,あるいはGI/GII比が小さい範囲では力のかかり方が基本的にENF試験の場合とは異なるということである。この点については今後の検討を要する。

 以上,本研究により、吸湿量がCFRPの層間破壊靭性のうちでGIC,GIR,GIICに少なからず影響を及ぼすこと,そして,材料の種類によってモードIとモードIIにおけるはく離き裂進展抵抗曲線が大きく異なり材料自体の特徴が現れることが明らかになった。また,繊維配向角がCFRPのモードIとモードIIにおける層間破壊靭性に及ぼす影響を定量的に議論することができた。さらに,I・II混合モードにおけるはく離発生条件が繊維配向角および材料の種類によって特徴的に変わることも明らかになった。

審査要旨

 炭素繊維強化樹脂系複合材料(Carbon Fiber Reinforced Plastics:以下CFRPと略称する)は,比強度および比剛性が金属材料よりも高いため,軽量化を狙った金属部品の代替に使用されることが多く,また繊維配向を外荷重条件に合わせて選択できることから設計の自由度が非常に大きい材料である。しかし,一方では,金属材料に比べて層間破壊靭性が低く耐衝撃損傷性に劣るため,積層面外の荷重に対して容易に層間はく離を生じてしまう欠点も持ち合わせている。このような複合材料を航空エンジン部品や宇宙構造部品に適用するとき,可能な限り材料自体が持つ欠点は補い,しかも材料の長所を最大限に活かした設計を行うことが望まれる。しかしながら,このような材料設計を念頭においた,CFRPの層間はく離破壊に関する研究はまだそれほど進展していないのが現状である。

 本論文は、このような背景のもとで、CFRPを使って構造部品を設計するに際し,設計指針を与えることを目的に,吸湿量,繊維配向角,材料の種類などの諸因子がCFRPの層間破壊靭性に及ぼす影響を明らかにしようとしたもので、5章より構成される。

 第1章は序論で、本研究に関する従来の研究について述べ、問題点を明らかにし、本論文の構成を述べている。

 第2章では、DCB(Double Cantilever Beam)試験を用いて諸因子がモードI層間破壊靭性に及ぼす影響を検討した。吸湿量が層間破壊靭性に及ぼす影響に関しては,CFRP積層板が多量に吸湿することで,繊維/樹脂界面の強度は低下し,そのためモードIはく離き裂成長初期における層間破壊靭性値GICは低下する。また、乾燥状態においてもGICは低くなり,GICを最大にするような吸湿状態があることが推察された。また,モードIはく離き裂進展過程における層間破壊靭性値GIRも乾燥状態の場合がもっとも高く,モードIに関しては,はく離き裂成長初期から進展過程まで吸湿量による影響が大きいことがわかった。はく離き裂が伝播するCFRP積層板の層間における繊維配向角が層間破壊靭性に及ぼす影響に関しては,試験片の積層構成に工夫を施し,CFRP積層板の/-層間ではく離を生じさせても試験片の変形が巨視的にモードIとなるようにして,層間破壊靭性を測定した。これにより,繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど,GICが高くなることが明らかになった。平織クロス強化積層板のモードI層間破壊の場合を除いて,GIRははく離き裂が成長するのにともない高くなり,しかも繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど急激に高くなることもわかった。平織クロス強化積層板のモードI層間破壊に関しては,GIRははく離き裂が成長しても巨視的にほぼ一定のままであるが,安定/不安定混在型のはく離き裂伝播現象が見られ,不安定破壊が起こるピッチが繊維の織りピッチとほぼ等しいことがわかった。材料の種類が層間破壊靭性に及ぼす影響に関しては,それぞれの材料特有のモードIはく離き裂進展抵抗曲線が得られた。層間破壊靭性の高い材料では,荷重-変位曲線初期の非線形性が大きく,そのため非線形開始点(PNL点)で評価するか最大荷重点(PMAX点)で評価するのかによって,GICが相当に異なることがわかった。成形性に劣る耐熱性樹脂を用いたCFRP材料においては,モードIはく離き裂が成長するとともにGIRが急激に高くなるが,これは成形状態に起因する繊維の不整列によるファイバー・ブリッジングの影響によるものと推察できた。炭素繊維強化エポキシ樹脂積層板に関しては,樹脂が高靭化されているものとそうでないものとで,0/0界面,30/-30界面,および60/-60界面における層間破壊靭性を比較した。その結果,樹脂が高靭化されている方がGICおよびGIRともに高く,繊維配向角および樹脂が高靭化されているか否かにかかわらず,モードIIはく離き裂進展抵抗曲線の傾向が同じになることがわかった。

 第3章では、ENF(End Notched Flexure)試験により諸因子がモードII層間破壊靭性に及ぼす影響を検討した。吸湿量が層間破壊靭性に及ぼす影響に関しては,はく離き裂成長初期において吸湿量の影響を大きく受けるが,はく離き裂進展過程においては吸湿量の影響はほとんどないことがわかった。はく離き裂が伝播するCFRP積層板の層間における繊維配向角が層間破壊靭性に及ぼす影響については,繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど,GICが高くなるのに対してGIICは低くなることが明らかになった。一方、GIIRははく離き裂が成長するのにともない高くなり,しかも繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど急激に高くなることもわかった。材料の種類が層間破壊靭性に及ぼす影響に関しては,それぞれの材料特有のモードIIはく離き裂進展抵抗曲線が得られた。層間破壊靭性の高い材料では,荷重-変位曲線初期の非線形性が大きく,そのためPNL点で評価するかPMAX点で評価するのかによって,GIICが相当に異なることがわかった。また,GIIRに関しては,材料の種類に関係なく,はく離き裂が成長するのにともない高くなるが,PMAX点以降はGIIRが一定値に漸近していく傾向があることもわかった。炭素繊維強化エポキシ樹脂積層板に関しては,樹脂が高靭化されているものとそうでないものとで,0/0界面,30/-30界面,および60/-60界面における層間破壊靭性を比較した。その結果,PNL点でGIICを評価すれば,樹脂が高靭化されているか否かにかかわらず,0/0界面におけるGIICの方が30/-30および60/-60界面におけるGIICよりも高くなる。GIIRについても,繊維配向角および樹脂が高靭化されているか否かにかかわらず,はく離き裂が成長するのにともない高くなる傾向にあることがわかった。また、ENF試験における支点上のはく離き裂面の間にフィルムを挿入してはく離き裂面での摩擦を軽減し,試験において生じる雑音を極力除けば,モードIIはく離き裂成長開始点をAE(Acoustic Emission)測定を利用して実験により特定できることが示され、AE測定によって特定したモードIIはく離き裂成長開始点PAEは,荷重-CSD曲線において剛性が初期の剛性よりも約4.2%低下した点に相当することがわかった。この結果と試験方法の簡便さの点から,GIICで評価するのが設計上もっとも簡便で,かつ安全側であると言える。

 第4章では、MMB(Mixed ModeBending)試験を実施して諸因子がI・II混合モード層間破壊靭性に及ぼす影響をそれぞれ検討した。さらに,I・II混合モードにおいても,繊維配向角がはく離き裂伝播方向と角度差があるほど層間破壊靭性が高くなることも明らかになった。I・II混合モードにおけるはく離き裂発生条件は繊維配向角によって特徴的に変わるが,GI/GII比が1のあたりを境にして傾向が変わった。これは,I・II混合モード層間破壊をモードIが支配的な領域とモードIIが支配的な領域とに分けることができるのを示唆している。材料の種類が層間破壊靭性に及ぼす影響に関しては,GI/GII比が0.02での層間破壊靭性値と純粋なモードIIでの層間破壊靭性値とでは,GII成分を比べても,GI成分とGII成分とを足し合わせたGTを比べても相当に差があることが明らかにされた。そのような差が生じる要因としては,MMB試験方法とENF試験方法とが,試験方法を類似させているとはいっても,基本的には異なるということの影響であると考えられるが、この点については今後の検討を要する。

 最後の第5章は本論文の成果を総括したものである。

 以上を要するに、本論文では、炭素繊維強化樹脂系複合材料の材料設計の観点から、その層間破壊靭性に及ぼす諸因子の影響を系統的に明らかにしたもので、今後の合理的な設計法の確立のためにも重要な役割を果たすものと考えられ、工学とくに複合材料工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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