工学修士岩崎晃提出の論文は「Development of Optical Observation Methods for Material Processing in Microgravity(微小重力下での材料製造プロセスの光学的観察法の開発)」と題し、5章および付録から成っている。 微小重力環境を利用して、材料製造時の物理化学過程の解明ならびにそれを応用した高強度の航空宇宙材料や高品質の機能性結晶の創製が可能であると考えられる。注意深く物理化学過程を観察するためには、ロケットの打ち上げに伴う振動等に耐えうる光学装置が求められていた。このような背景から、本研究では光学的観察機器を開発し、装置の重量に制限がある、実験時間が十分でない等の微小重力実験における問題点を解決し、その材料プロセスへの応用を行おうとするものである。 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、研究の目的と意義を明確にしている。 第2章においては、微小重力実験に適した光学的測定手法の開発について述べている。光干渉計は結晶の成長過程、結晶まわりの温度や濃度場を高感度で可視化する手法であるが、光学素子のわずかなずれが測定の精度を下げるため、振動や衝撃に対する対策が必要である。2つのプリズムを用いた改良型2光束干渉計は光学部品が少なく構造が簡単である上に、鏡の傾きを補償する作用により干渉縞を安定化する特長があり、ロケット実験用干渉計の開発が可能となった。さらに、くさび形の光学素子を参照光中に導入して発生する有限干渉縞を重ね合わせるモアレ干渉法を利用し、測定の空間分解能を高めるとともに光学素子の歪みに起因する誤差の補正を可能にした。 次に、結晶両面からの反射光を干渉させ、薄板結晶の成長速度を算出する手法(有限バンド幅干渉法)を開発した。光源のスペクトルをガウス分布と仮定した場合の干渉縞のコントラストを求め、結晶が傾いている場合の誤差解析を行った。本手法は2光束干渉計のマクロ観察と動的散乱法のサブミクロン測定の間を埋める手法として期待される。 さらに、回折限界以下の微結晶を追跡するための動的光散乱技術について検討した。ブラウン運動に基づく計測法であるため、スペクトル解析を必要とし、測定の時間分解能を制限していた。この問題を解決するため、大容量メモリーを有する光子計数計に全てのデータを蓄えて後で処理する方式を発案した。標準粒子の粒径の校正実験を行い、任意の時間区切りの測定および高い時間分解能の点で、本方式が落下塔実験へ適用する上で有効であることを示した。 第3章においては、改良型干渉計のロケット実験への使用例として、透明な有機材料であるサリチル酸フェニルの凝固過程を観察し、結晶成長に伴う熱移動現象を考察した。矩形の石英容器を金属ブロックではさんだ実験セルで、一方向凝固中の固液界面の形態と界面近傍の温度分布を可視化した。有限干渉縞の傾きが変化する温度逆転層および界面に沿って分布する等温線を見いだし、界面から放出された潜熱が過冷却液体側にも拡散することを明らかにした。本実験により、改良型干渉計が振動に耐え、材料プロセス過程での温度分布を測定する上で有効な手段であることが証明された。 第4章においては、有限バンド幅干渉法による薄板結晶の観察例として、触媒や分離膜として使われるゼオライト(沸石)結晶の成長をとりあげた。ゼオライト結晶は小さく、その成長は約200℃の高アルカリ水溶液中で進行することから、直接観察を妨げてきた。高圧用の結晶成長セルを開発し、動いている結晶についても明瞭に厚さの分布に相当する干渉縞を観察することを可能とした。結晶の厚み方向の成長速度が一定でありコロイドが溶解しシリカを安定に供給していること、成長は結晶の中心から外側に広がることがわかった。また、反応温度の上昇とともに成長速度が著しく大きくなり、結晶成長は化学反応により律速されることが判明した。 第5章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。 以上要するに、微小重力下での材料製造プロセスの観察に適した光学装置として、振動に耐えうる光干渉計と時間分解能を持つ光散乱計を開発し、それらの装置を組み合わせてモデル材料および実材料の製造過程の観察を行った。その結果,本装置は微小重力実験に伴う問題点を克服し、今後の材料製造過程の解明および高度化に役立つものと結論づけられ、その成果は宇宙工学上貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |