学位論文要旨



No 213088
著者(漢字) 岩崎,晃
著者(英字)
著者(カナ) イワサキ,アキラ
標題(和) 微小重力下での材料製造プロセスの光学的観察法の開発
標題(洋) Development of Optical Observation Methods for Material Processing in Microgravity
報告番号 213088
報告番号 乙13088
学位授与日 1996.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13088号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 長島,利夫
内容要旨

 微小重力環境を利用して、材料製造時の物理化学過程の解明ならびにそれを応用した高強度の航空宇宙材料や高品質の機能性結晶の創製が可能であると考えられる。注意深く物理化学過程を観察するためには、情報量の点から光を用いた測定法が最適であるが、これまでにロケットの打ち上げに伴う振動などに十分耐えうる装置がなく、光学的観察機器の開発が求められていた。このことにより、実験機会が少ない、実験装置の重量に制限がある、実験時間が十分にとれない等の微小重力実験における問題点を解決することができる。

 光干渉計は結晶の成長過程、結晶まわりの温度や濃度場を高感度で可視化する手法として効果的であるが、ロケット実験で運用する場合、搭載された光学素子のわずかなずれが測定の精度を下げてしまうため、打ち上げ時の振動や衝撃に対する対策が必要である。2つのプリズムを利用した改良型2光束干渉計(図1(a))は光学部品が少なく構造が簡単である上に、ミラーの傾きを補償する作用により干渉縞を安定化する特長があり、振動に耐えうるロケット実験用2光束干渉計(重量26.6kg)の開発が可能となった。さらに、くさび形の光学素子を参照光中に導入することで発生した有限干渉縞を重ね合わせるモアレ干渉法(図1(c))を利用することで温度測定の空間分解能を高めるとともに図1(b)に見られる光学素子の歪みに起因する誤差の補正を可能にした。

図1:改良型2光束干渉計。(a)光路,(b)元の干渉縞および(c)モアレ法。

 次に、結晶両面からの反射光を干渉させ、薄板結晶の成長速度を算出する手法(有限バンド幅干渉法)を開発した。光源として干渉性の低い光を利用し、観察窓からの反射光に起因するスペックルを抑えることで、結晶の厚みを反映した明瞭な干渉縞を観察できる。光源のスペクトルをガウス分布と仮定した場合の干渉縞のコントラストを求めるとともに、結晶が傾いている場合の誤差解析を行った。本手法はマッハツェンダー干渉計などのマクロな観察法と動的散乱法のようなサブミクロンサイズの観察法の間を埋める手法として期待される。

 さらに、回折限界以下の微結晶を追跡するための動的光散乱技術について考察した。対流の抑制された微小重力環境下で大きな駆動力になるブラウン運動に基づく計測法であるため、スペクトル解析が必要であり、測定の時間分解能を制限していた。この問題を解決するために、全てのデータを蓄えて後で処理する方式を発案し、大容量の記憶メモリーを有する光子カウンターを開発した。標準粒子の粒径の校正実験を行い、本方式が任意の時間区切りの測定を可能とし、高い時間分解能を実現し、落下塔実験へ適用する上で有効であることを示した。

図2:実験セルとロケット実験での干渉画像。

 改良型干渉計のロケットによる微小重力実験における使用例として、透明な有機材料であるザロール(サリチル酸フェニル:融点41.5℃)の凝固過程を観察し、結晶成長に伴う熱移動現象を追跡した。図2に示すような矩形の石英容器を2つの金属ブロックではさんだ実験セルに、精製した試料を注入した。加熱ブロックから試料を融解させた後、冷却ブロック上の種結晶から凝固を開始し、一方向凝固中の固液界面の形態と界面近傍の温度分布を可視化した。図2の干渉縞画像は、左半分が無限、右半分が有限干渉縞であり、無限干渉縞1本は0.73℃に相当する。有限干渉縞の傾きが変化している部分が逆転層であり、等温線は界面に沿うように分布し、界面から放出された潜熱が過冷却液体側にも拡散していることを示している。本実験により、改良型干渉計が振動に耐え、材料プロセス過程における温度分布を測定する上で有効な手段であることが証明された。さらに、実験結果を整理するために、結晶まわりの熱移動現象のモデル化を行った。熱伝導方程式、界面でのエネルギ式に加えて、界面律速の式を導入した。計算結果からも、融液の冷却速度が大きく、界面前方に過冷却液体層ができた場合に温度逆転層ができることが示唆された。

 最後に、有限バンド幅干渉法による薄板結晶の観察例として、触媒や分離膜としてだけでなく、クラスターを保持するための材料として期待されるゼオライト(沸石)結晶の成長をとりあげた。宇宙での結晶成長により、大型の結晶を育成しその特性を明らかにすることが期待されているが、成長条件の設定が難しい。結晶成長過程を観察することは軌道上実験の予備実験としてだけでなく、宇宙で結晶挙動を明らかにするために必要とされる。

 ゼオライト結晶の成長は200℃程度の高アルカリ水溶液中で進行し、しかも結晶が小さいことから、直接観察を妨げてきた。高圧用の結晶成長セルを開発し、高倍率の顕微鏡に有限バンド幅干渉法をとりいれることで、結晶が動いている場合でも明瞭に厚さの分布に相当する干渉縞を観察することができた(図3)。干渉縞の本数から、結晶の厚み方向の成長速度が一定でありコロイドが溶解しシリカを安定に供給していること、干渉縞の動きから、成長は結晶の中心から外側に広がっていくことがわかった。また、反応温度の上昇とともに成長速度が著しく大きくなり、結晶成長は化学反応によって律速されていることが判明した。さらに、結晶の面上に発生する欠陥や双晶過程を可視化し、光散乱法を併用して溶液中でのコロイドの凝集との関連を考察した。

図3:成長中のZSM-5ゼオライト結晶の顕微鏡写真。

 以上のように、微小重力下での材料製造プロセスの観察に適した光学装置として、振動に耐えうる光干渉計と時間分解能を持つ光散乱計を開発した。さらに、それらの装置を組み合わせてモデル材料および実材料の製造過程の観察を行った。本研究で開発された光学的観察装置は、微小重力実験に伴う問題点を克服し、今後の材料製造過程の解明および高度化に役立つものと結論づけられる。

審査要旨

 工学修士岩崎晃提出の論文は「Development of Optical Observation Methods for Material Processing in Microgravity(微小重力下での材料製造プロセスの光学的観察法の開発)」と題し、5章および付録から成っている。

 微小重力環境を利用して、材料製造時の物理化学過程の解明ならびにそれを応用した高強度の航空宇宙材料や高品質の機能性結晶の創製が可能であると考えられる。注意深く物理化学過程を観察するためには、ロケットの打ち上げに伴う振動等に耐えうる光学装置が求められていた。このような背景から、本研究では光学的観察機器を開発し、装置の重量に制限がある、実験時間が十分でない等の微小重力実験における問題点を解決し、その材料プロセスへの応用を行おうとするものである。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章においては、微小重力実験に適した光学的測定手法の開発について述べている。光干渉計は結晶の成長過程、結晶まわりの温度や濃度場を高感度で可視化する手法であるが、光学素子のわずかなずれが測定の精度を下げるため、振動や衝撃に対する対策が必要である。2つのプリズムを用いた改良型2光束干渉計は光学部品が少なく構造が簡単である上に、鏡の傾きを補償する作用により干渉縞を安定化する特長があり、ロケット実験用干渉計の開発が可能となった。さらに、くさび形の光学素子を参照光中に導入して発生する有限干渉縞を重ね合わせるモアレ干渉法を利用し、測定の空間分解能を高めるとともに光学素子の歪みに起因する誤差の補正を可能にした。

 次に、結晶両面からの反射光を干渉させ、薄板結晶の成長速度を算出する手法(有限バンド幅干渉法)を開発した。光源のスペクトルをガウス分布と仮定した場合の干渉縞のコントラストを求め、結晶が傾いている場合の誤差解析を行った。本手法は2光束干渉計のマクロ観察と動的散乱法のサブミクロン測定の間を埋める手法として期待される。

 さらに、回折限界以下の微結晶を追跡するための動的光散乱技術について検討した。ブラウン運動に基づく計測法であるため、スペクトル解析を必要とし、測定の時間分解能を制限していた。この問題を解決するため、大容量メモリーを有する光子計数計に全てのデータを蓄えて後で処理する方式を発案した。標準粒子の粒径の校正実験を行い、任意の時間区切りの測定および高い時間分解能の点で、本方式が落下塔実験へ適用する上で有効であることを示した。

 第3章においては、改良型干渉計のロケット実験への使用例として、透明な有機材料であるサリチル酸フェニルの凝固過程を観察し、結晶成長に伴う熱移動現象を考察した。矩形の石英容器を金属ブロックではさんだ実験セルで、一方向凝固中の固液界面の形態と界面近傍の温度分布を可視化した。有限干渉縞の傾きが変化する温度逆転層および界面に沿って分布する等温線を見いだし、界面から放出された潜熱が過冷却液体側にも拡散することを明らかにした。本実験により、改良型干渉計が振動に耐え、材料プロセス過程での温度分布を測定する上で有効な手段であることが証明された。

 第4章においては、有限バンド幅干渉法による薄板結晶の観察例として、触媒や分離膜として使われるゼオライト(沸石)結晶の成長をとりあげた。ゼオライト結晶は小さく、その成長は約200℃の高アルカリ水溶液中で進行することから、直接観察を妨げてきた。高圧用の結晶成長セルを開発し、動いている結晶についても明瞭に厚さの分布に相当する干渉縞を観察することを可能とした。結晶の厚み方向の成長速度が一定でありコロイドが溶解しシリカを安定に供給していること、成長は結晶の中心から外側に広がることがわかった。また、反応温度の上昇とともに成長速度が著しく大きくなり、結晶成長は化学反応により律速されることが判明した。

 第5章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに、微小重力下での材料製造プロセスの観察に適した光学装置として、振動に耐えうる光干渉計と時間分解能を持つ光散乱計を開発し、それらの装置を組み合わせてモデル材料および実材料の製造過程の観察を行った。その結果,本装置は微小重力実験に伴う問題点を克服し、今後の材料製造過程の解明および高度化に役立つものと結論づけられ、その成果は宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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