真空マイクロデバイスの実現のためには、電子放出特性の優れた微小電子銃を、再現性及び均一性よく製造する技術を開発することが必須である。この微小電子銃の製造の難しさは、電子銃先端部の寸法が数nm〜数十nm程度を必要とするところにある。このような微小寸法の加工は、現在のリソグラフィ技術だけでは困難であるからである。 本研究では、熱酸化によって容易にnmオーダーの曲率半径が実現できるSiを利用した電子銃の製造方法を研究の対象としている。従来のSi電子銃の製造方法の問題点は、アンダーエッチングを時間で制御して形成するところにあったが、本研究ではマイクロマシーニング技術として詳細に研究されてきたSiの異方性エッチング技術を有効に利用することによって、極めて再現性、均一性のよいSi電子銃の製造方法を開発した。さらに、マイクロマシーニング技術を応用することにより、電子銃への電流供給用の薄膜トランジスターを電子銃に積層して製造する全く新しい電子銃を開発した。 以下に、その主要な研究成果について述べる。 1.ウエッジ型Si電子銃の作製と電子放出特性 従来法のようなアンダーエッチングを利用しない製造プロセスとして、ウエッジ構造を構成する側面を1面ずつ形成していく新しい概念の形成プロセスを開発した。 シングル電子銃ゲート型はその側面がSiの{100}面と{111}面からなり、{100}面の方は基板表面を利用している。その{100}面を予め酸化膜で保護した状態で{111}面を異方性エッチングにより形成する。 ダブル電子銃ゲートタイプは2つの{111}面から構成される。本プロセスの特長は、両方の面を一度の異方性エッチングにより形成するのではなく、一方の{111}面を異方性エッチングで形成した後、もう一方の面を形成する前にLOCOSによる酸化膜で保護しておくところにある。これにより、2つの{111}面からなるウエッジ構造が確実に形成できる。両製造プロセスとも、リソグラフィにおいてはパターンのエッジ部を利用するだけであるので、原理的にその精細度には無関係である。さらに異方性エッチングにおいても、{111}面におけるエッチストップという安定な現象を利用しているので、エッチング条件に対して許容度が大きい。そのため、プロセスの再現性、均一性が極めてよいプロセスとなっている。 電子放出特性の測定からは、電界電子放出による電子放出電流を確認し、そのFowler-Nordheim特性の傾きから、ダブル電子銃ゲートウエッジ型電子銃のほうがシングル電子銃ゲートウエッジ型電子銃よりも、電極の数に比例して約2倍電界増倍係数が大きいことが示唆された。 2.コーン型Si電子銃アレイの製造方法と電子放出特性(第3章) Siの異方性エッチングと局所酸化技術(LOCOS)を組み合わせた、新しいコーン型Si電子銃アレイの製造方法を提案した。本製造プロセスは、局部酸化技術と異方性エッチング技術を組み合わせて、電子銃を構成する3つの側面を順々にエッチングで形成する方法である。最初の側面だけは<100>方向に沿ったエッチング面であり、後の2面は異方性エッチングにより形成される{111}面である。各面は、形成後次の面のエッチングの前に必ずLOCOSによる酸化膜によって保護される。本プロセスにおいてもエッチングマスクのエッジを利用するので、リソグラフィの精度はコーン型Si電子銃の構造や曲率には無関係であり、またエッチング条件に対しても許容度が大きい。そのため、再現性、均一性がよい製造プロセスとなっている。電子銃ゲート構造は、電子銃に対してセルフアラインで形成できるレジストエッチバック法を採用している。 本研究で開発されたコーン型Si電子銃アレイの電子放出特性は従来報告されている電子銃と比較しても、トップクラスのものであった。電子放出の閾電圧は約15Vと低く、97500個の電子銃アレイでは、電子銃ゲート電圧Vgeが46.5Vのとき約3.3mAの電子放出電流を観測した。1個当りの電流量は約34nAである。電子放出の短い周期の時間変動は平均電流の2%以内と良好であった。アノード電圧依存性の測定からは空間電荷効果の存在を示すとともに、その特性がアノード電極と電子銃ゲート電極からなる2極管特性で説明できることを示した。電子銃ゲートに正弦波交流電圧を印加した時に得られた電子放出電流は、正弦波交流電圧のピーク電圧を中心として0.57rad以内で観測され、ほぼ理論通りに密度変調された電子流が得られることを示した。さらに、電子銃をベークした後の電子放出電流の変動について検討を行い、ベーク直後の電子放出電流が時間とともに指数関数的に減少していくこと、電子銃ベークにより電子放出電流が回復すること、ベーク後の電子放出電流の減少が単に残留気体分子の付着によって起こされるものではないことを示した。 また、本研究で開発したコーン型Si電子銃製造方法に従って、10枚の3インチSi基板にバッチ処理でコーン型Si電子銃製造実験を行なった。その内5枚のSi基板を評価し、構造的は、電子銃ゲート構造の開口部に若干の差異があるものの、2500個の電子銃アレイから1Aの電子放出が得られる電子銃ゲート電圧値は、46Vを中心に1Vの範囲内に入っており、電子放出特性は基板内及び基板間とも非常に均一性に優れていることが確認できた。 3.モールド法によるpoly-Si電子銃アレイの作製と電子放出特性(第4章) モールド法は、Si{100}基板に異方性エッチングによって形成したピラミッド状ピットを熱酸化し、そこに形成されるSiO2膜を電子銃用の鋳型として利用するものである。本研究では、マイクロマシーニング技術で確立された技術であるPyrexガラスとSi基板の陽極接合技術を利用して、モールド法で作製したpoly-Si電子銃アレイの転写を行った。Pyrexガラスと実際に接合されるのはpoly-Si膜であり、接合時の温度によって励起された熱キャリアによって接合電流が流れる。poly-Si膜はSi基板を覆うように形成されているので、Si基板内部は接合時の高電界から遮蔽されるという利点をもつ。従って、Si基板内に電子回路が形成されている場合は、電子回路の保護ができる。Si基板の除去には、研削、ポリッシング、及びSiエッチングという3段階による除去法を採用した。 試作したpoly-Si電子銃アレイの電子放出電流は、電子銃ゲート電圧Vgeが約28V程度から観測され、Vge=60Vの時1個当り約8nAであった。その電子放出特性のFowler-Nordheim特性から、本研究で開発したpoly-Si電子銃が極めて電界増倍係数のおおきな構造であることが示唆された。 また、Fowler-Nordheimプロットから得られる情報をもとにして、電界増倍係数、曲率半径、及び電子放出面積に関する考察を行なった。Siの仕事関数を4.35eVと仮定したときの電界増倍係数から予測される曲率半径と、SEMにより観測された曲率半径は非常によく一致し、おおよそ20Åから30Åの範囲であることが分かった。また計算された電子放出面積からは、電子放出に寄与している電子数は多くても4原子程度であることが推察された。 4.薄膜トランジスタ積層型poly-Si電子銃アレイの作製と電子放出特性(第5章) モールド法によるpoly-Si電子銃アレイの製造方法を応用し、薄膜トランジスタを電流源としてモノリシックに集積した、薄膜トランジスタ積層型poly-Si電子銃アレイについて述べた。本素子は、電子銃アレイとその制御素子をモノリシックに形成した世界初の素子である。 製造方法は、モールド法によってpoly-Si電子銃アレイを形成した後、連続的に薄膜トランジスタを積層し、その後エポキシ樹脂接着剤を利用してガラス基板にデバイスを転写する。ロストウエハープロセスでは、ポジレジストによるSi基板のエッチングを採用した。電子銃ゲート構造はエッチバック法により転写後に形成している。本方法は、電子銃及び薄膜トランジスタを一般的な半導体微細加工技術のみで製造するため、両工程のプロセス整合性に対して問題が生じない。また、制御素子が電子銃に積層して製造できるので、とくに高密度に電子銃の製造が要求される平面ディスプレイに対しては最適の構造とも言える。 試作した素子の電子放出特性は、薄膜トランジスタによって制御されており、電子放出電流の安定化にも有効であることを確認した。また、薄膜トランジスタ積層型poly-Si電子銃アレイの動作点について考察し、電子放出電流の電子銃ゲート依存性を測定することによって、薄膜トランジスタの線形電流領域動作であるか飽和電流領域動作であるかの判別ができることを示した。さらに、薄膜トランジスタを方形波電圧駆動したときの電子放出特性について、シミュレーション及び実験を行い、電子銃ゲート電極と電子銃間に存在するキャパシタンスの充放電によって、その電子放出特性が支配されていることを示した。 5.Si電子銃アレイによる蛍光表示素子の試作(第6章) 本研究で開発したコーン型Si電子銃アレイを利用して、7セグメント型蛍光表示素子の試作を行なった。1つのセグメントは32500個の電子銃からなっている。試験した素子では、各セグメント間の電流量は平均電流の10%以内に収まっていた。また電子銃側の電極が共通の場合においても、各セグメントを時分割動作させることにより、1つの定電流源を利用して電子放出電流の制御を行なう方法を示した。 また、本研究で開発した薄膜トランジスタ積層型poly-Si電子銃アレイを利用して5x7セグメント蛍光表示素子を試作した。電子銃ゲート電極は全ての電子銃に対して共通であり、セグメントの選択は薄膜トランジスタをスイッチングすることにより行なう。試作した素子では、薄膜トランジスタの動作不良のためキャラクタの表示はできなかったが、本素子を利用した平面ディスプレイ製造の可能性を示した。 以上の主な成果によって、真空マイクロデバイスの実用化への課題であった、電子放出電流の再現性、均一性、及び安定性を改善することが可能となり、さらに定電流源一体型電子銃アレイの開発により、真空マイクロデバイス実用化への展望を開くことが出来た。 |