学位論文要旨



No 213093
著者(漢字) 乙葉,啓一
著者(英字)
著者(カナ) オトハ,ケイイチ
標題(和) 環境への影響緩和を目指した原子力発電プラント最適水質管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 213093
報告番号 乙13093
学位授与日 1996.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13093号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
内容要旨

 原子力発電に対する公衆の心理的不安感を排除し、我が国における主エネルギー源として定着化させるためには、安全性の確保、信頼性の向上、経済性の向上と共に、原子力発電所の環境への影響の一層の低減化が不可欠である。

 本研究では、BWRプラントの環境への影響の軽減化を主研究対象とした。環境への影響緩和の具体的な指標として、

 (1)従事者の受ける放射線線量の低減、

 (2)放射性核種付着域の縮小、および

 (3)放射性廃棄物発生量の低減

 を取り上げ、3つの低減目標が、給・復水を中心とするBWR二次冷却系における腐食生成物の発生抑制と除去を主とする水化学制御によって、同時に達成することができることを示した。

 註1:本論文では、1.3節に示すように、ドライヤ以降のタービン抽気系を含む主蒸気系、復水器以降の復水系、復水脱塩器以降の給水系をあわせて"BWR二次冷却系"と定義し、炉心を循環する再循環水系(BWR一次冷却系と定義する)と区別して取り扱う。

 このBWR二次冷却系の水化学制御によるBWR発電プラントの環境への影響軽減化という新しい概念を実機発電BWRプラントに適用することによって、わが国のBWR発電プラントを世界で最もクリーンなプラントとすることができた。

 これまでの国内外の研究においては、従事者の受ける放射線線量の低減および放射性廃棄物発生量の低減に関して多くの事例が見られるが、いずれもそれぞれ個別の低減化を指向しており、両者の両立およびその最適化に関しての研究例は見られていない。また、タービン系への放射性核種の移行に関しては、この課題が、特に、BWR発電プラントでは非常に大きな課題であるにも拘わらず、これまで報告された研究例は見当たらない。

 本研究では、まず、冷却系、廃棄物処理系のみでなくタービン系での放射性腐食生成物の挙動とその関連を明確にすると共に、上記3目標達成のための共通項が、BWR二次冷却系における腐食生成物の発生と除去にあることを示した。さらに、腐食生成物の発生と除去および放射性腐食生成物の移行の抑制のためには、適切なプラント設計と共に適切なプラント運用および管理が重要である点を指摘して、プラントの運用・管理の観点から、BWR二次冷却系の水化学制御による環境への影響軽減化という新しい概念を提示すると共に、この概念を実機BWR発電プラントに適用するための具対策を提示した。

 本研究の工学的意義は、放射性腐食生成物の発生、除去および移行挙動、特に、放射性核種のタービン系への移行機構、を解明して、給・復水を中心とするBWR二次冷却系での腐食生成物の発生抑制と除去による放射性腐食生成物の低減が上記3目標達成のための基本であることを示すと共に、BWR二次冷却系を中心とした最適水化学制御技術を確立して、上記3目標の同時達成を可能にした点にある。

 上記3目標達成のためのBWR一次、二次冷却系および廃棄物処理系での主要課題と水化学制御およびその成果の実績を図1にまとめて示す。

 プラント線量率の低減に関しては、線量率の低減策についての考え方、基本的アプローチを明らかにした。線量率評価モデルを駆使し、BWR二次冷却系の鉄クラッド(冷却水中に浮遊するヘマタイトを中心とする酸化鉄粒子)の濃度を最適な値に制御することにより、60Co放射能および線量率、特に、60Coクラッドによる沈積性の線源、の低減を図り得る最適水化学制御法を提案し、実機BWR発電プラントでその有効性を実証した。

 主蒸気系への放射性腐食生成物の移行および蓄積機構の解明に関しては、移行機構の解明の結果に基づき、主蒸気系には、主として、炉水中のクラッド成分が同伴されることを見い出した。燃料破損の撲滅、BWR二次冷却系での腐食生成物発生の抑制、復水器への余剰水のドレインの抑制が放射性腐食生成物の移行および付着抑制に効果的であることを示すと共に、主蒸気系への放射性腐食生成物の移行プロセスを放射性核種の付着量簡易評価モデルとして数式化し、本付着量簡易評価モデルを用いて、炉水中の60Coクラッド抑制策を中心とする付着抑制策を提案した。これらの放射性核種付着抑制策を実機BWR発電プラントに適用することにより、タービン建屋における放射性核種付着域をタービンを中心とする限られた区域に縮小することができ、定期点検の作業効率の大幅な向上に寄与することができた。

 放射性廃棄物発生量の低減に関しては、BWR二次冷却系でのクラッド発生抑制と除去法の改善により、廃棄物発生量低減と線量率低減とが両立し得ることを示した。特に、設計段階での腐食生成物発生抑制策の適用の遅れた改良標準BWR以前のプラントにおいては、BWR二次冷却系でのクラッド発生除去の際に発生する2次廃棄物の発生低減が重要であることを指摘し、その対応策を確立した。イオン交換樹脂におけるクラッド捕捉機構を解明し、従来のイオン交換樹脂では樹脂粒子の表面でしかクラッドを捕捉できず、樹脂の表面吸着能が逆洗周期を決めることを示した。この現象解明の結果に基づき、ゲル型低架橋度樹脂を開発して、捕捉したクラッドを樹脂粒子内部に積極的に拡散させることにより、捕捉能力の飛躍的な向上を可能にして、樹脂逆洗周期の延長、その結果、2次廃棄物の発生量の低減化を図り、腐食生成物の除去効率を損なうことなく、廃棄物発生量の低減化を達成することを可能とした。

 環境への影響緩和を目指したBWR発電プラントの運転実績として、図1に示す様に、BWR二次冷却系の最適水化学制御によって先に示した3目標の同時達成が可能であることを示した。新しいプラント概念の適用、すなわち、BWR二次冷却系の最適水化学制御法の実機BWRプラント運用法への採用により、クリーンなBWRプラントが得られることを示した。また、将来の課題として、従事者の受ける平均放射線線量の低減から個人個人の受ける平均放射線線量の低減へのさらにきめ細かな管理の必要性を提示すると共に、本研究を通して明確になった放射性腐食生成物の挙動に関する未解明な現象を整理して、今後の研究課題を提示した。

図1 BWR冷却系および廃棄物処理系での主要課題と目標達成実績
審査要旨

 わが国において原子力発電に対する一般国民の不安感を除き、主要なエネルギー源としてその定着化を進めるためには、更に一層の安全性の確保、信頼性の向上、経済性の向上とともに、その環境への負荷の低減をはかることが不可欠である。本論文は、BWRプラントの環境への影響緩和を図るため、 (1)従事者の受ける放射線量の低減、(2)放射性核種付着域の縮小および(3)放射性廃棄物発生量の低減の3つの目標を、給・復水を中心とする冷却系における腐食生成物の発生抑制と除去を主とする水化学制御によって、同時に達成することができることを示したもので、7章から構成されている。

 第1章は緒言であり、本研究の目的と意義を述べている。これまでの国内外の研究の中に原子力発電プラントにおける従事者の受ける放射線量の低減および放射性廃棄物発生量の低減に関する幾つかの事例が見られるが、それぞれ個別の問題として取り扱っており、これを相互に関連づけ、その最適化を図ろうとしたものは見当らないこと、またBWRタービン系への放射性核種の移行に関しては、その抑制が大きな課題であるにもかかわらず、これまでに報告された例がないことを述べたうえで、上記の3つの目標を達成するための具体策を提示し、これを実プラントに適用してその有効性を確証することが本研究の目的であるとしている。

 第2章では、わが国のBWRプラントにおける従事者の受ける放射線量や放射性廃棄物発生量の運転実績を水化学管理の歴史的変遷と対比しながら論じ、上記の3つの目標を達成するための共通項目はプラント内における放射性腐食生成物の発生低減と移行の抑制にあることを示し、目標達成のためにはプラントのハード面での設計上の改良のみでなく、プラントの運用・運転法の改良が不可欠であり、本研究は後者に狙いを定めたものであることを述べている。

 第3章ではプラント配管線量率の低減策について述べており、運転データの分析と線量率評価モデルによる解析から、60Coイオン及び60Coを含むクラッドによる各々の寄与を明らかにし、鉄クラッド濃度を最適値に制御することにより炉水中の放射能及び配管線量率の低減を図ることができることを示し、実プラントにおいて、実際にその有効性を実証することができたことを述べている。

 第4章では主蒸気系への放射性腐食生成物の移行と蓄積の問題を扱っており、プラントにおけるタービン系への放射性核種の移行の割合と付着のデータを解析し、主蒸気系には主として炉水中のクラッド成分が同伴されることを見い出し、放射性腐食生成物の主蒸気系への移行と蓄積プロセスを評価する簡易モデルにより数式化して、炉水中の60Coクラッド抑制策を提案し、復水器への余剰水のドレインの抑制が効果的であることを示している。更に、これらの放射性核種付着抑制対策を実プラントに適用して、タービン建屋における放射性核種付着域を著しく縮小することができ、定期点検の作業効率の大幅な向上と作業者の被ばく低減を達成することができたことを述べている。

 第5章は放射性廃棄物発生量の低減を扱っている。特に設計段階での腐食生成物発生抑制策の適用が遅れた改良標準BWR以前のプラントでは、復水系でのクラット除去の際に発生する2次廃棄物の低減が重要であるとして、不純物の除去に用いられるイオン交換樹脂におけるクラッド捕捉機構を解明し、従来の樹脂では樹脂粒子の表面でのみクラッドが捕捉されるため樹脂の表面吸着能が樹脂の逆洗周期を決定していることを指摘したうえで、低架橋度のゲル型樹脂を開発し、捕捉したクラッドを樹脂内部に溶解拡散させることにより、クラッド捕捉能力を著しく向上させることができ、その結果2次廃棄物としての使用済み樹脂の発生量を飛躍的に低減化することができたことを示している。

 第6章では、上記の3つの目標達成のための対策が実際のプラントに適用された結果がBWRプラントの運転実績として示され、従事者の被ばく線量を1人・シーベルト/年・ユニット以下及び放射性廃棄物発生量を年間500ドラム缶/ユニット以下に低減することができたことを示している。

 第7章は総括であり、本研究のまとめと今後の課題について述べている。

 以上要すれば本研究はプラントの運転の中で得られたデータを解析し、放射性腐食生成物の挙動を明らかにして、従事者の受ける放射線量の低減、放射性核種付着域の縮小及び放射性廃棄物発生量の低減を達成するための対策を提案し、これを実プラントに適用して、その有効性を示したものであり、システム量子工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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