溶融ニッケル基合金の脱酸剤としてアルミニウム-マンガン、アルミニウム-マグネシウムを用いる場合、化合物の生成による複合脱酸効果が期待できる。本論文の研究ではこの溶融ニッケルの複合脱酸効果を熱力学的に検討することを目的とし、複合脱酸により生成する介在物、MnAl2O4やMgAl2O4スピネルが共存する条件下での溶融ニッケルの脱酸平衡の測定とその熱力学的解析を行った。本論文は4章から成り、以下にその内容を総括する。 第1章では緒論として、ニッケル基合金及びその介在物についてまとめ、既往の関連研究について述べている。まず、不純物として酸素はニッケル基合金の機械的性質に大きく影響を及ぼすこと及びニッケル中酸素除去の重要性を示した。さらに、高純度、特に10ppm以下の低酸素合金の溶製時に、複合脱酸の脱酸剤の種類によりスピネル型非金属介在物が生成すること、スピネルの結晶構造について説明し、現在まで報告されているスピネルの熱力学やスピネル共存下での脱酸平衡に関する研究を概括した。また、各種脱酸剤を用いたニッケル基合金の脱酸平衡に関する研究の中で、本研究に関連するものについて調査し、それぞれの特徴に関して示した。 第2章では、ニッケル基合金の脱酸平衡の研究に先立ち、これまでに報告のない。脱酸により生成するスピネル固溶体の熱力学的性質を調べ、以下に示すような結果を得た。アルミナ飽和のMnAl2O4スピネルと溶融銀を一定温度のもと、CO-CO2混合ガスにより制御された酸素分圧下で平衡させ、実験後の溶融銀中のマンガン濃度を測定することにより、MnAl2O4スピネルの生成反応の標準自由エネルギー変化を次式のように求めた。 また、種々の組成の(Mn,Mg)Al2O4スピネルと銀を1673K及び1823Kの二つの温度範囲、混合ガス比Pco/Pco2=10で平衡させ、銀中マンガンの濃度を測定することにより、(2)式のMnAl2O4の生成自由エネルギーの値を用い、MnA12O4の活量を測定し、さらにMgAl2O4の活量をGibbs-Duhemの式の積分により計算した。MnAl2O4とMgAl2O4の活量はほぼ対称の挙動を呈し、理想より負に偏倚し、温度によらずほぼ一定であることがわかった。さらに、実験結果から本系のMnAl2O4とMgAl2O4の過剰部分モル自由エネルギーを計算し、同固溶体の混合の自由エネルギーを求めた。 第3章では、アルミナ飽和MgAl2O4スピネル共存下におけるNi-Al-Mg-O系の脱酸平衡関係を明らかにするため、溶融ニッケル中のマグネシウム濃度1〜20ppm、アルミニウムの濃度0.02〜0.94mass%の範囲において、アルゴン雰囲気下、1773K、1823K、1873Kで、脱酸平衡実験を行った。全ての温度において、ニッケル中のマグネシウム、アルミニウム濃度の増加に伴い、酸素濃度は一旦減少し、極小値を経て再び増加した。また、アルミニウム濃度の増加とともに、マグネシウム濃度も増加した。1773Kの場合、脱酸剤としてマグネシウムの濃度が2.5〜10ppm、アルミニウムの濃度が0.05〜0.9mass%の時、アルミナ飽和MgA12O4スピネルと平衡する溶融ニッケル中の最低酸素の濃度が5.8〜6.6ppmとなることが見出された。これらの結果から、既知の、を初期値として用い、多重回帰方法による繰り返し計算で相互作用助係数、、を見積もり、1873Kにおけるそれぞれの値として、、を得、同時に平衡定数、logKMg、logKAlの温度関数を次のように求めた。 また、実験結果及び得られた相互作用助係数を用いた溶融ニッケル中のマグネシウム、アルミニウム、酸素の活量の間の関係から、本研究で見積もった相互作用助係数が妥当であること示している。 第4章では、マンガン、アルミニウムをニッケル基合金の脱酸剤に用いた場合、MnAl2O4スピネルの生成による複合脱酸効果を明らかにするために、溶融ニッケル中のマンガン濃度0.018〜16.3mass%、アルミニウムの濃度7.5〜190ppmの範囲において、アルゴン雰囲気下、1773K、1823K、1873Kで、アルミナ飽和MnAl2O4スピネルと平衡する溶融ニッケルの脱酸平衡の測定を行い、熱力学的考察を行った。溶融ニッケルにマンガン、アルミニウムを添加すると、Ni-Mg-Al系の場合とは異なり、酸素の濃度はマンガンおよびアルミニウムの添加とともに減少した。低マンガン濃度の場合、ニッケル中のアルミニウム濃度が分析限界値より低いため、溶融ニッケル中アルミニウムがマンガン及び酸素に及ぼす相互作用を無視し解析を行った。高マンガン濃度の場合、マンガンの濃度が1.5mass%以上、アルミニウムの濃度が30ppm以上になると、酸素の濃度が20ppm以下になることがわかった。 これらの結果から、多重回帰方法で、既知のとNi-Mg-Al系により得たを初期値として解析すると、相互作用助係数、を見積もり、1873Kにおけるそれぞれの相互作用助係数は、を得、同時に平衡定数、logKMn、logKAlの温度関数を次のように求めた。 また、1773〜1873KにおけるNi-Mn-Al-O系におけるアルミニウムによる脱酸の平衡定数logKAl(Ni)はNi-Mg-Al-O系で得た値と一致していることを示した。 以上で見積もられた溶融ニッケル中の相互作用助係数e/をまとめてTable1に示す。 Table1 Interaction parameters in liquid nickel at 1773-1873K. 以上のアルミナ飽和MgAl2O4、MnAl2O4スピネルと平衡する溶融ニッケルの脱酸平衡の測定により、マグネシウム、マンガン及びアルミニウムによる複合脱酸効果が期待できることが示され、溶融ニッケル中のAl-Mg-O、Al-Mn-Oの平衡関係が明らかにされた。 |