学位論文要旨



No 213094
著者(漢字) 趙,一紅
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,イッコウ
標題(和) 溶融ニッケルの複合脱酸に関する熱力学的研究
標題(洋)
報告番号 213094
報告番号 乙13094
学位授与日 1996.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13094号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 小川,修
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 森田,一樹
内容要旨

 溶融ニッケル基合金の脱酸剤としてアルミニウム-マンガン、アルミニウム-マグネシウムを用いる場合、化合物の生成による複合脱酸効果が期待できる。本論文の研究ではこの溶融ニッケルの複合脱酸効果を熱力学的に検討することを目的とし、複合脱酸により生成する介在物、MnAl2O4やMgAl2O4スピネルが共存する条件下での溶融ニッケルの脱酸平衡の測定とその熱力学的解析を行った。本論文は4章から成り、以下にその内容を総括する。

 第1章では緒論として、ニッケル基合金及びその介在物についてまとめ、既往の関連研究について述べている。まず、不純物として酸素はニッケル基合金の機械的性質に大きく影響を及ぼすこと及びニッケル中酸素除去の重要性を示した。さらに、高純度、特に10ppm以下の低酸素合金の溶製時に、複合脱酸の脱酸剤の種類によりスピネル型非金属介在物が生成すること、スピネルの結晶構造について説明し、現在まで報告されているスピネルの熱力学やスピネル共存下での脱酸平衡に関する研究を概括した。また、各種脱酸剤を用いたニッケル基合金の脱酸平衡に関する研究の中で、本研究に関連するものについて調査し、それぞれの特徴に関して示した。

 第2章では、ニッケル基合金の脱酸平衡の研究に先立ち、これまでに報告のない。脱酸により生成するスピネル固溶体の熱力学的性質を調べ、以下に示すような結果を得た。アルミナ飽和のMnAl2O4スピネルと溶融銀を一定温度のもと、CO-CO2混合ガスにより制御された酸素分圧下で平衡させ、実験後の溶融銀中のマンガン濃度を測定することにより、MnAl2O4スピネルの生成反応の標準自由エネルギー変化を次式のように求めた。

 

 

 また、種々の組成の(Mn,Mg)Al2O4スピネルと銀を1673K及び1823Kの二つの温度範囲、混合ガス比Pco/Pco2=10で平衡させ、銀中マンガンの濃度を測定することにより、(2)式のMnAl2O4の生成自由エネルギーの値を用い、MnA12O4の活量を測定し、さらにMgAl2O4の活量をGibbs-Duhemの式の積分により計算した。MnAl2O4とMgAl2O4の活量はほぼ対称の挙動を呈し、理想より負に偏倚し、温度によらずほぼ一定であることがわかった。さらに、実験結果から本系のMnAl2O4とMgAl2O4の過剰部分モル自由エネルギーを計算し、同固溶体の混合の自由エネルギーを求めた。

 第3章では、アルミナ飽和MgAl2O4スピネル共存下におけるNi-Al-Mg-O系の脱酸平衡関係を明らかにするため、溶融ニッケル中のマグネシウム濃度1〜20ppm、アルミニウムの濃度0.02〜0.94mass%の範囲において、アルゴン雰囲気下、1773K、1823K、1873Kで、脱酸平衡実験を行った。全ての温度において、ニッケル中のマグネシウム、アルミニウム濃度の増加に伴い、酸素濃度は一旦減少し、極小値を経て再び増加した。また、アルミニウム濃度の増加とともに、マグネシウム濃度も増加した。1773Kの場合、脱酸剤としてマグネシウムの濃度が2.5〜10ppm、アルミニウムの濃度が0.05〜0.9mass%の時、アルミナ飽和MgA12O4スピネルと平衡する溶融ニッケル中の最低酸素の濃度が5.8〜6.6ppmとなることが見出された。これらの結果から、既知のを初期値として用い、多重回帰方法による繰り返し計算で相互作用助係数を見積もり、1873Kにおけるそれぞれの値としてを得、同時に平衡定数、logKMg、logKAlの温度関数を次のように求めた。

 

 

 

 また、実験結果及び得られた相互作用助係数を用いた溶融ニッケル中のマグネシウム、アルミニウム、酸素の活量の間の関係から、本研究で見積もった相互作用助係数が妥当であること示している。

 第4章では、マンガン、アルミニウムをニッケル基合金の脱酸剤に用いた場合、MnAl2O4スピネルの生成による複合脱酸効果を明らかにするために、溶融ニッケル中のマンガン濃度0.018〜16.3mass%、アルミニウムの濃度7.5〜190ppmの範囲において、アルゴン雰囲気下、1773K、1823K、1873Kで、アルミナ飽和MnAl2O4スピネルと平衡する溶融ニッケルの脱酸平衡の測定を行い、熱力学的考察を行った。溶融ニッケルにマンガン、アルミニウムを添加すると、Ni-Mg-Al系の場合とは異なり、酸素の濃度はマンガンおよびアルミニウムの添加とともに減少した。低マンガン濃度の場合、ニッケル中のアルミニウム濃度が分析限界値より低いため、溶融ニッケル中アルミニウムがマンガン及び酸素に及ぼす相互作用を無視し解析を行った。高マンガン濃度の場合、マンガンの濃度が1.5mass%以上、アルミニウムの濃度が30ppm以上になると、酸素の濃度が20ppm以下になることがわかった。

 これらの結果から、多重回帰方法で、既知のとNi-Mg-Al系により得たを初期値として解析すると、相互作用助係数を見積もり、1873Kにおけるそれぞれの相互作用助係数はを得、同時に平衡定数、logKMn、logKAlの温度関数を次のように求めた。

 

 

 

 また、1773〜1873KにおけるNi-Mn-Al-O系におけるアルミニウムによる脱酸の平衡定数logKAl(Ni)はNi-Mg-Al-O系で得た値と一致していることを示した。

 以上で見積もられた溶融ニッケル中の相互作用助係数e/をまとめてTable1に示す。

Table1 Interaction parameters in liquid nickel at 1773-1873K.

 以上のアルミナ飽和MgAl2O4、MnAl2O4スピネルと平衡する溶融ニッケルの脱酸平衡の測定により、マグネシウム、マンガン及びアルミニウムによる複合脱酸効果が期待できることが示され、溶融ニッケル中のAl-Mg-O、Al-Mn-Oの平衡関係が明らかにされた。

審査要旨

 本論文は溶融ニッケル合金中の脱酸剤として汎用されているマンガン、アルミニウム、マグネシウムによる複合脱酸について熱力学的に研究調査した結果を述べたもので5章より成る。

 第1章の序論では酸化物系介在物として存在するニッケル中酸素の機械的性質に及ぼす悪影響と脱酸の必要性について述べた後、既往の研究について紹介している。すなわち、Mn-Al合金及びMn-Si-Al合金による溶鋼の脱酸に関する熱力学及び本研究で対象とするスピネル型複合脱酸生成物の熱力学的性質やその結晶構造、状態図について記述し、さらに、本研究に最も関連する、溶融ニッケルのシリコン、ハフニウム、イットリウム、マグネシウム、アルミニウムによる単独脱酸に関する既往の熱力学的研究について詳しくレビューしている。

 第2章ではMn-Alによる複合脱酸生成物であるMnAl2O4の標準生成自由エネルギー変化の測定結果について述べている。測定の原理はAl2O3飽和のMnAl2O4を1573〜1823KにおいてPco/Pco2=10のCO-CO2混合ガス雰囲気中で平衡させた銀中のマンガン含有量と銀中マンガンの活量係数に関する文献値を用いて、上記エネルギー変化、G°を算出するものである。得られた結果は、

 213094f25.gif

 と表され、既往の研究とほぼよい一致を見た。次に同様の手法でAl2O3飽和のMnAl2O4-MgAl2O4固溶体中のMnAl2O4の活量を1673及び1823Kにおいて測定し、MgAl2O4の活量は前者からGibbs-Duhemの関係を用いて算出した。その結果から両成分ともに、理想溶液からやや負に偏倚した挙動を示すことが明らかになった。また固溶体中の213094f26.gifの組成についてMnAl2O4の活量の温度関数を求め、同活量が温度によらず約0.5とほぼ一定であることを示した。これらの実験結果を溶液モデルに適用して両成分の過剰部分モル自由エネルギー及び過剰の混合自由エネルギー変化を数式化している。

 第3章はAl2O3飽和のMgAl2O4スピネルと共存する溶融ニッケルの脱酸平衡について述べたものである。実験方法としてはアルミナ坩堝に入れた上記スピネルと1〜20ppmのマグネシウム及び0.02〜0.94mass%のアルミニウムを含む溶融ニッケルをアルゴン雰囲気下で1773,1823,1873Kの3温度水準で平衡させ、マグネシウム、アルミニウム、酸素含有量を分析したものである。平衡実験に先立ち、15分以内に脱酸平衡が成立することを確認し、その後の実験の平衡時間を1時間とした。平衡酸素量をマグネシウム、及びアルミニウム量に対してプロットすると何れの温度においてもそれぞれ[mass%Mg]=0.001,[mass%Al]=0.5付近で、酸素含有量に極小値(約6mass ppm)が見られた。これはニッケル中においてMgとO及びAlとOの相互作用が非常に大きいことを示唆するものである。このため、脱酸平衡を表示するために必要な各成分の活量は共存する他成分の影響を表す相互作用係数を用いて補正している。すなわち多重回帰方法による繰り返し計算により、1873Kでは相互作用係数として213094f27.gif,213094f28.gif,213094f29.gif及び、Mg+2Al+4O=MgAl2O4(s),=Mg+O(s),2Al+3O=Al2O3(s)の各脱酸反応の平衡定数を温度の関数として与えている。

 第4章は第3章と類似の手法を用いてAl2O3飽和のMnAl2O4スピネルと共存するマンガンを0.018〜16.3mass%、アルミニウムを7.5〜190massppmを含む溶融ニッケルの脱酸平衡について述べたものである。溶融ニッケルの酸素濃度を1773,1823,1873Kの3温度水準において、それぞれマンガン、アルミニウム濃度の関数としてプロットすると、第3章のマグネシウムの場合と異なり双曲線に近い曲線が得られた。また上記のアルミニウム濃度とマンガン濃度の間には各温度毎に直線関係が成立している。これらの実験結果を第3章に述べたものと同様の方法で解析し、213094f30.gif,213094f31.gifを得ており、同時にMn+2Al+4O=MnAl2O4(s),Mn+O=MnO(s),2Al+3O=Al2O3(s)の各脱酸反応の平衡定数の温度関数を定式化している。特に、アルミニウムの脱酸反応の平衡定数は第3章と第4章とで別々に求められているが、温度関数式はやや異なるものの絶対値は非常によく一致しており、測定の精度が優れているものと認められる。最後に、本研究で得られた関連元素間の相互作用係数の値を一括して表示し、本論文を総括している。

 第5章は総括である。

 以上、本研究はニッケルの脱酸平衡の熱力学に関連して貴重なデータを提供するものであり、金属精錬学への貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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