学位論文要旨



No 213100
著者(漢字) 江頭,憲治郎
著者(英字)
著者(カナ) エガシラ,ケンジロウ
標題(和) 結合企業法の立法と解釈
標題(洋)
報告番号 213100
報告番号 乙13100
学位授与日 1996.12.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 第13100号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 落合,誠一
 東京大学 教授 碓井,光明
 東京大学 教授 能見,善久
 東京大学 教授 岩原,紳作
 東京大学 教授 山下,友信
内容要旨

 (1)本論文が「結合企業」と呼ぶのは、株式(有限会社の場合は持分)の所有を通じて支配・従属の関係にある複数の会社のことである。わが国では、証券取引所の上場基準、法人税法等の影響から、支配会社が従属会社株式を公開(上場、店頭公開)する例が諸外国より多く、また中小企業(非公開会社)の結合企業化も、相当に進んでいる。

 従属会社が支配会社の百パーセント所有でなく、従属会社に少数株主(社員)が存在すると、従属会社取締役に対する支配会社の影響力を通じて従属会社少数株主が損害を被る可能性がある。1965年ドイツ株式法は、「契約コンツェルン」「事実上のコンツェルン」の両制度による従属会社少数株主保護制度を設けた。わが国でも、純粋持株会社の解禁等を契機に、会社法上その種の立法制定・解釈問題解決の必要が説かれているが、株式買収ではなく株式公開により少数株主が生ずることの多いわが国の場合、基本的には、従属会社が経済的にも独立した会社であるがごとく行動することを確保する「事実上のコンツェルン」型の制度を構想せざるを得ない。本論文は、従属会社少数株主の不利益防止のための法規制(立法および解釈)を、(1)支配・従属関係にある会社の「運営」、(2)会社の支配・従属関係の「形成」、(3)同「解消」の3局面につき、かつ、従属会社が公開会社の場合と非公開会社の場合とでは法規制のあり方が相当に異なるべきであるとの観点の下に、検討することを目的としている(以上、序章)。

 (2)支配・従属関係にある会社の運営に関する第一の問題は、支配・従属会社間(または従属会社・姉妹会社間)の取引が不公正な条件で行われ従属会社少数株主が損害を被ることの防止である。この問題につき検討すべき点は多いが、(1)取引条件の公正・不公正の基準は、米国法の影響の下に企業結合に関するEC加盟国の国内会社法規定の調整を目的とした1984年の第9指令第二次提案にも採用された「独立当事者間取引」基準を、わが国でも解釈上採用するほかない。ただ移転価格税制上の当該基準が複雑・多岐であるように、会社法上も当該基準の多様性を認識すべきである。また比較可能な「独立当事者間取引」がない場合には「利益配分法」が適用さるべきである。いずれの場合にも米国判例に見られるように、一方当事者に生ずる製品原価の計算が重要な争点になることがある。

 次に、(2)支配(姉妹)・従属会社間の取引が不公正な条件で行われた場合の関係者の責任につき、現行法の解釈論は多岐にわかれているが、立法論としては、支配(姉妹)会社は利益相反取引の利得者として無過失損害賠償責任、従属会社取締役は過失責任とし、従属会社少数株主に支配(姉妹)会社に対する代表訴訟提起権を賦与すべきである。

 (3)商法特例法上の大会社である従属会社の取引条件の公正は、会計監査人および監査役の監査を通じ担保されることが望ましい。そうした目的で作られたドイツ株式法の事実上のコンツェルンの従属報告書制度に対し、これまで学者の評価は厳しかったが、最近のドイツの実態調査によれば実務家はこの制度の実効性をある程度評価している。わが国でも、大会社である従属会社の計算書類附属明細書の「支配株主との間の取引の明細」の記載および有価証券報告書の「関連当事者との取引の開示」の監査の強化等の措置により、相当の問題の改善が期待できる。また監査役については、支配会社出身でない監査役を置くべきことを法により義務づけ、かつ株式公開の条件(証券取引所等の自主規制)として独立監査役の任命を要求することが望ましい。なお監査役・会計監査人の支配(姉妹)会社に対する報告徴取・業務財産状況調査権も法定する必要がある。

 (4)株主代表訴訟による解決に期待するほかない非公開会社においては、従属会社の損害の立証に関する証明責任、および、株主の当該訴訟のため資料・証拠の収集手段がとりわけ重要であるが、前者については、原告株主が従属会社の損害の「一応の証拠」を提出すれば支配会社が取引条件の公正の証明責任を負うと解すべきであり、後者については、商法上は裁判所の選任する検査役による会社の業務財産状況調査の制度(商294条)の拡充を立法的に図るべきである(以上、第1章第1節)。

 (3)支配・従属関係にある会社の運営に関する第二の問題は、従属会社少数株主の利益が支配(姉妹)会社との取引を通じずに害されるケースに対する規制であり、重要類型の一つは、(1)支配会社がグループ各社の事業分野の調整を行うことに関係する。具体的には、ドイツでは支配(姉妹)会社が従属会社に対する競業避止義務を負うか、米国では会社の機会(corporate opportunity)の法理の適用を受け得るかという形で問題が提起され、結論的にはドイツで非公開従属会社に対する支配(姉妹)会社の競業避止義務が判例上認められた以外、諸外国では法の介入に慎重である。しかしわが国では、株式公開により生じた従属上場会社が多いこと等に鑑み、公開従属会社の場合も含め支配(姉妹)会社の競業避止義務を法定する必要がある。

 重要類型の二つ目は、(2)支配会社が事実上の影響力により従属会社の業務執行に介入し、前者の過失に基づき後者に損害が生ずる場合である。ポイントは、兼任取締役の行為に基づく場合等に、支配会社の影響力の行使があったと見うるか否かの点の解釈である(以上、第1章第2節)。

 (4)会社の支配・従属関係の形成には、第一に、百パーセント子会社の株式の一部が公開される形がある。わが国では証券取引所が、一般投資者の損害防止の観点から、上場要件として従属会社の場合支配会社からの独立性を示す一定の基準を満たすことを要求してきた。具体的には、グループ内での事業競合の排除、外販比率、取締役・使用人の構成の三点に関してである。その基本的視点は正当であるが、個々の基準については、強化・再検討すべき事項がある。

 第二に、買収による形は、(1)公開会社の買収の場合、第三者割当増資を利用する形態が重要で、当該増資を株主総会特別決議事項とすべきであるとの立法論がこれまで学説上有力であった。しかし当該増資により従属会社少数株主が損害を被る可能性は乏しいと考えられ、規制強化は不要であると思われる。

 (2)非公開会社の買収の場合、支配株式の譲渡による形態が重要で、証券取引法適用会社の支配株式譲渡に公開買付けが強制されていることとの権衡からも、その場合につき被買収会社少数株主の株式買取請求権を法定する必要がある(以上、第2章)。

 (5)会社の支配・従属関係の解消については、第一に重要なのは、従属会社が支配会社またはその百パーセント子会社に吸収合併されるケースである。支配・従属関係の存在から、従属会社少数株主に不利な措置がとられる可能性があるからである。

 まず、(1)交付金合併により支配会社が従属会社少数株主を排除することは、買収により取得した従属会社については許容されるが、持株の一部売却により成立した従属会社については、禁反言的行為として違法(商247条1項3号)と解すべき場合が多い。(2)合併比率の公正の確保に関しては、立法・解釈の両面で情報開示を強化するとともに、大会社が一方当事者となる支配(姉妹)・従属会社の合併については、既に諸外国で法的または事実上広く行われている合併検査役の制度を導入すべきである。合併当事会社に非公開会社がある場合の合併比率については、取引相場のない株式の評価方法が重要となるが、基本的には配当還元方式(キャッシュ・フロー還元方式)によるべきである。

 第二に、従属会社少数株主が請求により適切な対価を得て会社から離脱する形の支配・従属会社関係の解消の制度も設ける必要がある。支配会社による加害が繰り返される等の場合には、(1)-(3)で述べた救済では不十分だからである。当該制度は、支配会社の加害等の一定の要件の存在が訴訟上証明された場合に従属会社少数株主全員が支配会社に対する株式買取請求権を取得し、株式買取価格も、支配会社にとり制裁的でかつ算定が容易なものとすべきである(以上、第3章)。

審査要旨

 結合企業、すなわち株式(有限会社の場合は持分)の所有を通じて支配・従属の関係にある企業グループにおいては、支配会社・従属会社の株主(社員)・債権者の利害の調整をめぐって会社法上、法的に困難な問題が種々生じている。そのなかでも従属会社の少数株主の保護をいかにはかるかの問題は、従属会社の損害において支配会社が利益を得るという利益相反の関係が生じやすいことから、特にその適切な解決が強く求められている。しかしながらわが国では、諸外国のこの問題への対応に関する部分的な紹介的論稿は相当にあるものの、真の意味での本格的な日本法の解釈論・立法論はなかったといって良い。本論文は、従属会社の少数株主の保護の問題につき、筆者の長年にわたる結合企業法研究を基礎としてその集大成ともいうべき総合的な検討を行い、本格的な日本法の解釈論・立法論を提示しようとするものである。

 本論文は、序章、第1章ないし第3章、結章の5つの章から構成される。

 序章においては、「問題の所在」と問題解明のための「考察の範囲、方法および順序」が示される。まず「問題の所在」においては、わが国の結合企業の現状とその会社法上の問題点が簡潔に分析され、続いて諸外国の法規制、特に自覚的にこの問題に対処する包括立法を有するドイツの法規制が、わが国の将来の立法のモデルとなり得るかが検討される。筆者によれば、契約コンツェルンの制度は、わが国のモデルにはならない。なぜならわが国では、そうすることに税制上のインセンティブがないし、また従属会社少数株主の社債権者化(「非余剰権者化」)による保護は、わが国の少数株主の期待にそぐわないからであるとする。従ってわが国における従属会社の少数株主の保護は、従属会社が経済的にも独立した会社であるがごとく行動することを確保すること、すなわち事実上のコンツェルン型規制の発想に基本的によるべきであるとする。もっともその際には、支配・従属会社関係濫用の歴史と豊富な裁判例を有するアメリカ法も十分に参考にする必要があるとする。

 それでは、問題解決のために具体的にはいかなる解釈論・立法論がとられるべきか。そのための「考察の範囲、方法および順序」としては、従属会社の少数株主の不利益防止の法規制は、3つの局面に分かって考察する必要があるとして、その基本的な検討領域・順序が示される。すなわち第1章では、支配・従属関係会社の「運営」の局面を、第2章では、支配・従属関係の「形成」の局面を、第3章では、支配・従属関係の「解消」の局面を、それぞれ詳細に分析・考察することにより、全体としての総合的考察がなされることが示される。個々の問題の検討においては、まず解釈論を十分に詰める作業がなされるが、それでは十分な解決がなされないと判断される場合には、立法論を具体的な条文案の形で提示するとする。そして個々の問題の検討に入るに先立って、会社の支配・従属関係の意義が確定される必要があるとして、次のような立法提案をしている。すなわち会社の支配・従属関係とは、ある会社が他の会社の取締役の過半数を選任してその取締役会を支配するに足りる後者の株式・持分を実質的に所有することであるとする。

 第1章では、支配・従属関係にある会社の運営に関する解釈論・立法論が展開される。そこでの第1の問題は、支配・従属会社間(または従属会社・姉妹会社間)の取引において、支配会社が影響力を行使し、従属会社の少数株主が損害を被ることの防止である。そのためには、支配・従属会社間の取引条件の「公正・不公正」を判断する基準が問題となる。そこでこの問題に関する議論の蓄積があるアメリカおよびヨーロッパ諸国の現状が分析され、アメリカ法の影響下に企業結合に関するEC加盟国の国内会社法規定の調整を目的とした1984年の第9指令第2次提案にも採用された「独立当事者間取引」基準(独立した当事者間であればなされたであろう取引条件による基準)が、わが国でも解釈上原則的に採用されるべきであるとする。もっとも移転価格税制についての分析が示すように「独立当事者間取引」基準は、複雑・多岐であり、従ってこの基準の会社法への適用にあたっても、その基準の多様性を認識しなければならないとする。またアメリカ判例等の分析が示すように、市場価格が存在しないとき等にみられる比較可能な「独立当事者間取引」基準がない場合はどうするかが問題となるが、その場合は、「利益配分法」(取引当事会社の所得を合算し、それを各社の負担した費用等の貢献度に応じて配分する形であるべき価格を算出する方法)を用いるべきであるとする。さらに立法論の必要性については、支配・従属会社間の取引の「公正・不公正」の判断基準は、「独立当事者間取引」基準のみに依拠はできないし、抽象的文言の法文の存在よりもより具体的適用が重要であるから、前述のECの第9指令第2次提案のような規定を商法中に置く意義は疑わしく、従って学説・判例を通じての妥当な基準の定着に努力することが適当とする。

 取引の公正確保における第2の問題は、不公正な取引が行われた場合の関係者の責任をどう考えるかである。そこでアメリカ法、ドイツ法およびわが国の学説が検討された後、立法が必要であると主張する。そして立法規定の内容としては、支配会社は利益相反の利得者として無過失責任を、従属会社の取締役には過失責任をそれぞれ課すのが適当であり、またその実効性の確保のためには、従属会社の少数株主に支配会社の責任追及のための代表訴訟提起権を付与すべきであるとする。

 取引の公正確保の第3としては、会計監査人および監査役の監査が重要であるとする。そしてドイツのコンツェルンの従属報告書の実態が検討され、これまでこの制度に対する学者の評価はきびしかったが、実務家はこの制度の実効性をある程度評価していることが明らかにされる。続いてわが国監査の実状が検討され、わが国でも、大会社である従属会社の計算書類附属明細書の「支配株主との間の取引の明細」の記載および有価証券報告書の「関連当事者との取引の開示」の監査の強化等の措置がなされれば、相当の改善が期待できるとする。また監査役については、大会社については独立性の確保として支配会社出身でない監査役を1人は置くべきことの立法が必要であり、かつ株式公開の条件として独立監査役の任命を要求すること(証券取引所等の自主規制)が望ましいとする。さらに監査役・会計監査人の支配会社に対する報告徴収・業務財産状況調査権も法定すべきであるとする。

 取引の公正の確保の第4としては、従属会社が非公開会社である場合に、その少数株主が代表訴訟により支配会社等の責任を実効的に追及できるようにすることが主張される。具体的には、従属会社の損害の証明責任について、株主は損害につき「一応の証拠」を提出すれば、支配会社の側で取引の公正の証明をする責任を負うものと解釈すべきであるとする。また証拠の収集手段の強化の問題は、裁判所の選任する検査役による業務財産状況調査の制度(商法294条)を拡充する規定の新設が必要であるとする。

 第1章で取り扱われる運営の問題の第2は、従属会社の少数株主の利益が、非取引的手段によって害される場合への対応である。この問題につき、特に重要な2つの類型があることが指摘される。まず第1の類型は、支配会社がグループ各社の事業分野を調整することによって従属会社に損害が生ずる場合である。この類型につき、ドイツ法の競業避止義務規制およびアメリカ法の会社の機会(corporate opportunity)の法理が検討され、わが国では株式公開によって生じた従属上場会社が多いこと等に鑑みると、公開会社も含めて支配会社の競業避止義務を新たに法定すべきであるとする。次いで第2の類型としては、支配会社が事実上の影響力を行使し従属会社の業務執行に介入し損害を与える場合があげられる。この場合については、従属会社の株主にすぎない支配会社に従属会社の取締役等の業務執行を監視する義務を認めるのは、解釈論として賛成できないし、また従属会社への監視体制の強化は、グループの活力をそぐおそれがあり、立法論としても妥当でないとする。もっとも支配会社の指図に従属会社が納得しないまま業務執行が行われた場合または従属会社に情報収集の手段が欠けていた場合には、支配会社に善管注意義務違反の責任を認める余地があるが、それを現行法の解釈論で導くのは困難があり、立法が必要であるとする。もっともこの点は前述の立法提案の一つである支配会社の責任規定によってカバーできるとする。

 第2章では、会社の支配・従属関係の形成の問題が扱われる。そこでは最初に、支配・従属関係の形成態様の諸類型につき現行法の規制と問題点が検討される。支配・従属関係の形成には、大別して2種類があり、第1のケースは、支配会社がその所有する100パーセント子会社の株式の一部を公開する場合である。第2のケースは、経済的に独立した会社の株式を他の会社が取得する場合(企業買収)である。

 第1のケースもいくつかに分けることが可能であるが、重要なのは、株式の公開の場合であるとして、支配会社からの独立性の担保のための上場要件が重要であるとする。そこで東京証券取引所の取扱いが検討され、グループ内での事業競業の排除、外販比率、取締役・使用人の構成の3点に着目するのは正当であるが、個々の基準については、強化・再検討すべき事項があるとする。

 第2の企業買収のケースは、公開会社と非公開会社とで区別が必要であるとする。まず、公開会社の場合は、第3者割当増資を利用する形態が重要であり、こうした増資は株主総会の特別決議事項にせよとの立法論が有力であるが、賛成できないとする。なぜなら事実認識として、発行価額がシナジー発生前の発行会社の株価である場合、発行会社の従前の株主がシナジー中の発行会社の貢献部分相当額を取得できない可能性は低いから、従前の株主保護のための新たな立法は不要だからである。次に、非公開会社の買収の場合は、支配株式の譲渡による形態が重要であるが、証券取引法適用会社の支配株式譲渡に公開買付けが強制されていることとの権衡からも、その場合の予防的保護の方策として、被買収会社の少数株主に株式買取請求権を認める立法が必要であるとする。またその場合の買取価格は、「支配・従属関係の成立がなければその関係が成立した時点で有したであろう公正な価格」とすべきであるとする。

 第3章では、会社の支配・従属関係の解消の問題が扱われるが、重要な問題は、2つあるとする。その第1は、従属会社が支配会社またはその100パーセント子会社に吸収合併されるケースである。支配・従属関係の存在から、従属会社の少数株主に不利な措置がとられる可能性があるからである。この点への対応としては、まず交付金合併により支配会社が従属少数株主を排除することは、買収により取得した従属会社については許容されるが、持株の一部売却により成立した従属会社については、禁反言的行為として違法と解すべき場合が多いとの解釈論が展開される。後者につき許されない場合が多いと解するのは、株式公開により少数株主に期待をもたせておきながら、交付金合併により少数株主を排除して長期投資の機会を奪うことになり得るからである。次に合併比率の公正の確保のための方策が問題であるとし、立法・解釈の両面で情報開示を強化するとともに、大会社が一方当事者となる場合には、合併検査役の制度の導入が必要であるとして、その条文案が提示される。また合併当事会社に非公開会社がある場合の合併比率については、取引相場のない株式の評価方法が重要となるが、その場合には、基本的に配当還元方式(キャッシュ・フロー還元方式)によるべきであるとする。

 支配・従属関係の解消における重要な第2の問題としては、従属会社の少数株主が請求により適切な対価を得て会社から離脱するタイプの支配・従属関係の解消制度(少数株主のイニシアティブによる関係解消制度)を設けるべきことが主張される。支配会社による加害が繰り返される等の場合には、第1章で提示された救済策では不十分と認識するからである。具体的な解消制度の立法論の基本は、支配会社の加害等の一定の要件の存在が訴訟上証明された場合には、従属会社の少数株主全員が支配会社に対する株式買取請求権を取得するとすることであり、その場合の株式買取価格は、支配会社にとり制裁的でかつ算定が容易な方式で法定されることである。

 最後の章である結章では、論文の全体のまとめとともに筆者の立法提案の全体が一覧性のある形で示されている。

 以上が本論文の要旨である。

 本論文の長所としては、次の諸点をあげることができる。第1に、従属会社の少数株主保護の問題につき、支配・従属関係の運営、形成、解消の3局面のすべてにわたって会社法のみならず証券取引法・税法・会計等にも目配りをしつつ比較法的検討も含む包括的な考察を加えることにより、総合的な信頼性のある解釈論・立法論を提示した点において、わが国のこの問題に関する学問的水準を一挙に高めたことがあげられる。この問題については、従来からわが国でも論文の数は多いが、基本的には、対象範囲が限定的であり、しかも内容的には紹介的な水準にとどまっていた。しかし本論文により、学界は初めて本格的かつ総合的な日本法の解釈論・立法論をもつにいたったと評価できる。第2に、本論文が提示する個々の解釈論・立法論は、いずれも問題に関する法制のみならず実態をも含めた正確かつ充実した研究に裏付けられており、しかも明快かつバランス感覚のあるものとなっている。その結果本論文は、きわめて強い説得力を有する。第3に、論文全体の構成は、はなはだ強固であり、また叙述に冗漫なところがなく、さらに筆者の長年にわたるこの問題に対する研究の積み重ねからくる深い学識を十分に反映するものとなっている。

 しかし本論文にも問題がないわけではない。第1に、論文全体の力点が、従属会社の独立性の確保に置かれている結果、企業グループがグループとして行動することのメリットを適正な範囲で確保する方策についての分析が乏しいことがあげられる。そのためドイツ法でいえば、この角度からの契約コンツェルン型に属する制度の分析が必ずしも十分ではなく、また日本法では、商法245条1項2号の経営委任の規定等を立法論としてどう考えるかの言及もあって良かったと思われる。第2に、立法提案として主張される各条文規定が、実際に立法化されたとした場合に、それぞれの意図するところが現実にも効果的に実現できるかにつき、日本の実態を踏まえた分析・論証がさらに展開される必要があったのではないかと思われる。本論文の主張する立法提案の日本の現実における有効性が、実証的にもさらに明らかにされているならば、これら提案は、実際的にも有効かつワーカブルなものとして広い支持をより容易に受けることができ、立法論としてなお一段と強力なものになったであろうからである。第3に、より基礎理論的な分析がさらになされても良かったと思われるところがある。例えば、支配会社の責任がなぜ無過失責任とされるかについて、民事責任論一般の中での理論的な位置づけ・基礎づけがさらに展開されていれば、本論文の主張は理論的な説得力をさらに強めたものと思われる。

 しかし、以上の問題点は、本論文の価値を大きく損なうものではない。本論文は、まさしくわが国の会社法学に新しい地平を開く特筆すべき一大成果であり、結合企業法の分野において今後とも常に必ず参照されるべき最重要ランクの業績としての地位を不動のものとするであろう。従って本論文は、博士(法学)の学位にふさわしい内容と認められる。

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