長い灌漑の歴史を有するアジアの国々では、営農技術の向上と相まって、顕著に灌漑開発の成果が上がってきているが,従来の低平地における大規模開発事業から、近年は緩い起伏地の小規模事業や、既存施設の修復・改良事業へと重心が移り、効率向上が益々重視されてきている。 しかし、水使用の計画と実績とが大きく乖離しているケースが少なくなく、それが単に農民の怠慢等によるものではなく、地区の地形特性や、時間的・量的変動の激しい熱帯モンスーンの気象条件、それに営農と灌漑及び施設の操作管理の実態を十分に反映していない灌漑計画の不合理さにも原因があると考えられる。 こうした中で,従前計画と実績とが大きく乖離しているスリランカ国のデワフワ地区をケーススタデイ地区として、多面的に水利用状況調査を行い、熱帯アジアのモンスーン地域で,緩い起伏のある小地形--比較的小規模にまとまった地形地--の水田灌漑地区に共通する用水管理にかかる問題の解明に資することを目指し,また、より操作管理実態に即した用水計画作成の基礎となる考え方を提示することを目的として、実証的研究を行った。 本論文では先ず、第1章で序として、アジア諸国における将来の農業用水需給の厳しい状況を推測し,また、各国で80年代に積極的に実施された水管理向上施策を概括して、水管理及び水使用効率向上の重要性を明かにした。これらの水管理向上策は、水源から圃場までの一体的管理、ソフト面の重視、農民参加を三本柱としており、何れも相応の成果をおさめ、今日まで施策の基本として引き継がれている。 次いで本論に入り、比較的小規模で且つ変化に富む地形条件を有するデワフワ地区で、水管理作業に直接携わって得た問題認識に基づいて、圃場作業とシステムの操作管理の面から見て、現実的で実行可能な用水計画のあり方と水使用の効率を中心に検討した内容を2章から7章に記述した。 第2章では、デワフワ地区の概要を紹介する。デワフワはスリランカの中央部、カラオヤ水系の最上流部に位置し、緩い起伏のある地形を有し、乾季・雨季が明瞭なドライゾーンに属する。この地区は溜池を水源とする面積1000ha弱の比較的新しい開拓入植地であり、70年代に水利施設改良と水管理効率向上を主要目的の一つとする村落総合開発事業が日・ス協同で実施された。 第3章では、当時プロジェクトを見舞った干ばつの状況と水利用実態を観察することによって浮上してきた諸問題を整理して重要点の抽出を行った。即ち、先ず、需要量と供給可能量の両面において従前計画と実態とが乖離している3様の作期の観察を行った。それらは、(1)計画基準年相当程度の降雨がありながら計画量以上の水を使用して、シーズン後半で水不足状態に陥る作期、(2)雨季の本格的降雨の到来が3カ月も遅れて、それでいて計画量以上の水を使用しながら厳しい水不足となる作期、(3)降雨が少なく、かつまた水源貯水量が少ないため水稲作付けを完全に放棄する事態に至る作期、の三つの作期である。 観察の結果、「降雨時の利用可能量の見積もり」、「施設機能と管理態勢/農民対応の不適合」、「耕起・代掻・植付期における圃場作業と給水の不整合」、「不合理なローテーション給水」などを効率的用水管理に向けての基本的な問題として提起した。」 第4章では、これらの問題解明のために多面的詳細な水利用実態調査を行った結果を整理分析し、問題発生要因を明らかにした。 具体的には耕起〜植付期の圃場作業との関係及び地区内条件の差異に応じた圃場要水量、流域の土地利用の影響を受ける流出量、水路・圃場の施設機能・ローテーション配水を含む操作実態との関連における灌漑システム内の流況、降雨時の施設操作と節水量の関係等の調査を重点とした。 これらの実態調査結果を分析して従前計画と実態の乖離の主な要因は、水源量の不安定さと、気象・地形の変化の大きい状態に対する計画の緻密さ及び柔軟性の欠如からくる,(1)耕起・代掻・植付期の作業形態、並びに生育期の時間的・面的変化、に応じた圃場の単位要水量、(2)圃場作業の進行、システムの機能、及び操作の間の不整合により生じる様々な形の不可避的必要水量、(3)通水状態を常態とする灌漑システムで、圃場で有効な降雨のある時に、実際に取水ゲートを操作して節減できる水量,(4)雨季到来後、各圃場で耕起作業を開始する前の、有効利用が不可能な降雨量、の4点についての見込み方の不的確さにあることを確認した。 次いで第5章では、4章の調査結果から、地区特性に基づき、圃場の作業、水利施設の機能と操作態勢の3要素の相互関係に焦点をあて、管理・操作の実行性を重視した用水計画を立案する上で重要となるチェックポイントを示した。特に実態使用量の、従前計画から見れば過剰とみなせる部分を、現地実態に即して、通常の技術レベルと操作の態勢で改善可能な部分と不可避的必要量に仕分け、後者については具体的な算定の考え方を提示した。 それは、(1)消費水量の平均値と施設の画一規格値採用のために必要となる上乗せ量、(2)耕起〜植付期の圃場作業の手段及び稼動量と配水量との不可避的に生じる"ずれ"のために必要となる上乗せ量、(3)配水操作上、時間差等によって不可避的に生じる必要な上乗せ量、(4)予知困難な短時間局地的降雨に起因する施設操作の遅れ、操作不能のために低減する節水可能量、等である。 これらについては、普遍的な面を抽出して、熱帯アジア地域で、緩い起伏のある小地形地区において共通的に適用し得る灌漑計画検討のフローチャートを作成し、また、地区の灌漑要水量を左右する地域特性の強い部分と一般的部分に分離して灌漑用水量構成要素図を作成した。 第6章では、5章に記した考え方に従って計画し、実現した水源増強計画について検討内容を記し、導水実現後の効果を客観的な実績値で示した。その効果は、(1)雨期作実栽培面積の増30%、(2)雨期作の単位収量の増40%、(3)雨期作の単位面積当たり使用水量の減,(4)乾期作1/2〜1/3の実施,で端的に示される。 更に第7章では、一歩進めて、導水実現前後の、取水量、雨量と収量等の実データ相互の関係について、前記実行可能な用水計画との関係を確認しつつ分析し,導水計画及びそのベースとなる、5章に示した用水計画の考え方の妥当性を、導水期待量及び導水の有効性の面で検証した。導水期待量の妥当性は、毎年確実な導水と利用可能量の増加で確認できる。 導水の有効性は、6章で確認した導水後の「灌漑面積増や生産量増」と「実使用水量の減少」という現象について、その要因を分析し、導水実現前後の使用水量と生産量の相対的効率の向上として検証した。 6章に記した(1)(2)(4)は水源増強に対応した灌漑面積増や生産量増であり、(3)は節水的/効率的水利用であるが、これらが達成されるメカニズムは以下のように分析された。即ち、水源増強により,均等配水と、作期後半の作物消費水量が大きい時期の余裕ある給水、適時需要応答型給水に近い給水が可能となった。これは農民の水源に対する信頼感を高め,スケジュール通りの圃場作業と灌漑の実施を可能にして配水の無効量が減少し、また、降雨が有効化されて使用水量の生産効率が高まったもので、最終的には単位面積当たりの収量増加と使用水量減と言う最も望ましい結果となって現れている。従前には有効化可能雨量を加えた使用水量が2500mm程度の所で最高収量を得ていたが、導水実現後は2000mm程度で最高値を得て、しかも、その値が顕著に向上している。 面積と水源水量の関係については、従前の灌漑面積と貯水池容量及び集水流域面積との比の近隣地区との比較、及び上記生産効率性から、当地区の状態が著しく改善されたことを明らにし、適正な範囲の存在を傾向的に確認した。 以上のように、導水による水源増強は、水源の信頼性を高め、降雨利用を含めた雨期作の水使用効率・生産効率を予想以上に向上させた上で、乾期の利用可能量を増大したことから、計画の妥当性が実証できたと考えられる。 総括して本論では、気象的・地形的に変化の大きい地域の貯水池灌漑地区では、その変化巾を反映し、更に圃場作業、水利施設の機能と操作に応じた不可避的水量、降雨時の現実的な節水可能量を考慮した用水計画を作成することによって、水使用効率が生産性を含めて著しく向上することを事例的に明らかにできた。 |