タイなどアジア諸国の緊急の問題は食糧増産である。食糧生産における主要な制限因子は窒素肥料であるが、肥料は高価であり、投資コストの50%を占める。従って、窒素肥料の利用効率を高める必要がある。本論文は窒素のアイソトープ、重窒素を用いて、タイにおける窒素肥料の利用効率や窒素固定効率の向上を目的として実施された圃場試験の結果をまとめたもので、4章からなる。 第1章では水田での窒素肥料の種類、施肥時期、施肥法と利用効率との関係を明かにしている。通常の尿素肥料、硫黄被覆尿素肥料、硫安を施用したときの利用効率は28-30%であったが、大型粒状尿素(USG)の深層施肥では利用効率が高まり、55%に達した。通常の施肥法では窒素の損失は23-28%であったが、USGの深層施肥では9%に減少できた。収穫後、土壌中に残存した窒素のほとんどが土壌表層0-15cmの層に残留していた。 尿素の揮散に対するウレアーゼ阻害剤、硝酸化成阻害剤および殺藻剤の効果について検討したところ、ウレアーゼ阻害剤や硝酸化成阻害剤単独よりも、殺藻剤との併用はアンモニア損失を抑制し、収量を増大させた。この試験により、藻類の生長と田面水pHの制御が重要であることが明かとなった。 重窒素でラベルしたアゾラを用いて、アゾラ中の窒素のイネに対する利用率を調べたところ、利用率は約50-60%で、同じ施用法で尿素を施肥したときと大差はなかった。即ち、アゾラーアナベナ共生系による固定窒素が、イネに有効な肥料であり、アゾラが水田の緑肥として利用できることが示された。 第2章においては、ダイズの生産能を高める為に重窒素を利用してダイズ-根粒菌共生系での窒素固定能改善を目的とした以下の1)-6)に述べる研究を実施した結果について述べている。 1)アイソトープ希釈法による窒素固定能の算定に適した標準植物nfsの選択に関する研究では、ダイズ根粒非着生系統TO1-0およびA62-2が最適であることが明かになった。 2)ダイズ栽培種の窒素固定能についての研究では、タイで推薦されている栽培種は他に比べていずれも窒素固定能が高く、また、高収量性であることを確認した。 3)B.japonicumの有効菌株の選抜に関して検討したところ、タイ選抜の菌株はASET推薦の菌株に必ずしも劣っていないことが示された。 4)除草剤および灌漑の窒素固定能に及ぼす影響について検討した研究では、除草剤の施用は子実収量や窒素固定能に影響のないこと、灌水に関しては乾期に最低1週間か2週間に一度の灌水が必要なことなどを明らかにした。 5)窒素固定能に及ぼす不耕起と通常耕起とを比較したところ、不耕起栽培でも通常の耕起と同様な収量をもたらすこと、不耕起栽培にはタイで生育するダイズ栽培種およびタイの土壌から単離された菌株が最も有効であることを明らかにした。 6)ダイスでの固定窒素利用率を重窒素を用いて検討したところ、圃場に窒素肥料を10kgN/ha施用した場合、窒素固定量は100kgN/haとなり、植物体の吸収する窒素の50%を越していた。ダイズ収量は優良なダイズ栽培種と根粒菌株の組み合わせでは2t/haを越した。根粒菌の生息の少ない地域では特に優良菌株の接種による収量増が顕著であった。 第3章では間作栽培における窒素の有効利用について研究している。重窒素を用いたピーナッツ-トウモロコシ間作栽培試験を実施したところ、2列のトウモロコシの列に対して1列のピーナッツを栽培するシステムがトウモロコシの収量および全収量を最大にした。トウモロコシ2列に対してピーナッツを2列にした時に面積当り窒素固定量およびピーナッツ1列あたりの窒素固定活性が最大になることが示された。 第4章ではトウモロコシ栽培における窒素肥料の利用率に関して研究している。飼料作物としてトウモロコシを用い、硫安、硝酸カリウム、尿素の比較を試みた。これら3種類の肥料の利用率は類似の値となり、いずれも25-26%であった。残留している窒素は主として土壌表層に存在していた。窒素の損失量はいずれの肥料でも同じ程度であった。 以上、重窒素を用いてタイでの各種作物の栽培における窒素の利用率や窒素固定活性について研究し、利用率や窒素固定活性を向上させる栽培法をタイ各地における圃場試験で明かにした。タイ各地の圃場試験で得られた結果はタイの農業に直ちに広く利用されるものである。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |