学位論文要旨



No 213105
著者(漢字) ポンピモル,チャイワナクプト
著者(英字) Pornpimol,Chaiwanakupt
著者(カナ) ポンピモル,チャイワナクプト
標題(和) タイ国作物栽培における窒素利用に関するアイソトープを用いた研究
標題(洋) Isotopic Studies on Nitrogen Utilization for Crop Production in Thailand
報告番号 213105
報告番号 乙13105
学位授与日 1996.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13105号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 タイなどアジア諸国の緊急の問題は増大する膨大な人口を養うための食糧増産である。食糧生産における主要な制限因子の一つは窒素肥料である。窒素肥料は高価であり、投資コストの50%を占め、その割合は年々高くなりつつある。従って、窒素肥料の利用効率を高め、肥料の節約をする必要がある。また、生物的窒素固定などの天然供給型窒素を有効に利用することも重要である。過去10年におけるタイでの窒素肥料の消費は急増しているが、土壌-植物系での窒素の損失に起因する窒素肥料の効率の低さが大きな問題として、まだ、残っている。

 本論文は窒素のアイソトープ、重窒素を用いて、タイにおける窒素肥料の利用効率や窒素固定効率の向上を目的として実施されたいくつかの圃場試験の結果をまとめたものである。

 第1章のPart1では水田での窒素肥料の種類、施肥時期、施肥法と利用効率との関係を明かにするために、Klong LuangとPatum Thaniで圃場試験を実施している。通常の尿素肥料、硫黄被覆尿素肥料、硫安を基肥では全面施用後すき込み、幼穂形成期に追肥という方式で施用したときの利用効率は28-30%であったが、大型粒状尿素(USG)の深層施肥では利用効率が高まり、55%に達した。USGの深層施肥では窒素の損失を9%に減少できた。他の通常の施肥法では23-28%の損失が認められた。収穫後、土壌中に残存した窒素は36-48%で、そのほとんどが土壌表層0-15cmの層に残留していた。しかし、Patum ThaniでUSGの深層施肥での損失は10-20%に達し、尿素を用いた効率的な施肥法、即ち、尿素の基肥施用時期を遅らせると共に追肥を行なうという施肥法とは有意差は認められなかった。これらの実験で用いた圃場の土壌は硫酸塩酸性土壌であるが、それにも関わらず窒素損失が認められた。そのメカニズムの解明は今後の課題として残された。

 第1章のPart2ではタイの主要な窒素肥料である尿素の揮散の減少に関する圃場試験を実施した。研究の主要な目的はウレアーゼ阻害剤によるアンモニア揮散の抑制効果と硝酸化成阻害剤による硝化抑制の効果の評価である。試験はSuphanburiで3年に亘って実施され、アンモニアの揮散、田面水中のアンモニア濃度、田面水pHおよびイネ収量への影響を調べたが、その際、殺藻剤併用の効果についても検討した。ウレアーゼ阻害剤PPDやNBPTと殺藻剤との併用はアンモニア損失を抑制し、更にPPDと殺藻剤の併用は収量を増大させた。別の試験でも殺藻剤とウレアーゼ阻害剤NBPTやCHBTとの併用は尿素の加水分解、藻類の繁殖、田面水のアルカリ化を抑制し、アンモニア損失を減少させた。ウレアーゼ阻害剤単独よりも殺藻剤との併用がより大きな収量増をもたらした。この試験により、藻類の生長と田面水pHの制御が重要であることが明かとなった。一般にアンモニアの揮散は尿素施用後11日で認められるが、ウレアーゼ阻害剤の添加はアンモニアの揮散時期を遅らせると共に、アンモニア損失を多い場合には11-20%、少なくても3-16%低下させ、それによってしばしば収量が増加した。

 第1章Part3では窒素固定植物アゾラ由来の窒素の利用について研究した。アゾラ由来の窒素も窒素肥料をある程度代替できる窒素と期待されている。従って、藍藻とAzolla azollaeの共生系の行う水田での窒素固定と窒素循環はイネ栽培における重要な研究課題である。Ratchaburi試験地において重窒素でラベルしたアゾラを用いてアゾラ中の窒素のイネに対する利用率を通常の尿素肥料と比較した。アゾラ中の窒素のイネによる利用率はイネ移植時に施用したときは33%、幼穂形成の2週間前に土壌表面より5cm下部に畦間施肥したときは69%となったが、同じ施用法で尿素を施肥したときは利用率はそれぞれ70および73%で大きな差はなかった。また、通常実施されているように土壌表層に均一に尿素を散布したときは利用率は低下し、59%であった。2年目の実験においてもアゾラ窒素の利用率は比較的高く、尿素肥料に匹敵することが認められた。このことはアゾラーアナベナ共生系による固定窒素が、この生物の分解と無機化にともないイネに有効な肥料となること、即ち、アゾラが水田の緑肥として利用できることを示している。

 第2章においては、ダイズの生産能を高める為に重窒素を利用してダイズ-根粒菌共生系での窒素固定能改善の研究、特に、優良なBradyrhizobium japonicum菌株やダイズ栽培種の選抜、それを利用した栽培管理法の確立、ならびに、ダイズ栽培における生育阻害要因の除去を目的とした研究を実施した。研究結果が直ちに農家役立つものとなるように圃場試験により、1)アイソトープ希釈法による窒素固定能の算定に適した窒素非固定植物種(nfs)の選択、2)タイの各種ダイズ栽培種の窒素固定能の評価、3)種々の環境条件でのB.japonicumの有効菌株の選抜、4)除草剤および灌漑と窒素固定能の関連の解明、5)窒素固定能に及ぼす不耕起と通常耕起との比較、ならびに、不耕起と通常耕起に適合するダイズ育種系統の選抜、6)ダイズの窒素固定および収量の制限因子の解明について研究した。圃場試験はタイ北部のChiangmai、東北部のKhonkaenおよび中央部のKampaengsanの3ケ所においてなされた。その結果は以下のとうりである。

1)アイソトープ希釈法による窒素固定能の算定に適したnfsの選択

 圃場での窒素固定能を同位体希釈法で定量する場合の標準に用いるnfsとしてダイズ根粒非着生系統TO1-0およびA62-2が最適であることが明かになった。トウモロコシ、ソルガム、オオムギ、イネもnfsとして代用できる場所もあった。nfsの選択には問題も残っており、処理に応じていくつかのnfsを用いざるを得ないこともあった。

2)タイの各種ダイズ栽培種の窒素固定能の評価

 タイで推薦されている栽培種は共通の先祖に由来するためかいずれも窒素固定能が高く、また、高収量性を示した。

3)種々の環境条件でのB.japonicumの有効菌株の選抜

 一般に、ASET(Asian Vegetable Research Development Soybean Evaluation Trial)のダイズの10種類の遺伝子型はタイ栽培種に比較して窒素固定能に関して必ずしも優れた能力を示さなかった。

4)除草剤および灌漑と窒素固定能の関連の解明

 除草剤の施用は子実収量や窒素固定能に影響はなかったが、パラコートは場所により有益もしくは有害な影響が現われた。1週間か2週間に一度の灌水も収量増および窒素固定量の増加に有効であったが、ダイズに水分欠乏症状が現われるときに灌水したのでは効果は減少した。

5)窒素固定能に及ぼす不耕起と通常耕起との比較、ならびに、不耕起と通常耕起に適合するダイズ育種系統の選抜

 不耕起栽培と通常の耕起の比較では、通常の耕起法が優れている場所もあったが、一般的には不耕起栽培でも通常の耕起と同様な収量をもたらした。不耕起栽培にはタイで生育するダイズ栽培種が適応していた。有効な根粒菌の接種は収量や窒素固定量を増大させたが、窒素固定量は菌株、宿主栽培種、場所によって変動した。タイの環境条件で最も有効な根粒菌株はタイの土壌から単離された菌株であった。

6)ダイズの窒素固定および収量の制限因子の解明

 重窒素ラベルの窒素肥料を用いた実験で、圃場に窒素肥料を10kgN/ha施用した場合、窒素固定量は100kgN/haとなり、植物体の吸収する窒素の50%を越していた。ダイズ収量は優良なダイズ栽培種と根粒菌株の組み合わせでは2t/haを越した。根粒菌の生息の少ない地域では特に優良菌株の接種による収量増が顕著であった。

 第3章では間作栽培における窒素の有効利用について研究している。開発途上国ではマメ類と他の作目との間作が土壌-植物系での窒素の増大につながるということで広く用いられている。タイの国立トウモロコシ-ソルガム研究センターで重窒素を用いたピーナッツ-トウモロコシ間作栽培試験を実施し、栽植密度やトウモロコシへの窒素施用量がピーナッツの窒素固定量や固定窒素のトウモロコシへの供給量および収量へ及ぼす影響について調べた。2列のトウモロコシの列に対して1列のピーナッツを栽培するシステムがトウモロコシの収量および全収量を最大にした。トウモロコシ2列に対してピーナッツを2列にした時に面積当り窒素固定量およびピーナッツ1列あたりの窒素固定活性を最大にした。間作のピーナッツからトウモロコシへの窒素の移動の有無に関しては明瞭な証明が得られなかった。土壌窒素の栄養状態の維持に関しては間作システムはトウモロコシ単作より優れているが単作のピーナッツよりは劣っていた。間作システムではトウモロコシの列の間に1ないし2列のピーナッツを間作することがよいと考えられた。

 第4章ではトウモロコシ栽培における窒素肥料の利用率に関して研究している。飼料作物としてトウモロコシはタイでは重要であり、重窒素を用いた窒素肥料の利用効率に関する圃場試験をUbon Ratchathaniにおいて実施した。硫安、硝酸カリウム、尿素を用いて、トウモロコシの生長、収量、窒素吸収量の比較を試みた。これら3種類の肥料の利用率は略同じ値を示し、いずれも25-26%であった。跡地土壌に残留している窒素分もいずれの肥料でも同程度あり統計的な有意差は認められなかったが、実験で得られた値はアンモニアで70%、硝酸で69%となり、尿素の51%より高い値となった。残留している窒素は主として土壌表層に存在していた。窒素の損失量はいずれの肥料でも類似の値を示した。収量や窒素の利用率からみたとき、これらの肥料はいずれも優劣付けがたい肥料であると判定された。

 以上、重窒素を用いてタイでの各種作物の栽培における窒素の利用率や窒素固定活性について研究し、利用率や窒素固定活性を向上させる栽培法をタイ各地における圃場試験で明かにした。タイ各地の圃場試験で得られた結果はタイの農業に直ちに広く利用されるものである。

審査要旨

 タイなどアジア諸国の緊急の問題は食糧増産である。食糧生産における主要な制限因子は窒素肥料であるが、肥料は高価であり、投資コストの50%を占める。従って、窒素肥料の利用効率を高める必要がある。本論文は窒素のアイソトープ、重窒素を用いて、タイにおける窒素肥料の利用効率や窒素固定効率の向上を目的として実施された圃場試験の結果をまとめたもので、4章からなる。

 第1章では水田での窒素肥料の種類、施肥時期、施肥法と利用効率との関係を明かにしている。通常の尿素肥料、硫黄被覆尿素肥料、硫安を施用したときの利用効率は28-30%であったが、大型粒状尿素(USG)の深層施肥では利用効率が高まり、55%に達した。通常の施肥法では窒素の損失は23-28%であったが、USGの深層施肥では9%に減少できた。収穫後、土壌中に残存した窒素のほとんどが土壌表層0-15cmの層に残留していた。

 尿素の揮散に対するウレアーゼ阻害剤、硝酸化成阻害剤および殺藻剤の効果について検討したところ、ウレアーゼ阻害剤や硝酸化成阻害剤単独よりも、殺藻剤との併用はアンモニア損失を抑制し、収量を増大させた。この試験により、藻類の生長と田面水pHの制御が重要であることが明かとなった。

 重窒素でラベルしたアゾラを用いて、アゾラ中の窒素のイネに対する利用率を調べたところ、利用率は約50-60%で、同じ施用法で尿素を施肥したときと大差はなかった。即ち、アゾラーアナベナ共生系による固定窒素が、イネに有効な肥料であり、アゾラが水田の緑肥として利用できることが示された。

 第2章においては、ダイズの生産能を高める為に重窒素を利用してダイズ-根粒菌共生系での窒素固定能改善を目的とした以下の1)-6)に述べる研究を実施した結果について述べている。

 1)アイソトープ希釈法による窒素固定能の算定に適した標準植物nfsの選択に関する研究では、ダイズ根粒非着生系統TO1-0およびA62-2が最適であることが明かになった。

 2)ダイズ栽培種の窒素固定能についての研究では、タイで推薦されている栽培種は他に比べていずれも窒素固定能が高く、また、高収量性であることを確認した。

 3)B.japonicumの有効菌株の選抜に関して検討したところ、タイ選抜の菌株はASET推薦の菌株に必ずしも劣っていないことが示された。

 4)除草剤および灌漑の窒素固定能に及ぼす影響について検討した研究では、除草剤の施用は子実収量や窒素固定能に影響のないこと、灌水に関しては乾期に最低1週間か2週間に一度の灌水が必要なことなどを明らかにした。

 5)窒素固定能に及ぼす不耕起と通常耕起とを比較したところ、不耕起栽培でも通常の耕起と同様な収量をもたらすこと、不耕起栽培にはタイで生育するダイズ栽培種およびタイの土壌から単離された菌株が最も有効であることを明らかにした。

 6)ダイスでの固定窒素利用率を重窒素を用いて検討したところ、圃場に窒素肥料を10kgN/ha施用した場合、窒素固定量は100kgN/haとなり、植物体の吸収する窒素の50%を越していた。ダイズ収量は優良なダイズ栽培種と根粒菌株の組み合わせでは2t/haを越した。根粒菌の生息の少ない地域では特に優良菌株の接種による収量増が顕著であった。

 第3章では間作栽培における窒素の有効利用について研究している。重窒素を用いたピーナッツ-トウモロコシ間作栽培試験を実施したところ、2列のトウモロコシの列に対して1列のピーナッツを栽培するシステムがトウモロコシの収量および全収量を最大にした。トウモロコシ2列に対してピーナッツを2列にした時に面積当り窒素固定量およびピーナッツ1列あたりの窒素固定活性が最大になることが示された。

 第4章ではトウモロコシ栽培における窒素肥料の利用率に関して研究している。飼料作物としてトウモロコシを用い、硫安、硝酸カリウム、尿素の比較を試みた。これら3種類の肥料の利用率は類似の値となり、いずれも25-26%であった。残留している窒素は主として土壌表層に存在していた。窒素の損失量はいずれの肥料でも同じ程度であった。

 以上、重窒素を用いてタイでの各種作物の栽培における窒素の利用率や窒素固定活性について研究し、利用率や窒素固定活性を向上させる栽培法をタイ各地における圃場試験で明かにした。タイ各地の圃場試験で得られた結果はタイの農業に直ちに広く利用されるものである。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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