本論文は心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP:Atrial Natriuretic Peptide)レセプターのアンタゴニスト活性を有する新規多糖HS-142-1とその類縁体の合成に関するもので七章よりなる。 HS-142-1は、下に示したような直鎖状に-1,6結合したグルコース残基にカプロン酸が結合した同族体リポオリゴ糖類の混合物である。このものは特に哺乳類動物の生理活性型レセプター(A型とB型)を認識し、その生理作用をin vitroおよびin vivoでブロックすることや、代謝的に安定な非ペプチドであること、急性毒性が見られないことなどから、ナトリウム利尿ペプチドの生体内挙動の機構解明への利用や、循環器系関連の病症に対する新規医薬品としての応用が期待されている。 筆者はこの点に着目し、HS-142-1の構造とその機能の関係の解明を目標として、化学的手法によるこのリポオリゴ糖の再構築を試みることとした。 第一章で研究の背景と意義について概説した後、第二章ではグルコシル残基上のカプロン酸結合位置を解明するために、下図に示したような合成経路で行った、結合位置の特定した関連Gentiobiose誘導体を三種類(1,2と3)の合成について述べている。これらのプロトンNMRと質量分析の結果をHS-142-1と比較し、HS-142-1の主成分は非還元末端から一つおきのグルコース残基の3位にカプロイル基が結合している構造であると推定した。 第三章では第二章での推定構造をモデルに、下図に示した合成経路で、共通の二糖性中間体より二糖性ドナーとアクセプターを調製し、糖鎖を構築した後、保護基の変換などにより、共通の六糖性誘導体を利用して、Cap化物の4,そのエーテル型類縁体の5と6,完全O-メチル化された類縁体7と8をそれぞれ合成した結果について述べている。 しかし、脂質結合の不安定性のため、目的とするTri-O-カプロイル化した六糖誘導体(4,R=Cap)は純粋な合成品として得ることができなかった。その上、生理活性の試験においてはさらに脱カプロイル基が進行し、アンタゴニストとしての活性はまったく認められなかった。これに対して、そのエーテル型類縁体の化合物5と6は安定であり、純粋な合成品として得ることができた。その生理活性試験では、HS-142-1に比べてかなり高い濃度を要するものの、レセプターに特異的に結合する事実が認められた。また、ヘパリンやリピドA関連誘導体(E5531)での結果とは対象的に、完全メチル化物である化合物7と8はレセプターに対する特異的な結合がまったく認められなかった。すなわち、HS-142-1はヘパリンやリピドAのような多官能基糖脂質と異なり、糖質の水酸基が必須であることが分かった。 次に第四章では、六糖性誘導体での研究結果を踏まえて、下図に示したような合成経路で、四糖性ドナーおよびアクセプターを調製し、効率良く糖鎖を構築した後、六糖性誘導体と同じ工程を利用して、テトラーO-ヘキシル化された八糖性Gentiooctaose誘導体9を合成した結果について述べている。この化合物は天然物の1/30程度であるが、ANPのアンタゴニストとしての活性が認められた。六糖性誘導体と八糖性誘導体との比較で明らかに活性が上昇することから、さらに長い糖鎖をもつエーテル型類縁体の合成とその活性の研究に興味が残される結果を得た。 |