学位論文要旨



No 213107
著者(漢字) 裘,毅
著者(英字)
著者(カナ) キュウ,キ
標題(和) ナトリウム利尿ペプチドレセプターのアンタゴニスト活性新規多糖HS-142-1とその類縁体の合成研究
標題(洋)
報告番号 213107
報告番号 乙13107
学位授与日 1996.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13107号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 HS-142-1は1991年に協和発酵の研究グループの微生物の代謝産物のスクリーニングにより、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP:Atrial Natriuretic Peptide)のレセプターへの結合を阻害する図に示したような直鎖状に-1,6結合したグルコース残基にカプロン酸が結合した同族体リポオリゴ糖類の混合物としてを見い出され、そのアンタゴニスト活性の発見には-1,6グルコシド結合した糖鎖とカプロン酸によるエステル化が共に必要不可欠であることも確認されている。

図 HS-142-1の化学構造

 ANPは心房で初めて発見された循環系の恒常性維持に重要な役割を果たすホルモンで、多彩な生理活性をもつことが知られ、ナトリウム利尿ペプチドファミリーの最初のメンバーである。ナトリウム利尿ペプチドレセプターは四種類が知られ、HS-142-1は四量体型ナトリウム利尿ペプチドレセプター(A型、B型とD型)を認識する特徴を有し、特に哺乳類動物の生理活性型レセプター(A型とB型)を認識し、その生理作用をin vitroおよびin vivoでブロックことや、代謝的に安定な非ペプチド性物質であることと、急性毒性が見られないことから、ナトリウム利尿ペプチドの生体内挙動など生理作用および循環器系の機構解明、循環器系関連の病症の比較的長い持続性をもつ経口あるいは静脈投与可能な新規医薬品の開発につながるものと期待されている。

 筆者はこのユニークな非ペプチド性ナトリウム利尿ペプチドレセプターのアンタゴニスト活性新規多糖HS-142-1の構造とその機能の関係の解明を目標として、化学的手法によるこのリポオリゴ糖の再構築を試みた。

1.関連Gentiobiose誘導体の合成

 グルコシル残基上のカプロン酸結合位置を解明するため、下図に示したような研究計画で、結合位置の特定した関連Gentiobiose誘導体を三種類(1,2と3)を合成した。

図 関連Gentiobiose誘導体の合成

 これらの関連Gentiobiose誘導体のプロトンNMRの結果とHS-142-1の質量分析の結果に基づき、HS-142-1の主成分は非還元末端から一つおきのグルコース残基の3位にカプロイル基が結合している構造をもつものと推定された。

2.関連Gentiohexaose誘導体の合成

 この推定構造をモデルに、下図に示したような研究計画で、共通の二糖性中間体より二糖性ドナーおよびアクセプターを調製し、糖鎖を構築した後、保護基の変換などにより、共通の六糖性誘導体を利用して、Cap化物の4,そのエーテル型類縁体の5と6,完全O-メチル化類縁体7と8をそれぞれ合成した。

図 関連Gentiohexaose誘導体の合成

 脂質結合の不安定性のため、目的とするTri-O-カプロイル化した六糖誘導体(R=Cap)を純粋な合成品として得ることができず、生理活性の試験においてもさらに脱カプロイル基が進行し、アンタゴニストとしての活性は認められなかった。これに対して、そのエーテル型類縁体の化合物5と6は安定であり、純粋な合成品として得ることができ、生理活性試験において、HS-142-1に比べてかなり高い濃度を要するものの、レセプターに特異的に結合する事実が認められた。また、ヘパリンやリピドA関連誘導体(E5531)での結果とは対象的に、完全メチル化物である化合物7と8はレセプターに対する特異的な結合がまったく認められなかった。この事はヘパリンやリピドAのような多官能基糖脂質では糖質のヒドロキシル基の存在が活性に大きな影響を与えないのに対して、HS-142-1では糖質の水酸基が必須であることを示している。今後の研究を進める上で興味深い知見である。

3.関連Gentiooctaose誘導体の合成図 関連Gentiohexaose誘導体の合成

 六糖性誘導体での研究結果を踏まえて、上図に示したような研究計画で、四糖性ドナーおよびアクセプターを調製し、効率良く糖鎖を構築した後、六糖性誘導体と同じ工程を利用して、テトラーO-ヘキシル化Gentiooctaose誘導体9を合成した。この化合物は天然物の1/30程度であるが、ANPのアンタゴニストとしての活性が認められた。六糖性誘導体と八糖性誘導体との比較で明らかに活性が上昇することから、さらに長い糖鎖をもつエーテル型類縁体の合成とその活性の研究に興味が持たれており、今後の展開が期待できるものと確信している。

 

 第五章、第六章、第七章はそれぞれ総括、実験項、参考文献である。

 以上本論文は、ANPレセプターのアンタゴニスト活性を有する新規多糖HS-142-1の構造を合成化学的手法により明らかにすると共に、より安定で、さらなる生化学研究や実用研究に耐えうる程度の活性を有する類縁体を得る道を拓いたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

審査要旨

 本論文は心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP:Atrial Natriuretic Peptide)レセプターのアンタゴニスト活性を有する新規多糖HS-142-1とその類縁体の合成に関するもので七章よりなる。

 HS-142-1は、下に示したような直鎖状に-1,6結合したグルコース残基にカプロン酸が結合した同族体リポオリゴ糖類の混合物である。このものは特に哺乳類動物の生理活性型レセプター(A型とB型)を認識し、その生理作用をin vitroおよびin vivoでブロックすることや、代謝的に安定な非ペプチドであること、急性毒性が見られないことなどから、ナトリウム利尿ペプチドの生体内挙動の機構解明への利用や、循環器系関連の病症に対する新規医薬品としての応用が期待されている。

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 筆者はこの点に着目し、HS-142-1の構造とその機能の関係の解明を目標として、化学的手法によるこのリポオリゴ糖の再構築を試みることとした。 第一章で研究の背景と意義について概説した後、第二章ではグルコシル残基上のカプロン酸結合位置を解明するために、下図に示したような合成経路で行った、結合位置の特定した関連Gentiobiose誘導体を三種類(1,2と3)の合成について述べている。これらのプロトンNMRと質量分析の結果をHS-142-1と比較し、HS-142-1の主成分は非還元末端から一つおきのグルコース残基の3位にカプロイル基が結合している構造であると推定した。

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 第三章では第二章での推定構造をモデルに、下図に示した合成経路で、共通の二糖性中間体より二糖性ドナーとアクセプターを調製し、糖鎖を構築した後、保護基の変換などにより、共通の六糖性誘導体を利用して、Cap化物の4,そのエーテル型類縁体の5と6,完全O-メチル化された類縁体7と8をそれぞれ合成した結果について述べている。

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 しかし、脂質結合の不安定性のため、目的とするTri-O-カプロイル化した六糖誘導体(4,R=Cap)は純粋な合成品として得ることができなかった。その上、生理活性の試験においてはさらに脱カプロイル基が進行し、アンタゴニストとしての活性はまったく認められなかった。これに対して、そのエーテル型類縁体の化合物5と6は安定であり、純粋な合成品として得ることができた。その生理活性試験では、HS-142-1に比べてかなり高い濃度を要するものの、レセプターに特異的に結合する事実が認められた。また、ヘパリンやリピドA関連誘導体(E5531)での結果とは対象的に、完全メチル化物である化合物7と8はレセプターに対する特異的な結合がまったく認められなかった。すなわち、HS-142-1はヘパリンやリピドAのような多官能基糖脂質と異なり、糖質の水酸基が必須であることが分かった。

 次に第四章では、六糖性誘導体での研究結果を踏まえて、下図に示したような合成経路で、四糖性ドナーおよびアクセプターを調製し、効率良く糖鎖を構築した後、六糖性誘導体と同じ工程を利用して、テトラーO-ヘキシル化された八糖性Gentiooctaose誘導体9を合成した結果について述べている。この化合物は天然物の1/30程度であるが、ANPのアンタゴニストとしての活性が認められた。六糖性誘導体と八糖性誘導体との比較で明らかに活性が上昇することから、さらに長い糖鎖をもつエーテル型類縁体の合成とその活性の研究に興味が残される結果を得た。

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