学位論文要旨



No 213109
著者(漢字) 團,亮人
著者(英字)
著者(カナ) ダン,アキヒト
標題(和) 分子内-マンノシル化法によるアスパラギン結合型糖鎖の合成研究
標題(洋)
報告番号 213109
報告番号 乙13109
学位授与日 1996.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13109号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 緒言

 -マンノシド(Fig.1,1)は全てのアスパラギン結合型糖タンパク質糖鎖(以下Asn型糖鎖)に存在する共通の五糖母核構造(2)に含まれているが、熱力学的に不安定な-アノマーであること、隣接基関与を利用できない1,2-cis配置の立体を有することから、その立体選択的合成は困難である。この問題点を克服することは有機化学的見地からも興味深く、これまで種々の特殊な方法論が発展してきた。その1つに分子内-マンノシル化法が挙げられる。この手法では、まずマンノース供与体2位の水酸基に糖受容体を一時的に連結した混合アセタールを形成させ、その後グリコシル化反応条件下で供与体を活性化することで-面から受容体を転移させて目的物を得る。この手法の最も大きな利点は、不要な-アノマーの生成を防いで確実に立体を制御する事が可能である点である。伊藤らは、2位にp-メトキシベンジル(以下PMB)基を立体制御基として用いた分子内-マンノシル化法を報告している1。彼等はPMB基を無水条件下でDDQにより酸化することで糖受容体と混合アセタールを形成させた後、マンノース供与体であるフルオリドを活性化してアグリコンを分子内で転移させ、天然型のMan(1→4)GlcNAc構造の二糖を40%の通算収率で得ている。

 本研究では、この手法についてさらに詳細な検討を加え、実用に耐える手法として確立する事を試みた。これに際して-マンノシドの2,3,4,6-位の水酸基は、Asn型糖鎖の五糖母核構造の構築を念頭に置き、全て独立して修飾できる様に保護する事にした。母核構造中で、-マンノシドは最も高度に分岐しているため、続く糖鎖伸長を効率良く行なうにはその適切な保護が必要である。Fig.1に反応の概略図を示す。

Fig.1 General Concept
方法と結果

 まずマンノース供与体の保護基と脱離基、活性化条件について種々組み合わせることで最適化を実施した。受容体と、種々の供与体の混合物を無水条件下DDQで処理すると混合アセタールがほぼ定量的に得られた。しかし多くの場合で、続く活性化によるアグリコン転移反応は進行しなかった。検討の末、脱離基としてメチルチオ基を有するマンノース供与体(3)由来の混合アセタールを、DBMP(5eq.)存在下MeOTf(5eq.)で活性化した場合、良好な結果を与えることがわかった。2-フタルイミド糖(4)を受容体とした場合、目的とする二糖(5)が単一の異性体として60%の収率で得られた。

Fig.2 Optimization of Intramolecular -Mannosylation

 次にこの手法をブロック合成に応用する事を計画した。オリゴ糖のブロック合成は、生じるグリコシドの立体制御が不完全な場合、異性体の分離や、構造確認は著しく困難となる。この観点から、立体を完全に制御可能である分子内-マンノシル化は、ブロック合成の強力なツールになると考えられる。

 メチルチオ基を有するマンノビオース(7)、マンノトリオースユニット(8)を供与体とし、キトビオースユニット(6)を受容体とした場合も、DDQによる混合アセタール形成は円滑に進行した。ここで得られた混合アセタールを先と同様の活性化条件(MeOTf5eq.,DBMP5eq.)で処理すると、目的物を単一の異性体として良好な収率で与えた2,3(Fig.3)。

Fig.3 Application for Convergent Synthesis

 この様に得られた中間体を用いて、多様な構造を有するAsn型糖鎖を合成するべく、続く検討を行なった。五糖保護体(12)は、常法により脱保護して遊離の母核構造へと導いた。四糖保護体については、Fig.4に示す様に母核構造(14)へ導いた。

Fig.4 Synthesis of Pentasaccharide Core

 上で得た中間体(13)は、-マンノシド4位のみに遊離の水酸基を有している。ここにGlcNAcを導入することができれば、自由度の高いBisect型構造の新規合成法となる。最適条件を見出すため種々の脱離基を有するGlcNAc供与体を用いて検討した結果、フルオリドを用いた場合に収率50%(原料回収を考慮して83%)で目的とする六糖保護体(15)が得られた。これを脱保護して遊離のBisect型六糖(16)へと導いた4(Fig.5)。

Fig.5 Synthesis of"Bisected"Structure

 三糖保護体(10)については、還元末端側へFuc(1→6)GlcNAcユニットを伸長する過程を経てフコースを結合した17へと誘導した。またあらかじめ還元末端にアジド基を有するFuc(1→6)GlcNAc→N3ユニットを伸長し、アジド基の還元、アスパラギン酸の無水物によるアシル化を経て、還元末端にアスパラギン残基を導入した18へと導いた。

Fig.6 Synthesis of Fucose-,Asn-Linked Core
結語

 この様に本研究で最適化した条件下で、分子内-マンノシル化反応がオリゴ糖どうしの縮合においても好収率で立体選択的に進行し、複雑な構造を有するAsn型糖鎖の中間体を実用的な収率で与えた。ブロック合成法の導入という新しいアプローチにより、極めて効率的でしかも自由度の高いAsn型糖鎖合成の方法論として確立した。

 (引用文献)

 1)Y.Ito and T.Ogawa,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,33,1765(1994)

 2)A.Dan,Y.Ito and T.Ogawa,J.Org.Chem.,60,4680(1995)

 3)A.Dan,Y.Ito and T.Ogawa,Tetrahedron Lett.,36,7487(1995)

 4)A.Dan,Y.Ito and T.Ogawa,Carbohydr.Lett.,1,469(1996)

 

 以上本論文は、PMB基を立体制御基として導入した分子内-マンノシル化法を最適化することにより、オリゴ糖同士の縮合においても好収率で立体選択的に-マンノシル化反応を進行させることを可能にし、またこれを利用してAsn型糖鎖の母核構造をブロック合成で構築するという、極めて効率的でしかも自由度の高い方法論として確立したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

審査要旨

 本論文は分子内-マンノシル化法によるアスパラギン結合型(以下Asn型)糖鎖の合成に関するもので三章よりなる。

 -マンノシドは全てのAsn型糖タンパク質糖鎖に存在する共通の母核構造(1)に含まれているが、その立体選択的合成は近年の糖鎖合成化学の目覚ましい発展の中にあってなお、解決すべき問題点として残されている。それは、-アノマーの熱力学的不安定性とグリコシル化において隣接基関与を利用できない1,2-cis配置であることに起因する。そのため特殊な方法論が必要であり、その1つに分子内-マンノシル化法がある。著者は最近開発された、2位にp-メトキシベンジル(以下PMB)基を立体制御基として導入した分子内-マンノシル化法(下図参照)に着目し、詳細な検討を加えることで実用に耐える手法として確立すると同時にAsn型糖鎖の合成を行った。

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 まず緒言で研究の背景と意義について概説した後、第一章では-マンノシル化条件の最適化を行っている。PMB基を有するマンノース供与体と、受容体であるGlcNAc前駆体の共存下、無水条件でDDQによりPMB基の酸化を行うと、保護基や脱離基の種類によらずいずれもほぼ定量的に供与体と受容体の混合アセタールが得られた。しかしこの混合アセタールの、供与体1位の活性化による分子内アグリコン転移反応においては保護基や脱離基、活性化条件により収率は大きく変化する事がわかった。種々検討の結果、脱離基としてはメチルチオ基を有し、保護基としては4,6-位をベンジリデン基、3-位をTIPDS基で保護したマンノース供与体を、DBMP(5eq.)存在下MeOTf(5eq.)で活性化する方法が満足のいく収率で2,3の様な目的物を与える事を見出した。

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 第二章では、実際にAsn型糖鎖のブロック合成への応用を行っている。メチルチオ基を有する二糖、三糖性マンノースユニットを供与体として、またキトビオース単位を受容体として、先と同様の活性化条件(MeOTf5eq.,DBMP5eq.)を用いて-マンノシル化反応により縮合したところ、目的とする三糖保護体(4)が53%、四糖保護体(5)が49%、五糖保護体(6)が41%と、実用的な収率で単一の異性体として得られた。

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 第三章ではこれまでの知見を基に多様な構造を有するAsn型糖鎖の合成を行っている。四糖中間体(5)は-マンノシドのベンジリデン基の除去、生じた4,6-ジオールに対する一級水酸基の選択的-マンノシル化、脱保護により遊離の五糖母核構造(7)へ導いた。また、さらに一糖伸長したBisect型六糖母核構造(8)も合成した。三糖中間体(4)については、還元末端にアジド基を有する二糖単位を伸長し、非還元末端への糖鎖伸長、アジド基の還元、アスパラギン酸の無水物によるN-アシル化を経て、フコースおよびアスパラギンを含む遊離の六糖構造(9)へと導いた。

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