本研究は虚血に対して選択的に脆弱な海馬CA1神経細胞が、短時間の虚血後にいわゆる遅発性神経細胞死に至る過程において、ATP依存性のlysosomeを介さない細胞内タンパク分解過程の主要な役割を果たしているユビキチンが、どのように変化しているのかを明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。 1.砂ネズミの5分間前脳虚血モデルにおいて、海馬CA1神経細胞は虚血再灌流後3〜4日目に遅発性神経細胞死に至るが、5分間前脳虚血再灌流後48時間までの4種類の抗ユビキチン抗体による海馬の組織免疫染色の結果から、虚血再灌流早期より海馬全体で遊離ユビキチンが著明に減少し、海馬CA1領域では減少したままであることが示された。一方、種々の大きさの高分子量のタンパクに結合した結合型ユビキチンは組織免疫染色上、遊離ユビキチンと異なり虚血後の海馬では著明には変化しないことが示された。 2.砂ネズミの5分間前脳虚血再灌流後の海馬に対して、ELISAによる遊離ユビキチンと結合型ユビキチンの定量分析を行ったところ、遊離ユビキチンはほとんどがTBS可溶分画に存在し、虚血後早期の海馬で著明に減少し、海馬CA1領域では遊離ユビキチンは減少したままなのに対してその他の海馬の領域では48時間までに徐々に虚血前のレベルに回復することが示された。さらに、結合型ユビキチンはTBS可溶分画よりも尿素可溶分画に多く存在し、尿素可溶分画の結合型ユビキチンは、虚血後海馬全体で増加し、CA1領域では増加したままであるのに対して海馬のその他の領域は徐々に虚血前に回復していくことが示された。 3.海馬CA1の神経細胞で前脳虚血後に遊離ユビキチンが減少して回復してこないのは、遊離ユビキチンが虚血後増加した変性タンパク処理のためのユビキチン化に消費された後、タンパク処理が進行せず、また、おそらくは遊離ユビキチンの合成も行われないためと考えられる。このように、虚血後生じた変性タンパクの処理のために遊離ユビキチンが消費しつくされて枯渇すると、その後の異常タンパクのユビキチン化が障害され、その結果、異常タンパクが細胞内に蓄積し重大な代謝の異常をきたし、最終的には神経細胞死に至る過程に大きな影響を与えると考えられた。 以上、本論文は砂ネズミ前脳虚血後の海馬CA1神経細胞において、遊離ユビキチンが結合型ユビキチンに変化し、減少したまま回復しないことを明らかにした。本研究は、虚血後の神経細胞において遊離型と結合型のユビキチンのそれぞれの変化を組織免疫染色とELISAによる定量分析の両面からはじめて明らかにしたもので、本手法は今後ユビキチンが関連する虚血および虚血以外の様々な病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |